第39話 スライム戦隊
(何あれ……誘ってるのかしら?)
私はサスケの肌をヌルヌルと流れていくローションを見て、そんなことを考えた。
普段からこのローションは見慣れているのだが、今日はちょっと量が違う。
いつものサスケなら肌をしっとりさせる程度しか分泌していないが、今はその表面がいやらしく光るほどだった。
触らずともいい感じのヌルヌルグチョグチョなのが分かってしまう。これに昇天すらさせられた経験のある私としては、見ているだけで辛抱たまらなくなった。
そんなヌルグチョ大量ローションは、もはやメスを誘っているとしか思えない。
「クウ、よだれ垂れてるよ?」
隣りを進むサスケからそう指摘された私は、慌てて口元を拭った。
「わわわっ……ちょ、ちょっとボーッとしちゃって」
そんな私の様子を見て、サスケは可笑しそうに笑った。
「なにか美味しそうなものでもあった?」
「うん、サスケが……」
と、私は本音をポロリしてしまってからすぐに言葉を付け足した。
「……あ、あんかけみたいで美味しそうだなって」
「あんかけって……水色のあんかけは無いでしょ」
「でも今のサスケ、トロトロで美味しそうだよ」
「食べてみる?」
(いいの!?押し倒して食べちゃうよ!?)
私は心の中でめっちゃハァハァしながら、表面上はごく普通に笑ってみせた。
「アハハ……それにしても、スライムのローションって便利だよねぇ。毒へのバリアーにもなるんだから」
今日のサスケがローションを大量に分泌しているのはそれが理由だった。私たちが今日来ているのは、そういう対策が必要な場所なのだ。
「ローションを出し続けていれば多少の毒に接触しても一緒に流し出せるからね。もちろん魔素の消費は激しいから補充薬をたくさん飲まないといけないけど」
と、言ってからサスケは革袋に入った魔素補充薬をぐびぐびと飲んだ。
「……ふぅ。飲んでばっかりも正直辛いけど、レルネーの沼地でまともに動こうと思ったらこのくらいは出しておかないと危険らしいし」
私たちが今いる場所はレルネーという名前の土地だ。
ここの特徴を一言で表現するならば『毒の沼地』というのが最も正確だろう。
薄暗い森の中の沼地であり、ぬかるんだ地面からはコポコポと空気の泡が出てきている。この泡が毒らしく、ここにいるだけで様々な身体的異常を起こしてしまうという話だった。
ちなみに毒の効果はその時々で違うらしい。致死性の危険な毒もあれば、麻痺や強い眠気、興奮や催眠作用に当たることもあるということだ。
(変な場所だな……)
私はこの話を聞いた時、まずそう思った。
例えば火山の近くなら硫化水素などの火山性ガスによる毒が漂っているだろう。しかしその時々で毒の種類が違うというのは一体どんなカラクリなのか。
しかもここの毒はただの毒ガスではなく、吸わなくても触れるだけで作用するのだという。
(化学物質としての毒っていうよりも、毒魔法って感じかも)
そんな推察をしたが、実際のところよく分かっていないらしい。
なんにせよ、恐ろしい場所であることは疑いようがない。
「私もユニコから絶対に降りられないよ。ユニコーンの解毒作用が切れたらと思うと怖い」
私はユニコーンの使役モンスター、ユニコにまたがっている。
ユニコーンの角には解毒作用があるというのはこの異世界の常識らしいが、ユニコはその角から解毒魔法を放つことができた。
サスケがローションで毒を排泄し続けているのと同じように、私はユニコの魔法で自分を解毒し続けているのだ。
私も先ほどのサスケと同じように、魔素の補充薬をぐびぐびと飲んだ。
「んくっ……んくっ……私の方も魔素の消費がきついんだ。ユニコの解毒魔法って、結構消耗するから」
「そりゃ魔法かけっぱなしはきついでしょ。普通は無理だよ」
そう言うサスケはバイコーンのバイコに乗っている。
バイコーンの二本角はユニコーンとは違い、解毒魔法を放つことはできない。むしろ毒魔法を放つ。
