14頁~~星の降る夜~~

今日は年に一度訪れる、空の星たちが降りてくる日。

大きい星や小さな星、黄色い星に赤い星、数え切れない程の星たちが一斉に地上へと降りてくる。

 この日ばかりはいつも味気ない街並みも、鮮やかに彩られた。往来では、人々の楽しそうな声があちらこちらから聴こえてくる、星が降りてくる夜には人々は皆、星々と会話を交わして過ごすのだ。

 私の元にも一つの小さな、それでも眩く輝く黄色い星が降り立った。


「やぁ、こんばんは。よかったら、話し相手になってくれないかな」

「歓迎するよ。私も丁度相手が欲しかったところだ」


そういって私は近くの――今は解放され自由に利用可能な喫茶の野外――席に腰かけた。小さな星は、本来は皿や杯を置くべきテーブルの上にその小さな体をちょこんと乗せていた。


「早速だけれど、空の……あの星空での暮らしについて聞かせて貰ってもいいかな」

「いいとも、ただし……キミの地上での暮らしの事を聞かせて貰うのと交換になるけどね」

「ああ、もちろんとも。この日の為に、話題の種を貯めておいたんだ」


それから、私と星は……恐らく、私達以外の人々も同じように他愛のない話を夜の肴とばかりに嗜んでいたのであろう、鮮やかな町は、賑やかな声で彩られていた。

暫くして、空が白み始めると、町の賑やかさは段々と息を潜めていった。


「そろそろ時間みたいだ、貴方と話せて本当に楽しかったよ」

「こちらこそ、今年も良い思い出を作る事ができた」

「それはよかった。もう、来年のこの日が楽しみで仕方ないよ」


 そういって、星はふわりと体を浮かせた。すでに地上へ降り立った際の眩しい輝きは影を潜め、淡い光を静かに放つだけだった。儚く今にも消え入りそうな程のそれは、ゆっくりと空へ昇っていく。もうすぐ朝焼けが訪れるのだろうか、地平線には橙色の灯りが漏れ出していた。


「じゃあ、またね。さようなら」

「……ああ、また」


 淡い光が、どこか、名残惜しそうに空へと還っていく。

 その光景に、私はいつかの我が子の姿を見た。過ぎ去ったかけがえのない日々、繋いだ手のぬくもり。あの子は星が好きだった。いつか、あの夜空に手が届くほど大きな山に行き、あの星を捕まえようと約束もした。あの子はそそっかしい性分でもあった、だから私を置いてあの星の元へと向かってしまった。

 空へと昇る光を見つめていると、既に周囲は別れを惜しむ声や、すすり泣く声で溢れていた。

 

 星の降る夜は終わりの時間を迎えた

 

 数多の淡い光が、あの夜明けの空を目指して昇っていく。キラキラと光るそれは、まるで天の川が地上で再現されたかのようにも見えた。

 私は、その光景をぼんやりと見つめたまま、もうすっかり冷え切った珈琲を啜った。

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