第35話「かわいい妹とはかわいいだけじゃないということ」
最近、朝食を作るようになった璃亜は、俺より早く眠りにつくことも珍しくない。
二十三時半。俺も普段なら夢の中にいる時間なのだが、今日は上手く寝付けなかった。
珍しいこともあるものだ。
温かいお茶を入れて、リビングで一息つく。
スマートフォンを開いて、大して興味もない動画をぼうっと垂れ流していた。
すると、パートで働いていた累さんが帰ってきた。
累さんはまだ俺が起きていることに驚いたようだったが、すぐに笑顔を作った。
疲労を感じさせないように努めた、優しい笑顔だった。
「累さんおかえりなさい。今日もお疲れ様です」
「蓮くんただいま。こんな時間まで起きてるなんて珍しいのね」
「すみません、何だか上手く寝付けなくて」
「あ、別に責めてるわけじゃないのよ。私も久しぶりに蓮くんと話せて嬉しいし」
「大丈夫です。わかってますよ」
累さんは優しい。
俺と璃亜のことを第一に考えてくれていると思う。
連れ子の俺にも璃亜と変わらず接してくれる。
自分の生活のことも省みず、俺たちのために毎日遅くまで無理してくれている。
「晩御飯は冷蔵庫にラップして置いてあるので、レンジで温めて食べてくださいね。最近は璃亜が作ってくれることも多いんですよ」
「ありがとう。そう、璃亜が」
「最近はよく彼女から話してくれるようにもなりました。何か心境の変化があったんですかね」
「どうかしら。昔からあの子は、お兄ちゃんのことが大好きだったから。ちょっと素直になっただけかもね」
「昔から……」
「昔から、今までずっと。ちょっと、心配なくらいに」
「あはは、それは安心してください」
「えっと、蓮くんが璃亜を貰ってくれるからってことかしら?」
「違いますよ……ちゃんとお兄ちゃんでいるからってことです」
こういうところは、親子だなと感じる。
まったく、璃亜みたいなとぼけた言い間違いをするんだから。
「ふふ、別にちゃんと責任取ってくれるならいいのよ? 蓮くんなら安心だし、なんとなく将来も安泰そうだし、別に血も繋がってないし。ほら、うちの娘もとってもかわいいし」
「……累さんからそんなことを言われるなんて思わなかったです」
「そう? 二人に何かあっても、私は別に反対しないわよ?」
「はいはい、わかりました。でも、ないですよ、別になにも」
枕元で囁かれる彼女の甘ったるい声が脳裏をよぎる。
バイト先に来て、ペンダントを選んでもらってはしゃぐ璃亜の姿が思い出される。
先日、お風呂に侵入してきた璃亜のことを考える。
白く柔らかい肌と、蠱惑的な笑顔と、年相応の照れた顔と、計算しつくされたあざといポーズと、徐々に上手くなっている料理と、お兄ちゃんと呼ぶその声と――。
なにもない――そう言うには、ここ最近の璃亜は女の子が過ぎた。
「蓮くん、学校は楽しい?」
「はい、楽しいですよ」
「もっと、やりたいことやっていいのよ? 好きなことをしていいし、私に気を遣わなくていいし」
「気なんて使ってないですよ。いつもお世話になってますし、不満もありませんし、累さん優しいし」
「お金のことだって気にしないで。最近体の調子はいいし、お給料も上がりそうなの。それに蓄えもないわけじゃないし。だから、バイトもしなくていいのよ。ほら、部活とか、友達と遊んだりとか、学生なんて遊ぶのが仕事なんだから!」
累さんは、まるで用意していた文言を読み上げるように、俺の顔色を伺いながら言った。
もしかしたら、俺のことで悩んでいたのかもしれない。
俺が上手くできていなかったら、余計な不安を抱かせていたのかもしれない。
「本当に大丈夫ですよ。バイトは好きでやってることですし! ほら、働くのは楽しいなあって思いますし」
「でも、それなら稼いだお金は自分で使わなくちゃ。友達とか、高校生なら恋愛とか」
「俺友達とかほとんどいないし、そういうのも興味ないし。やりたいことも別にないですし。累さんは俺が我慢してるとか思ってるかもしれないですけど、そんなことないんですよ」
住む場所があって、食べるものがあって、家族がいる。
そう、璃亜と累さんは家族だから、家族のためにできることをするのは当たり前のことだ。
無理とか、我慢とか、そんな話じゃないのだ。
優しい母親がいて、優しい妹がいて、他に望むことなんてない。
例え血が繋がっていなくても家族だから、そのはずなんだから。
「私には、無理してるように見える……かも」
「そんなことありませんよ」
「…………そっか、蓮くんがそういうなら、そうなのかな」
「はい、そうなんですよ」
悲しそうに目を伏せる累さんを見ないふりをした。
それ以外に俺は方法を知らないから、累さんを悲しませているとしても、二人を支えてあげる方法がこれ以外に思いつかないから、俺は今日も気づかないふりをする。
二人の優しさを受け取ってしまったら、それこそ不安になってしまうから。
ガチャリ――リビングのドアが開き、そこにはルームウェア姿の一人の少女が立っていた。
むすっとした表情で、俺たちを見て、早歩きでこちらへやって来る。
「…………璃亜、起きてたのか」
俺の目の前に立つと、璃亜は人差し指を突き付けて一言。
「蓮くんは嘘をついています」
綺麗な瞳を細めて、そう言い放った。
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