第二話:大厄災


 四時限目、歴史の時間。

 窓際後ろから二番目の席で尊は授業の話を聞き流しながらシリウスと会話をしていた。

 授業中は喋れる必要もないし、真面目な顔を維持して教科書に目を通すふりをしていれば話すことはさして難しくもない。


(しかし、失敗だった。歩に言われるまですっかりと忘れていたな……)


「(……というかコレって検査とかでバレたりしないよな?)」


 シリウスにそう問いかけながら、彼は右の手の甲を左手で軽く撫でた。


 何の変哲もないただの手に見える。

 見た目も質感も暖かさも触られた感覚だってキチンとある。

 動きにだって何の支障もない。



 だが、この右腕は一昨日とは紛れもなくになっているのだ。



『(回答。二十三年後の未来において最新鋭の技術。本機アルケオスに使用されている高次元マテリアルはこの時代で解析する手段は存在しない。よって解析は不可能であるとシリウスは説明する)』


「(まあ、見かけ上はどうみてもただの腕だからな……)」


 本人である尊ですら疑ってしまうほどの出来栄えだ。


「(確か……腕だけじゃないんだよな?)」


『(肯定。まずユーザーの損傷が最も多かった右腕、右足は本機の腕と脚をベースに再構築を実行しました。違いについては先日ユーザーに体験してもらった通り……)』


「(ああ、嫌と言うほど体験したよ。中身の入ったスチール缶を握り潰せるわ。見た目は生身の腕なのにまるで金属の塊のように刃物が通らなかったり……)」


 どちらもシリウスがやらせたことだ。

 見た目も感覚的にも全く変わらないはずなのに、あっさりと並外れた力が発揮できたのは――自身の身体の変化を認識させるには最適な手段ではあった。


「(でも、ちゃんとした警告をしなかったのは許さないからな。コーヒーの染み……!)」


『(表明。謝罪の意)』


 とりあえず、全力でやってみろと握った結果、コーヒー缶は圧力によって破裂、飛び散ったコーヒーは酷い被害を起こしたことについて、尊の恨みはかなり深いものだった。


「(まあ、それはそれとして。……奇妙な感覚だ。自分が思っている以上の力が出るっていうのは……パワーアシストってやつに近いのか? 何というか感覚が追いつかないというか)」


『(制限。出力制御は管理サポートAIであるシリウスが担当しています。通常時は人間としての力しか出せないように設定しているので、日常生活において影響を与えることはないと保証します。そのほかの部分としては右眼も蒸発していたので一から再構成を)』


「(蒸発……。まあ、いいけど何か変わったのか? 目が良くなったとか?)」


『(――データリンク。投射開始)』


「(うおっ!? なんだこりゃ!?)」


 シリウスがそう言うと同時に目の前がディスプレイにでもなったかのように、見ている景色はそのままに数値やデータが無数に表示されたのだ。


「(これは中々……凄いな。完全に機械の眼なのか。何か色々と切り替わった)」


『(喪失。完全に損壊していたため、アルケオスの眼をそのものを再構成して使用。シリウスと連動することにより、アルケオスのセンサーから得られた情報をダイレクトに受け取り可能となりました)』


 シリウスがそういうと見えていた世界が突如としてオレンジや赤、暗色によって色分けされた。


「(これはあれか……サーモグラフィーってやつ)」


『(正解。放射される赤外線を分析し熱分布を重ね合わせている)』


「(へぇ……凄いな)」


『(追加。あとはこのようなことも……)』


 ブォンッ。

 という効果音と共に白銀色の髪をした美少女が突如として隣に現れたのだ。


「…………っ!?」


 咄嗟に声を上げなかった自身を尊は褒め称えたい。

 ガタリッと机を揺らしてしまったため一瞬教室から視線が集まってしまったが、そんなことを気にしている余裕は無かった。


「(おま、ちょっ……なにを?! と、とにかく……っ!)」


『(提言。注目が集まっています、今後のユーザーの活動に影響が発生するので落ち着くことを推奨します)』


「(誰のせいだ! 誰の!)」


 当たり前のようにあっさりと現れたシリウスのアバターとしての姿。

 ハッとするほどの美少女の姿は教室の中をフワフワと空中を漂うように――


「(ん?)」


 そこで気付く。

 クラスの視線が誰も幻想的と言ってもいいそんな存在に向いていないことを。


(これは……そうか)