そういうこともあってかバイコーン自身に毒耐性があるため、この沼でも元気に活動できるのだ。
ちなみにユニコの方は自分自身と私の両方に解毒魔法を使い続けているため、燃費でいうとバイコの方が圧倒的に優秀だ。
(しんどい……そしてムラムラする……)
私はこの異世界に来てから得た発情体質のせいで、魔素が枯渇してくるとやたらムラムラしてしまう。
横目でサスケへの劣情を送りながら、また魔素の補充薬をあおった。
「んくっ……早く目的のものを見つけて帰りたいね」
「そうだね。モーリュの花、どこにあるんだろ?」
私たちが馬を並べて毒の沼地を進んでいる目的はその『モーリュの花』の採取だった。
モーリュはこの沼地にしか自生していない珍しい花で、非常に強力な解毒薬になるらしい。それを採ってきて欲しいというのが私たちの受けた依頼だ。
ここレルネーの沼地は常に毒気が漂っているため、採取に来られる人間はそう多くない。私たちのように毒に対処できる能力がある人に限られる。
しかしその一方、毒のおかげでモンスターの数はそれほど多くはない。毒に耐性のある有毒モンスターがたまにいる程度だ。
「あ、あそこにポイズンフロッグがいる」
私の視界の隅で極彩色の大型カエルが跳ねた。毒の粘液を分泌するモンスターだ。
サスケが間髪入れず、そちらにパチンコを放った。
「ていっ」
爆発のスライムローションが入った球は見事にポイズンフロッグに命中し、小気味のいい音を立てて爆発した。
ポイズンフロッグは轢かれたカエルのように仰向けになって動かなくなる。
「……サスケってホント強くなったよね。そのパチンコもかなり強力なやつにしたんでしょ?」
「魔素による身体強化が上手くなったからね。このスリングショットなら普通の石ころ飛ばしても骨くらい折れるよ」
「それもうパチンコの威力じゃないよね」
「だからパチンコじゃなくてスリングショット。もっとカッコよく呼んでよ」
不満そうに口をとがらせたサスケだったが、本当に成長速度がすごい。
初めて会った時は野良スライム相手に棍棒を空振るほどだったのに、今では戦力として大変頼りになる仲間だ。
今日も私の魔素節約のために、道中の敵は基本的にサスケがパチンコ、もといスリングショットで倒してくれていた。かなり助かる。
そのサスケは辺りを見回しながら首を傾げた。
「本当になかなか見つからないね」
私はまた魔素の補充薬を飲んでから答える。
「んくっ……そうだね。事前に聞いた話だと、そこまで深く入らなくても見つかるってことだったけど」
「もう結構奥まで来てるよ。っていうか、もしかしたらこの辺でも危ないかもしれないね」
「ああ……なんて言うんだっけ?ヒュドラ?」
「そう、ヒュドラ。レルネーの沼地のヌシ的モンスター。首が九つある巨大毒蛇だよ」
この仕事を受ける時に、アステリオスさんからヒュドラというモンスターに関してよくよく注意するよう言われていた。
『ヒュドラはマジでヤバいモンスターだぞ。九つの首から別々の毒を吐く上に、身体能力もかなり高い。それに再生能力も凄まじく、首を切ってもまた生えてくるほどだ。出会ったら全力で逃げろ。というか、そもそも出会わないように沼地の奥までは入るな』
それがアステリオスさんからのアドバイスだった。
怪物のような強さを誇るアステリオスさんがそこまで言っていたのだ。私としても従わない理由はない。
「……そろそろ引き返そうか?無理はしない方がいいんじゃないかな」
私の提案にサスケは声を唸らせた。
「う〜ん……まだ毒気が強くなってるようには感じないけど」
ヒュドラが近くにいる場合の兆候がそれだという話だった。
ヒュドラは毒の息を吐くため、何らかの身体的な変化が現れることが多いらしい。
「どう?クウから僕の体を見て、どこか変わった所はない?」
私はまた魔素の補充薬を飲んでから、サスケを頭から順に見下ろしていった。
(顔色、問題なし。目つき、問題なし。姿勢、問題なし。腕や胴体、問題なし。下半身、問題……ああああり!!)
