第4話 パーティ結成…?


「じゃあ、僕たちはこれで」


「うん!色々ありがとう。次は一緒に任務受けようね!」


 話し合いを終えたメルたちは、レイの家の前でユリウスとサウレに別れの挨拶をしていた。なんだかんだで共同で任務に挑むことになったメルたちだったが、その立役者であるユリウスは、サウレと共に別の用事があると言って誘いを固辞したのだ。


「結局お前は何しに来たんだ。焚きつけるだけ焚きつけて来ないって」


「最初に言っただろ? お客さんの顔を見に来たよ」


 どうやら本当に物見遊山だったということらしい。

 それが分かってからというもの、レイは不満そうに口を尖らせて恨み言を並べていた。


「じゃあ僕たちはもう行くよ。レイ、がんばれよ」


「知ったことじゃ無い」


「そう言うなって」


 刺々しいレイの言葉にユリウスは苦笑いだけを残して、街の方へと歩き出した。


「お邪魔しました!」


 それを追いかけて駆けだしたサウレは一度立ち止まると、思い出したようにこちらに向かって一礼をして再び走り出した。


「じゃ、私たちも行こうよ!」


 二人の姿が見えなくなると、メルは元気よく振り返ってレイたちに呼びかけた。


「良いね。すぐ出るか?」


「今から出発しても任務を決める頃には日も暮れてる。今日のところはメルたちも戻って、明日の朝にでも改めて落ち合おう」


「う~ん、そうだね。じゃあ今日中に任務は決めておくから、明日、参刻3のこくに。場所はどうする?」


「南の正門を出て左手の川を渡ると廃墟があるだろ? そこにある教会の中にしよう。一番高い建物だからきっとすぐに分かる」


「分かった!じゃあまた明日ね!」


 言うが早いかメルは意気揚々と歩き出す。思い描いた計画が実感を伴ってきたことで張り切っているのだろう。


「んじゃまた明日、な。わざわざ言うほどのことでもないが、バックレたりはしない方が良いぞ。たぶん騒ぎが大きくなるだけだからな」


「分かってる」


 気を利かせたエイリークの言葉に、レイは小さく頷いた。エイリークはそれを一瞥してから、ゆっくりとメルの後を追って歩き出した。


「釘刺されちゃったわね。どうするの?」


「乗ったからにはちゃんとやるよ。そのうちあの子も思い知るだろうけど」


「思い知る、ね」


 遠ざかっていく大きな背中を見送りながら、クリスは無意識にレイの言葉を口の中で転がした。

 

 

             ☆

 

 

 それから数時間の後のギルド・シティ中心部。そこにそびえ立つ威容こそが、大陸全土で活躍する冒険者たちの元締め、“ギルド“の総本部“セントラル・ギルド”である。

 過去、この地域を統治していた領主が拠点としていた屋敷。当時は頑強な石レンガを用い、小ぶりな城塞にも匹敵した規模のそれは、ギルドによって改修され、南方から取り寄せた砂岩質の外壁に赤瓦が葺かれ、壁面に掲げられた色彩豊かなギルドのシンボル旗が誇らしげにはためいている。総本部にふさわしい華やかな姿に生まれ変わった城郭には、今日もたくさんの冒険者たちがひっきりなしに訪れていた。

 広いエントランスホールを改装した受付窓口の脇には、天井まで届こうかという数の任務依頼書が掲示されている。

 その任務掲示板の前では、小柄な人物が悩ましげにうんうんと首を捻っている。その隣には呆れた様子で頭を掻いている男が立っていた。


「なあメル。任務一つ選ぶのに一体どれだけかけるつもりなんだ?もうこのウェアウルフ討伐依頼で良いだろ」


「ダメだよそんな適当じゃ。皆んなで協力してやる最初の任務だよ? 最初にふさわしい凄い任務にしたいんだもん」


「凄い任務ってお前…どんなだよ…」


「それが分かったらこんなに悩んでないの! うーん、最初だしやっぱり大きな魔物をパーっとやっつけられるようなやつかな…。でも素材回収任務でのんびり遠征っていうのも良いかも…?あーん、もうほんとどうしよう…!」


 そこに一人の少女が現れた。


「掲示板の方が騒がしいと思ってきてみたら、メルだったんだ」


「あ、フォルテ!」


 話しかけてきた少女にメルは笑顔を向ける。短パンに黒いベストという動きやすそうな姿。ショートボブの黒髪を白いポンポンがチャームポイントのハンチンング帽で着飾ったその少女はフォルテと言い、メルと同い年で同期の冒険者だ。職業はテイマーであり、それを示すように彼女は自身の相棒である白猫を肩に乗せている。


