第47話 ヘカトンケイル

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私はその人から生えた八本もの腕を見て、そんなことを考えた。


 腕はとても便利なものだ。色々なことに使える。


 それこそ人類がここまで発展してこられたのも、二足歩行によって腕を自由に使えるようになったからだと言われているほどだ。極めて優秀なデバイスだと言える。


 繰り返しになるが、腕は本当に色々なことに使える。


 それはもちろん男女のアレヤコレヤでも使えるし、やはりアレの時にはまず腕を使って責めるだろう。


 だからその人に八本も腕が生えているという事実は、それだけでいやらしさの塊だと言っても過言ではない。


 そんな妄想を掻き立てる腕たちは、もはやメスを誘っているとしか思えない。


(これだけたくさん腕があったら何か所も同時にアレコレされちゃうな……)


 私はついその様子を妄想して吐息を熱くしたが、その人はごく紳士的な態度で握手を求めてきた。


「ふむ、君が召喚士のクウ君かね。私はこの街の評議会で副議長を務めているコットスという者だ。見ての通り、ヘカトンケイルだよ」


 ヘカトンケイルというのはどうやら腕がたくさんある種族らしい。


 コットスさんは八本もある腕の中から一本だけを差し出している。


 私はその手を握りながらまたドキドキを高めていた。


「クウです。よろしくお願いします」


 妙な興奮を表に出すわけにはいかない。出来るだけ落ち着いた声音を心がけた。


 そんな私の横からコットスさんの上長、エルフのフレイさんが笑いかけてくる。


 イケメン評議長の微笑みは今日も耽美的だ。


「ご足労いただいてありがとうございます。コットスは見た目の通り多少の堅物ですが、中身は優しい男なので安心してください」


 フレイさんはそう言ったが、確かにパッと見は厳格そうな人に見える。


 コットスさんはキレイに剃り上がったスキンヘッドに、カチッと決められた口ひげのダンディなおじ様だ。


 その目つきはどこかいかめしく、口ひげの下では唇がへの字に引き締められている。


 フレイさんもコットスさんも評議会のお偉いさんなのだが、どちらかといえばコットスさんの方が役職然とした外見だと感じられた。


「評議会には私のような堅物も必要だろう。議長が融通を利かせ過ぎるのを誰かが止めねばならん」


 コットスさんは一本の手で口ひげを撫でながらそう答えた。


 私は今日、フレイさんに呼び出されて評議会の一室に来ている。私にコットスさんからの依頼を受けて欲しいのだそうだ。


 フレイさんはコットスさんの揶揄を笑って受け流した。


「まぁこんな堅物なので、色んな所が固くなってしまうわけですよ。それこそ仕事にも支障が出るほどなので、どうか助けてやって下さい」


(い、色んな所が固くなるなんて……そんな……)


 私はコットスさんの下半身をチラ見しながら顔を熱くしたが、コットスさんはそんなことには気づかずクルリと背中を向けた。


「この通りの腕なのでね。どうしても頸肩腕症候群けいけんわんしょうこうぐんがひどくなるのだよ」


「……け、けいけんわん?」


「平たく言うと、肩こりだ」


 私は聞き慣れない単語にいったん首を傾げたが、すぐに理解できた。


 どうやら肩こりは医学的にはそういう病名になるらしい。


「筋肉への負荷や血管、神経への圧迫で首や肩、腕や背中などに痛みや痺れなどが起こる。ヘカトンケイルは腕がいくつもある種族だから、誰もが日々頸肩腕症候群と戦っているのだよ」


 なるほど、と私にはよく納得できた。


(そりゃ八本も腕があれば肩こりにもなるよね。確か腕一本でも五キロくらいの重さはあるんだっけ?)


 ということは、単純計算でも三十キロの重りを常時背負っているということになる。


 しかもコットスさんの腕は筋骨隆々としてたくましく、五割増しくらいの重さはありそうに見えた。


「私もたまに肩はこりますけど、それとは比べ物にならないんでしょうね」


 真剣に気の毒に思う。


 二本腕の種族でも症状のひどい人は本当に辛いらしいし、助けてあげられるものなら助けてあげたい。


「つまり、私たちが採取に行くものは頸肩腕症候群に効くものってことですよね?どんなものなんですか?」


 フレイさんからはあらかじめ採取系の依頼だということだけ聞いている。


 コットスは重々しくうなずいてから答えてくれた。


「最近、『エレーキバーン』なる治療器具が開発されたのだが、それに使う魔石を採取に行きたいのだよ」


(……ん?エレーキバーン?どっかで聞いたことがあるような……)


 私は妙に聞き覚えのあるその語感を耳にして、視線を宙に漂わせた。


 コットスさんは構わずに説明を続ける。


「エレーキバーンには磁力を発する特殊な魔石が使われている。しかし珍しい魔石だから生産量が少なく、めったに手に入らない商品になっていてね。ならば自分で魔石を採取しに行こうと思ったのだ」


「はぁ……なるほど……磁力……」


 聞けば聞くほど、私の頭に浮かんでいるものと合致してくる。


 それで妙な顔つきになってしまった私に、コットスさんが尋ねてきた。


「何か気になることでもあるのかね?」


「いえ……そのエレーキバーンという名前を聞いたことがある気がしまして……」


「さもあろう。少なくとも同志たちの間では話題沸騰中だから、どこかで耳にしたのかもしれないね。巷では『ぴっぷ』などという別名でも呼ばれているらしいが」


「ぴ、ぴっぷ?」


「ああ、なぜそう呼ばれているかは分からんがね。略称にもなっておらんし」


 コットスさんはそう言って不思議そうに口ひげを撫でていたが、私には心当たりがあり過ぎる。


(もしかして開発した人って……)


 私はこの世界に来て初めて、私以外の転生者の存在を感じていた。



***************



「何ていうか……殺風景な所ですね」


 私は一面の荒野を眺め、そう感想を漏らした。


 周囲には赤茶けた地肌の大地と、そこにゴロゴロと転がる岩だけの景色が広がっている。ちらほらと枯れた低木や草は見られるが、それ以外にはほぼ何もない。


 コットスさんの方は私と多少違った感想を持ったらしく、感慨深げにうなずきながらそれを眺めていた。


「ふむ。私も来るのは初めてだが、聞いていた通りの場所だな。雨季にはここが一面の緑に覆われるというのだから、自然というものはすごいものだ」


「えっ?そうなんですか?確かにそのギャップは見てみたいですね」


「しかし雨季に来ても魔石を採取するのは困難だよ。このたくさん転がっている岩のどれかが魔石なのだからね」


 私はあらためて周りを見回して、感心半分、うんざり半分なため息を漏らした。


「はぁ……そっか、草だらけになったら調べられないですもんね。でもこの岩を一つ一つ調べていかないといけないとなると……」


 コットスさんは腰をトントン叩きながらうなずいた。


「肩だけでなく腰も痛くなりそうな作業だな。まぁ、そういうわけでクウ君の使役モンスターに頼りたいのだよ。よろしく頼む」


 そう言いながら、カバンから小さな鉄球と木の棒をいくつも取り出した。


 鉄球と棒はどれも全く同じサイズだ。


「では、事前に話していた通りこれで頼むよ」


「了解です。みんな、出ておいで」


 私が格納筒をポンポン叩くと、スライム戦隊やハンズのスケさん、カクさん、ヤテベオのベオ、ガーゴイルのガー子ちゃん、トレントのレントが出て来た。


(改めて見ると、本当に使役モンスター増えたなぁ)


 私はしみじみと思いつつ、うちの子たちに向かって仕事の内容を説明した。


「鉄球がくっつく岩が魔石を含んだ岩だから、それを集めてね。ただし、この棒の長さだけは岩と鉄球を離すんだよ。それでも鉄球が自然に動いた岩だけが取っていいやつだからね」


 コットスさんから事前に聞いていたが、魔石を含んだ岩とそうでない岩とは見た目では区別がつかないらしい。


 そこで鉄球を使い、磁力の有無で見分けるわけだ。


 ただし、まだ育ち切っていない魔石を採取すると資源荒らしになってしまう。


 だから棒で距離を取ることで、一定以上の力に育った魔石だけを選別する決まりになっているのだ。


(相変わらずプティアの街はしっかりしてるなぁ。フレイさんやコットスさんがしっかりお仕事をしてくれてるおかげだよね)


 為政者が優秀だと住民は幸せだ。


「間違っても基準を満たさない岩を取っちゃだめだよ。後で確認検査があるし、抜き打ちで監査官の人が来ることもあるんだからね」


 うちの子たちから了解の返事が念話で返ってきた。それぞれに鉄球と棒とを取って散って行く。


 コットスさんはそれを見送ってから感嘆の声を漏らした。


「ふむ……クウ君は聞いていた通り、召喚士として優秀なようだね。これだけの数の使役モンスターに対し、同時に細かい指示を伝えられるとは」


「え?そんなにすごい事でもないと思いますけど……複雑な指示でもないですし、うちの子たちはみんな賢いから大雑把に伝えたらやってくれますし」


「それがなかなか出来ないのだよ。うちの評議長が会わせたがるだけのことはある」


 私はその一言に、ずっと感じていたことを口にしてみた。


「あの……フレイさんがわざわざ私を指定してきたのって、副評議長と私との顔合わせをするためなんですか?」


 今回のお仕事は別に特殊な技能を要求されるものではない。


 なのに私が選ばれたということは、何か意味があると思っていた。


「君が優秀だということもあるだろうが、フレイはそのつもりでクウ君に声をかけたのだろう。街の財産となる人材と私を会わせることに意味を見出していたはずだ」


「やっぱり」


「あの男はね、施政において一番重要なのは人と人との関わり合いだということをよく分かっているのだよ。その点だけでも行政のトップとして極めて優秀だと言えるな」


「信頼があるんですね」


「そうでなければこういう仕事は一緒にできんよ。そして君も信頼があるからこうして紹介されているわけだ。自分で言うのもなんだが、行政のお偉いさんと面通し出来るのは君にとっても悪いことではあるまい」


「うーん……ありがたさ半分、何だか面倒ごとを押し付けられそうな予感半分ってところですかね」


「ハッハッハ!!よく分かっているじゃないか!!まぁ何かあった時にはよろしく頼むよ、我が街の優秀な召喚士殿」


 そういう言い方をされても素直に『はい』という気にはなれない。


 私は苦笑しながらその場にしゃがみ、岩を調べて始めた。手当り次第に棒を当てて鉄球を近づける。


 磁力の魔石はレアだと聞いてはいたが、確かになかなか無い。


 たまに鉄球が引かれるものがあっても、棒で距離を取ると力が不十分で採取できないことも多かった。


 一時間ほどそんな作業を続けた私は一度立ち上がり、腰をトントンと叩いた。


「これ結構大変な仕事ですね。私、単純作業は割と好きな方なんですけど、ずっと中腰はちょっと……」


「私もだ。やはり使役モンスターに任せられる召喚士向きな仕事と言えるだろう。しかも君は一人分の人件費しか請求しないから、その点もとても優秀だ」


 なるほど、依頼者からしたら安くこき使えるのも優秀ってことですか。


(もしかして、もっとふっかけた方がいいのかな?)


 私がそんなことを考えている時、突然私たち二人以外の声が上がった。


「むむむ?これは規定を満たしてないんじゃないか?磁力が少し弱いようだぞ」


 私はこの言葉にドキリとして気持ちを引き締めた。


 監査官の人が来たのだろうか?声はコットスさんのいる方から聞こえてきた。


(ふ、不正はしないようにしなきゃ……今まで採取したやつは大丈夫だよね?)


 私は悪いことをしてなくても警察が近くを通っただけでドキドキするタイプだ。


 慌てて採取用の袋を見直したが、すぐにまた別の声が上がる。それもコットスさんとは違う声だった。


「いや、鉄球は確かに動いているよ。これはセーフだろう」


(え?監査官の人って二人いるの?)


