17頁~~スターコミュニケーション~~


「行ってきます!」


 その言葉だけを置き去りに、僕は家を飛び出した。外は暗く、空にはポツポツと真鍮しんちゅうの玉を散りばめたように星がまたたいている。そんな夜道を僕は足元も見ずにグングンと駆けていく。かどを一気に曲がり、街灯の下を走り抜け、小さな水路を飛び越える。その先にある坂道を一気に駆け上がれば目的地へと辿り着く。

 

 広場のような小高い丘には視界を妨げるものは何もなくて、星の灯りと街の灯りがそれぞれ視界の上と下に広がっている。そんなこざっぱりとした場所にポツンとあるものが置いてある。

 それは四方をガラス板で囲み、その一つがドアになっている縦長の箱のような物の中に電話機が置いてある、電話ボックスと呼ばれるものだった。昔は街中、特に駅前などに設置されていたらしい。どうしてその電話ボックスがこんな場所にあるのかは誰も知らない、誰かが気が付いた時にはもう此処にあったという。


 だけどそんなのどうでも良かった。僕がここに来たのはこの電話ボックスが目的だ。聞いた話によると星が流れる夜にこの電話ボックスに電話が掛かってくるらしい。その電話にでると星と話ができるという。

 クラスのみんなは誰もこの話を信じようとしなかったけれど、僕はなんだか気になってこうして噂を確かめる機会を待っていた。そして今日この日、ナントカ流星群とかの影響で流れ星が見れると聞いてこうしてこの場所にやってきていた。


「よし……」


 僕は深呼吸をしてから、電話ボックスの中へと入った。電話は僕の背より高い位置にあったけど丁度いい椅子があったおかげで受話器にはどうにか手が届きそうだ。

 そんな狭い箱の中でいまかいまかと待ち続けていると、ガラス越しの夜空がキラリと光ったような気がした、僅かな眠気に誘われながらぼんやりとそれを眺めていると真っ黒な夜空のキャンパスに一筋の黄色い線が引かれた。


 ジリリリリリリリッ


「うわあああああ!!」


 突然鳴り響いた音に、眠気は全て吹き飛んで座っていた椅子から転げ落ちそうになる。どうやら本当に電話が掛かって来たみたいだ……!僕は慌てて椅子の上に立ち上がり受話器を手に取り僅かに赤くなった耳に当てて、恐る恐る声を出した。


 「も、もしもし?」

 

 「おや? 誰かいるのかな? 珍しいこともあるもんだ」


 僕はまた驚いて思わず受話器を落としそうになる。力強く受話器を握りしめて、息を飲みながらその声に耳を傾けた。受話器の向こう側から聞こえてくる声は、子供のような大人のような、男の人のような女の人のような、その全てでもあるような不思議な声色だった。心地よい風が吹き抜けるように明解にスッと耳に入ってくる。


 「誰かと話をするなんて久しぶりだからなんだかドキドキするね。キミは一体誰なんだい?」


 「ぼ、僕は……」

 

 僕は自分の事やどうしてこの電話に出たのか、経緯を出来る限りその声の主に伝える。その間、その声の主はうんうん、と相槌を打っていたけどそれが随分ずいぶんと楽しそうだったのが印象的だった。

 それから声の主はまた僕に別の質問をしようとしてきたけど、僕は慌ててそれを遮って声を出した。


 「あの……!! あなたは一体誰なの……??」


 「おっと、ごめんごめん。私の紹介がまだだったね。ごめんよ、すっかり舞い上がっちゃってね。私は……星と呼ばれているよ」


 噂通りだ。喜びと緊張で心臓の鼓動が早まるのを感じる。信じていた話が事実だったという事に僕は興奮を抑えきれず、今度は僕の方がその星に対して質問をする。


 「本当に星なんだ……!! 僕の住んでいる地球という場所も星って言われてるんだけど、何かあなたと関係があったりするの?」


 「どうだろうね? 私みたいな星は数えきれないほどあるからね。今だってどこかで増えたり減ったりしている筈さ。同じ星でもそのほとんどが一度も会う事すらない無関係の相手さ」


 「そうなんだ! 地球にも僕と同じ人間が大勢いるけど、僕もそのほとんどの人と会ったことがないなぁ……似た物同士だね」


 受話器の向こう側でキラキラとしたような声が笑う。夏の風鈴が奏でるような綺麗な声にいつのまにか僕の中から緊張はすっかり消え去っていた。昔からずっと友達だったかのような、そんな奇妙な関係が僕と星の間にあるような気がした。


 「へぇ、地球というのは一体どういう所なんだい?」


 「えっとね、青くて綺麗でいろんな生物とかいろんな植物が沢山あって……」


 それから星は地球に興味を持ったらしく、いろいろと僕に質問をしてきた。僕も説明できる限り、質問に答えていく。ふいに電話ボックスの外を見てみれば、真っ暗な空にキラキラとたくさんの星が瞬いて、まるで僕自身が宇宙にいるかのようだった。


 「地球というの面白そうな場所なんだね。ほとんどの星なんてどれも同じようでツマラナイ物だったけど、どうやら地球はそうじゃないみたいだ。できることなら私もキミや地球に会ってみたいなぁ」


 「じゃあ会いにくればいいんじゃない? 地球みたいな綺麗な星が珍しいのならあなたが遠くに居てももしかしたら見えるんじゃないかな?」


 「なるほど、今まで確かに気にしていなかったけど探してみればすぐに見つかるかもしれないね。お言葉に甘えて会いに行って見ようかなぁ」


 「もちろん歓迎するよ! 僕もあなたに会ってみたいしね!」


 「ふふ、ありがとう。約束しよう、私はキミに会いに行く。キミが遠くからでも私の存在を知ることができるように頑張って鮮やかに輝いてみるよ」


 「うん! 楽しみにしてる!」


 それから随分と僕と星は話し込んでいた。幾つもの流星が真っ黒な空に線を引いていく。あの空に浮かんでいるたくさんの星も僕たちの会話に耳を傾けているのかもしれない。そんな事を思い浮かべながら夜空の下で僕と星のコミュニケーションは続いた。

 


 気が付けば僕は自分の部屋のベッドで目を覚ました。外には太陽が昇りつつあり、すっかり空は白んでいた。いつの間に僕は自分の家に帰っていたんだろう。もしかしたらあの出来事は全部夢だったのかもしれない。そう思うとなんだか心苦しくなって冷や汗が僕の肌に滲んできた。

 勢いよく窓へと近づき、ガラス戸を開けて空を仰ぎ見る。僕の視線の先には薄っすらとまだ浮かんでいる月、点々と微かに光る星……その中に一つだけ、一際目立つ鮮やかに赤く光る星が見えた。それが見えた瞬間に大きく息を吐いて安堵に胸を撫でおろす。昨日の出来事は夢じゃなかった。ちゃんとあの星は約束を守ってくれているんだ。僕は嬉しくなって昨日の出来事を親に話そうと意気揚々と部屋を飛び出し、家族がいつも集まるリビングへと飛び込んだ。

 そこではお父さんとお母さんがソファに座ったままニュースが流れるテレビの画面をまじまじと見つめていた。テレビからはニュースキャスターの緊迫した声が聞こえてくる。


 「アメリカ宇宙局の発表によりますと、今まで観測されていなかった巨大な惑星が日本時間の昨日の深夜付近で発見され、地球に向かって凄まじい速度で接近中との報告が……」


 「各国首脳は今回の事態について情報を共有すべく国際会議を……」


 「国民の皆様においては決してパニックにならないよう落ち着いた行動を……」

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