私の視線はサスケの下半身、股間のところで止まった。そこに大問題を発見したからだ。
(な……何であんなにおっきくなってるの!?どういうこと!?誘ってるのかしら!?)
サスケのズボンはソコがハッキリムックリと盛り上がっている。
目を血走らせんばかりにソコを凝視する私の視線を受けて、サスケは自分の股間に目を落とした。
そしてその状態に顔を赤くする。
「えっ?いや、これはその……」
慌ててカバンで股間を隠す様子が可愛くて、私の理性はプツンと切れた。
(……よし、押し倒そう。もうこれはアレだ。完全なる合意だ。だってあんなにおっきくなってるってことは、向こうの体もそうしたいわけだし)
私は自分の中でそう結論づけて、体中の筋肉に魔素を込めた。
魔素による身体強化は私も多少使えるようになっているから、サスケの小さな体くらい組み敷いてみせよう。
そう思って飛びかかろうとした時、サスケが声を上げた。
「これ……催淫毒だ!!」
「……え?毒?」
その単語を聞いて、私の体はギリギリ最後の一歩を踏みとどまることが出来た。
「催淫毒って……そんな毒があるの?」
「あるよ!強力なやつになると、本当にそのことしか考えられなくなるんだ!クウもなんだかムラムラしない?」
確かにムラムラはずっとしているが、魔素の枯渇が原因だと思っていた。
だからさっきから魔素の補充薬を飲みまくっているのだが、枯渇ばかりが原因ではなかったらしい。
「た、確かに……そうかも」
「でしょ!?だとすると、ヤバいかも!早く引き返そう!」
もしかしたら、これがヒュドラが近くにいる兆候かもしれない。サスケの言う通りすぐにこの場を離れるべきだろう。
そう判断した私はユニコとバイコに回れ右させた。
そしてすぐに駆けさせようとした時、その足元の沼地から急にボコッ、ボコッと低い音がしてきた。
大きな気泡がいくつも出てきたのだ。
「……ユニコ、バイコ、ジャンプして!!」
猛烈に嫌な予感がした私は、急いで二匹にそう命じた。
が、一瞬だけ遅かったらしい。二匹の足元から巨大な蛇の頭が生えてきて、その胴体に噛み付いた。
「キャアアァア!!」
「うわぁっ!!」
私とサスケは落馬して地面に体を打ちつけた。
そのすぐそばを大蛇の体が伸びていく。
噛みつかれたユニコとバイコもそれと一緒に高く持ち上げられていった。
そして大蛇がその全容を見せた頃に、二匹の姿はフッと消えた。召喚状態を維持できないほどのダメージを受けたためだ。
沼地から現れた大蛇、ヒュドラの姿は私が恐怖で固まるのに十分な迫力を持っていた。
頭の高さは地面から十メートルはあるだろう。そこから九本の頭が私たちを見下ろしている。
真ん中の首だけが銀色に鈍く輝き、残りは血のような赤をしていた。嫌が応にも人の恐怖心をあおる色だ。
そしてその目はひときわ赤く、獲物を睨んで光っていた。蛇特有の温度を感じさせない瞳が私の心を凍りつかせる。
(蛇に睨まれた蛙……)
という言葉が頭に浮かんできたが、私は蛙でもないのに身動き取れずにいた。
ヒュドラがゆっくりと口を開け始めた時、私の体は勢いよく地面から離れた。そして視界の中のヒュドラが急速に離れていく。
サスケが私を抱えて走り出したのだ。
「逃げるよ!!」
短くそう告げて、全力で駆けていく。
私はお姫様抱っこをされながら、サスケの体から受ける安心感に落ち着きを取り戻していた。
「あ、ありがと……」
「ユニコーンとバイコーンはすぐに召喚できる!?」
サスケがすぐにそう尋ねてきて、私も今やるべきことを悟った。
今採るべきは逃げの一手だ。ならば二匹を召喚して騎乗すべきだろう。
「あっ、そうか。多分大丈夫……」
