第一話:友人


 燃える、燃える。燃えている。

 区の北部を一望できる高台の公園から見えるその様は猛々しくも美しい。

 燃え上がる炎の明かりは夜の闇にとても映えていた。

 その様子を見ながら人影は心底に思った。


 ――ああ、失敗した。


 本来ならこんなはずではなかった。

 普段であればもっと我慢も出来たしあのような短絡的な行動もしなかっただろう。


 ――改めて考えてもあれは迂闊に過ぎた。思っていた以上に精神的なストレスが溜まっていたのか。それとも謎の体調の不良のせいだろうか?


 今も身体は火照り、茹るような熱が頭に回り思考の回転を鈍らせているのが現状だ。公園の自販機で先ほど買ったミネラルウォーターもすでに半分を飲み干したというのに、身体は一向に冷える様子もなく行き場のない灼熱が内から湧き上がってくるような感覚が続いている。

 ここ数日は多少の不調だけだったというのに、今朝などは目覚めた時には酷い眩暈や吐き気も覚えたのだ。

 だから、今日は大人しくしていたというのに。


 ――だというのに。ああ。


 そんな思いを嘲笑うように無防備な姿を目の前で晒されては我慢のしようがないというものだ。

 まるで何かに導かれでもしたかのように都合の良い場所、時間、そして人目もないと来たものだ。


 気づいた時には私は行動を起こしていた後だった。


 思い返すと何と短絡的だったのだろう。

 上手く行ったのが奇跡。

 それほどに衝動的であったにも関わらずにスムーズに運んだ。

 獲物を捕らえ、残すはいつもの……。


 ――そのはずだったのに。


 遠くにサイレンの音が微かに聞こえる。緊急車両が向かっているのだろう。救急車、消防車、パトカーの何れか、あるいは全部かも知れない。

 何せ一つの建物が炎上しているのだ。根こそぎ来ていてもおかしくはないだろう。

 そんなことを考えながら嘆息した。


 ――確かに短絡的であった。弱っていたのもあったが自身の非は認めよう。だが、それにしたってこの有様は予想外過ぎる。


 恐らく、これは自身が引き起こしたものなのだろうというのはわかる。

 気づけば辺りが火の海へと変わっていて這う這うの体でここまで逃げ出してきたので、いまいち事態を把握しているわけではないし理屈で考えればあり得ない。


 ――あり得ないはずなのに……。


 だが、前後の出来事や人影の中に残った奇妙の感覚がその理屈を否定する。

 あの瞬間、何かの歯車がかみ合ったような全能感。


 ――確か何処かで……。ああ、そうだ。あれは五年前の……。


 それを思い出した瞬間。

 人影は自身の中のそれを本能的に理解した。




 四月十三日、月曜日。

 それは尊が未知との遭遇を果たした記念すべき日から三日目。

 あるいはは死から人間の枠を少々はみ出して蘇った日とでも称するべきか。


(まあ、どうでもいいか。他人に言うことも無いだろうし。)


 高校へ向かう道すがら一昨日の夜のことを思い出しながら尊は歩いていた。


 蘇ることに成功した後、彼はすぐに燃える廃ビルから脱出する羽目になった。

 その後はやってきていた消防車やパトカー、集まってきていた野次馬の目を盗むようにし家へと帰りつき……そしてベッドに倒れ込むと泥のように眠った。

 次の日が日曜だったというのもあってそのまま引き籠り考えをまとめる時間を確保できたは幸いだった。


 お陰で学校へと向かうだけの活力は何とか回復することができたわけだ。

 これが平日だったら次の日は仮病で休むことになっていだろう。


 色々のことが急に起こり過ぎたというのもあるが一番の要因としては――。



『(ユーザー、そろそろ使命の説明を――)』


「ぅぉ……っ!」


 突如として頭の中に響く声。

 それに尊はビクリッと肩を跳ねさせ、咄嗟に周囲を伺いそして返答する。


「(あのなぁ? いきなり喋りかけてくるなって言ったはずだが?)」


『(否定。シリウスは喋ってはいないとユーザーに反論します。これは通信です)』


「(そういう揚げ足取りみたいなの良くないと思うぞ俺は。ともかくこれって苦手なんだよな。外で話しかけてくるなとは言わないけど……出来る限り驚かせないようにできない?)」


