「ある日、突然俺は殺された。そして、気付くと目の前には未来から来たAIとやらが現れ、世界を救うために協力して欲しいと持ちかけられた 。断るとそのまま死ぬらしいので世界を救うことにした」
くずもち
第一章
プロローグ:未知との遭遇
もしもの話をしよう。
昨今ではSF物というのも多種多様なジャンルに派生し、一言でSF物と言っても幅広いサブジャンルやテーマを含み厳密な定義自体も解釈によって違う。
単に宇宙人や宇宙船が出るだけではSFではないという意見もあるし、科学的論理を基盤にして「現実」と繋がっていれば異世界での話でもSFの区分に入るという意見もある。人によっては「竹取物語」や「オデュッセイア」もSFとして読むことも可能だという。
それは所謂SF物というジャンルの懐の大きさを指し示しているといえる。
そして、そんなSF作品のジャンルの中で「未来」から何かが「現代」にやってくるというテンプレートが存在する。
やってくるのは殺戮機械やら未来の自分、あるいはお世話型ロボット等と題材によって様々……。
つまりは未来からの来訪者と出会う――そんな話。
そして、大抵の場合これらは未来を変えようとする流れになる。
当たり前だが仮に時を遡るタイムマシンがあったとして……能動的に過去へと遡る選択をしたというのならそれなりの目的というものが存在する。
わざわざ未来を――いや、来訪者にとっての「現在」を変化させるために「過去」に赴くという選択をする、そんな動機などたいていの場合ろくでもないと決まっている。
何せ論理的に考えれば来訪者にとっての「現在」でどうにか出来る問題ならそのまま頑張って解決すればいいだけで……それをしない、あるいは出来ないというのならそれはつまりそれだけ進退窮まった状況だからと推察できるわけだ。
まあ、何が言いたいかといえばだ。
もし、未来から来訪者なんてのが目の前に現れたのならそいつはとても重大かつ厄介な問題を抱えていると考えていい考えていいということだ。
平穏に生きていたいのならきっと未来からの来訪者なんて会わないに越したことはない。
『説明。仮ユーザー……当機体は「アルケオス」、管理サポートAIコードを「シリウス」。この時代から約二十三年後から人類の未来を変えるため時間遡行をしてやって来ました――協力を要請します』
真っ黒な謎の空間で唐突にそう告げられ、
◆
目の前には少女が居た。
白い、白い少女。年の頃は同じ十六、七歳くらいに見える。
白銀色の長い髪に雪のように白い肌、どこか機械的な冷たい表情、アイスブルーの瞳をまるで観察するようこちらに向けながら椅子に座った美しき少女はそう表情も変えずに淡々と語った。
そんな彼女を眺めながら尊はこうなる前の記憶を思い出すことにした。
夜の街を急ぎ帰路についていた。
人気のない裏路地は電灯が切れかかっていて、不規則に明滅する微かな明かりと夜空を隠すような薄暗い雲のせいもあり見通しが悪かったのを覚えている。
音楽でも聴こうと思い胸ポケットから携帯端末を取り出すとバッテリーが切れかかっていることに気付いてその時の尊は舌打ちをした。
「あー、失敗したな」
そんな愚痴を言いながら家への帰り路を急いでいた。
その時、
尊は静寂の中、微かな奇妙な物音を聞いた気がしたのだ。
その辺りの地区はちょうど再開発予定地区に指定されて用地買収が進んでいて、徐々に住んでいる人自体が減っていた地区だった。
昼間はともかく夜になると人気のない建物が多くなったせいか少々不気味な雰囲気を纏い、咄嗟に振り向いた先にあったビルも住民が居なくなって久しい建物の一つだった。
「……ん? なんだ?」
そこそこ年季の入った廃ビル。
名前はなんと言ったか、と思い出そうとすると続いて何かの異変を尊は感じ取った。
誰も居ないはずの廃ビルに何かが動いたかのような気配、そして微かに何かが光ったのを見た気がしたのだ。
それはほんの一瞬で瞬きのようなものだったのだが――
「…………」
その時の尊は妙に好奇心が刺激されてしまったのだ。
その「何か」の正体を暴いたところで益が生まれるわけでもないし、むしろ面倒ごとに巻き込まれる可能性の方が高いだろう。
だというのに奇妙なほどに衝動に突き動かされた尊は、
「……んー、ちょっとだけなら」
気付いた時にはマンションの方向へ向かって。
そして――。
気付けばここに居たのだ。
(……どうにも思い出せる記憶があやふやだ。くそっ、この後に何か……あった気がするんだが……)
思い出そうとすると冷や汗が出て頭に鋭い痛みが走る。
