13頁~~轟く声~~

青く晴れ渡る青空の下、僕は腰をかがめて庭の家庭菜園をいじっていた。キャベツなど本格的な野菜もちらほらと存在している。ゴールデンウィークを利用してゆったりとした時間を過ごしているのだ。片田舎の為、庭の広さに少し余裕があり趣味としては十分だった。

 雑草を抜く為に同じ態勢をとっている事に疲れた僕は少し休憩しようと立ち上がる。その時、庭に面する道からこちらを見ている男性がふと視界に入った。気になってそちらを振り向いてみるとその男性は僕の視線に気が付いたのか無言で会釈えしょくをするとそのまま無言で立ち去ってしまった。

 見知らぬ人物という訳ではなく、その男性が実家のすぐそばに住んでいるご近所さんだという事は僕も知っている。しかし何度か顔を合わせた事はあるものの、一度も僕はその男性と会話をした事がない。僕の妻は何度か会話をした事があると言っていたが、僕の想像通りに随分と大人しい人らしい。

 そういう事情を僕は知っていた為、男性は偶然に通りかかっただけなのだろうと特に不審には思わず、再び腰をかがめて菜園をいじり始めた。しかしそれから数分も立たないうちに僕はその作業を中断させられる事となる。


 も゛う……


 突然、地をうような低く野太のぶとく聞き取りずらい声が背後から聞こえたような気がした僕は思わず後ろをふり返る。しかし誰がいるという訳でもなく、ただの気のせいだろうと深く考えずに作業を続けようとする。しかし、今度は先ほどより大きな音で2、3回ほどまるで僕を呼ぶかのように聞こえてきた。


 も゛う……も゛う……


 その声に驚いて肩がわずかに跳ねる。しかし、もしかしたらさっきの男性が近所付き合いとして挨拶をしに来たのではないかと考えた僕は、再び腰を上げてふり返ってみた。しかし、道には先ほどの男性どころか誰一人として姿は無かった。道へ近づいて辺りを見渡してみてもやはり誰もいない。

 流石に不審に思っていると、また後ろから地鳴りのような声が響く。


 も゛う……も゛し……


 背中に氷水でも掛けられたかのようにゾッとした悪寒が走る。咄嗟とっさに振り返ってみればやはり今度も誰の姿もいない。園芸道具の広がる庭の光景が広がっているだけだった。

 じわりと冷や汗が滲みだし、頬を流れ落ちる感覚が肌を伝わってくる。その間にも度々たびたび、あの不気味な声が僕の周囲で響いていた。

 その時、僕はある事を思い出した。先ほどの男性について妻から聞いた話だが、普段は寡黙かもくなあの男性は女性と話す時だけはいつもより饒舌じょうぜつになるらしい。そして、僕が不在の時に家を訪ねてきてよく世間話をする事もあったという事も聞いた事がある。

 僕はあの男性が妻に気があるのではという憶測おくそくが脳裏に浮かぶ。実はあの男性が質の悪い曲者で、僕に嫌がらせを行っているのではないだろうか。そんな想像をしたところで僕は頭を振った。もしそうだとしても今聞こえているこの声について結局説明が付かない。明らかにこの声は僕のすぐ傍から聞こえている、あの男性の仕業だとしたら姿がどこにも見えないのは可笑しい。


 ……だとしたらこの声は一体なんだ?


 声の正体が分からず翻弄ほんろうされる僕をあざ笑うかのようにその声は僕の鼓膜を揺さぶり続ける。


 も゛……う゛……


 僕は庭先の道をにらみつけるように凝視ぎょうしする。


 も゛……う゛……


 体を反転させて庭中を舐めまわすように視線を巡らせる。


 も゛……う゛……


 ハッとして先ほどまで僕が座っていた家庭菜園へと目を向ける。声はそこから聞こえてくる……そう思った僕は恐る恐るそちらに近づいていく。すると、思った通りにその声は徐々に声量を増していった。

 体に覆い被さってくるような重量感のある声はあの菜園の一部を埋め尽くしているキャベツ畑から聞こえてくる。

 何かがそこに居る。それがなんなのか、どうしてそこに居るのかは検討が付かない。

 おぞましい声の正体を明らかにする為、腰をかがめて地面を覆い隠しているキャベツの葉へ手を伸ばす。呼吸を整える為に息を深く吸い込み、そして葉を素早く持ち上げる。


 も゛ーーーーーう゛……も゛ーーーーーう゛


 そこでは一際大きなウシガエルが喉を大きく膨らましながら僕を見つめていた。

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