 私は立ち上がってコットスさんの方を向いた。


 が、二人どころか監察官は一人もいない。コットスさんがしゃがんで魔石の検証をしているだけだ。


 にも関わらず、先ほどの二人の声は聞こえ続けた。


「動いていると言っても微妙に揺れる程度だろう?」


「しかし公式の検査では鉄球を平らな水平面に置く。土の上でこれなら規格は満たしているよ」 


「なるほど、ならば良しとしよう」


 その会話の後、コットスさんは岩を採取袋に入れた。


「あの……コットスさん?誰かの声が聞こえたんですけど……」


 そのことを尋ねると、コットスさんも立ち上がってこちらを向いた。


 そして私はそこで初めてコットスさんの体に起こっている変化に気がついた。


「あ、頭から頭が生えてる!?」


 コットスさんのスキンヘッドにはコブのようなものが二つ生えており、それに顔が付いていた。目も鼻も口もある。


 私は驚いたが、コットスさんはごく落ち着いた様子で答えてくれた。


「ふむ、この状態を見るのは初めてだったかね?ヘカトンケイルは五十の頭と百の腕を持つと言われる種族だ。こうやって体のあちこちに頭や腕を生やせる」


「へ、へぇ……腕もですか」


「そうだ。生やした腕の上にもさらに腕を生やせるから、能力の高いヘカトンケイルなら本当に腕百本になるのだよ」


「すごいですね。便利そう」


「まぁ実際には今の私のように、標準の八本くらいが一番使いやすいのだがね。増やし過ぎるとコリもひどくなるし……」


「なるほど。それでも色々使えそう……ハッ」


 と、私は相槌を打ちながら、あることに気がついてしまった。


 それは初めてコットスさんを見た時に思ったことのレベルアップバージョンだ。


(頭があちこちに出せるってことは、たくさんの口ができるってことだよね。つまりそれで全身を責められまくることも可能……)


 複数の腕だけでも同時責めが凄そうなのに、口まで追加されたら私はもぅどうなってしまうんだろう。


(ダメ……そんなに責められたら私……こわれちゃう……)


 私はピンク色の妄想に脳みそを浸し、全身をもぞもぞさせた。


 そんなことは露とも思わないコットスさんは、引き続きヘカトンケイルについての説明を続けてくれる。


「先ほどのように悩むことがあると、ああやって頭を増やして議論するのだよ。これは人数の限られた評議会でも非常に有用なことだ。それで副議長などというポストをもらっている」


「へぇ……はぁ……はぁ……」


 相槌に妙な吐息が乗ってしまう。


(ヤバい。今の私、完全に変な人だ)


 そうは思うものの、熱っぽい視線も止められない。


 それで私はコットスさんから目をそらそうと思い、背後の景色を見た。


 すると、赤茶けた荒野の中に妙な違和感のようなものを感じた。


(……ん?今、岩が勝手に動いたような?)


 本当に微妙な動きだったが、そういうふうに見えたのだ。


 そんな私の様子にコットスさんも気づき、後ろを振り返った。


「どうしたんだね?」


「いえ、岩がひとりでに動いたような気がして」


「ふむ……ボールダーか何かだろうか?」


 ボールダーは大岩のモンスターだ。その大重量で体当たりをかましてくる。


 私にとってはさして強い敵ではないが、無防備なところに突っ込まれたら命の危険もあるだろう。


「ちょっと気を入れて見てみるか」


 コットスさんはスキンヘッドにポコポコと追加の頭を生やし、荒野を凝視した。


 どうやら生やした頭は議論だけでなく、索敵にも使えるようだ。たくさんの目でくまなく周囲を見渡せるのだろう。


「私が違和感を感じた所にはうちの子を行かせますね。ガー子ちゃん、お願い」


 一番近くにいたのはガーゴイルのガー子ちゃんだったので、そこへ向かわせた。


「どう?何かいるかな?」


 と、私が尋ねた瞬間、ガー子ちゃんは大きくバックステップを踏んだ。


 そして直前までいた場所へ、岩の塊が降ってくる。


 ガー子ちゃんはそれをギリギリかわしたものの、細かな破片がいくつも飛んできてその体を打っていた。


「だ、大丈夫!?」


 その私の心配には、


(大丈夫。ダメージは受けてない)


という念話が返ってきた。


 しかし、状況的には全く大丈夫ではなさそうに見える。


 ガー子ちゃんの目の前で、高さ五メートルはあろうかという岩の巨人が起き上がっていた。


 いくつもの岩が集まって巨体が構成されており、その腕が意思を持ってガー子ちゃんを潰そうとしてくる。


「よけてっ」


 言われずとも、その一撃をガー子ちゃんは見事に回避していた。


 見た目こそ半裸のセクシー裸婦像なガー子ちゃんだが、石像らしくない身ごなしの軽さがチャームポイントなのだ。


 ガー子ちゃんは振り下ろされた腕をすり抜け、岩の巨人へと踏み込んだ。


 そして槍を繰り出してその足を突く。


 ゴッ!!