そんな自身の状態に戸惑っていると、
『実行。仮ユーザーの現状把握のために外部映像の出力』
「―――っ、なんだ?」
シリウスと名乗った少女は口を開き、空中にモニターを作り出した。
「なにを……!?」
その現象に驚きの声を上げるよりも先に飛び込んできた映像に――
尊の思考は停止した。
初めに見えたのは鉄筋コンクリートの床に壁、建物の中のように見えた。
思い出せる記憶の最後からふとあの廃ビルを連想した。
そこに向かっていたことは覚えているのだ。
だが、あのろくに明かりもついていなかった建物の中とは思えないほどにモニターの中の光景は赤かった。
辺りを全て紅色が染め抜いていた。
火。
火、火火。
火火火火火火火火火火。
その建物の中は煉獄の炎を思い起こすような燃え盛る火炎に満ちていた。
映像のピントが合ったかのように様子が詳しくわかるとそれは酷いものだ。辺り一面の床には無数の瓦礫が散らばっており、壁などは一部崩落している。
最初、微妙に見づらかったのも舞い上がっている火の粉と煤塵のせいだとも理解が及ぶ。どうやったらこんな惨状になるのだろうか、皆目見当もつかない。
そして、その部屋の中心には人が倒れていた。
その様子がとにかく酷い。
どす黒い穴が開いた腹部からおびただしい量の血液が溢れだし、来ていた学生服は元の色がわからないほどに刻々と赤黒く染まっていた。
右手足は千切れ飛び、側の燃える炎の中に落ちており、焼き焦げることで異臭を放っている。残っていた左の手足は例外なくあらぬ方向へ曲がり、服すら皮膚の下から骨が突き破っている有様だ。
そして、顔は右半分が焼きただれ右目は消滅していた。
目を覆いたくなるような惨状、だが尊は目をそらさなかった――いや、正確に言えば目を逸らすことが出来なかったというべきか。
「こ……れは……」
息を呑んだ。
そのグロテスクな様子を見たからではない、尊はその倒れている男の顔にとても見覚えがあったからだ。
――あれは……俺じゃないか。
「…………うぐっ、おぇ!!」
襲い掛かってきた吐き気と全身に奔った恐怖の感覚。
理性よりも先に本能がどうしようもなく尊にその映像の中の光景は真実であると突きつけて来た。
『解説。仮ユーザーの肉体の損壊率はおよそ32.67%。右の手足の喪失、右目の焼失。内蔵、脳の一部の損傷、記憶の障害はそれによるものと解析します。生命活動は停止しているものの、停止して間もない状態。それを本機によって維持しているのが現状。このままだと遠からず確実に機能停止。再起動も不可能となると報告します』
「機能停止……? なにを……言って……。――つまりは死ぬってことか?」
『肯定』
(二文字であっさりと認められてしまった。いや、まあ、死ぬかあんな様子じゃ)
「――って、いやそうじゃなくて!? ちょ、ちょっと待った! こっちがかみ砕く前に次々と情報を流し込むのはやめてくれ! えー、というかそもそも俺はなんであんな……」
『不明。本機が現場についてた時にはすでにこの状態であったと主張します。被害者である仮ユーザーの記憶の混濁している以上が情報不足。現場の状況から高エネルギーの爆発現象が起こったことは推測可能。ですが、それ以上の考察は困難です』
「爆発って……うん? なんでこんなところで? 不発弾かなにか……いや、それはどうでもいい。それよりも――」
尊は彼女の返答に考えこもうとするも、大事なことを言っていたことに理解がようやく追いついて思わず声を上げた。
「再起動?! 再起動ってなんだ?! それってつまり……俺は蘇生できるってことか!?」
『肯定』
無表情でシリウスはそう答えた。
(……映像から見る様子だと現代医術ではどうにも出来そうないほど損壊している……けど、相手は謎の空間を形成して未来から来たとか宣っている相手。理解の及ばない超技術、超パワーがあるとしたならあるいは……)
「……それで提案ってのは? 未来がどうとか言ってたな、それから協力とも……さしずめ、未来で何か面倒なことでも起こったとかそんな感じか?」
『称賛。鋭い指摘であると評価します』
「ありがとう。……それで、未来で何が起こる?」
『回答。この時間軸においておよそ一年後、まず人類の三分の一が滅亡』
「……え?」
『回答。この時間軸においておよそ一年後、まず人類の三分の一が滅亡』
「ああ、うん、すまん。別に聞こえなかったとかそんなわけじゃないんだが……」
(ただ、ちょっと規模が予想よりも大きかったなって……いや、っていうか今「まず」って言わなかったかこいつ?)
