第48話 転生者
(何あれ……誘ってるのかしら?)
私は店先にかけられた
暖簾なんて元の世界では何ていうことはない、ごく普通の光景だ。
しかしここプティアの街は、ざっくり言うと中世ヨーロッパ風の造りをしている。だからこの異世界に来てから入り口に暖簾の垂れているお店というものを見たことはなかった。
例え布がかけられていたとしても、暖簾というよりはサンシェードといった感じだ。暖かみが違う。
その懐かしい光景は、やっぱり元の世界を忘れられない私のことを誘っているとしか思えない。
(この店構え……やっぱりエレーキバーンの開発者の人って……)
私と同じ転生者。
という事なのではないだろうか?
そうでなければ、こんな異質な入り口になっていないと思う。
先日コットスさんから話を聞いてもしやと思っていたが、改めて自分の推測が正しそうだと感じた。
「ユニコ、ここで待っててね」
私はユニコーンのユニコにそう言って首を撫でた。
ユニコの鞍には魔石の入った袋がくくりつけられている。先日採取した磁力の魔石だ。
今日はそれを持ってエレーキバーンの開発者を訪ねている。
ここが工房兼店舗になっているという話だ。
コットスさんは忙しい身なので私一人で来た。もともと開発者の人に会いたいと思っていたので、魔石の配達と製造依頼を喜んで請け負った。
「なんか緊張するな……あれ?」
私はドキドキしながら暖簾をくぐろうとして、入り口にある不思議なものに気がついた。
それは元の世界で定期的に見ていたものだが、どこか違う。
「これって……角松?」
それはお正月に飾られる門松のようだったが、添えられているのはミモザとラベンダーのドライフラワーだ。
竹の形は合っているものの、花のチョイスはチグハグな感じがする。
しかも、今日は年末でも年始でもない。
「なんか変だな」
私は首を傾げながら暖簾をくぐった。
「ごめんくださーい」
お店に入ると、中にはよく分からない商品がいくつも並んでいた。
しかし元の世界で見たものと似てるような気がする物もある。
見える範囲には誰もいなかったが、すぐに奥から声が帰ってきた。
「はーい」
出て来たのは笑顔の爽やかな若い男性で、私よりも少し年上だろうか。
奥の工房で何か作業をしていたらしく、エプロンと指先に黒い汚れが付いていた。
パッと見は私と同じヒューマンに見える。もし転生者なら、ヒューマンで間違いないはずだ。
「いらっしゃい、何か探してます?」
私は何から話そうかと一瞬迷ったが、まずはお使いを済ますことにした。
「あの、エレーキバーンっていう商品なんですけど……」
「あーごめんなさい!あれは材料不足で作れなくて、今はもう在庫もないんだ」
「いえ、その材料を持ってきたので作ってもらえないかなと思いまして」
「え?」
私が外に待たせているユニコの方を指すと、男性はそちらに駆けて行った。
そして鞍にくくりつけられた袋の中身を覗き、嬉しそうな声を上げた。
「すごい!レアな磁力の魔石がこんなに!」
「それだけあったら作れますかね?」
「作れる作れる!いっぱい作れるよ!そもそもエレーキバーンって一個一個は小さいものだから!」
(知ってます。何なら本式のものを見たことがあります)
私が心の中でそんなことを思っているうちに、男性は袋を下ろしてその中身を店の床にばらまいた。
「レアな魔石がこんなにゴロゴロ……しかもこれ、ゴーレムもどきのコアじゃない?」
「そうです。運良く出会えて倒せました」
「それはラッキーだったね。磁力の魔石以上にレアなモンスターだよ。きっと日頃の行いがいいんじゃない?」
「いいとしたら、私じゃなくて副評議長のコットスさんですね。私はあの人の依頼でお手伝いをしただけですから」
その名前を聞いて、男性はパッと顔を上げた。どうやらコットスさんを知っているらしい。
「あー、あの厳格そうなおじさんでしょ?確かに悪いことはしなさそうだよね。俺が物心ついた時からずっと評議会の一員だし、実際に悪いことはしてないんだろうね」
私は最後の一言を耳にして、表情を固まらせてしまった。
物心ついた時から?
