第9話「妹のおはようで始まる朝があってもいい」
目が覚める。
寝起きはいい方で、思考はすぐに覚醒する。
数秒経って、スマートフォンのアラームが鳴った。
どんな夢を見ていても、体はしっかりと朝の時間を覚えているようだ。
懐かしい記憶だった。
つい、三、四年前の出来事のはずなのに、ずいぶん昔のことのように感じる。
扉の向こうの方から、かちゃかちゃと食器が擦れる音が響いてきた。
どうやら、璃亜は今日も朝ごはんを作ってくれているらしい。
「気づかなかったな……まあ、寝起きがいいだけで眠りが浅いわけじゃないからなあ」
リビングに顔を出すと、そこには制服姿でお玉を構える璃亜の姿があった。
この前目にしたときより、制服の上に重ねて身につけられたエプロンに違和感がなかった。
髪を後ろでまとめていて、健康的なうなじが晒されている。
璃亜は味噌汁を一口口に含み、味を確認する。
少し薄かったのか、お玉で味噌を掬い、掬い過ぎたのか少し戻していた。
こうして、朝早くから起きて苦戦しながらも俺のために頑張ってくれていると思うと、なんだかむずがゆい気持ちになった。
「あ、おはようございます、蓮くん。相変わらず、時間ピッタリですね!」
璃亜は俺の存在に気づくと。ぱっと振り返って笑顔を向けた。
「ああ、おはよ。璃亜」
「もう少しで用意できるので、先に着替えちゃってくださいね」
「ありがたいけど、毎日やってくれなくていいんだぞ? 大変だろ」
「でも、蓮くんは今まで毎日作ってくれたじゃないですか」
「それは、もう慣れてるしなんとも思わないと言うか、別に負担ではないから」
「それなら私も同じです! 蓮くんのためにご飯を作るのを負担なんて思いません。味の方は、まあ、まだ修行中ですが、そこは愛情で相殺ということでお願いします」
「まあ、璃亜がそれでいいなら助かるけどさ」
「はい! それがいいんです!」
「…………やっぱ、まだ違和感あるなあ。前までなら、はあ? なんで私があなたのために朝ごはんを作らなきゃいけないんですか? そんなに妹の作ったものが食べたいんですか、キモ。とか言いそうなんだけど……」
「え? 誰ですか、それ。そんな愚かな妹はもう死にましたよ」
璃亜はにっこにこの笑顔で言う。
本当に俺の妹はどうしてしまったというのか。
別に悪いことどころか、いいことしかないから璃亜がいいなら全然嬉しいんだけどさ。
制服に着替え、いつでも家を出れるよう準備を終える。
璃亜の作ってくれた味噌汁は文句なく美味しくて、付け合わせに作ってくれたおひたしも絶妙な味付けでクセになりそうだった。
今まで料理をあまりしてこなかった璃亜だが、もしかしたら才能があるのかもしれない。
俺なんかすぐに追い越されちゃうかもなあ……。
ぴこん――スマートフォンから通知音が鳴る。
確認すると、小町先輩からのメッセージだった。
RINEは交換してなかったはずだが、誰だ俺の連絡先教えたやつは。
――蓮くん! 私は諦めないよ!!
という一文と共に、一枚のポスターが添付されていた。
きっと、小町先輩がこのためだけに描いた絵なのだろう。
美術部は蓮くんを歓迎します!
よっ、天才画家!
と安っぽい煽り文句が書かれていた。
絵はとても上手なのでなんだか勿体なかった。
相変わらず残念な先輩である。
一目見て小町先輩が描いたものだと分かるくらいには、跳びぬけて上手かった。
「はあ…………なんでそこまで俺にこだわるんだよ」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。そろそろ家出るか」
「はい! 蓮くん!」
俺はそっとスマートフォンをスリープ画面にして、立ち上がる。
俺を取り巻く状況が少しずつ変化しているのを感じる。
それがいいとか、悪いとかは分からないけど。
とりあえず、小町先輩は俺のことを過大評価していると思うのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます