第3話 街明かりの隣で ②


 「なんで…?」


 目の前の光景が信じられず、寝室の戸口の前で固まってしまうレイ。昨夜あれだけ脅かしたはずのメルが、一日もたたずにまた我が家を訪れていたのだ。

 居間にいたのはクリス、メル、それに昨夜メルを迎えに来た男、確かエイリークと言ったか、の3人。仲良くテーブルを囲んでいるのだからいよいよ頭を抱えるしかない。


「君たちは、何をしに来たんだ。もう来るなって昨日言ったはずだけど?」


「うん、だから今日はエイリークさんにも着いてきてもらったよ」


「そういうことじゃ無いだろ…。クリスも、なんで入れたんだ」


まだ残る眠気を意識して振り払いながら、半ば八つ当たりのようにクリスの方を見る。


「良いでしょ別に。あなただけの家じゃないんだし。それに、レイだってこれからの態度決めかねてたじゃない」


「それは、まさか翌日に来るなんて思ってなかったから。とにかく、もう帰ってくれないか?そしてもうここには―――」


なるべく声を荒げないように押さえつつメルたちを追い出そうとしたところで、何者かによって玄関の戸が叩かれた。


「――またか…。今度は一体…」


「こんにちは二人とも。ユリウスとサウレだ。開けてくれないか?」


 聞こえてきたのは低音が心地良い男性の声だった。

 どうやら機知の人物だったらしく、レイは憮然としながらも扉を開いた。


「やあ」


「こ、こんにちは」


そこには、大小二人の人影が立っていた。

 そのうちの大きい方、ノックした人物と思われるブロンドの青年は、いかにも異性に受けそうな朗らかな笑みを浮かべて片手を挙げた。

 もう一人の小さい影は、ユリウスのマントから半身を出すようにしてこちらを覗き込んでいる。黒い髪を藍色のバンダナでまとめた小柄なその少年は、愛らしい瞳に怯えと好奇心を覗かせながらこちらを窺っていた。


「悪いけど今立て込んでるんだ。何か用か?」


「つれないこと言うなよレイ。お客さんが来てるんだろ? 僕らも会ってみたい」


「もう噂になってるのか…」


「ダナンの爺さんたちがな。『レイがすごい剣幕で女の子を庇ってた』って震えてたよ」


 どうやら昨日の騒ぎがもう広がり始めているらしい。レイは、口止めをしておくんだった、という激しい後悔に襲われた。


「まあそう言うことだから。入るよ」


「っ! 待て、ユリウス!」


 レイの静止も虚しく、ユリウスは室内へと滑り込んでしまう。狭い家だ。一度入ってしまえばすぐ顔も合わせてしまうだろう。


「…あの」


戸口に独り残されたサウレは、心細そうな視線をレイに向けながら迷ったように口を開いたり閉じたりしている。


「…はぁ。……君も入るか?」


「…! は、はい!」


 声を掛けると、跳ねるように答えて中へと駆け込んでいった。こちらはこちらで相も変わらずずいぶんと自己主張の少ない少年だ。

 中では自己紹介が始まっているようだった。


「初めまして、僕はユリウス。君が噂のレイのガールフレンドだね?」


「が、ガール!? 違います違います! むしろご迷惑をかけてしまったと言うか…。あ、私はメルって言います。ユリウスさんはーーー」


 背後で始まった呑気なやりとりに溜息を吐きながら、レイはとりあえず玄関の扉を閉めた。



          ☆



「なるほど…協力して任務クエストを受注か。いいアイディアだね」


「ですよね! ほらレイ、ユリウスさんもこう言ってるよ」


「ユリウス、あまり余計なことは言わないでくれないか」


 仕切り直した場では、四人掛けのテーブルにメル、クリス、エイリーク、サウレが座り、残りのメンバーが壁に寄りかかるような形で落ち着いていた。話題の中心はメルたちがここに来た理由に関してだ。

 話としては非常に単純で、メルたちが受けた任務をレイたちに手伝ってもらえないか、と、そういうものだ。冒険者として日が浅い彼女らが任務を安全に達成できるようにとのことらしく、報酬は山分けにするのだそうだ。その提案の裏に札付きに対するメルなりの考えがあるのは聞いた誰もが気づいていたが、実際、冒険者として経験を積んでいきたいメルと、“札付き”としての事情から常に困窮しているレイにとっては悪くない申し出ではあった。

 しかし、肝心のレイが難色を示したことで話し合いは暗礁に乗り上げていた。


「俺たちみたいな札付きと普通の冒険者は関わり合いを持つべきじゃない。きっとお互いにとって悪い結果になるに決まってる」


「そんなのーー」


「俺と出会わなければ、昨日みたいに危険な目に遭うこともなかっただろ」


 食い下がるメルに、レイはなおも厳しい言葉を被せる。


「待って待って。流石に言い過ぎよ、レイ。この子だって別に悪気があるわけじゃ無いんだから」


 そこに、二人のやり取りを見かねたクリスが割って入ってきた。


「クリスさん…」


 クリスは元気を無くしたメルを労わるようにその肩に手を添えながら、レイを見る。


「とりあえずレイの意見は分かったわ。だから他の人の話も聞いてみましょう。ちなみに、私は便乗派ね」


「クリス、君はーー」


「良いから! レイの話はまた後で。とりあえずそこの…エイリーク、だったっけ?あんたは?」


「え、俺かよ」


 事の成り行きを無関心そうに見守っていたエイリークは、言い募ろうとするレイを押しとどめたクリスに急に話を振られて目を白黒させた。


「俺は…まあ正直来てくれるとありがたいと思ってる。今の階級クラスだと、メルの実力ってのを考慮しても受けられる任務のレベルが低くてな。個人的には少し物足りないんだよ。だから、あんたらが来ることでもっと高い任務が受けられるってんなら、願ってもない」


「おおー、なんかエイリークさんのそう言う話初めて聞いたかも。私がダシにされてるのはともかく」


「おっと、シーリンにはチクるなよ?」


 思ったよりもまともな回答が返ってきたために、落ち込んでいたはずのメルも冷静に突っ込んでしまう。


 彼の言う任務のレベルとは、ギルドが設定した任務受諾のシステムに関係した話だ。基本的に、冒険者は自身の属する階級とその前後一階級に分類される任務しか受けることができない。

 具体的に言えば、駆け出しで白のPポーンに属するメルやエイリークは、当該の白のPと、その一つ上の階級である黒のPに分類される任務しか受けることができないのだ。


 元々実力のあるらしいエイリークとしては、その状況が消化不良なのだろう。


「なるほどねぇ。じゃあ次、サウレは?」


 続いてクリスが尋ねたのは大人しく椅子に座って皆のやり取りを見ていたサウレだった。


「ボクは…ボクもメルさんたちと一緒にやらせて欲しいです。冒険者にはなったばかりで、あんまり分からないから」


「大丈夫だよ、サウレ君っ。一緒に頑張ろう?」


「は、はい…! ボク頑張ります!」


 不安そうな少年の手をメルが固く握ると、彼も嬉しそうに頷いた。

 サウレはほんのひと月ほど前に“札付き”としてこの町にやってきた十二歳の少年らしい。その言葉の通り、まだ任務と言える任務を経験したことがない駆け出しの冒険者なのだそうだ。黒く短い髪に特徴的な紋様が織り込まれた藍色のバンダナ。中性的な顔立ちは小動物のような雰囲気も相まってついつい可愛がってしまうような愛らしさのある少年だった。


「そ。サウレも前向きみたいね。レイはこれでも納得できない?」


 クリスは再び話を引き取ると、再びレイに向き直る。


「納得とかそう言う話じゃない。本当に、俺たちは関わり合いを持つべきじゃ無いんだ」


「うーん、頑固だなぁ」


「本当にね…」


 その返事にクリスは頭を押さえて嘆息し、ユリウスは苦笑する。


「レイ、君の気持ちは分かるけどさ。現実として生きていくだけでもやっとじゃないか。昨日だって、彼女が来てくれなかったら明日の朝食の当てすら無かったわけだろ?」


「それは、今はたまたま運がないだけで…」


「それ、本気で言ってるの?」


「………」


「あの時の『生きなきゃならない』って言葉は、一時の感情で手放せるほど軽いものじゃないって、僕なんかは感じたんだけど?」


 ユリウスの鋭い切り返しに、レイは無言で視線を逸らした。


「レイの気持ちも解るけど、割り切りも大事だと思わない? 大丈夫よ。そう何度も悪いことは起こらないから」


 ここぞとばかりにクリスも畳み掛けに入る。壁際で立ち尽くすレイは、静かに悩んでいるようだった。がーーー


『モッモッ!クゥーン…』


「っへ!? わっ、どこから来たの? 君…」


 鳴き声とともに現れた毛玉の小動物モップに肩に乗られ、メルは驚きの声を上げる。モップはそんな様子に構うことなく、そのまま肩の上で落ち着いてしまう。


「すごいわね、メル。その子が知らない人にすぐ懐くことなんて無いのに…」


 モップを知る者も知らない者も突然の出来事に皆驚いていたが、そんな中、密かに息を呑んでいる人物がいた。


「…お前も、行けってそう言うのか…?」


 静かに目を見開いたレイの口から、そんな呟きが漏れる。やがて、


「ーーメル」


「は、はい!?」


 メルを真っ直ぐと見据えながら、レイは口を開いた。


「不本意ではある。けれど、今は君の提案に乗せてもらおうと思う。今の俺たちじゃ、そいつの餌代を稼ぐことも満足にできないから」


「…ほんと?」


「ああ。………よろしく」


 その言葉に、部屋にいた多くの者が深い安堵の溜息を吐いた。


「レイ…?」


 そんな中、提案した張本人であるメルだけが、先ほど向けられたレイの視線に深い寂しさの色を見た気がして戸惑いを浮かべていた。

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