「あの……ここのお産まれなんですか?」
「え?俺?そうだよ。産まれも育ちもプティアな、生粋のプティアっ子」
私は頭をハンマーで殴られたようなショックを受けていたが、その男性は爽やかな笑顔で自己紹介してくれた。
「名乗るのが遅れたね。俺はタカシ。ここの店主で、新しいものを作り出す発明家をしてるんだ」
(タカシさん……めっちゃ元の世界の人っぽい名前なんだけど、転生者じゃないのか……)
正直なところ落胆していたが、初対面の人にそんな顔をしては失礼過ぎる。
私は頑張って笑顔を作り、自己紹介を返した。
「私はクウって言います。召喚士をしてます」
「召喚士かぁ。っていうか、ユニコーン連れてるんだから召喚士に決まってるよね。モンスターだし、馬みたいには飼えないんでしょ?」
「そうですね。こう見えて結構気性が荒いですから、普通に飼うのは無理でしょうね」
「だよねー。死んだおふくろがすごくユニコーンに憧れててさ。なんでも元の世界ではすごく素敵な生き物っていう扱いだったらしいよ」
「元の世界!?」
突然降って湧いた核心的な単語を、私は大声で繰り返した。
が、そんな反応をされてもタカシさんとしてはビックリするだけだ。すぐに訂正してきた。
「いや、元の世界って言っても単純にすごく遠い国なだけだと思う。おふくろはプティアに来る以前に住んでた所のことをいつもそう呼んでたんだ」
「な、なんていう国なんですか?」
「ニホーンとか言ってたけど、そんな国は調べても無いんだよね。実際のところ、よく分からないんだ」
ニホーンて。
(これはどうやら間違いなさそうだぞ……)
読みが妙に伸びるのは気にはなったが、タカシさんのお母さんは転生者で間違いないようだ。
でも、もう亡くなっちゃってるのか。
私はもう少し深く掘り下げてみることにした。
「あの……お母様ってどういう方だったんですか?」
「え?別に普通だよ。俺と同じヒューマンで、プティアに来て困ってる所を親父に助けられたのがきっかけで結婚したんだって。それからは夫婦で雑貨屋をやってたんだ」
(それはきっと、転生直後で何も分からないところを親切にしてもらったんじゃないかな?私も全裸でいたところをサスケに助けてもらったし……)
私はそのことを思い出してちょっとドキドキしてしまった。
しかし今はそれよりも転生者のことだ。
「そう、ですか……何か特殊な力とかはなかったんですか?」
私と同じ転生者なら、お爺さんに能力を強化されている可能性が高い。
が、タカシさんは首を横に振った。
「特殊な魔法とか、変わった能力とかはなかったと思うよ。まぁ十年以上前に夫婦揃って事故で死んじゃったから、俺の記憶にある範囲では、だけどね」
(そっか……異世界に飛ばされて事故で亡くなったって、なんだか可愛そうな気がするな)
明日は我が身ではあるものの、気の毒に感じてしまう。
ただ、ちゃんと大切な人と結婚して子供も産んでるのだ。その点を思うと、きっと可哀想な人生だったということはないのだろう。
「エレーキバーンって、もしかしてお母様の言う『元の世界』のものなんですか?」
「お、よく分かったね。っていうか、実は俺の発明品はほとんどそうなんだ。おふくろは『元の世界では』って話をよく俺にしてくれてたから、その記憶を元にして発明家やってんだよ」
「ニホーンはすごく技術が進んだ所だったんでしょうね」
「かもしれないけど、実は俺が作った商品ってそんなに売れてないんだ。エレーキバーンが初の大ヒット」
私は店の商品を見回して、少し納得した。
例えば、扇風機らしい羽のついた道具がある。しかし実はこれ、筒の中に風の魔石を入れたもので代用できてしまうのだ。
(この異世界って魔石とかスライムローションとかですごく便利に暮らせるんだよね)
それこそ元の世界よりも便利なことが多い。
唯一IT系が弱いようにも思えるが、ゴーレム大好きノームのパラケルさんが会社でそれっぽいのを使っていたし、技術として無いわけではないようだ。
(エレーキバーンもリンちゃんのスライムローションでマッサージ受ける方が効果は高いんだろうな。でもそれだとお金も時間もかかるから、手軽に効果を得られるエレーキバーンが売れたってことか)
その辺りのことに納得しつつ店内を眺める私は、ふと一つの商品のところで目が止まった。
それはこけしのような形状をした道具で、太い棒の先に丸い魔石が付けられている。
私はそれを恐る恐る手に取り、タカシさんに尋ねてみた。
「あ、あの……これは……?」
「ああ、それ?デンマーっていう商品だよ」
デンマー!!
