第8話 表と裏

「暇だね」

「そうだな」


 啓二と二人で、アパレルショップの傍にあるソファに座りながらボーっとする。

 五人で大型ショッピングモールに買い物に来たわけだが、今は男二人と女三人に分かれている。

 生憎、俺も啓二もそこまで欲しいものが無かったため買い物は一瞬で終わった。買い物が終わった後は女三人組の下へ向かおうと思ったのだが、啓二が恥ずかしがったため、行くのを中断して今に至るというわけだ。


「やっぱり、三人の様子見に行こうぜ。花恋に似合う服探し俺もしたい」

「で、でも女性だらけなんだよ!?」

「レディースを中心に売ってる場所なんだから当たり前だろ」

「春陽だけでも行ってきなよ。僕はちょっと勇気が出ないよ」


 店に入ることを想像したのか頬を少しだけ赤らめる啓二。

 まあ、気持ちは分からなくもないが、頬を赤らめるのはよく分からん。想像力豊かすぎるだろ。


「なら、待っとくか」

「……ごめん」


 謝るくらいならついてきてくれ。のどまで出かけたその言葉を飲み込む。

 啓二には啓二のペースがある。


「悪い、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「うん。じゃあ、ここで待ってるね」

「おう」


 啓二を残し、トイレへ向かう。

 トイレを済まし、啓二の下へ戻ると、啓二の隣に黒髪ロングの美女が座っていることに気付いた。

 しかも、啓二はその美女に胸を押し当てられ顔を赤くしている。

 これは不味い! スケベの啓二があんな色気溢れる美女に迫られて理性を保っていられるはずがない!


「おいおいおい! 啓二、こんなべっぴんさんが知り合いだったのかよ!?」


 急いで駆け寄り、二人の雰囲気をぶち壊すべく声を張り上げながら話しかける。


「あ、春陽! 知り合いじゃないよ! 急に話しかけられたんだ!」

「あなたは……」


 どこか見覚えのある黒髪の美女が俺に視線を向ける。

 この世の全て燃やし尽くすかのような真紅の瞳だ。綺麗だが、寒気を感じるような嫌な雰囲気がこの女性にはあった。


「へぇ」


 舐めまわすように俺を見つめた美女はそう呟くと、ソファから立ち上がり俺に近づいてくる。

 淀みのない動きに不思議と俺は動けずにいた。

 そして、その美女は俺の目の前に来ると俺の頬を優しく撫でた。


「ふふ、あなた、凄く面白いわ。でも、とてもつまらない」


 妖艶な笑みを浮かべながらそんなことをのたまう美女。

 面白くて、つまらない……! ま、まさかこの美女は……!


「面白いとつまらないって真逆の意味ですよ。同一人物を形容するときには使わない方がいいと思いますよ。じゃないと、国語が苦手な人って思われますよ」


 女性の耳元でこっそりアドバイスを送る。

 人物紹介で、面白くてつまらない人と言われたら混乱してしまう人が大勢いるだろう。どちらかにした方がいい。

 我ながら完璧な指摘に満足していると、美女はこめかみに青筋を浮かべていた。


「そう……ご忠告どうもありがとう。言い直すわね。あなたはとても癪に障る人よ」


 そう言うと美女は自らの胸の谷間に手を突っ込み、黒い鍵のようなものを取り出す。そして、その鍵を俺の胸に突き刺そうとしてきた。

 だが、花恋を護衛するという名目で護身術を習ってきた俺に真正面からの攻撃は通用しない!


「危ない危ない。もう一つ忠告しとくと、鍵は人に向けるもんじゃありませんよ」

「なっ!? くっ!」

 

 片手で鍵を遮ると、美女は焦った表情で後ろに飛び俺から距離を置いた。


「ふ、ふふふ。まだ目覚めていないとはいえ、流石ね。今日は天子たちの弱みを探す目的だったけれど、予定変更よ。あなたの力を見せなさい!」


 訳の分からないことを避けいながらその女性はその辺を歩いていた、男性に近づき、その胸に黒い鍵を差し込む。


「あなたの中にある魔を解放しなさい!」


 そして、そう叫びながら鍵を捻った。

 それと供に男性の胸からどす黒い光が放たれ、男性の身体がどんどん大きくなっていく。た。


「モテタイィイイイイ!」


 思春期の男子か。

 化け物の叫びにツッコミを入れていると、啓二が俺の隣にやって来た。


「あれは………マガツキ!!」

「啓二、知ってるのか?」

「う、うん。春陽、とにかく逃げよう!」


 そう言うと、啓二は俺の手を取り走り出す。そんな強引な……! でも、不思議と嫌じゃない!

 啓二、素敵!


「逃がさないわ。マガツキ!」

「モテタイ!」


 美女の言葉に応じてマガツキという化け物が口から黒い液体のようなものを吐き出す。

 その液体が瞬く間にマガツキを中心として半球を描くように、辺りを包み込んだ。そして、俺と啓二を含む辺りにいた数人が半球の内部に閉じ込められた。


「しまった……! ダークフィールドだ!」

「名前安直すぎだろ。小学生男子か」


 呑気にツッコむ俺と違い、啓二は焦った表情を浮かべていた。

 どうやら、あのマガツキという化け物はそれなりにヤバい奴らしい。

 かくいう俺も思考が追い付いていない。冷静に見えるかもしれないが、単純に情報量の多さに脳が追い付いていないだけである。


「ふふ。頼みの天子たちはまだいないわよ。さあ、あなたの力を見せなさい!」

「モテタイイイイ!!」


 美女の叫びに合わせて、化け物が俺と啓二めがけて口から黒い光線を吐き出す。


「啓二!」

「なっ! 春陽!?」


 隣にいた啓二の身体を押し飛ばす。

 啓二は驚いた表情を浮かべているが、これでいい。


「マイラブリーエンジェルを託したぜ」

「春陽!!」


 そのまま俺は黒に呑まれていった。

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