10頁~~サイハテ列車~~

 ガタンゴトンガタンゴトン

 

 リズムカルに音を鳴らしながら電車が走っていく。窓の外に見える景色が近くの物はあっという間に、遠くの物はゆっくりと流れている。体を沈ませた座席のふわふわとした背もたれから電車の振動が伝わって来るのがどことなく心地よかった。

 車両の両脇の座席には様々な人々が点々と座っている。僕が今までいた東京では考えられない光景だ。座席はおろか車両内に満遍まんべんなく人が詰め込まれて息苦しい。それが当たり前だと思っていたけれど、そんな僕の当たり前を今のこの光景はすっかり否定してくれていた。

 仲睦なかむつまじい様子の老夫婦がにこやかに談笑している。小さな子供が座席から身を乗り出すようにガラスに顔を付けながら目を輝かせて興味津々に外の景色を眺めているその様子を隣に座った母親が暖かい眼差しで見守っている。

 そんな光景になんだか微笑ましくなって思わず顔を緩めていると、どこからか寝息のような音が聞こえてきた。思わずその音の先へと視線を向けてみれば随分と偏屈そうな顔をした男性が腕を組んで居眠りをしている様子だった。こっくりこっくりと電車の揺れに合わせて首が上下している。くたびれているのだろうかなんだか無償に親近感が湧いてくる。

 その男性の隣では若い女性が男性の寝息を気にも留めずに一枚の写真をジッと眺めていた。微笑みながら、それでいてどこか懐かしそうにそれを眺める彼女の様子から察するにその写真はもしかすると大切な人が写っているのだろうか。彼女はこの電車に乗った事でその人と離れ離れになったのかそれともこれから逢いに行けるのか様々な想像が湧きたてられるが結局真実は彼女のみが知る事だ。

 

 ガタンゴトンガタンゴトン


 リズムカルに音を鳴らしながら走る電車の中で様々な人々が思い思いの時間を過ごしている。まるで止まっているのではないかと錯覚する程にゆっくりと流れる穏やかな時間がこの電車の中に流れていた。

 思い返してみれば、こんなにゆっくりと過ごす事ができたのは随分と久しぶりだった。いつも仕事に追われて自分の人生は仕事中心に回り、複雑に絡み合った人間関係に消耗させられていた。これからそんな人生が永遠に続くのかと嫌気が差していた頃だったが、この電車に流れる穏やかな時間に触れてずっと忘れていた大切なものを思い出せた気がした。

 仕事を辞めてこの電車に乗り込んで旅に出る事が決まったその日に見送りに来てくれた家族や友人たち。すっかり縁遠くなってしまったかと思っていたがそれはただの思い違いでまだ繋がっていた。ただ余裕の無かった自分が忘れてしまっていただけの話だったのだ。

 視線を落としてみれば手にはみんなから送られた色とりどりの花束がしっかり握られている。それを見て僕は思わずホッと息を吐いた。


 ガタンゴトンガタンゴトン

 

 リズムカルに音を鳴らしながら走る電車の車内にアナウンスが鳴り響いた。


 「ご乗車、誠にありがとうございます。当車両は間もなくお客様の人生の終着駅、サイハテに到着いたします。お降りの際は大切な思い出のお忘れ物がないように十分注意してください。改めまして、長い間大変お疲れ様でした。皆様の安らかな眠りをお祈り申し上げます」


 窓を外を眺めると、そこには上から下まで青い空が広がっていて、ふわふわとした雲が呑気に浮かんでいた。

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