第28話「どうしても憎めないちっこい先輩」

 放課後。

 目の前にはやけにニコニコとした笑顔の小町先輩がいた。

 陽人は何かを察知したのか、通学鞄を持ってそそくさと部活へ行ってしまう。


 俺は知っている。というか、最近学んだ。

 女の子がこういう顔をしているときは、基本的にいいことはない、と。


「蓮くん、こんにちは」


「小町先輩、さようなら」


「なんで!? 挨拶はちゃんとしよーよー」


「だから、ちゃんとさようならって言ったでしょう?」


「た、たしかに。ならいいのか……?」


「ということで、小町先輩も気を付けて帰ってくださいね。お菓子をくれるって言われても知らない人には着いていっちゃダメですよ」


「ついてかないよぅ! もうそんな失敗しないよ! 私小学生じゃないんだよ!?」


 いや、今までにその経験あるのかよ。驚きだわ。

 このちょろい先輩の将来が本気で心配になってくる。

 セールスと宗教勧誘にはくれぐれも気を付けて健やかに育っていただきたい。


「って、なに帰ろうとしてるのさ! そんなんじゃ騙されないよ」


「ほほう、先輩も成長してるんですね」


「そうだよ、私なんてったって先輩だし。同じ失敗は二度と……二度はするかもな、でも三度はしないよ! 三度目の正直っていうもんね」


「それちょっと違うような……」


「とーにーかーくー! すぐ帰ろうとしないでよ! こんな美人な先輩がわざわざ会いに来てるんだからもっと喜んでよ」


「美人な……? 先輩……?」


 目の前のちんちくりんな先輩を見て首を傾げる。

 合法ロリ。ぺったんこ。幼女先輩。小動物。

 あれ、美人な先輩はどこだ?


「ということで、美人な先輩である私が蓮くんをデートに誘ってあげます!」


 柔らかそうな頬をぷくぅと膨らませた小町先輩は、少々強引に話を進めることにしたようだ。


 懐から二枚の紙を取り出すと、無理やりに俺に押し付けてきた。


「これは……チケット?」


「そう、近くで美術展が開かれることになったの。だから、一緒にどうかなって。次の土曜日とか!」


「えっと、そのですね……」


「チケットは偶然手に入れたものだから蓮くんは気にしなくていいよ! 付き合ってもらうお礼にご飯も奢るよ! だから、お金の心配はしないで!」


「ぐっ……でも、バイトが……」


「ば、バイトはほら! お店が休みになるかもしれないよ!」


「いや、土曜日で休みはないですよ……って、ん?」


 ぴこん、とスマートフォンの通知音が鳴る。

 澪さんからだ。メッセージアプリを開くと、若作りを頑張ったおばさんのような絵文字の多さのメッセージが届いていた。


 どうやら、小町先輩が言うように、本当に次の土曜日は営業しないらしい。

 理由は、推している地下アイドルグループのライブがあるから、とのこと。


 これ絶対小町先輩が一枚噛んでるだろ……。


「ね!」


「ね、じゃないですよ……」


 このちっこい先輩、俺の断る理由を尽く潰してきやがる。


「どうかな? それとも、私と出掛けるの……そんなに嫌だった?」


「そ、そんなことは……」


 冷静に考えてみると、デメリットなんて何もないのだ。

 別に美術展に行くぐらいいいんじゃないのか?

 絵を描くわけじゃないし、見るくらいなら別に。


 無料だし、ご飯も奢ってくれるらしいし、あんまり人の好意を無下にするのは良くないと思うし、小町先輩のことは嫌いじゃないし、ちょっとだけ興味があるし……別に一般的な範囲での興味というか、特別な意味はないというか……だから。


「わ、わかりました。いきます」


「ほ、本当に!! やたっ!! 絶対だよ! 約束だよ! やっぱなしとかダメだよ!」


 その場で飛び跳ねて喜ぶ小町先輩。

 それを見て、思わず頬が緩みそうになる。


 本当に人たらしだな、この人は。

 そんなに喜ばれたら、悪い気がしないじゃないか。


「そんなこと言いませんよ。次の土曜日ですよね。ちゃんと開けときます」


「うん! 楽しみにしてるねっ!」

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