第20話「月とガーネットとアルエット(2)」

 どこかで見た光景だ。

 小町先輩はに関しては、どうせまた来るんだろうなあと思っていたからいいとして、驚いたのは、先輩の隣にいるもう一人の人物に対してだ。


 女子高生二人組。

 美術部の部長を務める見た目は中学生の先輩、花崎小町。

 そして、ブレザーのよく似合う美少女、後輩……というか、妹。


「璃亜!? お前なんでここに……」


「わ、わー! 蓮くん奇遇ですね! ちょっと気になって入ったお店が蓮くんのバイト先だったなんて、運命ですね~!」


 めちゃくちゃ棒読みだった。

 璃亜が古着屋で服を買ってるところなんて見たことないし、普段の私服の系統からはかけ離れている。


「そんな偶然があってたまるか!」


「ほんと、偶然だね! 蓮くん!」


「小町先輩に関しては無理がありますよ」


 璃亜に便乗して、はっと何かに気づいたように小町先輩は声を上げる。

 この前も来ただろうが。

 しかも、誰かに教えてもらったって言ってたじゃねえか。

 その誰かも大体検討ついてるけどさ。


「小町ちゃんこの前ぶりだね~」


「はい! この前買った服すごく気に入っちゃって、また澪さんに選んでもらえたらなって……えへへ」


「くぅ……っ。なんていい子なんだ! 妹にしたい! 蓮きゅん、彼女はVIPとして丁重に扱うように!」


「ビップって……」


 感極まった澪さんが、小町先輩を思いきり抱き寄せる。

 豊満なバストが押し付けられ、先輩は何やら複雑そうな顔をしていた。

 あれ? おかしいな? こんなに差があるものなのかな?