と、私が再び召喚魔法を使おうとした時に、私たちは紫色のガスに包まれた。
ヒュドラの首の一つが毒のブレスを吐いてきたのだ。
「…………っ!!」
私たちは反射的に息を止めたが、この沼地の毒は吸わなくても触れるだけで作用する。
その毒が出てくる地面からヒュドラが出てきたということは、ヒュドラのブレスも同じだと思った方がいいだろう。
「…………?」
が、不思議なことに体にはなんの異常も感じなかった。毒が効いていないのだろうか。
サスケの俊足でブレスのガスを抜けてから私は尋ねた。
「ね、ねぇ……さっきの効かなかったのかな?」
「分かんないけど、とりあえず召喚を」
「そうだった!!」
私は急いでユニコとバイコの名前を心の中で念じた。
が、何も起こらない。
「……え?」
「どうしたの?」
「召喚魔法が使えない!」
「…………っ!!一番やっかいな毒だ!!」
「毒?」
「魔封じの毒だよ!魔素の流れを乱して魔法を使えなくする毒!さっきのブレスはそれだったんだ!」
魔封じ。
確かにそれは厄介だ。特に私のような自分自身の戦闘力が低い召喚士には致命的になる。
「じゃ、じゃあ格納筒から直接出して……」
私はそれを思いつき、すぐに腰に下げた格納筒を叩いた。
が、格納筒も反応しない。
「そんな……出ない!!」
「……っ!!魔道具にも作用するのか……さすがはヒュドラの毒ってとこだね」
「どどど、どうしよう!?」
私は焦った。サスケの体越しに後ろを見ると、ヒュドラは私たちを追って来ている。
サスケの足はかなり速いが、ヒュドラとはサイズが違う。ヒュドラは少し動いただけで私たちの何倍も移動できるのだ。
「お、追いつかれちゃうよ!!」
パニックになりかけた私へ、サスケが冷静に聞いてきていた。
「落ち着いて。まずスライムが召喚できないか試してみて」
「スライム?」
「魔封じは複雑な魔法や高度な魔法ほど影響を受けやすいんだ。スライムみたいな元が弱いモンスターなら召喚できるかも」
「わ、分かった……レッド、出ておいで!!」
私は祈るように叫んだ。
が、やはりレッドの姿は現れなかった。
ユニコたちを喚んだ時よりは手応えを感じたようにも思えたが、やはり出てこない。
「ダメ……」
「じゃあ、まずはアレを探して……」
と、サスケが周囲を見回したところで、また毒のブレスが私たちを包んだ。
先ほどとは違い、黄色の毒ガスだ。
それを浴びた瞬間、サスケは足をもつれさせて転倒した。抱きかかえられていた私は放られるようにして地面に落とされる。
ぬかるんだ沼の上を転がって服が泥だらけになったが、そんなことには構っていられない。すぐに立ち上がろうとした。
が、それが出来ない。
「体が……うご……かない……?」
それが分かると同時に、私は今受けたブレスの正体を知った。
恐らくだが、麻痺毒のブレスだ。
力を入れようとしているのに筋肉がほとんど反応しない。言葉も上手く喋れなかった。
(魔封じの毒で抵抗手段を奪ってから、麻痺毒で動きを止める……ヒュドラの必勝パターンなんだろうな……)
抜け目のない厄介なハメ技だ。そして生きたままの新鮮な獲物を食べるのだろう。
しかし冷静にそれが分かったところで何ができるわけでもない。速度を落としてゆっくりと近づいてくるヒュドラを待つことしかできないのだ。
「ごめん……サス……ケ……」
私は視線の先でうつ伏せに横たわるサスケへ謝った。
私がすぐに使役モンスターを召喚していたらこうはならなかったかもしれない。
サスケは体をピクピクと震わせながら、小さな声を出した。
「クウ……て……」
「……え?……て?」
「て……」
「て?」
「み……ぎ……て……」
(右手?)