『(了承。しかし、ユーザーが話を聞こうとしないことにも問題があるとシリウスは主張します。昨日一日は存在を無視。このような状態になった以上、相互理解に努めるのが合理的な判断であるとシリウスは提言します)』


「(一日ぐらい現実逃避ぐらいしても許されると思うんだがな……。あんなことに巻き込まれたんだぜ? それに暇つぶしにネットサーフィンや俺のゲームや漫画の電子データを勧めたらわりとそれにハマってただろ?)」


『(分析。娯楽に関するリソースなど未来において存在しなかったが故に希少。特にネット掲示板……あのような無駄で煩雑なデータの山が許されるなど過去が豊かであった証拠します。とても興味深いとシリウスは評価します)』


「(まあ、その山に何か価値あるものが埋まってる可能性はとても低いとは思うけど楽しそうで何よりだ)」



 あの日の夜、シリウス曰くアルケオスという機体と尊は融合を果たした。

 両者の利益のために。



 他に手段がなかったので選択肢など無いに等しかったが、それでも説明を受けた後に自身の意思で選んだ以上は思うところがあっても納得はする。

 

 だが、一つになる。というのを甘く見ていた節があったのは確かだ。


 一つの身体を共有、共存している尊とシリウスは二つの個を持っている。

 これが結構ややこしいというか……脳内に小人が一人住むようになった感じとでも言うべきか。

 なんとも落ち着かない状態に彼はなってしまったらしい。


『(提言。とにかく使命についての説明を聞いて貰いたい。その必要性については――)』


「(わかったわかった。諦めて聴くからせめて学校についてからにしてくれ……)」


 尊はそう言って会話を断ち切った。


「……全くなんでこんなことに」


 言っても仕方ないとは思いつつ愚痴がこぼれてしまう。



「おや、どうかしたのかい? 尊くん?」



 そんな彼に声かけてきたのは同じ高校の学校指定の男子学生服に同じく学生鞄、キーホルダーなどのアクセサリーも付けず特色のない地味な同級生である佐藤歩さとうあゆむだった。



「なんだ歩か。おはよう」


「やあ、おはよう」


「どうかしたの?」


「ん、ああ、そのなんだ。この間やったゲームの展開に悩んでいたというか……なんかそんな感じで――まあ、何だ。何でもない」


「ふぅん、夜更かしはほどほどにしなよ?」


 こちらの様子にどこか不審なものでも感じたのか、そう言ってくる歩に尊は適当に対応した。


「気を付ける。それにしても――相変わらず、地味だな。少しは個性を出したらどうだ?」


「酷いなぁ」


「まあ、別に流行のファッションがどうとかは言わないけど、一年を指定の学生服で通すのは没個性と言われても仕方ないと思うぞ?」


「酷い言われようだなぁ。まあ、反論が出来ないけどさ。ただ、どうもそういうのに興味が持てなくてね」


『(疑問。この人物は何者か。関係性の開示をシリウスはユーザーに要求)』


「(関係性も何も……普通にクラスメートの友人だよ)」


 歩とは高校に入ってからの付き合いなのでそろそろ一年になる。

 高校生活におけるコミュニティの形成というのは大事なものだ。

 尊はそこまで友人関係とか重視としないタイプだが、かといって一人でいるというのもクラス内でのヒエラルキー的にもマズイ。



 そんな考えもあってこっちに来て初めて作った友人が歩であった。



「(性格は自己主張が強くなく大人しい。本が好きで暇を見つけては何かしら読んでいる。それ以外の趣味は……まあ、だいぶだけど。まあ、悪いやつじゃない)」


 学校ではそこそこ話してプライベートではそれなりにSNSで会話したり、偶に休日に一緒に遊びに出かける程度の深くも浅くもない距離感の友人関係、それが彼と佐藤歩との間の関係だ。


『(把握。なるほどつまりはイベントの時にアドバイスや助言、協力などををしてくれる友人キャラカテゴリだとシリウスは理解します)』


「(……どういう理解?)」


『(回答。ユーザーのノートパソコン内の恋愛ゲームを分析した結果、友人カテゴリに存在するカテゴリー。佐藤歩はベーシックなタイプであると推測する)』


「(あっ、シリウス。ノートパソコンに保存してるやつ全部やったのか……というかそんな統計分析まで……)」


『(肯定。非常に有意義なデータ。ユーザーが得にやり込んだルートも解析)』


「(おい、バカやめろ)」


 尊は思った以上に未来から来た高性能AIが妙な学習をしていることに気付いた。

 未来では色々と余裕が無いらしく無駄の極みといってもいい娯楽関係は切り捨てられていて貴重という話らしいのだが……。



(シリウスには必要ないだろ)



