第14話「妹の笑顔のたった一つの理由」
昼休み。
四時限目終了のチャイムと共に、クラスは喧騒に包まれる。
購買へスタートダッシュを決める者、友人と机をくっつけて弁当を広げるもの、部活の集まりで教室を出るなど、思い思いに休息のひと時を過ごす。
俺はこの時間、いつも
「お願い! この通り!」
両手を合わせて何やら頼み込んでくる彼女の名前は、
彼女はただのクラスメイトで、一言二言言葉を交わしたことがある程度の仲だ。
気軽に頼み事などできる関係ではないはずだが、それでも俺を訪ねてきたのは、それが俺にしか解決できない案件だからだろう。
「ごめん、力になってあげたいけど……他を当たってくれないか?」
「頼むよ! 百人一首バスケ部の力になれるのは青柳くんだけなんだよ!」
「もう一度聞くけど……ふざけてるわけじゃないんだよね」
「どこがふざけてるのさ! 見てよ、このキラキラと輝く純真な瞳を!」
高木さんは、自分の瞳を指さして力説する。
たしかに、無駄に透き通った瞳ではあった。
「う、うん。百人一首とバスケをする部活なの?」
「え? 何言ってるの? 百人一首バスケをする部活だよ?」
「な、なるほど…………」
よくわからん。
何か俺の知らない未知のスポーツ? かすら怪しい競技があるらしい。
深掘りはするなと、俺の脳内で警鐘が響いているのでここはスルー。
別に、部活の内容が問題じゃないしな。
「私は真剣なんだよ! だから、青柳くんに勧誘のポスターを描いて欲しくて」
そう、これが彼女の要件だった。
謎部活の部員を集めるためのポスターを俺に描いてもらいたいらしい。
「真剣なのはわかったけど、やっぱり無理だよ。別に絵がうまいわけもないし」
「お願いだよ、頼れるのが青柳くんしかいなくて」
「そう言われると弱いけど、ごめんね」
「今度学食奢るからさ!」
それは……ちょっと魅力的な条件だ。
「デラックス舞花定食奢るからさ!」
それは……とても魅力的な条件だ。
だが、
「ごめん。というか、俺が絵を描けるってどこで知ったの?」
俺は美術部に所属しているわけではない。
高校に上がってから学校ででどころか、家でも絵なんて描いてない。
「それは――」
高木さんが視線を上げる。
俺もそれに倣って振り返ると、そこには陽人の姿があった。
「陽太……お前……」
何を余計なことを、と非難の視線を浴びせるが、彼は何処吹く風であっけらかんとしていた。
「美柑ちゃんが困ってたからさ。別にそれくらいいいだろ? 描いてやったらいいじゃねえか」
「はあ?」
「それと、お前も困ってたからさ」
「今、お前のせいで困ってるんだよ」
「んー、そうとも言えるかもしれない」
「お前は、俺の事情を知ってるよな」
「ああ、知ってるさ。でも、絵一枚描けないほど時間がないとは知らなかったな~」
「そういうこと言ってるんじゃない」
「ちょ、待って二人とも! 青柳くんもごめん……そこまで嫌がるとは思ってなくて」
険悪な雰囲気になりかけた俺と陽人の間に、高木さんが割って入った。
彼女は俺の方を見て、申し訳なさそうにうつむいてしまう。
「あ、いや……俺の方こそごめん。別に嫌ってのとは違くて……」
「蓮、俺に貸しあったよな?」
陽人は俺の方を見てにやりと口角を上げる。
「…………こんなことに使っていいのか? お前がそこまで高木さんと仲良かったなんてしらなかったよ」
「ちげえよ、バカ。俺ががんばるのはいつだって、親友のお前のためなんだぜ?」
「気持ち悪いこといいやがって」
陽人はそういう歯が浮くようなセリフを、恥ずかしげもなく口にする。
普段からふざけた態度だが、それも含めて嫌味にならないのだから、顔がいいというのはつくづく羨ましい。
陽人が何を考えているのかはよくわからないが、彼が嫌がらせだけで俺に絵を描かせようななんてするやつじゃないことだけは良く知ってる。
俺は陽人みたいな恥ずかしいやつじゃないから、絶対に口には出さないが、彼には日々感謝しているのだ。
「わかったよ、簡単なものでいいなら」
「本当に!? いいの! ありがとう!」
高木さんはそれ聞いて顔を上げると、ぱあと顔を華やかせた。
今にでも手を取って振り回しそうな勢いで喜んでくれている。
感情表現が豊かな子だなあ。
「そんなすぐにはできないと思うけどいいの?」
「うん! 時間あるときでいいから! 完成を楽しみに待ってるね!」
そして、彼女は最後に、ちゃんと学食も奢るから! と付け加えるのだった。
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