8頁~~ねぇ、明日はどこに行こうか?~~

 「ねぇ、明日はどこに行こうか?」


 君が楽しそうに笑う。

 

 大人たちが危ないから夜には行ってはいけないと日頃から注意喚起を促す、この街を一望できる丘に僕たちはこっそりと訪れた。

 眼下にはポツポツと灯りが見える。夜の闇を払うには心許ない小さな光、僕たちがいつも過ごしているこの街はこんなにもちっぽけなものだったのかと思い知らされた。

 空にもキラキラと浜辺の砂のような小さな光が瞬いている。懸命に瞬く小さな光を覆い隠すかのように大きな月が柔らかい光で空を包み込んでいる。


 「わぁ、綺麗……やっぱり来てよかったね」


君は笑う。


 「うん、本当に綺麗だ。世界で一番綺麗かもしれないよ」

 「だよね! 私もそう思う! 大人たちはこれを独り占めにする為に私たちに嘘をついていたのかな」


 僕たちは柔らかい草の上に寝転んで大きな月が支配する星空を眺めながら時々お互いの顔を見合わせて笑い合った。穏やかで幸せな時間はいつか終わり、家に帰らなくてはいけない。そんな現実こそまるで嘘のように感じられた。

 こんな素敵な場所を隠していたなんて大人たちはズルい、そんな事を言い合って笑っていると、僕の心の奥底にある感情が生まれた。


 罪悪感


 僕は、君に嘘をついてしまった。この景色は世界で一番美しい、なんて言ってみたけれど本当はそんな事は思っていなかった。本当に世界一美しいと思えたのは君の笑顔だったから。だから僕は君の笑顔を見ていたくて嘘をついた。

 

 「ね、そろそろ帰ろうか。あんまり長い間で歩いてたらお母さんたちにバレちゃうかもしれないし」

 「そうだね、帰ろうか」

 「今日の事は二人だけの秘密だからね、この場所で見たこの綺麗なお月様も二人だけの秘密!」

 「うん!」


 君から告げられたこの特別な時間の終わりに、まだこの時間に浸っていたかった僕は少し不満だったけれど、君の笑顔を見たらそんな気持ちはどこかに消えてしまった。

 それから大きな月の灯りに照らされて丘を下り家へと戻った。その時、どんな話をしていたかどうかよく覚えていない。あの幸福な時間の残照に僕の心はまだふわふわ揺られていたのだろう。


 次の日、街は朝から大騒ぎだった。君が昨日、家に戻らなかったから。大人たちは必死に君の事を探したし、もちろん僕に君の事を知らないかと尋ねても来た。だけど僕は君の居場所を教えなかった。そこは大切な、とても大切な二人の秘密の場所だったから。


 君はあの日、月の光が届かない暗がりの道を踏み外した。一瞬で君は僕の隣から姿を消していた、慌てて探してみれば思いのほかすぐに君の姿を見つける事ができた。入り口をすっかり隠すように雑草や木の根が絡み合う地面に空いた穴、それを覗き込んでみれば白い花に囲まれて眠るように君が倒れている。

僕は必死に君の元へと心許ない木の根を伝って向かった、薄っすらと差し込んだ朧げな月の光が君を照らしている。僕は君に声を掛け続けたけどついに返事が返ってくる事は無かった。きっと打ち所が悪かったのだろう。

 白い花のベッドに沈み、月灯りで浮かび上がる眠るような君の死に顔はとっても美しかった。こんな綺麗な物、他の人たちに教えるなんてもったいない、だからこれも君と僕の二人だけの秘密にしよう。


 あれから数日が過ぎた後も君はあの秘密の場所で眠ったままだ、そんな君を僕は毎日こっそり迎えに行く。大人たちは君はいなくなってしまったとい言うけれど、僕は君がそこにいるって知っている。だから今日もあの秘密の場所を集合場所にいろんな所へ遊びに行こう。


「ねぇ、明日はどこに行こうか?」

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