第34話「迷走、俺の妹は妹なのだろうか(2)」
「あのさ、青柳さんも、こまっちゃんも蓮のこと蓮くんって呼ぶよな」
陽人はずっと気になっていたようで、眉を顰めながら言った。
「そうだね、特に気にしたことないけど……」
「ですね、蓮くんは蓮くんです」
璃亜に関しては、昔はお兄ちゃんと呼んでくれていた。
俺らには三年の冷戦期間があった。
そして、再び関係が回復した今でも、呼び方である蓮くんのままだ。
たまに、照れた時なのか、余裕が無くなった時なのかお兄ちゃんと呼んでくれることはあるが、それくらい。
後は、夜中に俺の部屋に忍び込んで洗脳してくる時くらいだろうか。
昔はお兄ちゃんと呼ばれて舞い上がっていたものだが、まあ、今となっては別に呼び方なんてどうでもいい。別にちょっとお兄ちゃんと呼ばれたいとかそんなことは思っていない。まったく、思ってないからな。
「それちょっと分かりづらくないか?」
「分かりづらい……ですか?」
「ああ、そうだ。もし、これがラノベだったら、ヒロインの主人公の呼び方が一緒だったら読者からしたら分かりづらいじゃんか!」
「どんなもしもだよ……意味わかんねえよ」
「な、なるほど……すごいね、陽人くんは優しいな。読者さんのことまで考えてるなんて」
「え…………小町先輩?」
マジトーンの幼女先輩に心配通り越して、若干引いた。
この子は本当に将来が心配だ。
「た、たしかに! それは一理あるかもしれませんね!」
「ねえよ?」
そして、璃亜のは完全に悪ノリだった。
面白そうだからとりあえずのっておこう、という魂胆がにやけ顔から透けて見える。
「でもな、蓮くんは蓮くんだしな。他になんて呼んだらいいのかな?」
「例えば……後輩くんなんてどうでしょう。ありきたりですが、キャラも立ちます」
陽人に関しては、何が楽しくてそんなノリノリなのか全くわからんぞ。
「きゃらだち……? でも、それを言ったら、陽人くんも、璃亜ちゃんも後輩だけど……」
「こまっちゃん、それがいいんじゃないですか!」
俺の呼び方どうこうより、お前の小町先輩への呼び方を直したほうがいいと思うんだが。
何がこまっちゃんだ、先輩だぞ? ちくしょう、かわいいじゃねえか。
「そ、そうなの……?」
「はい。後輩くんと呼ぶと、蓮はこう言います。後輩って、俺以外にもたくさんいるでしょう? と。そしたら、小町先輩はすかさず、ううん、私の後輩くんは君だけだよ、って言うんです! それで蓮の心はばっちり掴めます」
小町先輩から見えないところで、俺へサムズアップする陽人。
お前は本当に何をしたいんだ……。
その俺に感謝しろよ? って顔止めろ。
「な、なるほど……それはあれだね、なんだかドキドキするやりとりだね」
小町先輩は、陽人を見て感銘を受けたように目を見開いていた。
「ど、どうかな……蓮くんはどっちの方がいい?」
「え、えっと……別にどちらでもというか……」
「どっちでもいいが一番困るんだよ、後輩くん?」
「うぐ……っ」
俺の顔を覗き込んで、頬を薄紅色に染めて小さく呟く小町先輩。
か、かわいい……なんだろ、戸惑ってる小町先輩がかわいい。
呼び方もたしかに……思ったより悪くなかった。
陽人は小町先輩の後ろから、妙にムカつくにやけ顔を浮かべている。
ほらな、いいだろ? 俺の言った通りだろ、そんな考えが顔面から滲み出ていた。
「それで、どっちのがいいかな? 私としては、後輩くんってのはありだな。だって、私先輩だしな。その辺アピールしていくことが大事だもんね」
「な、なるほど……小町先輩がそれでいいなら」
自分が先輩であることをわざわざ主張してくるあたりが子供っぽいのだが、小町先輩がそれに気づくのはもう少し先の話だろう。
俺としては一生そのままでいてほしい。
ほら、アイデンティティがなくなっちゃうのは可哀想だもんね。
「むぅ……なんかすごく失礼なこと思われてる気がするな」
「そんなことないですよ」
「ほんとかな」
「はい。小町先輩の先輩っぽさがこれでまた増したなあと感心していたところです」
「………………な、なんていい後輩くんだ……っ! 疑ってごめんよ……先輩としてあるまじき行為だったな」
小町先輩は少し考え込んだ後、申し訳なさそうにそう言った。
小町先輩の視線が俺の良心にダイレクトアタック。
加えて、璃亜と陽人からもしらっとした目を向けられてしまった。
もう止めて、俺のライフはとっくにゼロよ……っ。
「くっ、これは私も負けていられませんね」
それを見て、璃亜は謎に対抗心を燃やしていた。
ぐっと両拳を握って気合を入れる。
「呼び方が被ってるのが問題だったんだから、別に璃亜はそのままでいいんじゃないか?」
そもそも問題もクソもないのだけれども。
「えぇえ、だってなんか私も新しいの欲しいじゃないですか! 分かりますかこの気持ち! お姉ちゃんだけ新しいおもちゃ買ってもらって、私には何もないみたいな! お姉ちゃんいたことないですけど!」
「その例えはよくわからんけども。それなら、昔みたいにお兄ちゃん、とか?」
「それは、蓮くんがそう呼ばれたいってことですか?」
「別にそういうわけでは……」
「じゃあ、ダメです。いいですか? 私が蓮くんをお兄ちゃんと呼ぶのはいい感じの雰囲気で交換抜群クリティカルヒットを叩き出せそうなときだけです。お兄ちゃんの安売りはしないのです」
「うわ、あれ計算だったのかよ。あざと」
それとも、照れ隠しでそういうことにしたのか。
なんとも判断に迷うラインである。
「にっへっへ。そうでしょう、そうでしょう。あざとかわいい妹でやらせてもらってます、璃亜ちゃんです」
「いいな、璃亜ちゃんいいな。私もあざといって言われたい! なんか大人な感じするもん!」
「そうですねえ、小町先輩もある意味あざといですよ」
今までの言動全部計算ならとてつもなくあざといことにはなるのだが……これ素だもんなあ。小町先輩。
「ある意味ってなにさ!?」
「いい意味ってことです」
「後輩くん、それ万能の言葉だと思ってないかな!?」
「お、さっそく後輩くん呼びが出たぞ。中々やるな、こまっちゃん」
なんて、やんややんやと騒いでいると、昼休み終了五分前のチャイムが鳴り響く。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。
ずっとこんな日常が……なんて思うのは、これ以上ないほどの破滅フラグ。
そうと分かりながらも、願わずにいられない。
ささやかで尊い日常が終わることのないように、と。
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