16頁~~行列のできるお店~~

 ジリジリと日差しが照りつけ肌にじんわりと汗が滲む昼下がり。仕事も一段落してようやく、昼休憩にありつけた僕はたまには社食ではなく外で食事をしようと会社からほど近い街通りを食事を求め彷徨さまよい歩いている。

 ファミレス、定食屋、ラーメン屋、中華店……どれもいまいちピンと来ず、店の前を通り過ぎていくたびに店内で美味しそうに食事を取る人々を少し羨ましそうに見るのを繰り返している。

 このままではらちが明かないと思った僕は文明の機器に頼って今のこの問題を解決する事にした。スマホの検索画面に『美味しいお店』『人気』などとキーワードを入力して、現在地で検索する。すると、画面にズラリと【人気急上昇】や【行列のできるお店】【行列に並ぶ価値あり!!】といった言葉で装飾された店名が並ぶ。

 一緒に表示されている画像に目を移せばどの店も雰囲気が良く。料理も見ているだけでお腹が空いてしまいそうなぐらいに美味しそうな物ばかりだった。それにテンションの上がる僕だったが、すぐにそのテンションは急下降する事になった。

 よく見てみれば表示されてる店はどれも僕がいる街の一つ隣だったり、同じ街の中では現在地の正反対の場所だったりと距離が離れた場所にあるものばかりだったからだ。

 この街には行列のできる店の一つもないのか……と肩を落として適当な店で妥協しようかと考えていると、ふと進行方向上に人が並んでいるのが見えた。その瞬間、もしかして人気の店があるのか?と期待が膨らんだが、それと同時に一つの疑問も湧いた。さっき調べた限りだとこの街の行列のできるような店はない筈なのだが……もしかしたらまだ話題になっていない隠れた名店なのかもしれない。そう自分に言い聞かせてまずはその行列に向かう事にする。

 行列の最後尾に辿り着くと、その行列は思ってた以上にズラリと長蛇の列を成していて、遠くの方で街角を曲がっている為に終わりが見えなかった。


「うわぁ、凄い行列ですね。一体なんの行列なんですか?」


 僕はなんとなしにその行列の最後尾に加わり、一つ前の人に質問を投げかけた。すると、僕が声を掛けた気の良さそうなお兄さんはくるりとこちらを振り向いて人懐っこい笑顔で僕の質問に答えてくれる。


「いや、実は自分もなんの行列かは分からないんですよ。だけど、この時間帯の行列と言ったらやっぱ飲食店なんじゃないかな」


 すると今度はそのお兄さんの一つ前に並んでいた恰幅の良いおばさんが僕たちの会話に無理やり入って来た。


「前の方に並んでいる人らの話がさっき聞こえたんだけどね、どうやら知る人と知る、通がこぞって並ぶ名店らしいよ。私こういう行列に目が無くてね~~偶然通りかかったんだけど並んじゃった」


 豪快に笑うそんなおばさんの言葉を聞いて、僕は心の中でガッツポーズをした。どうやら僕は偶然にも隠れた名店を見つけたようだ。ネットにも情報が載っていないにも関わらずこれほどの行列ができるという事は、よほど凄いお店に違いない。僕はホクホクとした気持ちで行列の一員となっていまかいまかと列が進むのを待ちわびていた。


 「うわっ、凄い行列じゃん!! そんな凄いお店があるのかな?」

 「すげー!! こんな行列できるって事はめちゃくちゃヤバい店って事じゃん!!」


 行列に誘われたのか次々に人が集まってきて、続々と僕の後ろに並んでいき、ますます行列は長くなっていく。

 少しづつ列は前へと進んでいく。列が一歩、また一歩と前へ進むたびに胸が高まる。確実に目的へと近づいていく感覚が堪らない。行列に並んでいるほかの人々も同じ気持ちなのか、列が進むその瞬間に奇妙な連帯感が生まれていた。


「いいお店だったね~~あんだけ並んだ甲斐があったよ」

「ね、また並びたいよね」


 行列の進行方向から逆走するように通し過ぎていった二人組。その会話からすると、どうやらこの行列の先から帰ってきた所らしい。その表情は満足そうで、なにやら達成感に満ち足りているようだった。よほど、この行列の先でいい思いをしたに違いない。ますます、僕はこの行列の終着点への期待が高まっていった。

 それは僕以外の行列に並んでいる人々も同じ気持ちに違いない。行列の想いは一つになり、まるで一つの生物のような、奇妙な一体感が生まれていた。


 それからどれほどの時間が過ぎたのだろう。曲がり角を一つ二つ曲がり、横断歩道すらいくつか通り過ぎた頃、突然に行列は終わりを迎えた。


 「はい! 大変お疲れ様でした! 当行列はここで終了となります! またのご利用をお待ちしております!」


 行列の終着地点は植樹された木々に囲まれた公園で、その周囲に店らしき建物の姿は一切ない。そこでスタッフらしき人物が先頭の人になにやら声を掛け、そして順々に行列に並んでいた人々は解散していく。そして、いよいよ自分が先頭になると例にもれずスタッフらしき人物が声を掛けてきた。


「大変お疲れ様でした! 有意義な時間はお過ごし頂けたでしょうか? よろしければ、次回も是非ご利用お願いします!」

「あの……この行列ってただ並んでいただけなんですか? なにかお店が……美味しい料理屋とかがある訳ではなく?」

「もちろん! 行列に並ぶのが好きな皆さんに満足して頂く為に行列に並ぶ事に特化したのが当サービスですから。並んでいる時はワクワクして楽しかったでしょう? それに見知らぬ人と同じ列に並ぶ事によって連帯感を得られ、なんだか心を通わせられるような気持になれると評判なんですよ!」

「確かに並んでいるだけでもいろんな想像が膨らんだり、知らない人とも話が出来たり楽しかった気が……」

「ええ、ええ! そうでしょう? その何にも替え難い経験こそが当サービスの真骨頂なんですよ。では、改めて今回はお疲れ様でした! またのお越しをお待ちしております!」


 スタッフの説明になんだか妙に腑に落ちた僕は、奇妙な満足感、達成感に包まれながら今まで行列に沿って進んできた道を戻る。その道には相変わらずさっきまで僕の並んでいた行列が永遠と続いており、その列に並ぶ人々の表情はみな明るく、これから何が待っているのかという期待に満ち溢れた良い笑顔だ。その笑顔を見て、僕も改めてこの行列の偉大さを感じた。

 どうして、人々がこぞってわざわざ行列に並ぶのか、ついに僕の中でその謎が解明された。結局、お腹は満たせなかったけれど、もっと大切な何かを満たす事が出来た。この貴重な体験は行列に並ばなければ決して出来なかった事だろう。

 きっと僕は明日も明後日も、そしてこれからずっと、行列に並び続けるだろう。

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