 という低い音がして、岩がいくつも弾け飛んだ。


 が、その部分にはすぐに他の岩が寄ってきて修復されてしまう。全くダメージはないようだ。


 それを見たコットスさんが私の肩を掴んで攻撃を止めさせた。


「無駄だ。ゴーレムもどきに普通の攻撃では効かん」


「ゴーレムもどき?」


「そういう名前のモンスターなのだよ。岩を操り、岩をまとってゴーレムのように動く。つまり本体はあの巨体のごく一部で、普通は人の頭ほどのサイズだな」


 ということは、いくら攻撃を加えても十中八九意味がないということになる。


 たまたま本体に当たる可能性もあるだろうが、あの巨体を考えるとコットスさんの言う通り無駄だと思った方がよさそうだ。


「じゃあ、どうやって倒すんですか?」


「こうやるのだよ!」


 コットスさんは足元の岩を掴むと、その剛腕でゴーレムもどきに投げつけた。


 しかしその岩はゴーレムを壊すどころかそのまま体にくっついてしまい、ゴーレムもどきを少し大きくしただけだった。


 コットスさんはそれでも構わずに岩を投げ続ける。


 八本の腕をフル回転させ、そこら中の岩を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返した。


「それそれそれそれそれ!!」


「コ、コットスさん!?なんか敵を大きくしてるだけみたいですけど、いいんですか!?」


「いいのだよ!ゴーレムもどきは岩魔法を使い始めると際限なく触れた岩を付着させ続ける!しかし、それを動かす魔素には当然限りがあるのだ!」


 私は頭の中で少しだけコットスさんの話を噛み砕き、その意味を理解した。


「……分かりました!じゃあうちの子たちにも岩を投げさせますね!」


「頼む!あのガーゴイルは素早いようだから、ゴーレムもどきの注意を引かせてくれ!」


「了解です!」


 コットスさんと私の使役モンスターたちは、ただひたすらに岩を投げ続けた。


 そこら中が岩だらけなのだから、いくらでも投げられる。そしてゴーレムもどきもいくらでも大きくなっていった。


 大きくなれば当然その攻撃力も上がる。石でできたガー子ちゃんの体でも、一撃喰らえば粉々になるだろう。


「気をつけてね、ガー子ちゃん!」


 私はそう伝えたが、ガー子ちゃんはそんな心配が無駄だと思えるほど華麗にゴーレムもどきの攻撃を回避していった。


 半裸の裸婦像が、まるで踊るように身をかわしている。


 その様子はまるで劇場の踊り子を見ているようで、私は思わず見惚れてしまった。


「ガー子ちゃん素敵……」


 などと私がつぶやく間に、ゴーレムもどきはなんと元の倍ほどの大きさになってしまった。


「……でっか!!」


 高さ十メートルほどだ。そりゃこんな叫びも出てしまう。


 しかし、この辺がゴーレムもどきの限界だったようだ。


 動きは次第に緩慢になり、ついには腕も足も上げられないほどになった。


「そろそろだな」


 コットスさんがつぶやきながら投げた一投で、ゴーレムもどきの巨体はいきなりバラバラになった。


 岩の量がゴーレムもどきの許容量を超え、岩魔法が解けたのだ。


「クウ君、本体が出てくるからそれを逃さないように!」


「はいっ」


 ガラガラと音を立てて崩れる岩の山にしっかり目を凝らす。


 そしてその中で重力に逆らって動く丸い塊を発見した。


「あれ!!ガー子ちゃんお願い!!」


 ガー子ちゃんは私の指示に従い、その塊に向かって駆けた。


 軽やかに地を蹴り、一瞬でその前にたどり着く。そしてその勢いのまま槍で塊を突いた。


 ゴンッ


 という音と共に、ゴーレムもどきの本体は完全に砕けた。


「やった!!」


 私は歓声を上げてガー子ちゃんに走り寄る。


 そしてその石肌を抱きしめた。


「よくやったね!えらいよ!」


 そう言ってナデナデしてあげる私の所へコットスさんもやって来た。


「ご苦労さまだったね。しかも、期せずして今日の仕事もこれで完了になった」


「……え?仕事も完了?」


 コットスさんは首を傾げる私の足元にしゃがみ込み、ゴーレムもどきの破片を拾い始めた。


「そう、完了だ。実はゴーレムもどきの本体はかなりの部分が磁力の魔石で出来ているのだよ。しかもかなり良質のね」


「へぇ、出会うとラッキーですね」


 そういえばボールダーも良い素材になるし、岩系のモンスターはそういうのが多いのかもしれない。


「君や君の使役モンスターたちが集めてくれた分もそれなりにあるし、これだけあったら収穫としては十分だろう。後はエレーキバーンの開発者の所へ魔石を持って行けばいいだけだ」