それはまさかまさかのアレなのでは!?
「えっと……ど、どういうふうに使うんですか?」
「魔素を込めると魔石の部分が振動するマッサージグッズなんだ」
やはり!!
そう、そしてそうなんです!!デンマーはあくまでマッサージグッズなんですよ!!
だから購入、所持することは何ら恥ずかしいことではないのです!!
「あの……これ一つください。た、たまに肩とかこったりするんで……」
私は言い訳するようにそう言ったが、本来言い訳なんて必要ないはずだ。だってマッサージグッズだし。
タカシさんもあまり売れない商品が売れて喜んでくれるかと思ったが、意外にも申し訳無さそうな顔になった。
「あー……俺も売りたいんだけど……ちょっと魔素を込めてみてくれる?」
「え?こうですか?」
私はデンマーに意識を集中してみた。これまで魔素を込めろと言われた時にはこういう感じで出来ていたはずだ。
が、デンマーには何も起こらない。
タカシさんは頭をかきながら謝ってきた。
「ごめんね。実はその商品、魔石の波長と使用者の波長が合った時だけに起こる『共振』っていう現象を利用してるんだ。でもその波長が合うことって滅多に無くて、ほとんどの人には売れない商品なんだよ」
なんてこったい。
前言撤回。この世界、不便すぎ。デンマーも使えないなんて。
「ちょっと貸して」
タカシさんは私からデンマーを取ると、魔素を込めた。
すると、ヴーンと低い音を立てながら振動が始まる。
「とりあえず、ディスプレイ用のサンプルとして俺の魔素に合う魔石を置いてるんだ。たまたま波長が合う人がいれば売れるんだけど……」
私は超ガッカリしたものの、すぐそばでヴンヴンこんな音を立てられたら諦めきれない。
音を聞くだけでドキドキムラムラハァハァしてしまう。
(タ、タカシさんに……私に当ててもらうようお願いしようかな……)
私はそんな選択肢まで検討するほどに懊悩したが、それを口にする前に一つの解決策を思いついた。
考えてもみれば、私はつい今しがた同じような状況を打破していたのだ。
***************
「どうじゃ?共振の起こる魔石はあったか?」
ドワーフのドヴェルグさんにそう尋ねられ、私は魔石が山盛りに入った木箱から顔を上げた。
ここはドヴェルグさんの仕事場兼住居のある坑道の一室だ。
私はその隅で大量の魔石に魔素を込めては置き、魔素を込めては置きを繰り返していた。
「いえ、残念ですけど共振が起こるものはありませんでした」
私は心底残念だったので、肩を落としてそう答えた。
デンマーには共振する魔石が必要だと言われた私は、自分でそれを調達すればいいと思い至ったのだ。
それで魔石を採掘しているドヴェルグさんの所を訪ねて来ていた。
しかし、大量の魔石を試してみても一つとして振動したものは無かった。
「それだけ試しても無かったか。普通はそのくらい魔石があれば一つくらいは共振するものじゃが、お前さんの魔素の波長はよほど特殊らしい」
そうなのか。
人間スペシャルだと嬉しいものだが、こういう汎用性が低くなるスペシャルは要りません。
「もう、どうしょうもないですかね……?」
私の肩の落とし具合を気の毒に思ったのか、ドヴェルグさんは一つ提案してくれた。
「見つかるかどうかは分からんが、坑道を歩き回って自分と波長の合う魔石を探してみるといいかもしれん」
「あちこち触りながら歩くんですか?」
「いや。自分と波長の合う魔石は、なんとなくじゃが分かることがある。お前さんは魔石の見分けも少し出来るようじゃったし、歩きながら何か惹かれるものがあったらそこに魔素を込めてみなさい」
そういえばここの魔石は目を凝らすと、ぼんやり光っているように見えるんだった。
それを見ながらフィーリングの合うものを試していけばいいのか。
「分かりました、やってみます」
「よし、ではワシもついて行ってやろう。迷うといかんからな」
「あ、いえ。それは大丈夫ですよ。私には
