第8話 誰しもが他人に知られたくない過去をもつ。②
4月上旬の寒い風に吹かれながら、俺と恋花さんは入学式が行なわれる会場まで歩きながら向かっていた。
「入学式シーズンなのにまだ桜咲いてないなんて、なんか不思議な感じ。」
「まぁ、ここ北国だからさ。毎年4月の後半くらいが桜シーズンだよ。」
「へぇー。なんか同じ日本に住んでてもこんだけ違いがあるのね。」
「そう。だから桜の卒業シーズンとかニュース流れても俺たちには全然その感覚が湧かなくて。むしろ、卒業シーズンはまだ雪降る季節。」
「名残雪ってやつか!それもまた良きかな。」
「良きかなって。俳人かよ。」
「なにハイジンって。」
「俳句詠む人のこと。知らないで言ったのかよ。」
「まぁ、そんなのどうでも良いじゃん!」
「ホントにあなたってテキトーとか大雑把って言葉が似合う人ですよね。」
「はいはいてきとーでも大雑把でも良いですよーだ!人生そのくらいで生きていくくらいがね一番なんだから。変なところまで細かーくきっちり生きてたらね、いつか喉かどっかになんか詰まって息しづらくなるよー。」
おれはその言葉に妙に納得してしまった。だから、何も言い返さないでやった。
途中二人で会話しながら、時には恋花さんの鼻歌を黙って聴きながら歩いていると、会場である市民ホールのある公園の入り口が見えてきた。
そこは警備員さんと、きっとお友達と待ち合わせでもしている胸がドキドキであろう新入生たちで賑わっていた。いよいよ俺らの夢のキャンパスライフが始まるぞと言わんばかりに。
「恋花おっはようっ!」
「うわ!びっくりしたぁ!菜々子かぁ、ここで何してんのよ。」
やけにテンションの高い女の子の声が聞こえてくると同時に、身体が前のめりになる恋花さんが俺の視界に入ってきた。
「だって今日入学式一緒行こうって言ってここ集合ねって昨日連絡したじゃん!」
「あぁ、そうだったねかもね。」
「もしかして恋花忘れてたでしょ!このヤロー!」
「ごめんごめんー。」
「おはよー恋花。って、誰?この人。」
こっちは大人っぽい女の子だな。
――――――というか、こちらこそ、どなた様なんだけど。
「あ、いやぁ、何というかぁ――」
「なに恋花、もしかして初日からナンパでもしたの?キャー!もう積極的!」
「違うから!あとそろそろ離れて。腰痛くなってきた。」
「えぇーやだぁ!離れたくない!」
恋花さんに飛び抱きついた明るいJKテンションの方の女の子がはしゃぎだす。
「いや、これはナンパしたくなるような男でもないでしょ。」
もう一人のクールで大人びた女の子が、たった今ちゃっかり失礼ぶちかましやがった。
「そう?ななはありだと思うけどなぁ。」
このJKテンションの女の子に飲まれるとまずい。早く流れを変えなければ。
「いや、あの俺は恋花さんの同き――」
「道聞いたのこの人に!ケータイで地図見るのってあんなに難しいのね!もう全然違う方向とか行っちゃって。ね!」
――――え、今どういう状況?なんで嘘つきだしたの恋花さん?