『(肯定。ユーザーの視覚情報に介入してこのアバターを映している。他者からは見えないのは当然。ユーザーは脳内だけの会話というコミュニケーションを些かストレスと感じていると判断しました。故にこのような手段を実行に移しましたががどうでしょうか?)』


 問題があるとすれば目の前の少女が美少女過ぎるところぐらいか。

 とはいえ、相手は正体はただのAI。

 どれだけ凄かろうと電子プログラムの塊でしかない相手に変に意識するの負けた気がしたので、彼は気にしない方向性で話の続きを促した。


『(了解。それでは現状報告の続きとして他の部分は腹部、胸部が損傷。それに伴い臓器の幾つかも多大な損壊。並びに頭部の損傷によって脳の一部も……。修復強化を行い対応。現在は神経系などの再構築を随時実行中)』


「(……今も俺って普通の人から外れていってる状態なのか?)」


『(回答。融合を行ったとはいえ、一部に収めたが故にアルケオスをベースとした部分とユーザーの身体全体では差異が発生。視神経、血管などは一つとして繋がっている以上、部分のみを変質させるのは負担も大きく機能も制限されるため。その調整が必要不可欠となる)』


「(なる……ほど? いや、痛みや不快などはないし。今更と言えば今更で、何か悪影響を及ぼすことはないのなら別にいいか……)」


 実際、何の違和感もない。


(だからこそ、ちょっと怖いんだが……)


 そこら辺の気持ちを何とか尊は呑み込んでそ気持ちを切り替えることにした。




「(……話を進めるか。例の使命とやらの話だ)」


『(了解。使命遂行のための円滑な情報共有を実行)』




                   ◆


 ――大厄災。


 後に呼ばれる天変地異が世界中で同時に起こったのが全ての始まり。

 無数の雹が降り注ぎ、火山が噴火したり、大地震に津波とそれらは何の前触れもなく起こった。

 一連の災害の被害、世界全体の混乱による諸問題でおよそ地球上の三分の一の人類は減ったとも言われどこの国も自身の国だけで手一杯……そんな有様だったそうな。


 そこにさらに追い打ちをかけるように超常能力を持った新人類。

 通称「異能者」の発生が未来世界における混乱と崩壊に止めを刺した。

 異能者はその名の通り「火を操る能力」や「獣を操る能力」等々……能力にバラつきはあれど「異能」という超能力を使える人類のことを指す。

 平時の世界においてもそんなのが大量に現れたら世界は混乱するのは容易に想像がつくのに、よりにもよって「大厄災」というカタストロフの後に現れたというのが始末が悪い。


 弱り切った人類社会の大半は非異能者であり復興もまだまだ。

 明日も分からぬ余裕などという言葉のない時代。

 両者の迫害、偏見からの確執は徐々に溜まっていき、時代は泥沼の人類同士の内戦へと向かって行き――



『(現在は内戦も一定の収束。最初こそ非異能者と異能者の争いのようになっていましたが好き勝手に異能を使って暴れる異能者から、人々を守る異能者も現れたことで秩序を守ろうとする側と壊そうとするテロリスト側との戦いへと移行。新政府も非異能者あるいは異能者で差別しない融和社会路線路線を堅持することで一定の平穏が訪れた形となる)』



 超能力……いや、異能力か。

 そんなのを使って誰かを守るために戦う。


「(ふぅん、まるでヒーローだな)」


『(肯定。彼らはヒーローと呼称され、未来世界において存在する人気職業の一つとなった)』


(人気職業のヒーロー……か? よほどに大変な世界みたいだ)


 創作の世界でしか存在しなかったヒーローという存在が居る未来の世界。

 夢があると言えば聞こえはいいが救う存在であるヒーローが存在するということはそれほどに世界が不安定ということだ。

 逆説的に言えばヒーローが存在がまかり通るぐらいには危機が多いということなわけで……。


(ネガティブに考えすぎているだけか? それに疑問が一つ)