「ん〜、フラットもこんにちわ!」


「ン〜、ミャォン」


 フォルテの相棒、フラットはメルに撫でられて気持ちよさそうに頭を擦り付けているが、こう見えても立派な魔獣である。戦闘時は本来の獰猛な姿を取り戻し、戦場を縦横無尽に駆け巡る肉食獣となる。


「んん、フラット良かったね、撫でてもらえて。で、メルとエイリークさんは何してたんだい?」


「えっと、次に行く任務どれにしようかなって。昨日、知り合った先輩の人たちに手伝ってもらう約束できたから、思い切って少しレベルの高いのに挑戦してみようと思ってるんだ」


「と言いつつ何だかんだで決められなくて、ずうーっとここで悩んでるんだがな。フォルテの方は何しに来たんだ?」


「ボクは達成報酬交換に行ってるベラとミツキ待ちさ。ほら見て、これ!」


「うそっ、もう昇級したの!?」


 普段は大人びた口調で話すフォルテが珍しく弾ませた声と共に差し出した手には、“黒のPポーン”と刻まれた真新しい冒険者証クラス・タグが握られていた。


「そう、今日の任務で三人一緒に上がれたんだ!」


「良いなぁ、もう全部の条件クリアしたんだ。でもフォルテたちすごい頑張ってたもんね」


 ギルドで定められている10段階の階級には、もちろん昇級システムも存在している。それは、『下級魔獣10体を一人で殲滅できる』や、『三日以内にギルド・シティ〜聖アウロ皇国間の宅配任務を完了できる』などの条件を満たすことだ。

 見てわかる通り、それら全てが冒険者として必須となるスキルを基準としており、各階級ごとに定められている条件をクリアすることで相応の実力を持つ冒険者と判断され、昇級を許されるのだ。

 ちなみに、階級が上がるごとにギルド提供の寮に入ることができたり、系列の冒険用具店で割引が効いたりときちんとしたメリットも存在する。


「とうとう抜かれたか…。まあでも待ってな。すぐに追いついてみせるぜ」


「おおー、エイリークさん気合い入ってる。ボクたちももっと気合い入れなきゃだね」


 挑戦的な眼差しをしてくるエイリークにフォルテは腰に手を当てながら負けじと応じている。

 そこへ、新たに声が掛かってくる。


「フォルテ、お待たせ。あ、メルとエイリークさんもいたんですね」


「盛り上がっているところを見ると、我らの昇給についてはもう聞いたようだな」


「ベラ、ミツキ!うん、昇級おめでとう!」


「ありがとう、メル。ええ、とても嬉しい」


 現れたのは、件のフォルテの仲間達だった。紫色の長い髪に紺色のとんがり帽とマントという魔術師然とした出で立ちの少女ベルは、いつもの大人びた表情の中に喜びを滲ませている。


「本当に、三人で駆け抜けた三ヶ月だったでござるよ…」


 独特な言い回しで腕を組みながらしみじみと頷いているのは、くノ一の少女ミツキだ。深い緑色の髪はポニーテールにまとめられ、使い込まれた額当てが頭を飾っている。小柄な体に身にまとった紫檀したん色の忍び装束は、一目で彼女の職業を連想させた。


