第6話 ポニーテール最強

「あーたーらしい朝が来た! きーぼーうのあーさーだ! 啓二! 朝だぞ! 起きろー!」


 休日の朝八時。

 呑気に眠っている啓二の掛け布団を引き剥がす。


「うう……後五分……」

「バカ野郎! 今日は十時から皆で遊びに行く約束だろ! さっさと準備整えて待ち合わせ場所に行くぞ!」

「まだ八時じゃないか……。昨日は大変だったんだ。もう少し寝させてくれ」

「やだやだー! 啓二に起きて欲しいー!!」

「子供か!」


 啓二の部屋の床でジタバタしていると、啓二が飛び起きてツッコミを入れてくる。

 この間よりも更に鋭くなっている。寝起きにも関わらずこの鋭さ。

 ふっ。また腕を磨いたようだな。


「はぁ。もう、父さんは何で春陽を部屋に入れたんだよ……」

「親友だからだろ!」


 ニカッと爽やかスマイルを浮かべれば、啓二も満更でもなさそうな表情を見せる。

 

「じゃあ、さくっと飯食って準備整えようぜー」


 啓二の腕を引っ張り、二階に降りる。

 二階では啓二の親父の恵一さんが朝ごはんを準備して待っていた。


「お、啓二、起きたか。春陽君も済まないね、啓二を起こしてもらっちゃって」

「俺が好きでやってることなんで気にする必要ありませんよ!」

「そうかい」


 恵一さんも啓二同様に気弱そうな雰囲気だが、ここまで啓二を立派に育て上げた尊敬できる人だ。


「今日はどこかに出かけるのかい?」

「はい! デートです!」

「お、男二人でかい?」

「ち、違うよ! 春陽も変なこと言わないでくれ。今日は普通に花恋たちと遊びに行くの」

「なんだ、そういうことかぁ」


 啓二の言葉に恵一さんは少し残念そうに肩を落とした。

 それを見た啓二は「当たり前だろ。僕がデートなんて……」とか言いながら朝ごはんを食べている。

 そうは言うがな、啓二。お前が帰り道に花恋とクレープ食ったり、公園で寄り道したりすることを世間ではデートって言うんだぞ。

 花恋と二人きりなんて、高校に入ってから俺は一度も無いぞ!


「ところで、春陽君。学校での啓二はどんな感じだい? ちゃんとクラスに馴染めているかい? この子は小中とも花恋ちゃんや春陽君の影に隠れてばかりだったから心配でね」

「別に普通だよ」


 恵一さんの言葉に啓二がぶっきらぼうに返事を返す。


「そうは言うが、啓二は学校でのことを全然話してくれないじゃないか」

「だって、別に話すようなことないし……」

「些細なことでも、親は子供のことを知りたいもんなんだよ。それで、春陽君どうなんだい?」


 啓二は言って欲しくなさそうだが、恵一さんは俺にとっても親のような人だ。お願いされれば答えるだけ。


「相変わらず教室の隅っこで辛気臭い顔を浮かべながら頭にキノコ生やしてますよ」

「キ、キノコ!? 頭からかい!?」

「はい。そのせいか、あんまり友達は出来てないみたいですね」

「そ、そうかい……」


 恵一さんが寂しそうな表情を浮かべる。

 だが、重要なのはここからだ。


「でも、中学の頃より関わる人も増えてますよ。美少女ばかりっていうのがムカつくけど。一月後にある体育祭の準備の手伝いとかもしてるし、友達とまではいかなくても、男子にも話せる奴はぽつぽつ出てきてますよ」

「そっかあ」


 今度は嬉しそうに啓二を見て微笑む恵一さん。

 温かな視線を向けられて、啓二は気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「啓二、頑張ってるんだな」

「別に、花恋とか春陽が誘ってくるからやってるだけだよ」

「それでも、それを選んだのは啓二だし、そこで色んな人と関わることを選んだのは啓二だろ。僕は安心したよ」


 恵一さんの言葉に恥ずかしくなったのか啓二は、「ごちそうさま! 着替えてくる」と言って、部屋を出て行った。

 温かくて平和な世界だ。

 啓二も恵一さんも大切な人を失くした経験がありながら、前を向いて強く生きている。その姿は俺には眩しく見える。


「行っちゃったか。少し褒めすぎたかな」

「褒めないよりずっとマシですよ」

「そうだね。ところで、春陽君には改めてお礼を言わないとね」


 恵一さんが俺と向き合うように椅子に座り直す。


「いつも啓二のためにありがとう」


 そして、そう言って頭を下げる。

 これは中々に照れ臭い。

 それにしても、恵一さんは啓二の父親とは思えないほど素直に気持ちをぶつけてくるな。啓二も見習ってほしいところだ。


「いえ、親友ですから」

「親友か」

「はい」

「親友だからって譲ったりする必要はないからね」


 恵一さんは笑顔でそう言った。

 その言葉の意味が分からないほど俺はバカではない。


「まあ、そういう場面が来れば勿論譲りませんよ」

「それならよかった」


 その後、恵一さんは皿洗いをし始めた。残された俺は啓二の部屋へ行き一緒に、出掛ける準備を整える。

 何時でも出かけることが出来るようになったところで、タイミングよく家のインターホンが鳴る。


「ほいほーい」

「僕の家になんで春陽が出るんだよ」


 啓二のツッコミをスルーしながら二人で玄関の扉を開ける。

 扉が開くと同時に、眩い光が玄関に差し込む。

 この、神々しい光は!?


「啓二! 来るぞ!」

「そりゃ、連絡が来てたんだから来るでしょ」


 そして、扉が開き外にいたものが玄関に入って来る。


「おはよう! 啓二、春陽くん!」


 見るものの目を焦がすほどの明るい笑顔。

 ふわりと揺れる桃色のポニーテール。

 天使、いや、女神がそこにいた。


「ポニーテールだああああ!! 可愛いぃいいい!!」

「おはよう、花恋」

「うん。春陽君は、いつも通りみたいだね。啓二も行く準備出来てるみたいだし、もう行く?」

「うん。ほら、春陽も行くよ」

「ポニーテールポニーテールポニーテール!!」


 啓二に手を引かれて、家を出る。

 ポニーテール最強!

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