 全ての始まりは大災害である「大厄災」。

 それは世界規模の大災害であったらしく話に聞くだけでも人が関わってどうにかなるように思えない。

 例えば地震や津波、台風が起こることがわかったとして根本的にどうしようもないのと一緒だ。




「(個人で出来るレベルを超えているような気がする……。未来で重要になる人物を助けろとかそういう感じか? そういう話ならばわからなくもない――けど)」


『(否定。我々の使命は未来を変え人類を救済すること。そのために―――大厄災の発生を防ぐことが最終目標)』




「(……いや、だからどうやって)」


『(その可能性が示唆されたのはある研究による過程)』


 尊の言葉をスルーしながらシリウスは話を続けた。


『(Cケィオスの研究の一環。時間に干渉する実験が行われたとある施設でのこと――)』



 Cケィオス

 シリウス曰く、未来の世界において実証された上位次元に存在するとされる未知のエネルギー。

 それは異能者が異能を使う際のメカニズムを調べている時に見つかった存在だという。

 異能者は上位次元に存在するCケィオスに干渉し引き出すことで、現実に超常現象を発生させることが出来る。

 エネルギー保存の法則も質量保存の法則も、既存の法則を無視し、炎を生み出し、人を治し、空を飛び、果ては空間すらも跳び越える。


 その源こそがCケィオス


 未だ完全な解析には至っていないが万物への干渉が可能な力であると推測され、その施設で行われたのもある仮説に基づいて行われた。



 それが

 だ。



『(結果。その実験自体は失敗。時空間歪曲場を発生させることに成功するも2.3秒間の維持後に実験施設、及び周辺の土地を半径五kmを含め消失しました)』


「(半径五kmって……)」


『(問題はここからですユーザー……。実験は凍結されることが決定されるもデータは回収され精査が行われることに。そこでとある事実が判明しました)』


「(ふむ)」


『(データの解析から2.3秒間維持された時空間歪曲場の向こう側は「大厄災」当時の時代であるということが判明しました。そして、重要な発見として当時の世界から「Cケィオス移相力場」の発生を観測することに成功)』


「(Cケィオス……なんだって? 専門用語はわからないんだけど。SFものってそういうところがやさしくないと思う)」


『(Cケィオス移相力場です。ケィオスとは上位の次元に存在するものであり、本来はこの次元に存在していないエネルギー。異能者はそれを上位次元から引き出すことで超常的な現象を発現させることができますがその相転移の際に澱みのようなもの……移相力場が発生します。それをCケィオス移相力場と称しています)』


「(本来、存在しないものがこっちに来ることによって……生まれる歪のようなものか?)」


『(肯定。そのような理解で結構。この数値が高ければ高いほど大規模なケィオスがこちらに流れ込んだという証。そして件の実験によって繋がった向う側の世界でもそれは観測。そしてその数値も算出。その数値が――未来の世界のおよそ「10の13乗」という数値)』


「(桁が違う数値であるのは……何となくわかる。異能者とやらがたくさん居る未来の世界と比べてってことだろ?)」


『(肯定。異能者が世間的に認知され多数いる未来での平均値と比較しての算出。天文学的な数値)』


「(いやいや、おかしい。異能者が大量に現れたってのは大厄災の後なんだろ?)」


『(提唱。故にこのことから仮説が一つ。大厄災とはただの自然現象ではなかったのではないかというもの……)』


「(つまり?)」



『(大厄災とは自然現象ではなくCケィオスによって引き起こされた災害だったという説。大厄災が世界に及ぼした影響は凄まじかったが、その被害に比して大厄災そのものについては未来の世界でも謎に満ちている。その後の混乱でそれどころではなかった)』



「(被害だけでなくその後に出てきた異能者との軋轢でそのまま人類同士の内戦だからな……。いや、仮にその大厄災とやらがCケィオスによるものだとしたら、その後に現れた異能者の発生も?)」


