第5話「何があったのか妹がこんなにもかわいい」

 高校生を辞めると制服に価値を感じるようになる、とバイト先の店長が言っていた。

 大人になると、制服っていいな、女子高生っていいなと思い始めるとか。

 そんな大人は嫌だ。ちなみに、店長は女性である。

 それが俺にはいまいちピンとこなかった。

 それは俺が現役の男子高校生だからだろうが、だって、視界に入る皆が制服なのだ。

 制服は制服。それ以上でも以下でもない。


 制服が希少性ゆえに惹かれるのだとしたら、これからの時間の装いの方がよっぽど希少だ。

 放課後、生徒はそれぞれの部活に出向く。

 野球、バスケ、バレー、テニス、卓球、吹奏楽などなど。

 それぞれ決まったユニフォームがあり、どれも高校を出ればお目にかかれないものばかりなのではなかろうか。別に心惹かれるというわけではないけれど。


 どちらにせよ、俺には関係のない話だ。

 部活など縁のない話だから。


「さて、バイトに行くか」


 通学鞄を持って席を立ち、教室を出る。


「待った!! 今日は逃がさないよ、蓮くん!」


 親戚の古着屋でバイトをしているのだが、最近売り上げが徐々にだが上がって来てるらしい。それもあり、貢献度次第で時給を上げてくれるだとか。


「ちょっと! 無視しないでよ! おーい!」


 そんなことを言われてしまえば、やる気を出さざるを得ない。


「蓮くん無視しないでってば!」


 ウロチョロと忙しなく動いて少女は、正面に回り込み頭突きを発動する。

 ぐぅ……重たい衝撃が……思ったより痛い。


「すみません、ちっちゃくて見えませんでした」


「ちっちゃくないですけど!? というか、先輩なんだけどっ!」


 花崎小町、十八歳。十八歳ということは本当に俺の先輩で高校三年生だ。

 しかし、身長は百五十にも満たないろりろりぼでぃで、年上どころか中学生に見える。

 その幼さは外見からだけではなく、彼女の言動からも滲み出ていて、無理に大人っぽく振舞おうとするところとか、落ち着きのないところとか、言葉を選ばず言えばちょっとアホっぽいところとかが原因だと思う。


 腰元まで伸びた絹のような髪。完璧なまでの童顔に、クリッとした小動物のような瞳。

 実際、外見はかなり整っている方だと思うのだが、色気といったものは一切感じない。


「まあ、あれです、先輩だったら後輩のミスは笑って許すものですよ」


「むむ、たしかに。責めるのはよくないよね」


「ええ、俺も次から気を付けます」


「そうだよね、私先輩だからね、後輩くんを責めるのはよくないよね。ごめんなさい」


 そう言って、何故かぺこりと頭を下げる小町先輩。

 あれ? おかしいな? そもそもあれはミスだったのかな? なんて頭上にクエスチョンマークを浮かべ始めるが、それが豆電球に変わることは多分ないだろう。


「では、失礼しますね」


「うん!」


 バイトもあるし、さっさと学校を出ようとするも、


「って違うよ!? 騙されるところだったよ!? 蓮くんに用があって来たんだよぉ!」


 小町先輩に袖を掴まれて引き留められてしまった。


「ちっ」


「今舌打ちされた気がする!?」


「いえいえ、気のせいですよ」


「別にいいけどね、先輩だからね、気にしないけどね!」


 ふふん、とない胸を張る小町先輩。

 小町先輩は一枚の紙を取り出すと、俺に押し付けるように渡してきた。


「はい!」


 それが何か分かっていたから、俺はしかめっ面で紙を眺める。

 美術部の入部届。

 部長である小町先輩のサインもしてあり、後は俺が名前を書くだけで書類は完成する。それを生徒会へ提出すれば俺も晴れて美術部員ということになる。


「何度も言ってるじゃないですか。入りませんよ」


「なんでさ! 蓮くんすごく上手なのにもったいないよ! 蓮くんならコンテスト入賞も狙えるし、ううん、それ以上もあるかもしれない!」


「はは、そんなお世辞」


「わたし、本気だよ?」


 ゾッとするような、深く透き通った瞳だった。

 俺の浅い底など見透かすような瞳で、小町先輩に射抜かれる。


「もうずっと描いてない、無理ですよ」


「絶対大丈夫だよ、蓮くんならすぐに勘を取り戻せるし、わたしも協力するし!」


 小町先輩は美術部の部長というだけあって、絵は上手い。

 終業式でも壇上で表彰されていたのを覚えている。

 たしかに、彼女と描けば……でも、そういうことじゃない。


「わたし、今でも蓮くんの絵を思い出せるよ! たくさんある絵の中で蓮くんの絵だけが本物のように輝いて見えたの!」


 どの絵を言っているのか分かってしまった。

 中学一年生の時に出た絵画コンクールで入賞した一枚だ。

 あれほど、大きな賞を貰ったのは初めてで、柄にもなくはしゃいでしまったのを覚えている。自分は天才ですごいやつだと信じて疑ってなかった。


 別に多少絵が上手かったからと言って、飯が食えるわけでもないのに。


「小町先輩は優しいですね。でも、もう描きませんよ」


「なんで? 本当は描きたいんじゃないの?」


「はは、そんなわけないじゃないですか。高校生にもなって絵を描いて何になるって言うんですか?」


 申しわけないと思ってる。

 真剣に頑張ってる小町先輩を前に、こんなこと言うものじゃない。

 でも、これで彼女も分かってくれるはずだ。


「蓮くん…………」


「すみません、バイトがあるので失礼しますね」

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