私は頑張って顔を動かし、右手の方を見た。
すると、右手の先にシクラメンによく似たピンク色の花があるのが目に入った。
(……え?これってもしかして、モーリュの花?)
ということは、解毒作用があるのだろうか?
(加工もしてない生の花がどれくらい効果あるのか分からないけど……もうこれしかない!!)
私は必死になって右手を動かそうとした。人生でここまで力んだことはないというほどに力んだ。
その甲斐あってか、右手はゆっくりゆっくりだが動いてくれた。そしてモーリュの花を採り、口に持っていく。
私は二度だけそれを噛んで、すぐに飲み込んだ。
すると、まるでメントールの風でも吹き抜けたように、体中に爽やかな冷涼感が流れていくのを感じた。
(効いた……のかな?)
相変わらず体は麻痺しているのだが、先ほどよりは良くなっているような気もする。
私はすぐに召喚魔法を使った。
(レッド!!)
私の呼びかけに応え、レッドが目の前に薄っすらと現れ……そして消えた。
やはり先ほどよりも回復はしているのだが、ギリギリのところで召喚できなかったようだ。
(ダメだ……あと少しなのに……)
私はその光景に、むしろ絶望感を強めてしまった。
本当にギリギリだったので、あと少しでも休めれば召喚できるようになる気がする。
しかしヒュドラはそこまで待ってはくれないだろう。
「ごめん……サスケ……」
私は再び謝った。
サスケはそんな私へ、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「クウ……ぼくが……たべられ……てる……あいだに……にげて……」
(僕が食べられてる間に逃げて?)
何を言ってるんだ。例えヒュドラが見逃してくれたって、そんな事できるわけないじゃないか。
サスケはこの期に及んでも、体が動かなくなっても私を助けようとしてくれている。私はむしろ、サスケを絶対に守りたいと思った。
だから私は立ち上がろうとした。
まだ麻痺はかなり残っているからゆっくりゆっくりだったが、立ち上がってサスケとヒュドラの間に立とうとした。
が、その一歩を踏み出そうとしてそれができず、結局その場に尻餅をついてしまった。
(くそっ……情けない……って、あれ?)
私はお尻に不思議な感触を覚え、下に目を向けた。
すると、私のお尻の下でピンク色のプニプニしたものが潰れて伸びているのが見えた。
どうやら何かが私のヒップドロップを食らってばたんきゅーしちゃったらしい。
「ピンク……スライム?」
私のお尻の下で気絶しているのは、ピンク色のスライムだった。
(私のお尻って、もしかして攻撃力高い?)
そういえば以前にもヤテベオのベオをお尻で屈服させたことがある。
私はその時のことを思い出して、ある事をひらめいた。
「セルウス……リートゥス!!」
その呪文とともに、私の人差し指が青く光った。
(やった!!隷属魔法は使える!!)
恐らく召喚魔法よりは単純と言うことなのだろう。考えたら召喚魔法は空間魔法でもあるし、本来なら難しそうな魔法だ。
指を挿し込まれたピンクスライムの体が青く光り、それから体に蔦状の紋様が浮かび上がった。隷属魔法成立だ。
そしてちょうどその時、ヒュドラの頭の一つがサスケを食べようと下りていくところだった。
「……ピンク!!」
私はつい今しがた決めた新しいうちの子の名前を叫んだ。
その声と同時に私のお尻の下からピンク色の弾丸が放たれる。
それは真っ直ぐヒュドラの頭に飛んでいき、重低音を響かせて激突した。
ゴッ
という音とともに、ヒュドラの頭の一つが凹む。
その痛みは他の頭にも響くようで、残りの八本の口が苦悶の叫び声を上げた。
(ピンク、首の根元にアタック!!連続で!!)