「そうだ、これから一緒にご飯いかない?そんなに豪勢なことはできないけど、私たちからも何かお祝いしたいし」


「良いアイディアだね! ぜひご相伴に預かるよ。メルの気が変わらないうちに高い店押さえてかないと」


「ちょ、高いとこは勘弁して。せめてデザート! それくらいならなんとかするから!」


 勢い込むメルとフォルテだったが、ベルとミツキは申し訳なさそうに目を伏せて口を開いた。


「ごめんなさい。お誘いは嬉しいのだけれど、これからギルドの皆さんが用意してくれた昇級式の方に行かなければならなくて…」


「ええっ!?」「そんな…」


 予想だにしない展開にメルとフォルテは揃って驚きの声をあげる。そんな二人を見つつミツキがあとの言葉を引き継ぐ。


「本当にすまない。でもその言葉は絶対に忘れないから、今度必ずご馳走してもらうでござるよ」


「そういう訳なんです。と言うか、私たちはそもそもこれを伝えに貴女のもとに来たわけで…。フォルテ、もう皆さんお待ちですからそろそろ行かないと」


「本当にこの後すぐなんだね!? でもしょうがないか…。ごめんね? メル。せっかく誘ってくれたのに…」


「良いって良いって!ギルド主催って話なら仕方ないよ。じゃあまた明日っ…からはしばらく任務で出ちゃうと思うし…。うーん、とにかく次会ったら絶対ご飯ね!」


「うん」「はい!」「心得た」


 メルの言葉に三人は元気良く応えると、手を振りながらその場を離れ、受付の方に向かっていった。

 その姿が見えなくなるまで見送っていたメルだったが、やがて腕を下ろすと、ほんの少しだけ肩を落とした。


「はぁ…」


「ーーおい」


「痛っ!? 何すんの!?」


 寂しげに溜め息を吐いたメルは後頭部を鋭く弾かれて、目に抗議の色を浮かべて勢い良く振り返った。


「メル、お前本来の目的忘れてないか?」


「わ、忘れてないし!」


 図星を突かれて視線を泳がせるメルにエイリークは呆れた様子で言葉を重ねる。


「嘘つけ、何が祝勝会だ。大体あいつらに奢れるほど蓄えもないだろ?どうするつもりだったんだ」


「それはほら、エイリーク副隊長様からの出世払いってことで…」


「どっかのバカが昨日の報酬を全部あのまっずい携帯食に使ったせで風前の灯だよ!」


「ぶー、けちー」


「ガキかお前は! …いや、ガキだったかそういえば…。はぁ。もう良い。結局どーすんだよ」


 調子の良いことを言った挙句に頬を膨らませるメルを見て、エイリークは脱力したように追求することを諦めた。

 しかし意外なことに、半ば焼けくそで付け足した疑問を受けたメルが一枚の任務依頼書を差し出してきた。


「そのことなんだけど、これにしよ」


 メルが手に取ったのは隣国ベネット公国での群狼魔討伐依頼と記された依頼書だった。それは今自分達が受けられる上限ギリギリでありながらも実力的には余裕が見込める内であり、かつ報酬も高いという、かなり堅実な任務だった。


「お、おう。結構真面目なやつにしたんだな」


「まあね。なんか、昇級してっちゃう皆のこと見てたらあっさり決まっちゃった。私たちもモタモタしてられないもんね」


「…ん。それもそうだな」


 仲の良い友人たちとはいえ、自身との立場に差が生まれたことがメルの中で引っ掛かったのだろう。その気持ちは、エイリークにとっても理解できるものだった。


「それに、昇級したらご馳走も食べられるみたいだし。せっかくなら祝ってもらいたいよね!」


「それは俺も同感だ。なら、まずはとっとと追い付いてやらないとな」


「うん! じゃ、早く必要なもの集めて明日に備えよっか!シーリン、いる?」


「ーーーはい、こちらに」


「どわっ!!? だから予告無しに突然出てくんのやめろっていつも言ってんだろ!?」


 切り替えるように小さく息を吐いたメルがどこにともなく呼び掛けると、唐突に、エイリークの背後に気配が出現した。


「…はぁ、以後気を付けましょう。それでメル様、明日の任務に向けての準備に関してですが」


「おーマジか…。流石にそこまであっさり流されると辛いんだよなぁ…」


 メルの呼びかけによって現れたメイド姿の女性、シーリンは、比較的まともな注文をつけてくるエイリークに気のない返事をするとまたすぐにメルへと向き直ってしまう。

 その淡白な対応に情けない声を上げるエイリークを一向に加え、三つの人影はギルド受付へと歩き出したのだった。



             ☆



 尖塔から望んだ古い都市の廃墟は、たちこめた朝靄の中に浮かび上がるようにして幻想的な景色を作り出していた。


「………っ…」


 その中を歩く三つの影を認めた瞬間、レイは僅かに表情を動かした。

 しかし、覗いた感情の波をすぐに仕舞うと、尖塔の柱や壁を伝うようにして器用に地面へと降り立った。


 ギルド・シティの南東に存在するこの城塞都市の廃墟は数百年に渡って繰り返されてきた周辺国同士の領土争いの名残だ。戦略的要衝にあたるここ一帯をギルドが買い取ってからはそういった紛争は減ったものの、いまだに各国が建てた城や要塞はあちらこちらに点在していた。


「来た?」


「…ああ」


 着地地点で暇そうに座り込んでいたクリスは、手のひらの上で魔術による小さな炎を弄びながらレイに尋ねる。


「そ。じゃあ迎えに行きましょ」


「……」


 マントについた埃を払いながら立ち上がったクリスに言われ、レイも無言で頷いた。


『ムー!』


「ね、楽しみねモップ」


 楽しげに付いてくるモップに声を掛けながら、クリスは先に立って歩き出したレイの後を追う。数歩前をいく彼の視線の先では、小柄な人影がこちらに向かって大きく手を振っている姿が映った。

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