第46話「俺の妹がこんなにバカだとは思わなかった」

 肩の荷が下りたようだった。


 なにもかも解決というわけには行かないものの、あの時屋上で璃亜に吐露した思いは、今まで本当は聞いて欲しかったけれど、聞かせることのできなかったものだ。


 璃亜が受け入れてくれることはわかっていた。

 それでも、どこか俺は怯えていたんだと思う。

 勝手にどこかずっと引け目を感じていた。


 お兄ちゃんだから、とか。

 家族だと認められるためには、とか。


 璃亜からすれば、本当にばからしくなるようなものだったのかもしれない。

 俺が璃亜の立場ならそう思う。


 璃亜に言葉にしてもらえて、やっとそれがわかった。


 俺たちに足りなかったのはコミュニケーションだ。

 今後はもっと、お互いに思ってることを素直に言い合えたらいいなあなんて思う。

 俺も大概だが、璃亜は隠しておいた方がいいことばかり明け透けにして、肝心なことは話してくれない。


「うむ、今日はまったくお客さんがこない!」


 アルエットでのバイト中。

 暇を持て余した澪さんは、お店の商品で一人ファッションショーを開催していた。

 目がチカチカするほどの派手な服装に、それがおふざけなのか、オシャレなのか判断の付かない俺だった。


「今日もでしょ」


「そういう見方もあるかもしれないね。それはそうと、蓮きゅん。なにかいいことでもあったのかい?」


「そう見えますか?」


「そうだねえ。なんだか、高校生みたいな顔をしてる」


「そりゃ、高校生ですからね。じゃあ、今までどんな顔だったんですか、俺」


「んー、浪人二年目みたいな顔かな」


「うわあ、すごくくたびれてそうだ」


「ということで、高校生な蓮きゅん今日は上がりね~」


「どういうことですか……まあ、いいですけど」


 それなら今日は久しぶりに晩御飯を作ろう。

 最近は璃亜が作ってくれることの方が多くなっていたが、それもなんだか落ち着かなくなってきた頃だし。


「じゃあ、お疲れ様でした――ん?」


 わざわざ制服に着替えるのも面倒だしこのまま帰ってしまおうと、スタッフルームにカバンを取り戻ると――着信音が鳴った。


 この前に続き珍しく相手は陽人だった。


「もしもし、どうしたんだ?」


「おい! ちょっと大変なことが起った! 落ち着いて聞いてくれよ!?」


 という、陽人が一番慌てた様子だった。


「お前が落ち着けよ……なんだ、前言ってたライブのチケットでも当たったか?」


「いや、それは外れた。って、そうじゃなくて、落ち着いてられねえよ! お前の妹のことなんだけどさ――」


 それから、陽人はついさっき合ったことを、自身の考えも混ぜながら話してくれた――。


 璃亜の携帯に怪しげな男からメッセージが来ていたこと。

 訝しんだ陽人が璃亜に会いに行くと、それに対して分かりやすく反応を示したこと。

 恐らく、現在その現場に向かっているであろうこと。

 璃亜はそれが俺のためになると、本気で思っているであろうこと、など。


 徐々に顔色が険しくなる俺を見て、澪さんは心配そうにしている。

 これは、澪さんの協力も必要だろうと、途中から通話をスピーカー状態にした。


 言葉を選ばずに言えば、璃亜はパパ活にて金銭的な問題を解決しようとしている。


「はあ? 本気で言ってんのか!? 自分で言うのはあれだけど、璃亜は俺以外の男と話すを極端に嫌うと言うか、ちょっと男性不信気味くらいなレベルだし……」


「それは身をもって知ってる……だから、ヤバいって言ってんだろ!? まったく、この兄妹は考えることが極端っつうか、不器用っつうか」


「俺のことまで言うか……!?」


「自分の胸に手を当ててよく考えてみろ、バカ兄」


「うぐ……とりあえず、すぐに向かう。澪さん……えっと、親戚でバイト先の店長の人にも協力してもらう」


 軽く目配せすると、澪さんは任せておけと言わんばかりのサムズアップをしてみせた。

 すぐにアルエットの閉店の準備をして、店を出れるように準備してくれる。


「おけ、俺はこまっちゃんに連絡しておくわ!」


「ああ、とりあえず駅で待ち合わせでいいな?」


「おう!」


 こうして、俺は澪さんと急いで駅に向かうことにした。

 頼むから早まったことはしてくれるなよ、璃亜。


「澪さん、協力してくれてありがとうございます」


「何水臭いこと言ってるんだ。いいって言われても無理やりついていったよ。こういうときくらい、力にならせておくれ。まったく、この兄妹は危なっかしいんだから困っちゃうよ」


「さっきから、俺と璃亜一括りにされ過ぎでは……そんなに似てるかな」


「似てるよ、似なくていいところばっかり」


 口を尖らせる俺に、澪さんは呆れたように答えた。

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