私は八咫烏のヤタと、カーバンクルのバンクルを召喚した。
ヤタは通った場所をマッピングしてくれるからこれで迷うことはないし、バンクルはここが故郷だ。この二匹がいれば困ることはないだろう。
「お仕事の邪魔をしてもいけないので私だけで行きますよ。ドヴェルグさんは磁力の魔石の方をお願いします」
タカシさんの所に届けた磁力の魔石は原石だったので、そのままでは使えないらしい。
ついでもあったのでプロのドヴェルグさんに加工をお願いしていたのだ。
ドヴェルグさんは立派なヒゲを撫でながらうなずいた。
「了解じゃ。こちらの方はあと一時間ほどで仕上がるから、お前さんは少し長めの散歩を楽しんでくるといい」
「ありがとうございます」
私は頭を下げて採掘場の方へと向かって行った。
坑道には一定間隔で照明用の魔石が設置されているから、視界が利かないということはない。
しかしドワーフはかなり夜目が利くらしく、ヒューマンの私にとってはやや薄暗かった。
「でも、この方が魔石を探すにはいいのかも。バンクルもあんまり明るくしなくていいからね」
カーバンクルのバンクルは大蛇のような形をした発光体だ。それ自体で照明代わりになるのだが、あえて光量を抑えさせた。
それからよく目を凝らし、あちこちに視線を配りながら歩を進めていく。
床、壁、天井にぼんやり光るような魔石をいくつも見つけたが、どれも特に変わったところのない魔石だ。
ドヴェルグさんの言ったように『なんとなく』を感じるものは無かった。
「私の波長って珍しいみたいだし、奥深くとかじゃないとないのかも……」
そんなことをつぶやきながら、どんどん階段を降りていった。
そしてその階段を再び昇ることを憂鬱に思い始めた頃、広い空間にたどり着いた。
「ここって確か、バンクルに襲われた所だっけ?」
その時のことを思い出し、背筋に冷たいものを感じた。
あの時はヴァンパイアのヴラド公を召喚して事なきを得たが、かなりヤバい状況だった。延々と湧き出るカーバンクルに囲まれたのだ。
「……もうあんなことはないよね?バンクル、周囲にモンスターがいないか念のため注意してて」
バンクルはその空間をぐるりと飛び回った。
私がその旋回を眺めていると、ふと視界に入った一つの魔石に目を奪われた。
それは一番奥の壁に半分埋まった魔石なのだが、他よりも光が大きいように見える。
しかも、なんだか妙にしっくりくる感じがするのだ。
「もしかして、ドヴェルグさんが言ってたのってこういうことだったのかな?」
私はそこへ走り寄り、魔石に手を触れた。
そして意識を集中してみる。
ヴヴーン……
という振動音と共に、共振が起こった。
「やっ………たぁ!!!」
私は渾身のガッツポーズで喜びを表した。
「やったやったやったやったぁ!!」
歓喜のガッツポーズは止まらない。
が、そんな私のすぐ側で、ある変化が起きていた。
魔石の左右の壁がぐにゃりと歪み、私に向かって伸びてきたのだ。
「やったやった……キャア!!」
私が悲鳴を上げたのは、その壁が私に触れたからではない。
間一髪のところでバンクルが私をくわえて引っ張り、避けさせてくれたからだ。
そして私はその時になってようやく壁の変化に気がついた。
「な、何こいつ!?」
壁の歪みから現れたのは、全身が岩で出来た蟹のようなモンスターだった。
さっきはそのハサミが私に襲いかかっていたらしい。
急いで盾を構えつつ、鑑定棒を作動させる。
バンクルに引っ張られながら見たその鑑定結果には、『ロッククラブ』というモンスター名と『岩魔法B』の文字が見えた。
(Bってことは、かなり強いって思った方がいいよね。魔法で岩を打ち込んでくるのか、それとも今みたいに岩に隠れるようにして不意打ちしてくるのか……)
今日は一人だから教えてくれる人はいない。
が、この坑道出身のバンクルが念話で教えてくれた。
(こいつは硬い!でも攻撃は大したことない!)
