方向音痴




県立白梅学園2年E組 教室



「ほんでね、そん時の事があるけんお姉ちゃんにゃ私も頭上がらんていうか・・・・・・」



あの時、川で暁美に助けられたエピソードを友人の新飯田にいだ恵美えみに話す冬未。恵美としたら何度も聞かされた話で飽き飽きしていたが、決してそれを口に出すことはなく、冬未の良き理解者たらんとしている。



「ばってんあんた、そぎゃん言うてお姉ちゃんが隼瀬は渡さん!なんて言い出したらどぎゃんすっか。来年は受験あるけん、二人で会えるとも少なくなっどたい?チャンスは今んうちばい!」



「うん、ばってん・・・・・・」



「女がそぎゃんうだうだせん!その彼だって、冬未が来てくれるの待っとらすばい!」



「そう、かな・・・・・・」



『でも今朝のメール返ってこんしなあ』等と冬未は不安になっていると、タイミングを見計らったかのように、携帯が鳴る。



「ほらほら、噂をすれば何とやらね」



「恵美・・・もう、あんたも彼氏おらんくせして」



「私はいいと!ほらほら、なんて来たと?」



携帯を開き、恐る恐る隼瀬からの返信内容を確認する冬未。その表情は正に獲物を視界に捉えた獅子のようであったと、恵美は後に記者陣に語った。何のインタビューだよ。



「放課後、こっちゃん(こっちに)来るって!」



「おお!隼瀬ちゃん大胆!最近の男の子はやっぱマセとんなあ」



「恵美、あんたいくつね・・・・・・」



一方その頃・・・・・・



「へくち!」



「隼瀬、風邪?」



県立第四高校二年F組の教室では、可愛いらしくくしゃみをする隼瀬に、親友の八幡やわたみつが可愛くうきゅ?と首を傾げて尋ねる。二人はもしかするとハムスターかもしれない。



「んね・・・誰か噂しとるばい」



「隼瀬、モテるもんね」



「どん口が言うね」



充希はその端正なルックスと家柄の良さも相まって、隼瀬なんかより遥かにモテる。なんかって言うな。するとそこへ、隼瀬達のクラスの学級委員長、通称‘クラスのお母さん’こと、三森みもりさくが声をかける。



「隼瀬ちゃん、具合悪いなら無理すっとしゃがでけんばい。君の大丈夫な信用できんとだけん。ねえ、充希ちゃん?」



「確かに、前も大丈夫って言いながら高熱出してフラフラになっとる事あったもんねえ」



「充希もいいんちょも心配してくるっとな嬉しかばってん、本当に大丈夫だけん」



「本当かねえ。充希ちゃん、お願いね」



「いいんちょはどの立場なんね」



「クラスメートの体調ば把握しとくとも私の仕事たん!」



『それ先生達の仕事だろ』と言いかけて、呑み込む隼瀬と充希。何しろ、その先生・・・・・・彼らのクラスの担任である、下田芙しもだふ美子みこ先生(35歳 独身)より咲良は仕事できるので、流石の面目躍如と言えようというのが、隼瀬、充希のみならず全クラスメートの共通認識となっており、当の芙美子自身も‘デキる’生徒である咲良に、クラス内の諸問題を一任している節があり、生徒からも教師からもかなりの信頼を集めている。

が、本人はそんな周りにも鼻をかけず皆平等に接する為、最近では一周回って四高(隼瀬達の通う県立第四高校の通称)の聖なる存在として崇められている。

まあ、そんな聖なる委員長に諭され、隼瀬も一応体調には気をつけとこうと、最近の不摂生を密かに自省する。



放課後



一緒に帰ろうと誘う充希や女子たちを尻目に、隼瀬は荷物をまとめてそそくさと教室を後にする。置いてけぼりを食らった面々は、隼瀬の後ろ姿を見て、口々に呟く。



「一体どぎゃんしたっだろね、隼瀬ちゃん」



実際、隼瀬はどうもしてな・・・・・・



「あ、こっちじゃにゃあたい。もう・・・地理は苦手つたいねえ」



くはなかった。

冬未の通う県立白梅学園へ向かおうとしているものの、元いた世界とは反転している上、そもそも元々が地図も読めるか怪しい隼瀬は、先程から同じところをぐるぐるぐるぐる彷徨っていた。ぐるぐるしすぎてもう少しでバターになりそうな勢いでぐるぐるしていると、そんな様子を見かねた地元の優しいお父さんが隼瀬に声をかける。



「君、さっきもここ通ったろ?どけ行こうとしよっと?」



「あの、白梅ってどっちゃん行けばよかですかね?」



「あー、そんならここば曲がって、ぎゃーん行ってぎゃん行ってからぎゃん行けばよかよ。分かった?」



「はい、なんとか行けそうです!ありがとうございました!」



一先ずバターになるのは回避できた隼瀬が、親切なお父さんに礼を告げて走り出す。



「男の子が白梅か。一人で女だらけのあそこに・・・・・・?」



そんな当然の疑問を呟くお父さんだったが、既に隼瀬は走り去って行ってしまっている。そもそも四高から白梅は一駅分しか離れておらず、足の速い隼瀬なら迷わなければすぐ行ける距離である。ちなみに隼瀬は元の世界で趣味でバイクも乗っていたが、どこか行くときは音声ナビ頼りな為、方向感覚は全くと言っていいほど養われていない。そんな言ってしまえばポンコツな方向感覚でも、なんとか白梅学園の周辺まで来る事ができた隼瀬は、女子校に突如として男子が現れ、ざわつく白梅乙女達の視線に晒されつつ、そこに通う幼馴染の姿を探す。



「だっご見られとる・・・はよ冬未見つけよ・・・・・・」



すると、ざわつく女の子達の間を縫うように、隼瀬に駆け寄ってくる一人の少女がいた。

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