第36話 デュラハン

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私は白馬にまたがった金髪碧眼の騎士を見て、そんなことを考えた。


 子供の頃、女の子なら誰もが一度は想像したことのある光景が私の目の前にある。自分はお姫様で、それを守る騎士と恋をするのだ。


 騎士は甘いマスクで私に優しく微笑みかけていた。


 その表情がふわふわのマシュマロのように私の心を包み、口溶けの良いチョコレートのように蕩けさせた。


 白馬に乗ったイケメン騎士は、もはやメスを誘っているとしか思えない。


「はじめまして。デュラハンのエレオといいます」


 その人は優雅な動作で頭を下げた。


 木漏れ日が金髪を柔らかく照らしている。世の中にこれよりも美しい光景があるだろうか。


 と、私がウットリしていたのはここまでで、直後に恐怖の悲鳴を上げることになった。


 なぜなら、その騎士の首がボトリと落ちたからだ。


「……キャアアァア!!」


 突然の生首ショーに、私は大きな悲鳴を上げてしまった。


 それはそうだろう。素敵なおとぎ話が一変、ホラー映画に変わってしまったのだ。


 しかし突然死したと思われた騎士の腕は素早く動き、落ちた頭をキャッチした。


 そして頭をクルリと回してこちらに向け、先ほどと同じ甘い笑顔を私に見せた。


「失礼、ビックリさせてしまったね。でもこの通り、デュラハンは首が取れても平気だから安心してほしい」


 その人は自分の首をポンポンと宙に投げてみせた。


 デュラハン。


 見るのは初めてだが、首が取れても大丈夫な種族ということだろう。


 というか、切り離されている状態がデフォルトということだろうか。


「ごめんなさい、私が前もって説明しておくべきだったわね」


 そう謝ってきたのはケンタウロスの賢者ケイロンさんの奥さん、カリクローさんだ。


 私たちは今、ケイロンさんとカリクローさんが経営している学校兼自宅に来ている。


 その校庭でカリクローさんからエレオさんのことを紹介されたところだった。


「い、いえ、すいません。私が物を知らなさすぎるから……」


 私は頭を下げて謝った。悲鳴を上げたのは失礼だったかもしれない。


 そんな私にエレオさんはまた微笑んでから、首を横に振ってくれた。


 いや、首を横に振ったというか、手で生首を左右に回したのだが。


「カリクローさんから記憶喪失の話は聞いているから気にしなくていいよ。それに、僕が女性に上げられるのはいつも黄色い声援ばかりだからね。あんな悲鳴を上げられたのは久しぶりで、むしろ新鮮だったよ」


 エレオさんはそう言って柔らかな金髪をかき上げた。


(……ん?)


 私はそのセリフと仕草におや、と思いカリクローさんを横目に見た。


 カリクローさんは困ったような苦笑を返してくれた。


「エレオさんは舞台役者をされているの。こう見えて花形スターなのよ」


 『こう見えて』というのは失礼な気もするが、エレオさんには都合の悪い部分は聞こえないらしい。


 満足そうにうなずいた。


「花形スターなんて言われると照れるけどね。まぁ事実だ。クウさんもよかったら僕のファンクラブに入るといい。会員にはチケットの優先販売もあるから」


 エレオさんは私に一枚のカードを手渡してきた。


 そこには劇団の名前とファンクラブの本部住所が書かれている。


「はぁ……どうも」


(確かにすごいイケメンたけど、なんか苦手な人かもしれない)


 私はカードを受け取りながら、そういう印象を抱いた。


 ちょっとナルシー入ってる。


(めんどくさいというか、うっとうしいというか……)


 そんなひどいことを思われているとは露とも思わないエレオさんは、キラキラした笑顔で手を差し出してきた。


「握手してあげよう」


「あ、ありがとうございます……」


 拒否するのもどうかと思うので、私はその手をそっと握り返した。


「なんならサインも……」


「依頼したいお仕事はどういったものですか?」


 早めに話を進めたいと思った私は、手を離すとすぐにそう切り出した。


 今日ここでエレオさんと会っているのは、カリクローさんの紹介で仕事を受けるためだ。


 なんでも私でなければ難しい仕事があるという話だった。


 サインをさり気なくスルーされたエレオさんは、やはり全く気にした様子もなくにこやかに話をしてくれた。


「ユニコーンを隷属させて欲しいんだ」


「ユニコーン、ですか」


 そのモンスターの名前は私も知っている。角が一本生えた白い馬だろう。


 何となくだが、美しくて神秘的なイメージがある。


 ただし、今のところこの世界に来て出会ったことはない。


「隷属させてから、どうするんです?」


「決まってるじゃないか。乗るんだよ」


「えっと……乗ると、何かいいことがあるんですか?」


「カッコいい!!」


「…………」


 私は何と言ったら良いものか分からずカリクローさんを見たが、苦笑して首を振られるだけだった。


 その雰囲気がやはりエレオさんには伝わらないようで、胸を張って言葉を足してきた。


「白馬に乗った僕がカッコいいのはみんな知ってる!でもね、それがユニコーンだったらもっとカッコいいと思わないかい!?」


(……もしかしたらそうなのかも知れないけど、それを自分で言う人ってどうなの?)


