第22話「月とガーネットとアルエット(4)」

 身に着けたペンダントを見つめ、璃亜と小町先輩は満足気な様子だった。

 そのまま気持ちよく帰宅していただくのが俺としては一番なのだが、もちろん彼女たちはただ買い物をしに俺のバイト先を訪ねてきたわけではないのだろう。


 わざとらしく大して広くもない店内をぶらつき、璃亜と小町先輩はなにやら目配せをする。

 というより、視線で何かを必死に訴える璃亜に、小町先輩は首をかしげていた。

 数秒してからやっと、何かを思い出したように頭上に電球をテカらせる。


「オシャレなお店ですよね、ここ」


「だよね! この前来た時から思ってたんだ。なんか、こう、すごくぐわあってなるよね」


 璃亜が店内を見回して、唐突に口を開く。


 店内を敷き詰めるように配置された、ハンガーラック。木製の棚には先ほど璃亜たちが見ていたネックレスや、リング類、帽子などが置かれている。壁にも隙間なく異国風のポスターや、澪さんが趣味で集めたどこぞの部族が被っていそうな仮面、服というより衣装と呼んだ方が相応しいような派手なコートがかけられていた。

 澪さんの背の丈ほどある観葉植物は、一度本物を買ったらしいが、葉が落ちたり、虫が湧いたりで面倒だったらしく、今はフェイクグリーンだ。


 店内を満たすシックな音楽は微妙にミスマッチに感じるが、俺は正直気に入っていた。


「そうかい? いやぁ、趣味で集めていた小物が役に立ってよかったよ。ママンには趣味が悪い、さっさと捨てろなんて言われていたけど、どこで使えるかわからないものだね」


 二人の世事に、澪さんはすっかり気をよくしていた。

 随分こだわって内装を作り込んでいたから、嬉しいんだろうなあ。


「でも、なにか物足りない気がしますよね」


「そうだね、なんだろ。あれだね、そう、例えばいい感じの絵なんかあったらちょうどいいかも!」


「そう、それです! さすが先輩! それさえあれば完璧です」


 ちら、ちらちら、とこちらを見る璃亜と小町先輩。


「あ、そういえば、このお店のバイトに絵が上手な人がいた気がするな」


「たしかに! それなら私にも思い当たる人がいます。なんなら、身内なので頼めば多分すぐに描いてくれます」


 ちら、ちら、ちらちらちら、と更に視線を飛ばす二人。


「しゃーらっせー」


 俺は気づかないふりをして、適当な挨拶をしながら並べられた服を畳みなおす。

 アパレルショップでバイトしていると、床や壁を使うことなくさっと服を畳めるようになってしまう。

 ちょっと、崩れてると気になるんだよなあ。

 ほっ、よっ。おお、なかなか綺麗になったじゃないか。

 こういう小さなところで売り上げに差が出るからな、気を付けないと。


「あー! それだけあればこのお店はもっとお客さん来ると思うんだけどなあ」


「ですねえ! 多分売上が二倍に増えると思います!」


 二人は俺のすぐ後ろまで来て、わざわざ大声を出す。


 二倍になるわけあるか。ここは絵画展じゃねえんだぞ。


「売上……二倍っ!?」


 おい、店長。

 くいつくな、瞳を¥間かかるでしょう?」


「いいえ、それがなんと! 絵を描くことで売り上げが二倍になると彼の給料も上がるので、実質絵を描いてる時間も働いてることになるのです!」


 おい、売り上げに二倍になる前提の計算やめろ。絶対にならねえから。


「売上……二倍っっ!?」


 店長さん? 無茶な計算に瞳を輝かせるなよ。


「わぁあ! すごい! そんなおいしい話があるんだ!」


「そうなのです、今ならデメリットゼロ! やらない選択肢なんて選びようがありません!」


 璃亜と小町先輩は、ずいっと横から顔を出して圧をかけてくる。


 わあ、今日の夜ご飯は何にしようかなあ、卵が余ってたしオムライスでも作ろうかなあ。


「「さあ! 蓮くん! 是非、お店のために絵を描いてください!」」


 俺の両肩を掴み、耳元で大声を出す。


「ああ、もううるさい、うるさーい!!」


 両腕を上げて、二人を振り払う。

 電灯に群がる蛾かお前らは。誰が電灯だ。


 聞こえないふりをするのも、心の中でツッコミを入れるのもそろそろ限界だった。

 主に鼓膜が限界。耳元でキンキン声出して騒いでくれるな。


「お? やっと描く気になったんですね」


「なってねえよ! 鼓膜破る気か。ほら、もう買い物も終わっただろ。帰った、帰った」


 二人の後ろに回り込み、背中の襟を掴む。

 そのまま、ドアの方まで全力で押し込んだ。


「え、ちょ? 蓮くん!?」


「待ってください、まだ話は終わってないですよ!?」


 もう勘弁してくれ。


 二人が急に仲よくなって怪しいと思ってたけど、やっぱりこういうことかよ。

 小町先輩だけなら適当にあしらえるし、なんて思ったが、マイシスターがなかなかやっかいだ。混ぜるな危険。誰とも混ざるなマイシスター。


「終わった、終了、さようなら! またお越しください!」


 頼むから諦めてくれ、俺も諦めたんだから。


「ああ、ちょ、待ってください、蓮く――――」


 抗議する二人の言葉を聞き届けることなく、強引にドアを閉めた。

 はあ……まったく、油断も隙も無いやつらだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る