私の指示通り、ピンクは九本の首が一つになる根元に何度もアタックした。
ここを攻撃させたのは、衝撃でヒュドラを下がらせて私たちとの距離を取りたかったからだ。これ以上ブレスを浴びるのが一番危ない。
狙い通り、ヒュドラは少しずつ私たちから離れていった。
が、それは私とサスケからだけであり、実際に攻撃しているピンクは当然ごく近距離にいる。
ヒュドラはそのピンクに向かって毒のブレスを吐いた。
(黄色のガス!!さっき私たちを動けなくした麻痺毒だ!!)
そのブレスはピンクを直撃してしまった。
「まずい!!」
私はピンクにスライムローションを最大限分泌するよう念じた。毒を洗い流すためだ。
ただ、先ほどのサスケはそれをやっていながら即座に動けなくなったのだ。あまり期待はできない。
私はもっと慎重に攻撃させるべきだったと後悔した。
「ピンク、大丈夫!?」
が、意外にもピンクから帰ってきた念話は、
『大丈夫!!余裕!!』
という感じのものだった。
(……え?なになに?……ピンクスライムって、毒のスライムだったの!?)
ピンクが念話でそれを教えてくれた。
言われてみれば、確かに野生下でピンク色の生物というのは毒々しいかもしれない。普通の動物でも毒を持っているものはわざと目立つ色をしているものだ。
元が毒のモンスターだからある程度の耐性があり、それが召喚による私の魔素で強化されている。
(この子、ヒュドラ戦だとめっちゃ頼りになる!)
このタイミングでのこの新キャラに、私のテンションは上がりまくった。
ピンクはアタックを繰り返してどんどんヒュドラを引き離してくれる。
ただし、こちらもピンクだけだとヒュドラを倒しきれなかった。
聞いていた通り、ヒュドラの回復力が凄まじいのだ。初めに凹ませた頭がもう復活して動いている。
(このままじゃジリ貧だな……)
そのうち私の魔素が切れてお終いになるだろう。それまでに何とかしないといけない。
(ピンクに牽制してもらってる間に逃げる?いや、動けないサスケとまだちょっとしか動けない私じゃ逃げ切れない)
なら、倒すしかないだろう。
私は震える手でカバンから魔素の補充薬を取り出し、それを一気飲みした。そして意識を集中する。
ピンクのおかげで少し時間が稼げた。その間に少しだが、自分の体も回復してきているのを感じる。
「そろそろ出てきてよ……レッド!!」
私に呼びかけに応え、レッドが目の前に現れた。召喚成功だ。
「やった!!」
どうやらスライムならギリ喚び出せる程度には回復したらしい。
そうと分かった私は、残りのスライムたちも立て続けに召喚した。
「ブルー、イエロー、グリーン!!」
さらに三色のスライムたちが現れる。
これで新しい仲間のピンクを加えると、全部で五色になった。
(ス……スライム戦隊の出来上がりだ!!)
↓挿絵です↓
https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330648261316480
私はそのことに胸がきらめくような感動を覚えていたが、命の危機を目の前にしてただ感動しているわけにもいかない。
即座に全員をヒュドラへと向かわせた。
「連携してヒュドラを攻撃!!皆の力を合わせるんだよ!!」
私の指示に従ってスライムたちがヒュドラへ襲いかかる。
まず素早いイエローが
それで動きの鈍った首へグリーンのツルが巻き付く。ギュッと絞り上げてひとまとめにした。
その一箇所に集められた首にブルーが乗り、全力で温度低下のローションを放った。霜が降りて凍りついた首は、それまでのようなしなやかな動きができなくなる。
そうして動きの鈍った真ん中の頭部へ、ピンクが思い切り突っ込んだ。ヒュドラは毒のブレスを吐いてそれを退けようとするが、ピンクにはそれも効かない。
これまでよりもモロにアタックを食らったヒュドラは脳震盪を起こしたのか、初めて地面に全ての頭を付けた。
そして一時的とはいえ動けなくなったところへ、力を溜め続けていたレッドが火炎のローションを纏って突っ込んでいく。その姿はもはや隕石だ。
体の芯に響くような轟音が鳴り響き、ヒュドラの胴体にレッドが深々とめり込んだ。