『(可能性は否定できません。何れにしても大厄災がただの自然現象ではなくCケィオスが原因で引き起こされたものだとしたら防げる可能性が浮上する)』


「(……Cケィオスは本来この次元に存在しないってやつか)」


『(肯定。こちらで現象を起こすためには何かしらの呼び水、もしくは媒体が必要となります。ならば或いは水道の元栓を閉めるように元を塞ぐことが可能ならば……)』


「(大厄災が起こらなかった未来に変えられる――というわけか)」


(理屈としては……まあ、通っているとは思う。つまり、大厄災の真相を調べ、妨害する。成功すれば未来は変わるしれない。となると重要になってくるのは大厄災とは何なのか。何が引き金で起こったのかということ)


 とはいえ。


「(……具体的に何が起こったかはわからないんだよな?)」


『(調査。シリウスとユーザーの任務はそれも含む。故に現地での協力者を求めた)』


「(なるほどな……。ん? しかし、いちいち現地で説明して協力してもらう手間を考えたら未来から直接人を送り込んできた方が早かったんじゃないか?)」


 普通に考えて未来から云々なんて説明されてもすぐに信用するかと言われれば無理だ。

 あるいはシリウスは所謂先遣隊のようなもので後から応援がくる形とかだったら尊も嬉しいのだが……。


『(回答。不可能でした)』


「(……まあ、想定はしてたけど。理由は?)」


『(解説。時間遡行というのは思った以上の難物なのです。無数の問題点が存在。その最たるものが時空間歪曲場を潜る際の物質、存在に加わる負荷です。これは潜っている時間……つまり戻る時間に比例し、あらゆる物質に対して等しく加わると実証されている)』


「(つまり、過去に戻れば戻るほど負荷は強くなるということか?)」


『(肯定。その認識で差し支えありません。年単位での時間遡行となるとまず生体は不可能。そのため、このような形となった)』


 大厄災がどういった経緯で起こったかわからない以上、出来るだけ時間のアドバンテージは確保したい。

 だが、この性質上遡行出来る時間の範囲には限りがある。


 そして、計算上最長で時間を遡れるプランが当時の科学技術で最も耐性を持つ物質で構成されたアルケオス零号機を流用。

 その機体に人工電子知能であるシリウスをサポート管理AIとして組み込み送り出し、現地人との協力の元に過去への干渉を行うというプラン。



 それこそが本プラン――B-15計画だったらしい。



「(……なんとも不確実というか。というか多分に成功要素を運に依存した計画だな。時間遡行が出来る範囲に制限がある以上、時間をかけてプランを練ったり準備や実証を行う暇が無かったんだろうけど)」


 未来から出来るのはあくまで送り込むことまで。

 その後のことは未来からは干渉が出来ない。


 となるとスタンドアローンに適宜判断、遂行できる存在として人工電子知能を搭載してすべてを現地で対応するしかないというのはわかる。



 わかる、が。

 丸投げされてる気が半端ではない。



「(はー、賭けないわけにもいかなかったのはわかるけどさ……)」


『(不確実性が高く、準備不足なプランであることは認めざるを得ない。事実として二十三年の時間遡行による負荷も計算を大きく上回るものであり、本機も想定外の損傷を受け想定していたプランの多くを破棄せざるを得ない状況です)』


(その点については俺にとって幸運でしかなかったから何とも言えないないが)


「(それにしても未来からの手助けは期待できないとなると……こっちはこっちで進めるしかない、か」



『(肯定。共に世界を守りましょう、ユーザー)』


「(とはいえ、何の手掛かりもなく未来に起こるであろう事件か事故かの正体を探れと言われてもなぁ……)」



 正直に言って雲を掴むような話だ。


 とはいえ、既に一蓮托生の存在。

 さらに言えば自分の未来にも関わるのだから逃げるようもない。



(まー、自分でやって手を尽くしてダメだったら諦めもつくか。他人に任せてその結果死ぬことになるよりかは幾分かはマシか)



 やれるだけはやるか。

 一先ず、尊はその日そう決めた。


―――――――――――――――――――――――――

・シーン1

https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330667564565194

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