第44話それでも妹は『お兄ちゃんはわたしをすきになる』と言う(6)

 そうして、十数分の時間が経った頃には、俺の目は真っ赤に腫れていた。

 冷静に考えたら恥ずかしいなんてレベルじゃないな。

 璃亜にというのももちろんのこと、目の前には陽人、その後ろにはいつのまにこの場にいたのか小町先輩までいる。


「な、なあ……あのさ」


 なんだかいたたまれず、なんと声を出せばいいのだろうと言葉を探していると、それはもう三者三様な反応が返ってきた。


「ふふ、泣いてるお兄ちゃんもなんというか……こう、そそるものがあると言いますか。悪くないと思う璃亜ちゃんがいました。でゅっふぇっへ」


 璃亜は直前まであんなやり取りがあったというのに、いつも通りというか、いつもよりぶっ飛んでるというか、もはや安心した。


「ヤバい……俺のせいで妹が変な扉を開こうとしてる」


「でも、そんなヤバい妹も優しいお兄ちゃんは喜んで受け入れてくれるのでした」


「勝手にナレーション入れるな?? 喜びはないからな?」


「でも、受け入れてはくれると! さすが私のお兄ちゃんです!」


 受け入れるというか、璃亜はそういう生き物だからなあ、という諦めというか。


 そして、小町先輩はというと。


「うぅう……後輩くんよかっだねぇええええ」


 滝のような涙を流してわんわんと泣いていた。


「こ、小町先輩……少し落ち着いて……俺が恥ずかしいです」


「私先輩だからね!! 何かあったら頼ってくれていいからねぇええ」


「は、はい、小町先輩は頼りになる先輩だと思ってますよ」


「へ、えぇえ! 後輩くんが私を頼りになる先輩だって!! ねえ! みんな聞いた! 私先輩! お姉さん!」


 そんなに珍しいことだったろうか。

 常にそう思ってはいるんだけど……たしかに、思い返せばいつもいじってばかりだったかもしれない。

 小町先輩年上なんだけど、すごくからかいたくなるんだよなあ。


「お姉さんを感じたことはないですけど、璃亜共々これからもよろしくお願いしますね」


「と思ったら、いつも通りちょっとだけ裏切られた!?」


 ガーン、と項垂れる小町先輩。

 やっぱり胸か! 胸がないのがいけないのか! と自分のまな板に手を置いていた。


 ちなみに、原因はそこじゃないと思いますよ……。


 そして、陽人はというと。


「いい妹を持ったな」


 優しい目をしてこちらに寄ってくる。

 ハメられたと分かったときは腹立たしさもあったものだが、陽人が善意でしてくれたことは疑いようがないし、さすがに怒る気にはなれなかった。


「ほんとにそうだよな。やっぱ俺は周りの人に恵まれてるよ」


「そう思えるのは蓮が素直ないいやつだからだろうよ。いや、素直ではないか……ひねくれたいいやつ?」


「はいはい。素直になれるよう善処しますよ」


「くっく、いいよ、そのままで。そっちのが見てて面白いし。ていうか、素直な蓮とか気持ちわりぃ」


「うっぜえ」


 それを聞いて陽人はケラケラと笑う。

 俺もつられて思わず吹き出してしまう。

 こうして、何の気兼ねなく軽口を言い合える友達は貴重だと改めて思った。


「なあ、蓮。青柳さんのこと、ちゃんと見ててやれよ」


 陽人は表情を険しいものに一変させ、釘を指すように言った。

 顔を寄せて、俺だけに聞こえるように真剣なトーンで。


「お、おう? そりゃ、もちろん」


 この時の俺は、陽人の言葉のその真意を理解できていなかったのだった。

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