第6話「何があったのか妹がこんなにもかわいい(2)」

 俺は中学生の頃に、事故で実の父親を亡くしている。

 父が累さんと再婚して、璃亜が妹になって一年後の出来事である。

 人見知りだった璃亜とも仲良くなり、順風満帆だと言えるような生活になってきた頃、唐突に父はこの世から去った。


 居眠り運転で信号無視をして歩道に突っ込んできたトラックに撥ねられた。

 不運な事故だった。運がなかったから仕方ないなんて、到底割り切れることではないけれど。


 祖父母はいるだろうけど会ったことがないし、実の母は病気で物心つく前にいなくなってしまっている。だから、記憶にある唯一の肉親が父だった。


 それから、俺と璃亜のことは累さんが養ってくれている。

 朝から夜まで働いて、顔を合わせることも少なくなった。

 直接言われたことはないけれど、子供に不自由はさせまいと頑張ってくれている。

 体を壊さないか心配だ。


 父が亡くなったのに、俺の世話だけするなんて本当は嫌だろうに。

 血の繋がらない他人の息子である俺のことなんて、疎ましいはずなのに。

 累さんは優しいから、絶対にそんなこと言わないけれど、俺が彼女の立場ならそう思ってしまう気持ちも分かるから。


「ただいま」


 バイト終わり、返事など帰ってこないことを知っていながら、癖で挨拶をする。

 なんだか家中が焦げ臭い。台所の方からだろうか、何とも形容しがたい刺激臭に鼻を刺激される。


「璃亜? 帰ってるのか?」


 リビングに入ると、そこには累さんのエプロンを身に着けた璃亜の姿があった。

 ブラウンを基調としたエプロンには、出来立ての染みがいくつも付いており、璃亜の頬には何やら得体のしれないソースが付着していた。


 理科室にでも籠っていたのだろうか、そう突っ込みたくなるような装いだった。


「おかえりなさい、ご飯はもうできてますよ」


「璃亜が……飯を作っただと!?」


 初めてのことだった。

 いや、正確には昔父がいる頃は何度か作ってくれたことがあったのだが。


「なんですか、そんなに驚かれるとちょっとショックです」


「い、いや、だって、なんで急に」


「なんでもいいじゃないですか。もう、変に頑張る必要もなくなっちゃいましたし」


「は? いや、頑張らなくていいなら、作らないんじゃないのか?」


「なんでもないですよ。いいから、蓮くんは早く手を洗ってきてください」


「お、おう」


 璃亜に背中を押され、洗面台へ向かう。

 料理を作ってくれたこともそうだが、璃亜の態度も妙だ。

 どれくらい妙かと言うと、蝶ネクタイをした探偵に「妙だな……」と疑われるであろうくらい妙だ。璃亜の料理をペロっとして青酸カリだったらどうしよう。


 冗談は置いておくとしても、まるで今の璃亜は父が亡くなる前のようだった。

 なにか心境の変化があったのか、例の件は気にしないことにしたのだろうか。

 俺から触れようとは思わないから、それならそれでいいのだが。


 手を洗い、リビングに戻ると夕食の準備は全て終わっていた。

 璃亜に勧められるままに席に着く。

 台所から香る焦げ臭さから、ある程度の覚悟はしていたのだが、テーブルに並ぶ品々は少なくとも料理だと認識できるようなものだった。

 もしかしたら、何度も作り直してくれたのかもしれない。


「さ、早く食べましょう?」


 食前の挨拶を済ませて、箸を手に取る。

 メインのこれは、ハンバーグだろうか。

 少し焦げているように見えるが、許容範囲内だろう。

 俺も未だに失敗することはある。


 璃亜は俺が食べる様子を、そわそわとした様子で見つめている。

 箸で一切れ掴み、パクリ。


「……どう、ですか?」


「食えなくはない」


 外は焦げてるかと思えば、中心の方は少し生っぽかった。

 食べられないほどではないが、手放しに美味しいと言えるほどではない、と言ったところだろうか。


「はは、そうですよねぇ。初めて作ったんですけど、なかなか上手くいかなくて」


 蓮くん実はすごいんですね、なんて璃亜は笑ってみせた。


「ハンバーグは中心を少し凹ませた方がいいぞ。後、とりあえず強火で焼こうとするのもやめた方がいい」


「なるほど、では、次は気を付けますね!」


「次も……あるのか?」


「蓮くんは私の料理は食べたくないですか?」


「いや、ちょっと厳しいことは言ったが、作ってくれたこと自体はめちゃくちゃ嬉しかった」


 学校が終わって、バイトをして、帰ってきてご飯を作る。

 正直なことを言えば、きついと感じることもあった。

 それに、妹が頑張って自分のために料理をしてくれたのだ。

 嬉しくないわけがない。


「じゃあ、問題ないですね!」


「でも、なんで急にこんな……」


「なんでこんなに兄想いの優しい妹になったんだ! ですか?」


「ああ、まあ……」


「それを答えたら、蓮くんも私の質問に一つだけ答えてくれますか?」


「それは…………」


 璃亜が俺に聞きたいこと。

 それはだいたい想像できる。

 今朝のことを考えるに、多分関連のことを聞かれるのだろう。


「じゃあ、今は秘密です」


 璃亜は人差し指を口元に添え、からかうように微笑んだ。


「でも、かわいい、かわいい妹である私が、これからはたまにご飯を作ってあげます。蓮くんはとても嬉しいです」


「断定されてる……まあ、嬉しいけどさ」


「素直でよろしい! これからもかわいい妹である璃亜ちゃんをよろしくお願いしますね!」


 やはり、何かがおかしい。

 ここまでいきなり態度が変わるものだろうか。

 こうなると、夜のアレも気になってくる。

 そのいたずらっ子のような笑顔から、璃亜が考えていることが読み取れない。

 とりあえず、俺の妹がこんなにかわいいのは何かがおかしい。

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