え?そうなの?
ってことは、岩魔法Bは主に防御力のアップに使う感じなのかな?
私は敵のことを推測しながら、バックステップを踏んでかなりの距離を取った。広い空間の真ん中くらいまで離れる。
ロッククラブは離れた私たちの方をじっと見ているが、そこからは動いてこなかった。
確かにあまり積極的に攻めてくるタイプじゃないのかもしれない。
「……でもさぁ、そこにいられると私のデンマーちゃんがゲットできないんですけど」
そんな文句を言ったところで答えてくれるはずもない。
それで私はバンクルに尋ねた。
「バンクル、倒せるかな?」
(倒せないことはないけど、とても硬い。逃げた方がいい)
バンクルのその念話を聞き、私は鼻で笑って答えた。
「フフン♪ 目の前にデンマーちゃんが埋まってるのに、掘らずに帰れるわけないでしょ。要は強力な攻撃なら倒せるわけね」
そのパワーアタックを繰り出すため、スライム戦隊随一の高火力を召喚した。
「レッド、出ておいで!!」
レッドスライムの赤い勇姿が現れる。
それを見たバンクルは、再び念話を送ってきた。
(え?いいの?)
いいのも何も、愛しのデンマーちゃんを得ずして帰れるわけがないでしょうよ。
私はバンクルの念話を半ば無視する形でレッドにアタックを命じた。
「レッド!!メッラメラのボッコボコにしてやって!!」
その言葉通り、レッドは燃え盛る火球となってロッククラブに突撃していった。
ロッククラブは即座に魔法で岩の盾のようなものを生成し、それを防ごうとした。
が、レッドのアタックの前にはそれも虚しい。
粉々に砕かれた上に、ロッククラブの体もバラバラにされた。
しかも勢い余ったレッドは壁に激突してしまい、坑道は地震でもあったかのように揺れた。
「おっとっと……やり過ぎちゃった。あ、でもちょうどいい感じに魔石も掘れてる」
レッドがぶつかったことで壁が崩れ、魔石の採掘まで完了していた。
「掘る手間が省けたや。ラッキー♪」
と、私は上機嫌だったが、それも一瞬のことだった。頭の上に小さな石が落ちてきたからだ。
「……え?」
私が上を見ると、天井のあちこちから同じように小石が落ちてくる。そして、こころなしか揺れているような気もする。
(あ……そういえばドヴェルグさんから『坑道内ではスライムを使うな』って言われてたんだった……)
初めてこの坑道に来た時に注意されたことだ。
強力な体当たりが天井や壁に当たった場合、崩落の恐れがあるという話だった。
そして、今まさにそれが現実になりかけているらしい。
「や、やばい……」
私はバンクルのアドバイスをないがしろにしてしまったことを心から後悔した。
目の前のデンマーに惑わされて、思考が浅くなってしまっていたのだ。
ドンッ
という音が響き、天井の一部が落ちて来た。その一つ目をきっかけに、あちこちで崩落が始まる。
急いでこの空間の出口に走らなければ。
しかし、デンマーの魔石はその反対側にあるのだ。
(どうしよう……どうする!?)