 と思わなくもない。


「どうかした?」


 そんなことを考えているとこちらの様子を不審がったのだろう、怪訝そうに見つめている歩に気づき、尊は慌てて態度を取り繕った。


「すまん、ぼうっとしてた。それで……何の話だっけ?」


「ほら、一昨日の夜に火事があったじゃない? 例の再開発の地区の。尊くんも知ってるでしょ、近いし」


「まぁね」


 知ってるどころか尊はその現場にいたのだ。


「昨日は結構ニュースでも流れてたからね。住んでる街がテレビで映ってるというのは変な感覚だよ。それでさ、ちょっと興味本位で昨日その現場に行ってみたんだ」


「貴重な学生の日曜をそんなのに消費するなよ。建設的に使え」


「別にそれが目的じゃなくてコンビニに出かけたついでにふらっと……ね? ボクが行ったのは昼頃でもちろんもう消火は終わってたけど、ドラマで見るような黄色いテープが張り巡らされてて中には人が集まっててさ。たぶん、現場検証ってやつが行われてたんだろうけど……」


 火災現場の後の処理について尊は詳しくはないがが人気のない廃ビルでの火災だ、普通に考えれば事故より事件を考えるのが当然といえる。

 なのでそれ自体は問題ないのだが、ふと彼はの頭になにかが引っ掛かった気がした。



 それが形になるより早く、歩は声を潜めるようにして話を続けた。



「そこでボク、聞いちゃったんだ。多分、警察の人だと思うんだけどさ。その人たちが話してたんだよ、あの火災現場の中から人間の一部らしきものが見つかったって」


(うん、それは俺のだな)


 ――とは当然言えないわけで。

 そう言えば忘れてたなとどこか他人事のように考えた。。


「なんか炭化した人間の一部と思わしき物だけが見つかったんだってよ。これって猟奇的な話じゃないかい?」


「……俺が見たテレビではそんなこと言ってなかったけどなぁ」


「うーん、ボクが言った時に見つかったらしいから。まだ、情報が更新されてなかったのかもね」


「ちなみに見つかった一部ってのは? どんなものでどんな状態とか……」


「話に聞き耳を立てたけど、右腕じゃないかなって話だったね。手首とかじゃなくて肩ぐらいからの。状態はわからないなぁ、でも炭化してたって言ってたから相当酷かったと思うよ」


 聞いたのは尊だがなんで歩も答えられるんだろうか。

 そんな疑問を覚えつつも、それは今優先するべき話題ではないだろう。


「で、どうなんだ? 腕から個人って特定できたりするのか?」


 彼は動揺を隠しながらそんな疑問をぶつけた。


「どうだろうね。刑事ドラマとかだと焼死体とかでも例えば歯の治療痕とかで個人を特定できたりするけど……腕はどうだろう? 指紋は焼けてるだろうし、状態にもよるんだろうけど。難しいんじゃないかな」


「そうだよな、うん」


「まあ、普通に被害者の方は死んでいるだろうし、別のパーツが見つかるなり何なりした方が身元は早くわかりそうかな。……指とか手首じゃなく腕だからね」


「……そーだな。腕を失くして生きてる人間なんてそう居ないだろうし。居ても隻腕は目立つはずだ」


 警察関係者は少なくともその腕の持ち主は死んでいると考えて探すだろう。

 少なくともその二日後には元気に学校に行ってるとは考えもしまい。


 となると――


(そう考えると永遠にたどり着けない調査を警察各所の方々はやる羽目になるのか……)


「…………」


 尊はひっそりと警察関係者に哀悼の意を捧げた。


「ボク、思うんだけど。この間読んだミステリーのようにこれから次々に死体のパーツが出てくるんだよ。腕、脚、胴体、最後に頭部。見つかった場所に意味があって、その謎を解くと……みたいな? どうかな」


(いや、勝手に人をバラバラにするのはやめろや)


 歩の話を聞き流しながらそう彼は心の中でつぶやいた。


―――――――――――――――――――――――――

・シーン1

https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330667433345289

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