第45話「これがお兄ちゃん似の乙女の作法」

 私は少しでもお兄ちゃんの力になれただろうか。


 お兄ちゃんはやっと自分の本心を打ち明けてくれた。

 それに対して私はお兄ちゃんがほしかった言葉をあげることができただろうか。


 これで、お兄ちゃんは真の意味で私を家族だと思ってくれるようになっただろうか。

 これで、私はお兄ちゃんの妹として、家族として自信を持って一緒にいることができるだろうか。


 小町先輩と、一応いけ好かない先輩にも感謝している。

 今回の件で、私たちは確実に今までより強い繋がりを結ぶことができた。


 しかし、あと一歩足りないと思うのだ。

 精神的にお兄ちゃんを救うことができても、現実的な問題が残っている。


 お兄ちゃんは、青柳家の金銭的な問題を気にしている。

 お母さんにも無理をしてほしくないと思っている。


 これまで、散々迷惑をかけてきた私だ。

 この問題を解消できれば、私は蓮くんを気兼ねなくお兄ちゃんと呼べるのだ。


「これは……私にしかできないことだ」


 今日までお兄ちゃんにはたくさん助けられてきた。

 だから、今度は私の番。


 幸い現代においてお金を稼ぐ手段はたくさんある――女子高生なら特に。


「大丈夫……メッセージでやり取りした感じそこまで悪い人じゃなさそうでしたし、ご飯を食べるだけですし」


 ご飯を一緒に食べるだけで数万円。

 短時間でこれだけ稼げたら、時給でバイトするのがばからしくなる気持ちも分かる。

 お兄ちゃんの大切な時間を使うより、私が頑張った方が効率だっていい。


「がんばら……ないと」


 今日がその約束の日。

 夜の九時。待ち合わせ場所は近くで一番大きな駅から少し離れたところ。


 スマートフォンを持つ手が震える。


 お兄ちゃんはこの数年間自分の時間を数ってたくさんの我慢をしてきた。

 それに比べれば、私の頑張りなんて一瞬だ。


「よし!」


 お兄ちゃん意外の男の人と二人で食事なんて反吐が出そうだけど、我慢しないとだよね。

 これもお兄ちゃんのためだし。


 そう思い、玄関の扉に手を掛け家を出ると――。


「よ、青柳さん。奇遇だね」


 そこにはいけ好かない先輩、もとい、お兄ちゃんの親友である三上陽人がいた。


「奇遇って……ここうちの前ですよ? 通報しますね」


 笑顔で努めてスマートフォンを取り出す。


「ちょ、ちょ、ちょい! 待って、誤解! 誤解……じゃないかもしれないけど冗談だから!」


 と、いけ好かない先輩に必死に止められてしまった。


「ストーカーが何の用ですか? お兄ちゃんならバイト中ですよ」


「いや、今日は青柳さんに用があってさ」


「……私に?」


「この前、スマホの通知見えちゃって。俺の考えすぎならいいけどさ、ちょっと心配になるじゃん?」


「――っ!?」


 いけ好かない先輩は、いつものヘラヘラした表情を脱ぎ捨てて、瞳を細める。

 それだけで、私は息を詰まらせてしまうのだから、我ながら分かりやすいやつだと思う。


「あれれ、この反応嫌な予感当たっちゃった感じ?」


「な、何のことですか……」


 私は視線を逸らし、早足で先輩の横を通り過ぎようとするのだが、簡単に塞がれてしまう。こうして対すると、先輩の体がとても大きなものに思えた。


「ちょっと、話をしようか、青柳さん。もちろん、蓮も交えて。青柳さんも分かるでしょ? あいつはそんなこと望んでない」


「うるっさいです――っ!」


 この先輩は分かっていない。

 私の怠惰は、これまでの兄に対する愚考は、少し謝罪して和解したくらいじゃ清算することができないものだ。


 だから、私はお兄ちゃんがしてくれたように、私も……頑張らないと。

 そうだ。それで、やっとお兄ちゃんが言う対等になれるはずなんだ。


「いっつぅ~~~~~~っ!?」


 私は手に持っていたスマートフォンを思いきり先輩に投げつける。

 手を伸せば届くくらいの至近距離で投げられたそれを先輩は避けることができず、顔面にクリティカルヒット。

 その場で蹲ってしまう。


 その隙に私は、急いで目的地へ向けて走り出した。


「先輩に私の気持ちがわかるか――っ!」


「いてて、……思いきり投げやがって……。わかるかよ、ほんっと空回りばっかしやがって、この似た物バカ兄妹が! 昨日いい感じにまとまっただろうが!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る