「いやっ、ちが――――」
「いやぁ、本当に助かりましたよ!こうやって友達にも会えたし。ありがとうございます!」
こんなにも関係性を隠されたことにたいして、色々なものが追いついていかない。
「あはは。ちょっと電話していいですか?」
俺はその場を少し離れ、ある番号に電話をかけた。
「あら、知らない番号。もしもし?」
「もしもし、こちらあなたの道案内役の小野滉志という者ですけど。」
「あぁ。ご無沙汰してます。そういえば連絡先の交換とかまだだったよねぇ。今しておこーっと。じゃ、またね!」
「終わらせようとすんな。で、なんであんな嘘ついた。」
「いやぁ、別に嘘って訳じゃぁ――」
「完全に嘘だろあんなの!友達なんだろ?嘘なんてつく必要ないでしょ。」
「だって、いくらあんたが童貞だとしても、大学入学当初から男子とルームシェアしてるなんて言えないでしょ。」
「友達だったらそのくらい受け入れてくれるでしょ。あと童貞関係ないし。」
「友達だから言えないこともあるの。」
「そんなの友達じゃねーっつーんだよ!」
「あんたに何が分かるって言うのよ!菜々子とみくは浪人時期の予備校でできた唯一のお友達なの!だから、嫌われたくなくて。とにかく今はお願い!今日の家事残り全部私やるから。」
俺には理解しがたい“オンナの友情”ってヤツが存在するらしい。
とりあえず、今日の残りの家事はデカい報酬だ。
「分かった。あとから『これ手伝ってぇー』とかナッシングで。」
「しないから。それじゃあ、頼むよ道案内人!」
「うるせーよ嘘つき。」
「誰が嘘つきよ!どうt」
仕返しに早めに切ってやった。こいつめ、どうせまた童貞いじりだ。19の女子が。品のないヤツめ。
女の子に対して“こいつ”なんて思ったのは初めてだ。
「男は女に対しては、いつ何時でも紳士であれ。」
これは、恐竜時代からの世の中の掟だ。
いやしかし、今回は女の子に対して思ったより、勿論恋花さんは女の子なんだけど、恋花さんという存在に対してというか。苦し紛れすぎるか。
でも、見方を変えてみれば、1週間ほど過ごして、1つ屋根の下で住む一人のメンバーとして気が許せるようになった証なのかもしれない。友達とも家族とも、もちろん恋人としても違う感覚で、だけどいないと少し退屈な存在みたいな。いま現存する日本語で当てはまる単語がない。
とりあえず、友達もいない俺は恋花さんたちとともに入学式に向かおうと思った。一人よりは幾分マシだろう。3分の2は図々しく就いてくる道案内人っていう認識だろうけど。
「恋花にしては、やけにヒートアップして話してたね。相手だぁれ?もしかして彼氏?」
JKテンションの女の子がそう話しかける。
「んーん。普通に友達から?」
「友達にしては、童貞とかなんとか聞こえてきてたけど。」
「それマジ恋花!?ねぇ、一体どんな友達よ!」
「そんなの言ってないから!みくの聞き間違いでしょ?」
何やら話しているところに、俺は一緒について行っても良いものか許可を得るべくお願いしにいこうとしたとき、恋花さんがこちらを向き手を振り出した。
「あ、道案内人さーん!ここであったのも何かの縁ですし、もし良ければ一緒に行きませんかぁ!ねぇ、良いでしょ?菜々子、みく。」
「もちでしょ!」
「別にどっちでも。」
端から見たら道案内してくれた人も一緒に誘ってくれるただの陽キャの優しさが表れたこの行動は、俺に恋花さんの存在の“ありがたみ”を噛み締めさせてくれた。
玄関先で会ったあのときから、恋花さんはずっとそうだった。唐揚げを注文してくれたのも、今日の朝俺を起こしてくれたのも、俺の童貞思考を認めてくれたのも全部、恋花さんはいつも俺を気遣ってくれていたのだ。その気遣いの船にいつも俺は乗させてもらっていただけだ。まぁ、恋花さんからしてみれば、挨拶代わりに自分が唐揚げを食べたかっただけかもしれないし、自分の隣で歩いてるヤツが寝起き感満載でだらしないのが嫌なだけだったかもしれないし、童貞の羞恥の姿をこれ以上見たくなくてなだめるためにあんなことを言っただけなのかもしれないけど。
――――いや、多分それが正解だと思うけど。
それでも、俺はルームシェアの相手が恋花さんで良かった。これからは、恋花さんのことはこいつなんて二度と思わぬよう気を付けていこうと心に誓った。
「それじゃあ、よろしくお願いします。」
「ねぇ!名前は?私は菜々子!よろしく!」
「私はみく。」
「あぁ、小野滉志って言います。よろしく。」
お互いに知らない者同士の挨拶を済ませると明るいJK風女子、菜々子さんがレッツゴー!と言いだし会場へ走り出した。残された俺たちはそれの後に続いたかのように歩き始めた。
恋花さんのおかげで、とりあえず恋花さん以外知り合いなしでの大学生活はなんとか逃れることができそうだ。
今日の家事は恋花さんに任せる気でいたが、やっぱりいつも通り二人でやることにした。
僕、今日卒業します。~1つ同じ屋根の下~ おにわら93 @oniwara93
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