『その後、超常的な能力を持つ「異能者」と呼ばれる人種が出現しました。未曾有の被害に崩壊しつつあった人類文明社会は大いに混乱』
「超常的な能力……いわゆる超能力者みたいなもんか? それが無茶苦茶になった世の中に現れた、と」
(不安定な世の中に超常的な力を持った存在……はー、ちょっと考えただけでもロクなことになりそうにないな)
『異能者と非異能者間での対立が起こり激化、人類間での十数年に続く内戦に発展しました。人類はその数を減らし、およそ二十三年後の未来において十分の一にまで減少したのが大まかな未来の歴史となります』
(四半世紀にも満たない間でそこまで行っちゃったと……人類ってのは案外脆いもんだな)
それが話を聞いた尊の正直な感想だった。
第三者視点だから好きなことを言えているという自覚はあるがそれにしたって何というか希望の見えない未来だ。
「いや、というより初手で三分の一が滅んだってなんなんだ……? というか……あれ? これ生き返る意味あるのか?」
尊は真剣に生き返る意義について考え始めた。
サラッと軽く流してしまったが一年後というのはあまりにも近すぎる。
『――未来改変。荒廃した未来を変える、それこそ本機体とシリウスに課せられた任務』
そんな尊に対しシリウスは言った。
「……あー、まあ? 大まかにだけどお前の目的なり何なりは理解した。色々と予想以上ではあったけど……それで協力ってのは? ただの高校生だから大したことは出来ないが出来る限りのことはするぞ? あくまで出来る範囲で――だけど」
『提案。それは仮ユーザーと本機体の現状を考慮した上で相互利益のための計画です』
「……というと?」
『報告。現状当機体は不慮の事故によって重大な損傷を受けている。昨日も大幅に低下し、このままでは活動にも影響が予測される。それどころか機能停止の可能性も高い』
「……話が見えないな。それで? 助かったら俺に修理しろとでも? やれと言われれば挑戦ぐらいはするが俺にそんな技術は……」
『否定。本機に使用されている科学技術はこの時代の遥か先の物。本機をこの時代で修繕するのはまず不可能でしょう』
「じゃあ――」
『提案。仮ユーザー緋色尊。管理サポートAIシリウスは本機アルケオスと仮ユーザーの肉体の融合を推奨します。互いの不足分を補うことで両者の活動時間の確保することが可能となる』
「……………あー、これは中々。うん、何というか斜め上な提案だな」
尊は思わず言ってしまった。
それほどに予想外な話だったからだ。
「融合……?」
『肯定。本機体アルケオスと仮ユーザーの身体を量子変換し、欠損部分を補うことで我らは一つの存在としてリビルドすれば再起動することが計算上可能であるシリウスは提示します』
「その……なんだ、もっと普通に助けることとか――できない?」
『回答。そもそも本機体に人を蘇生させる機能は存在はしていません』
「……なるほど」
(ようするに死にかけ壊れかけ同士の一人と一機、それを一つにすることで危機を乗り越えようということか)
「――この場合、機械だからサイボーグ……いや、改造人間の方が近いのか?」
サイボーグの方がカッコいいな、などと尊はそんなどうでもいいことをぼんやりと考えた。
人はそれを現実逃避という。
「……それって後で分離出来たり」
『不可能』
「ですよね」
薄々分かってて聞いたのでショックはない。
いや、嘘だ。
普通にショックではあった。
「…………」
尊の頭の中で色々と浮かんでは消えていく疑問の数々。
異能者とは?
アルケオスとは?
シリウスとは?
誰が送り込んだのか?
どうやって未来を変えるのか?
「…………」
多くの謎が浮かび、なんかもう尊は一先ず全部を放り投げてさっさと寝たい気分になった。
(何が悲しくて人間やめるかどうかの選択をしなくちゃならないんだ)
どう考えても厄介事しか起こる気がしないが……結局のところ選択の余地はないのだと気づいた。
何故なら選ばなかったら死ぬしか無い。
それは嫌だ。
ならば、一先ずはそれで良しとしよう。
『要求。仮ユーザーに提案への早期回答を推奨します。周囲の火災の状況もあって消防の緊急車両が近づいてきているのを感知。仮ユーザーの身体の状態保持するのにも限界があると』
「……よし決めたぞ」
『拝聴』
「わかった、提案を受け入れる。融合でも何でもやってくれ。協力でも何でもしてやろうじゃないか。助けてくれるっていうのなら――未来の一つや二つ救ってやろう。約束する」
(厄介事の気配しかしないが……死にたくはない、しな)
『……申請を正式受諾。「緋色尊」を本機の正式ユーザーと登録。これよりユーザーのサポートを行う。シリウスは常にユーザーと共に』
そう宣言すると同時に世界が白く輝き染まっていく。
とにかく寝たいとだけ考えながら俺はその光に包まれていった。
『―――共に使命を果たしましょう』
四月十一日、土曜日の夜。
緋色尊という男は一度死に……そして蘇った。
誰も知らない世界の片隅で。
人という枠からほんの少し飛び出し、別つことの出来ない相棒をその身に宿し。
一つの契約と共に。
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・シーン1
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330667300718561
・シーン2
https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16817330667300765668
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