ヒュドラは完全に意識を失ったようで、ぐったりと脱力して地面に伸びた。
「やった!!皆よくやってくれたね!!すごいよ!!最高!!」
私はスライム戦隊の隊員たちを褒めちぎった。
スライムたちも喜び、私の元へ跳ねてくる。
私はそれを交互にナデナデしながら、もう一つスライムたちにお願いした。
「私をヒュドラの所へ連れて行って」
まだ体の十分に動かない私はスライムたちに乗っかってヒュドラの元へとたどり着いた。
そして呪文を唱える。
「セルウス・リートゥス」
青く光った人差し指を、ヒュドラへと思い切り突き刺そうとした。
……が、指は刺さらない。その代わりに、私の指が突き指になってしまった。
「いったぁ!!」
私はあまりの痛みに涙目になりながら手を振った。
ホントめちゃくちゃ痛い。
「……うぅ……ってことは、ヒュドラはまだ屈服してないってこと?」
そういうことだろう。
しかし完全に意識を失っているし、起き上がる力もなさそうだ。
「何でこれでダメなんだろう?……あっ」
私はヒュドラの体を見回して驚いた。
レッドのめり込んでいた胴体が、目で見てわかるほどの速度で修復しているのだ。
「うーん……これくらいの傷ならすぐに回復するから、まだ負けたうちに入らないってことかな?」
ということは、さらにダメージを負わせなければ隷属は無理ということだろう。
それにこのまま放っておけばすぐに起き上がるのだから、どちらにせよ追加攻撃を食らわせなければならい。
そしてそれは、私の中でとてもしっくりくる事だった。
「そうか……やっぱり戦隊モノの最後の一撃は全員の合体技だよね」
私はその事に納得しつつ、スライム戦隊に魔素を込め直した。
そして五匹同時の全力アタックを命じる。
「必殺……スライムぷにぽよキャノン!!」
即興の技名とともに、スライムたちはヒュドラへと跳んだ。その姿はまるで五色のビーム砲だ。
スライム戦隊はヒュドラの胴体をやすやすと貫き、大穴を開けた上でさらに背後の木々までなぎ倒していった。
私の視界にミサイルでも落ちたような光景が広がる。
「わぁ……ちょっとやりすぎちゃったかな?」
自分でも引くほどの威力が出てしまったが、とりあえずこれでヒュドラは屈服しただろう。
そう判断した私は、今度は突き指した方の手とは反対の手の人差し指をヒュドラに突き刺そうとした。
「セルウス・リートゥス……ぃいったぁ!!」
が、今度も刺さらない。
理由は簡単だ。というか、当たり前だ。
こんな大穴をあけられて生きていられるモンスターなんていないだろう。
死んだモンスターは隷属させられない。当たり前だ。
「うぅ……両手とも突き指しちゃった……」
私はまた涙目になりながら、ヒュドラの隷属を諦めた。
ただまぁなんにせよ、これで一息つくことができたわけだ。私はホッと息を吐きながら周囲を見回した。
そこで初めてあることに気づく。
「ここ……モーリュの花の群生地だったんだ」
よく見ると、私が先ほど食べたモーリュの花があちこちに咲いていた。これで本来のお仕事の方も無事済ませられそうだ。
「その前に、とりあえず自分たちの回復だよね」
モーリュの花をさらに三つ食べると、私の体はほぼ回復した。
それからサスケにも同じように食べさせてあげる。
「……むぐむぐむぐ……ゴクン……ふぅ……ようやくまともに動けるようになったよ。ありがとう、クウ」
「ううん、お礼を言わなきゃいけないのは私の方だよ。サスケが抱えて逃げてくれなかったら出会い頭に死んでたもん」
「まぁ、お互い頑張ってピンチを乗り越えられたってことだね。とにかく五体満足で帰られそうで良かったよ」
「突き指はしちゃったけどね」
「ああ、治してあげるから指を出して」
「ありがとう、お願い」
私が両手を差し出すと、サスケはローションまみれになったヌルヌルの手で指を握った。
サスケのスライムローションには治癒の効果がある。
ただしあまり強くはないので、しばらくローションをヌルヌルと塗り続けなければ治らないのだ。
「はふぅん……」
私はそんな声を上げてから、自分がまたひどくムラムラしていることに気がついた。
そのせいでサスケのローションにやたらゾクゾクと感じてしまうのだ。
(ま、まさか他にもヒュドラが!?)
