第19話「月とガーネットとアルエット」
窓を拭き、畳まれた服を整え、床を箒と塵取りを使って綺麗にする。
掃除の必要がないくらいに保たれてはいるのだが、今すぐこなさなくてはならない業務もないので仕方なく箒を動かしている。
「…………はあ」
すると、後ろからクソデカなため息が漏れる。
相手にしていいことがないのはこれまでの経験でわかっているので、気にせず掃除を続ける。せっかくだからと、しゃがんで棚の奥の埃まで掃き出すことにした。
「…………はぁぁああん」
すると、更にクソデカなため息が漏れた。
いや、今のはため息なのか……?
「変な声出さないでください。集中できないじゃないですか」
「なにさ、集中してやる仕事なんてないじゃんかよ~」
振り返ると、そこにはレジカウンターで突っ伏した
ぽけーっとした顔で、力なく右手を上げて俺に抗議する。
「でも、澪さんはやることありますよね。いいんですか?」
彼女の隣にあるノートパソコンに視線をスライドさせる。
そろそろスリーブモードになってる頃だろう。なんとも大人しいものである。
「いいかい、蓮きゅん。仕事があるのと、それをやるかどうかは全く別の話なのだよ」
「胸を張って言うことじゃないですよね」
「でも、私おっぱいはあるから、胸を張ったら蓮きゅんも嬉しいだろう?」
「何を意味の分からないことを……」
なんて言いながらも、そんなことを口に出されてしまえば意識はしてしまうわけで。
俺の視線は澪さんの胸元に吸い寄せられる。
ふくよかなる二つの山。たわわなそれはデスクに押しつぶされて形を変え――って、澪さん相手に何考えてんだ、俺。
「お、蓮きゅん今見たね?」
「み、みみみてないですよ!?」
俺は慌てて視線を逸らし、箒を握りしめる。
澪さんに背中を向けて、掃除を再開した。
「女の子からしたらそういうのすぐわかるから、気を付けた方がいいよ~」
「は、はあ」
「小町ちゃんも蓮きゅんのいやらしい視線に気づいてるかもよ?」
「小町先輩はそういうのじゃなですし……それに、そうなることもないというか」
胸がないと言うか……幼女と言うか。
なんて言うと、私大人なお姉さんなんだけどねっ! とか怒られそうだが。
「あ、ああ……うん、なるほど」
澪さんもそれに気づいたのか、若干気まずそうに首肯した。
「とりあえず、今のは次小町ちゃんにあったら報告するとして……」
「何をですか!? 絶対にやめてくださいよ!?」
俺の学校生活を暗黒に陥れる気か!?
学校なんて閉鎖空間すぐに噂が広まるんだから、本当に止めていただきたい。
「小町ちゃんには、蓮きゅんがそのちっぱいをぺろぺろしたいと言っていたとしっかり伝えておこう」
「全く事実と異なることが伝わろうとしている!?」
「あっはっは、蓮きゅん。大事なのは事実かどうかじゃない。伝えられた側が何を信じるかだよ」
「この大人最低だ!? 人の心がなさすぎる!?」
焦る俺の表情を見て、大口を開けて笑う澪さん。
こうなるから真面目に掃除をしていたというのに、気づいたら彼女のペースに乗せられていた。怖ろしい人め……。
カランコロン――オシャレなカフェに憧れた澪さんがなぜか古着屋であるアルエットにつけた、金色のベルが鳴る。
控えめに扉が開けられ、湿気を孕んだ空気と共にお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ」
澪さんの切り替えはさすがの物で、すっと立ち上がると営業用のスマイルを浮かべた。
俺も澪さんに倣って立ち上がり、出迎えるのだが。
「いらっしゃいま……せ」
満足気な笑みで入店する少女に、思わず笑顔を引きつらせるのだった。
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