 なんて呟く先輩の瞳から、段々とハイライトが抜けていってる気がする。


 くっ、小町先輩になんとも邪険にしづらい雰囲気を作られてしまった。

 彼女のことだから計算ではなく、本心からの言葉なのだろうが、だからこそやりにくいったらありゃしない。


「てか、璃亜と小町先輩って面識あったんですね」


「うん! 最近仲良くなったんだ! 璃亜ちゃんすごくいい子だね。こんな可愛い妹がいて蓮くんは幸せものだね」


「なるほど、俺が璃亜の兄だとは知ってるんですね」


 璃亜に小町先輩のことを話したことはないし、その逆もない。

 まあ、苗字が一緒だからそれで気づいた可能性もあるけど、小町先輩の反応を見るに、二人の出会いは偶然じゃなさそうだ。


「うん! って……あれ? これって蓮くんに知られない方がいいことだったのかな? まずかったかな、璃亜ちゃん」


 頭上にクエスチョンマークを数個浮かべて、小町先輩は璃亜に尋ねる。

 璃亜は完璧な笑顔を少し引きつらせていた。

 妹よ、君の気持ちはよくわかるぞ。

 この先輩基本ポンコツだからな。絵はうまいんだけどな。


「い、いえ! そんなことはないですよ! ほら、先輩が美術部って言うから、私の兄も絵を描いててって話をして!」


「そうそう! そうなのだよ、蓮くん!」


「はあ、まあ、別にどっちでもいいですけど」


 二人が仲良くしてくれることは、いいことだと思う。

 何を考えてるのかはわからない……いや、だいたい想像は付くが、別に普段通りにしてれば関係のないことだ。


 あくまで俺はアルエットの店員。

 誰であろうと、お客さんは最低限もてなす必要がある。

 もう澪さんに怒られたくはないし。


「璃亜も服を見に来たのか?」


「いえ! 私は蓮くんの働きぶりをチェックしにきました! あの蓮くんにまともに接客業が勤まるのか……そう、今私は親のような気持ちです」


「俺はなんだと思われてるんだ……」


「さあ! 心行くまま私を接客してください! お姫様のように丁重に扱ってください! お姫様そのものとして扱ってください!」


「そういうサービスをしてるお店ではないぞ……」


 ふふん、と胸を張る璃亜はいつもと変わらぬ調子だった。


 小町先輩は楽しそうに澪さんと話している。

 また俺を勧誘しに来たのかと警戒したが、少し自意識過剰だったかもしれない。

 シンプルに澪さんと会いたくてって可能性の方が大きそうだ。


「蓮くん、蓮くん、この中だとどれが私に似合いますか?」


 璃亜はネックレスが並べられた棚を指さして、問うた。


「ネックレスが欲しいのか?」


「んー、そうですね、蓮くんに何か選んでもらいたい気分なのです。でも、服だとちょっと私の系統と違うかなって感じなので」


「正直なやつだな。選ぶくらい、まあ、構わないけど」


「本当ですか! やたっ」


 璃亜は小さく飛び跳ねて喜ぶ。

 なんか普通にデートみたいだな、なんて思ってしまったのはナイショだ。

 でも、こいつ妙に勘が鋭いから、気づかれているんじゃないかとも思う。

 ほら、この俺をからかうような笑顔を見てると余計そう感じる。


 俺は気づかないふりをして、棚の上のネックレスに視線を移す。


 どうしよう、女子高生が好むネックレスとか分からないぞ、俺。

 璃亜に似合うのはやっぱり可愛い感じのやつだろうか。


 璃亜に今聞けば、蓮くんが選んでくれたらなんでも嬉しいですよ、なんて言いそうだが、俺はそれが嘘だと知っている。

 女の子の言う何でもいいには、枕詞に私の好きな物ならが入る。


「………………」


 どうしよう、隣でニコニコしてる璃亜がちょっと怖い。


「璃亜?」


「決まりましたか!」


「い、いや……どういう系統のが好きなのかなって」


「それも全て蓮くんにお任せします! 蓮くんが選んでくれることに意味があるんです!」


「…………で、ですよねえ」


 さすが、兄。

 我ながら我は兄。

 思った通りの反応が返ってきた。


 そして、どれくらい時間が経っただろうか。


「じゃあ、これで」


 俺は赤の宝石がついたネックレスを選んだ。


「ほお、なるほど、なるほど」


 璃亜はそれを手に取り、楽しそうに吟味している。


「蓮くんらしい選び方ですね」


「…………」


「私の誕生日が一月だから、誕生石であるガーネットを選んだというところでしょうか。何か理由づけをするところがぽいです」


「ぐぅ……」


 全てバレている。

 さすが妹。


「ちなみに多分これガーネットじゃないです」


「うぐ…………」


 そんな気もちょっとしてた。

 だって、そこまで見破られるなんて思わないじゃんか……。


「まあ、でも、最初に言った通り、蓮くんが選んでくれたことが大事ですからね。本当に嬉しいですよ? 十五分も目の前で悩んでくれたことですし」


「そんなに時間経ってた!?」


 ほんの二、三分くらいだと思っていた。


「ただ…………私、今……その……」


 璃亜はネックレスを見て、悩まし気に目を泳がせたり、唇を動かして言葉を探したりしていた。落ち着きがない様子で、たまにこちらを見ては、目を伏せる。


 ああ、なるほど。


「俺が買うよ」


「へ!? あ、いや大丈夫ですよ!? 本当にそういう意味とか、アピールとかじゃなくてですね」


「それもちゃんと分かってる。その上で、それくらい払わせてくれ。まあ、あれだ、お兄ちゃんからのプレゼントだ。それくらいの余裕はあるからさ」


「え、でも、今日なんもない日ですよ?」


「最近家事とか頑張ってくれてるし、まあ、そのお礼だと思ってくれ」


「でも、別に好きでやってることですし、そもそも、今まで全部蓮くんに任せてたのがおかしくて……」


「はあ、別に理由なんていいだろ。そういう気分になったんだよ。まあ、いらないっていうなら別に」


「い、いります、いります! 蓮くんにネックレスを買ってもらえるなんてそんな素敵すぎるスペシャルでプリティできゅあっきゅあなイベント逃すわけがありません!」


「そっか、じゃあ問題ないな」


 わかってる、悩まし気にこちらを見ていたのも、別に俺にねだっていたわけじゃなくて、ただ遠慮していたのだ。家計を支えるために働いてる兄のバイト先に来て、自分だけに好きに買い物をするのを引け目に思ったのだ。


 まったく、変なところで気を遣うやつだ。

 俺が働いてるのは、璃亜がそんな心配しなくていいように、って理由もあるってのに。


 まあ、高校生の俺からしたら決して安い額じゃないが、これくらいはいいよな。


 俺だってたまにはお兄ちゃんらしいことしたいのだ。

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