第18話「兄を想う乙女の作法(3)・璃亜(妹)サイド」
これはずっと秘めてきた想いだ。
隠しきれず、漏れ出してしまった想いだ。
あの日から私は、ずっとお兄ちゃんの部屋に忍び込むことはしていない。
朝早く起きて朝ごはんを作るから、その分早く寝なくてはならないというのもあるが、それ以上に恥ずかしさがあった。
バレていないと思ったから、聞かれていないと思ったから大胆になれた。
それか、少し茶化してあざとい妹を演じれば少し大胆になれる。
でも、もう限界だ。
だって、クセになっていたから。
眠りにつくお兄ちゃんの枕元で、愛を囁くことが、擦りこむことが、洗脳したいほどの想いをぶつけることが、クセになっていた。
「お兄ちゃん、何度見てもかわいい寝顔ですね」
今夜、私は久しぶりにお兄ちゃんの部屋に忍び込んだ。
「何をしても気づかなそうですね?」
うりうり、とほっぺを指で突いてみる。
くすぐったそうに小さな呻き声を上げる様が可愛らしい。
「意外とまつ毛も長いですよね」
ふぅと耳に息を吹きかけてみる。
くすぐったそうに身をよじる様も可愛らしい。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん――」
背中に頬を摺り寄せて名前を呼ぶ。
何度も、何度も、何度も呼ぶたびに、愛おしさがこみ上げてくる。
耳を寄せると、僅かに心臓の音が聞こえて、それもかわいい。
「お兄ちゃんは璃亜ちゃんが大好きになります。大好きで、大好きで、耐えられなくなって、寝込みを襲っちゃうくらい大好きになります。ええ、いつも私が夜這いを仕掛けていますからね、同じことをされてももちろん怒ったりしません」
お兄ちゃんの背中にこつんと額を合わせて、祈るように呟いた。
「怒るどころか喜びます。嬉しいです。お兄ちゃんにされることならなんでも嬉しいです。ああ、ダメですね、我慢しなくてもいいと、もうお兄ちゃんに冷たくしなくていいと思うと歯止めが効かなくなってきます」
長い間せき止められていた感情が、一気に放たれようとしているのだ。
それはもうすごい勢いで、誰にも止められるわけがなくて、理性なんてあってないようなもので、お兄ちゃんが大好き。
「お兄ちゃん大好きお兄ちゃん大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き――」
お兄ちゃんの背中に頬擦りをして、ゆっくり離れて、優しく口を開く。
「――お兄ちゃん、起きてますよね?」
お兄ちゃんの頬がぴくりと動く。
「えいっ」
お兄ちゃんの脇腹を突いてみる。
「ぐぅ――っ!?」
エビのように体を添わせて、お兄ちゃんは慌てて飛び起きた。
「何してくれるんだ!?」
「だって、蓮くんが反応してくれないんですもん」
「分かっててやってたのか?」
「途中からですけどね。私がどれだけ蓮くんの寝込みを襲ったと思ってるんですか。起きてるかどうかくらいわかりますよ……なんて、一度バレちゃってので言いにくいですけど」
呼吸とか、心臓の音とか、わざとらしい表情とか。
私がどれだけお兄ちゃんを見てきたと思っているのか。
「お前、そんな毎回だったのか……」
「いえ、二日に一回くらいです! 我慢してました」
「それ我慢できてるのか……」
「ええ、これでもとっても我慢していたんです」
「まあ、俺をからかうのもこれくらいにしといてくれよ。明日も学校だろ? もう寝るぞ」
お兄ちゃんは布団を被り、再び横になって私に背を向ける。
お兄ちゃんは今どんな顔をしているだろうか。
照れているのか、本気で迷惑に思っているのか、実はドキドキしてたりするのか。
「からかって言ってるように聞こえますか?」
私はお兄ちゃんの背中を真っ直ぐに見つめていった。
「…………急にどうしたんだよ、最近のお前おかしいぞ」
「蓮くんは急にだって思いますよね。でも、私の気持ちはずっと変わってないんですよ?」
「俺たちは兄妹だよな」
「はい、義理の兄妹ですね」
「そう……だな」
「ごめんなさい、ちょっとさっきは暴走し過ぎちゃいました。でも、そういうの抜きにしても、私は蓮くんに幸せになって欲しいって思ってます。私は少し素直になりました。次は蓮くんの番だと思いませんか?」
「何のことを言ってるのかわからないな」
「ふふ、そうですか。さすが蓮くん。私たち似てるらしいんですけど、今ちょっとそれが分かった気がします」
「それは喜んでいいのかわからないやつだな」
「ほら、やっぱり似てる」
私が指摘された時と同じことを言うものだから、思わず笑ってしまった。
「今日は……おやすみなさい、蓮くん。いい夢を、具体的には璃亜ちゃんが登場するようないい夢を見てくださいね」
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