 私たちが作業していたのは一時間ちょっとだったが、作業員の頭数が多い。レアな磁力の魔石だが、ある程度の量にはなっていた。


 私は予想外にキツかった仕事の完了に、両手を上げて喜んだ。


「やったー、中腰の作業は終わりだー」


「ハッハッハ、嬉しいだろう。私もだ。腰痛の悪化が避けられてよかったよ」


 コットスさんは腰を揉み、それから肩を揉んだ。


「……とはいえ、投擲をし過ぎたせいで頸肩腕症候群は悪くなってしまったがね」


 そういえばコットスさん、物凄い回転で岩を投げまくっていた。確かに悪化もするだろう。


 ちょっと可愛そうなので、私は一つ提案してみた。


「よかったらマッサージしましょうか?うつ伏せてください」


「ふむ?いいのかね?」


「ええ、友人のエステティシャンに少し習ったんです。自信ありますよ」


「そうか、ではお言葉に甘えよう。助かるよ」


 私はうつ伏せたコットスさんの横に座り、体重をかけてその背中を押した。


「ふむ?……ふむ……ふむぅぅぅ……」


「どうです?気持ちいいですか?」


「うむ、これはなかなか良い……自信があると言っただけのことはあるね」


 私はその褒め言葉に喜びながらも、実は内心ムラムラもしていた。


 というのも、コットスさんの背中がかなり良い筋肉のつき方をしていたからだ。


(すごい広背筋……たくさん腕があるから嫌でも鍛えられるんだろうな)


 私はそれを堪能しながら、じっくりじっくりマッサージをしてあげた。


「ふむぅぅ……本当に上手いね。私も多少指圧の心得はあるのだが、君ほど的確にはツボを押せんだろう」


「……コットスさんもマッサージできるんですか?」


「君と違ってプロでもなんでもない知人に教わった程度だがね」


「へ、へぇー……あのぅ……もし可能なら、少しでいいんで私も後で揉んでもらえません?」


「それはもちろん構わんが、若い女性を指圧するのも少し気が引けるな」


「いや全然!私は全く気にしない人なんで!もうキワキワまでやってもらっても!」


「ハッハッハ、ならば少しばかりツボを押してみよう。まぁ腕が八本もあるのだから、どこか良いところも押せるだろう」


(そう!それ!それですよ!八本の腕で私を責めまくって!)


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330648933857430


 心の中だけでそう叫ぶ。


 期待に胸を膨らませてマッサージに望んだ私だったが、八本腕の指圧はごく普通の意味ですごく気持ち良かった。



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈ヘカトンケイル〉


 ヘカトンケイルはギリシア神話に登場する巨人です。


 五十の頭と百の腕を持っていました。


 天空神ウラノスと大地母神ガイアの息子という恵まれた境遇に生まれたのですが、なんと『醜い』というひどい理由で父親から奈落の底に幽閉されてしまいます。


 しかし母親の方はこの非道に怒りました。


 怒った結果、自身の末っ子に命じて夫ウラノスの男性器を鎌で切り落とさせてしまうのです。


 ……ヒィッ!!


 その後、ヘカトンケイルたちはガイアの口添えを受けたゼウスによって開放されました。


 恩を感じたヘカトンケイルたちは後に起こった巨神族との戦争でゼウスを助けてあげます。


 その百の腕は凄まじい膂力だったらしく、山ほどの大きさがある大岩を投げまくって戦勝に大きく貢献しました。


 アレをちょん切られたウラノスは可哀想ですが、醜いからって子供をいじめちゃ駄目ですよねぇ。



〈磁気と肩こり〉


 作中で磁気による治療グッズを登場させました。


 筆者の知人にも愛用している人がおり、人によっては手放せないほど大切な商品になっています。


 ただ、磁気による治療は科学的根拠が十分とは言えず、本当に効くかどうか怪しいという意見もあるんですよ。


 実は古い薬なんかもそうなんですが、現代の科学・統計学から見ると効くかどうかの検証が十分なされていない商品が数多くあります。


 じゃあ改めて検証しろよ、って思いますよね?


 でも人を対象とした臨床試験ってアホみたいなお金がかかるんですよ。


 企業がやってもまずペイしないんです。


 かと言って、公的機関にやってもらっても税金をアホほど使うことになっちゃいますし……


 そんなこんなで結局はそのまま販売され続けています。


 不条理な気はしますが、現状では仕方ないんでしょうね。



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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