第24話「兄のお風呂を覗く妹はふつうじゃないよね?」

 湯船につかり、大きく伸びをする。

 うちの浴槽では足を延ばしきることは叶わず、緩く膝を折った。


 身体を弛緩させ、大きく息を吐く。

 こうしていると、一日中の疲れが滲んで溶けて流れ出るようだ。


「絵……なんて描いたところで、な」


 顔の半分まで湯船につかり、あぶくを立てる。


 思い出すのは、小町先輩と璃亜のこと。

 学校でしつこく美術部に誘ってきた小町先輩は、ついにバイト先にまで現れた。

 璃亜も一緒にというのが問題だ。

 璃亜はなんだかんだ強かで、俺が思ったより俺のことをよく知っているのだろう。

 最近は、そんな気がしてる。


「はあ……悪意がないだけ質が悪い」


 小町先輩も璃亜も優しいから。

 まあ、璃亜の態度が急変した原因は未だに分かっていないのだが。


 もう一度大きく伸びをして、体を洗おうと立ち上がると――。


「きゃーっ! 私のえっちーっ!」


 勢いよく浴室のドアが開き、白のタオルを巻いた璃亜が現れた。

 後ろで髪をまとめた璃亜は、意味の分からないことを口走りながら侵入してきた。


「なっ、お、お前…………」


 予期せぬ来訪者に、俺は思わず固まってしまう。

 もちろん扇情的な璃亜の姿に思うところがあったというのもあるが、それ以上に、俺の格好がまずかった。体を洗おうと浴槽から立ち上がったところつまり――ぱおーん。


「お、おお…………いいタイミングで来ちゃいましたね」


 璃亜は両手で自分の視線を遮っているのだが、その隙間からちらちらとこちらを覗いているのも丸わかりだった。


「出てけ――っ!」


 手元の石鹸を手に取り、投擲。

 ぱこーんと子気味のいい音が響いて、璃亜の額にクリティカルヒットした。


「あぎゃぅ――!?」


 なんて、呻き声を発して、璃亜はその場に蹲った。

 その間に俺は、慌てて腰にタオルを巻いた。

 まったく、本当に油断も隙もないやつだ。


「蓮くん酷いですよぉ…………これ以上璃亜の頭のネジが緩んだらどうするんですか!」


「大丈夫だ、それ以上緩みようがないから。ていうか、女が男の風呂覗くか? ふつう逆だろ………」


「あー! いけないんですよ、蓮くん。今のは差別です、ジェンダーなんちゃらかんちゃらです、炎上です! いいですか? 女の子も男の子のお風呂を覗きます! はい、リピートアフターミー!」


「お前こそ炎上しちまえ。男女関係なく、人が入ってる風呂場には入らないもんなんだよ」


「でも、蓮くんちょっと嬉しかったでしょう?」


「マジで嬉しくねえから!」


「わ、分かりました! じゃあ、こうしましょう! 私がお風呂に入ってるときも、一回だけ覗きに来てもいいですよ。これで平等でしょう?」


「そういう問題じゃねえよ? なんも分かってねえじゃねえか」


「とりあえず、出てけ。すぐ上がるから」


「分かりました、ではとりあえず蓮くんの背中を流させてください」


「だから、お前はなにも分かってないな!? 余計なことしないでくれ」


「じゃあ、蓮くんが背中を流させてくれないなら、お母さんに蓮くんにお風呂を覗かれたと報告します」


「……………………」


 ふふん、と璃亜はしたり顔だ。


 脅迫じゃん。こいつ、ヤバい切り札を切って来やがった。

 ここで俺が、いや、逆で璃亜が急に入ってきて…………と説明したところで信じられはしないだろう。クソ、何が男女平等だ。


「お兄ちゃん、背中流してあげようか?」


 にっこにこの笑顔だった。

 彼女の申し出脅迫に俺が返せる答えは一つだけ。


「…………お願いします」

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