第12話「妹がメイドだったりするのは日常?」

「ふむ、なかなかいい子じゃないか。蓮はああいう子が好きなのかね? ん?」


 小町を見送ると、みおさんは意味深な視線を向けてきた。

 ニヤニヤと緩む口元が妙に腹立たしい。


「そういうんじゃないですよ。いい人……だとは思いますけど」


「何を迷ってるんだい?」


「何も迷ってませんよ。ずっと前から結論は出てます」


「つまらなーい。君はつまらないやつだ! 子供なんだからもっとワガママになったらいいのに。描きたいなら、描けばいいさ。単純なことだろ?」


「澪さんは俺の事情を知っていてそれを言うんですね」


 そうだ、単純なことだ。

 単純に考えて、描いてる時間にやらなければならないことがあるから、描かないのだ。


 俺は自覚している。

 実の母がいなくなって、父もいなくなって、こうして普通に生活できているだけでも十分幸せなことで、その俺の幸せのためにしなくていい苦労をしている人がいるのだと言うことを。


 ほとんど娘とも顔を合わせず、仕事を頑張る累さんを見ていて、どの立場から遊んでていいなどと思えようか。


 俺は……血の繋がっていない連れ子なんだから。


 本当は累さんが負う必要のない負担なんだから。


「うん、言うよ。だって、そんなことは君が気にすることじゃない。なんて言って、聞くようならこうはなってないんだろうけど」


「わかってるなら言わないでくださいよ」


「子供のワガママを聞くのが親の仕事だと思うけどなあ」


 私こども居たことないけど、てへ、なんて言ってこの場の空気を壊すようにおちゃらける。


 店内BGMの切り替わりで、一瞬だけ静寂が降りる。

 俺にはその一瞬がとても長いもののように思えた。


 そして、シックなジャズが流れ始めてから、ぼそりと呟く。


「…………親だったらそうなのかもしれませんね」


 口に出してみると、思ったよりいい気がしなくて顔を伏せた。

 そういう時、澪さんがどういう顔をしているか俺は知ってる。

 きっと彼女は明るく努めて笑っている。


「ねえ、蓮」


「はい?」


「時給上げてあげようか?」


「そういう理由ならいらないです。ちゃんと仕事を評価してなら喜んで上げてもらいますけど」


「かーっ! まったく変なとこ真面目なんだから。誰に似たんだか」


 澪さんはふざけて頭を抱える。


 俺は周りの人に恵まれていると思う。

 澪さんにしろ、累さんにしろ、小町先輩も、陽人も、まあ……璃亜も。

 だから、誰も恨んでいないし、不満なんて何もないんだよ。


 ◆


「おかえりなさいませ! お兄様!」


 家へ帰ると、そこにはメイドさんがいた。

 いや、正確にはメイドのコスプレをした璃亜りあがいた。


 白を基調とした丈の短いメイド服。

 メイド喫茶でよく見るようなスタンダードなやつだった。


 スタンダードだから、こそ璃亜の可愛らしい顔立ちが引き立ち、制服とはまた違った魅力が……って、違う違う。何言ってるんだ俺は。


「…………」


「おかえりなさいませ!! お兄様!!」


 力強く言い直された。


「別に聞こえてなかったわけじゃねえよ!?」


「なるほど、なるほど、つまりそういうプレイだと」


「どういうプレイだよ!? ていうか、その格好でよく人にプレイどうこう言えたな!?」


「ふふ、どうですか? 似合ってますか?」


 璃亜はメイド服の裾を掴むと、その場で一回転して見せた。

 フリルがふわりと揺れ、ヘッドドレスから伸びるリボンが栗色の髪と共に舞う。

 ニーソとスカートの間から覗く健康的な絶対領域。

 口元に人差し指を当てた璃亜のあざとさ全開ポーズも相まって、非常に魅力的だと言わざるを得なかった。


 だが、しかし、相手は妹である。

 それを素直に言えば変態兄貴の烙印を押されてしまう。

 いつ、璃亜が先日までのとげとげしい態度に戻るかわからないしな。


「まあ、これを見て可愛くないって思うやつはいないんじゃないか」


 なんて葛藤の末、出たのはそんな微妙な感想だった。

 だが、それでも璃亜は満足したようでにんまりと頬を緩ませる。


「ふむ、照れ屋な蓮くんの精一杯の誉め言葉だと受け取っておきましょう。一応、ギリギリ合格です」


「そりゃよかったよ」


「ささ、お仕事でおつかれでしょう? 今日は妹メイドである私が蓮くんを精一杯もてなしますねっ」


 そう言って、すっかりメイドになり切った璃亜にリビングへ案内されるのだった。

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