私は一瞬の時間が永遠かと思えるほどに迷った。
迷った上で、決断した。
(背に腹は代えられない……さようなら、私のデンマー!!)
心の中で泣きながら駆け出した。
魔石の方へと。
「……え?あれ?な、なんで!?」
理性では出口へと走ったつもりだったのだが、どうやら体の方は己の欲望に正直だったようだ。自然と足が魔石に向いていた。
「しまったぁ!!」
と、言いながらホクホク顔で魔石を拾う。
↓挿絵です↓
https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330649047246718
そんな私の体にバンクルが巻き付き、ものすごい勢いで出口へと飛んでくれた。
さすが坑道が故郷なだけあって、見事に落盤をかわしていく。
私たちのいた空間はほぼ全域が潰れてしまったが、紙一重で出口へとたどり着くことが出来た。滑り込みセーフだ。
私は小石や土埃にまみれて地面の上を転がった。
「あ、ありがとうバンクル……本当に助かったよ」
バンクルは礼を言う私の頭や肩を尻尾で優しく払ってくれた。なんて紳士的な態度だ。
ただし、その様子にはどこか呆れたような雰囲気が感じられる。
念話からはため息のようなものまで伝わってきた。
「……いや、違うんだよ?どうしてもマッサージグッズが欲しくてさぁ……最近肩とか……こるし……」
私は言い訳のような言葉を繰り返したが、その声はだんだん小さくなっていった。
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈共振と共鳴、その違い〉
色んな作品で共振とか共鳴とかいう単語が使われていますが、そもそもどういった現象なのか?
科学的に凄まじくざっくり言うと、『上手いこといくとよく揺れる現象』です。
どんな物体にも『揺れやすい揺れ方』(固有振動数)というものがあり、それに合わせて力を加えてやるとよく揺れます。
例えばブランコに乗った時、上手くタイミングを合わせて漕ぐと揺れ幅が大きくなりますよね。
これも共振です。
要は、『固有振動数に近い形で力を加えられる』というのがその発生条件というわけです。
多くの楽器はこの共振を利用して空気の揺れ(音)を大きくしていますが、音の場合は『共振』ではなく『共鳴』という単語を使います。
そして『共振』の方はというと、電気などの工学分野でよく使われるそうです。
つまり分野によって単語が使い分けられているだけで、基本的には同じ現象を指す単語なんですね。
〈性機能障害〉
性機能障害、というと皆さん何を思い浮かべるでしょうか?
多くの方はEDと呼ばれる勃起不全症候群などがまず頭に浮かぶと思います。
しかしオーガズムを得られない無オーガズム症や、全然ドキドキしない性的興奮障害なども性機能障害として分類されます。
オープンに発言しづらいことですが、こういったことで真剣に苦しんでいる人もたくさんいるということですね。
『もしあなたのパートナーがそうだったら?』
『もしあなた自身がそうで、パートナーがそれを知って悲しんだら?』
ということを想像すれば容易に理解できるはずです。
だからその治療、研究に真剣に取り組んでいる方々もいるのですが、いくつかの論文で効果アリとされているのが電マです。
つまり治療として電マの使用が勧められているわけです。
ですが難しいのは、メーカーとしてそういう使用は想定していませんし、企業イメージにも関わります。
英語圏では日本が誇る大企業、日立のHitach Magic Wandという商品が論文で取り上げられるほど大人気だったのですが、日立は販売中止すら検討したそうです。
しかし現場からは販売継続を望む声が多く、商品名を変えて売り続けてくれています。
何でもかんでもオープンにしていけばいいとは思いませんが、真剣に苦しんでいる人がいる事実を世の中が認めるのは大切なことだと思います。
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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