そう思ったが、サスケの股間に目をやると完全に平常運転の真っ平らだった。どうやら今度は本当に魔素切れによるムラムラらしい。
「……んんっ」
私はまた思わず声を上げそうになって、それを我慢した。
指をヌルヌルされるだけでアハンウフン感じるなんて、完全に恥ずかしい娘だ。そんなことは隠さねば。
気を紛らわすために、私は別の話をすることにした。
「あ、あのさ……んっ……さっきね、ピンクスライムを隷属させることに成功したんだ……んっ……」
「ああ、見てたよ。これでスライム五匹目だね」
「うん。それでね……んっ……五色のスライムが集まったから、スライム戦隊の名前を付けたいと思ってて……んんっ……」
私は指だけで結構な高ぶりを感じながら、先日グリーンを仲間にした時からずっと考えていた話をした。
「スライム戦隊?名前?」
「そう、戦隊の名前……ふぅっ……」
「よく分からないけど、要るかな?名前」
「要るよ!絶対に要る!……ふぁっ……」
「そう?それでクウはどんな名前を考えてるの?」
「えっとね……はぁっ……スライム戦隊ぷるるんジャーと……はふっ……スライム戦隊ぽよよんジャー……んんんっ」
「ぷるるんジャーと、ぽよよんジャー?」
「そう……どっちが……あっ……いいと思う?」
「う〜ん……」
ヤバい。さっきから頑張って耐えてるけど、指のヌルヌルだけでもう最高潮まで達しそう。
魔素切れで発情しまくってるっていうのもあるけど、サスケの指テクがめっちゃヤバい。
ローションを指に塗り塗りしてるだけなのに、なぜこんなにもスゴいんだろう。
(もう……ダメ……!!)
私が声を抑えてこっそり昇天している時、サスケは軽く笑いながら私の相談に答えてくれた。
「……どっちでもいいんじゃない?」
この男、絶対モテないだろうと私は思った。
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈ヒュドラ〉
ヒュドラはギリシア神話に登場する怪物です。
レルネーという地に棲む九本首の大蛇であり、毒の息を吐きます。
その生命力は凄まじく、首を切ってもその傷口から新しく二本の首が生えてくるというチートモンスターでした。
この退治を命じられたのが有名な英雄ヘラクレスなのですが、潰せば潰すほど首が増えるので困ってしまいます。
そこで賢い甥っ子に相談したところ、
『傷口を焼いちゃえばいいんじゃね?』
とのアドバイスをもらって倒すことができました。
ちなみに日本神話に出てくるヤマタノオロチとやたら似ているヒュドラですが、両者の関係は特になく偶然の一致なようです。
どちらも魅力的なモンスターですが、筆者としては酒に酔わせて倒すヤマタノオロチ展開の方が好きですね。
酔ってるモンスターとか大蛇が酒樽に首突っ込んでる姿とか、すごく心惹かれません?
〈モーリュ〉
モーリュはギリシア神話に登場する薬草です。
オデュッセウスという英雄の部下たちが魔女に毒をもられ、豚に変えられてしまいました。
このことを聞いたオデュッセウスは部下たちを助けるため魔女の元へ向かいます。
しかし同じように毒をもられたのでは部下たちの二の舞いです。
そこで神様の使いがモーリュの薬草をくれて、毒を無効化することができました。
ちなみにこのモーリュ、実在の植物であるシクラメンだとか、ニンニクだとか、ヘンルーダだとか色々言われています。
世界樹とされるシマトネリコもそうですが、ファンタジーに通じる植物ってなんだか特別に感じられますよね。
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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