 私は心の中でそうツッコんだものの、口には出せなかった。


「あの……別に舞台で使うとかでもないんですね?」


 私の質問に、エレオさんはハッとした顔を見せた。


「君……天才か!?確かにユニコーンに乗った僕が舞台に現れれば、大人気間違いなしだ!!失神する女の子も出るかもしれない……別料金を払おう。たまに貸し出してくれるかい?」


 私はこの規格外のイケメンにあきれてしまった。


 エレオさんは純粋に『ユニコーンに乗った自分はカッコいい』という気持ちだけで、結構な面倒ごとに取り組もうとしているわけだ。


(子供か)


 そう思ったものの、やはり初対面の人にそこまでツッコめはしない。私は別のことを口にした。


「隷属に成功したらそれはいいですけど……このお仕事、私じゃないとダメな理由は何です?」


 私はカリクローさんの方を向いて尋ねた。


 今回は『私でないと難しい仕事』だと聞いている。


 カリクローさんは少し眉根を寄せて笑った。


「それはね、ユニコーンが清らかな乙女を好むからなのよ」


「清らかな……」


 つまり、それはアレだろう。経験がない女性、ということか。


「ユニコーンは処女が好きなんだ」


 エレオさんはわざと言葉を濁したカリクローさんを丸無視し、普通にその単語を口にした。


 カリクローさんはまた苦笑いして説明を補足してくれる。


「ユニコーンはすごく獰猛な上に足も速いから逃げられやすいモンスターなんだけど、なぜか清らかな乙女の前でだけは大人しいの。乙女が座ってると、膝枕で寝てしまうこともあるらしいわ」


 なんだそのすけべモンスターは。


(そういえば元いた世界には、若い女の子が膝枕で耳かきしてくれるお店があるって聞いたことがあるな。ユニコーンはそういうお店に来る男性と同じか……)


 そう思うと、神秘的な一角白馬が急に俗っぽいおっさんな感じがしてきた。


「ほら、クウちゃん前に男の人とお付き合いしたことがないって言ってたでしょ?召喚士で清らかな乙女って、なかなかいないから」


 そういえば女子会でそんな話もしていた。


 年齢=彼氏いない歴というと悲しい感じがするが、清らかな乙女と言われると嫌な気はしない。


 それに、そもそも召喚士は数が少ないのだ。しかも処女でないといけないとなると、確かにこの仕事を受けられる人材はそういないだろう。


「大体のことは分かりました。じゃあ、この仕事受けさせてもらいます」


「本当かい!?ありがとう、嬉しいよ!!」


 エレオさんは本当に嬉しかったようで、女性ウケする甘いマスクを眩しいほどに輝かせてくれた。


 私はその笑顔に一瞬ドキッとしたのだが、その甘いマスクは首の上ではなく手に抱えられている。


(……このイケメン笑顔で落ちない私は、まだこの異世界に慣れきってないっていうことなのかな?)


 これはこういう種族なのだと分かってなお、生首の持つ迫力は半端なかった。



****************



「うーん……迷っちゃったかな?」


 私の頭のすぐ後ろで、エレオさんがそうつぶやいた。


 その距離感と甘ったるい声音に、私の背筋はゾクリとしてしまう。


 私とエレオさんは白馬にまたがり、森の中を進んでいる。この森の先にユニコーンの群れがよくいるという話だ。


 なんだかんだ言っても、イケメン騎士との白馬二人乗りはやはりドキドキする。


(私が今やってることって、ファンクラブの人たちからしたら夢のような体験なんだろうな)


 イケメン人気俳優との濃密な時間。オークションに権利を出したら高値で売れそうだ。


 が、私のドキドキタイムはまた生首によって遮られてしまった。


「ちょっと上から見てみよう」


 エレオさんはそう言うと、自分の頭を両手で掴んで空高く放り投げた。


 ここまではもう私も驚きはしなかったが、さらに予想外のことが起こった。


 エレオさんの生首は空中で浮いたまま静止し、その場でグルグルと回って周囲の状況を確認し始めたのだ。


「ええっ!?デュラハンの首って浮くんですか!?」


 驚く私に、エレオさんは空高くから教えてくれた。


「そうだよ。デュラハンは生まれつき空間魔法と念動力を身につけている種族なんだ。空間魔法で次元に干渉してるから頭と胴が離れても大丈夫だし、それを念動力で動かすことができる。っていうか、念動力がなかったらずっと抱えてないといけないから大変だよ」


「なるほど……確かにそれは不便ですね」


 デュラハンは生首を抱えた種族だと認識していたが、空飛ぶ生首の種族という認識が正しいのかもしれない。


(でも待てよ……ということは、デュラハンの顔は体との位置関係に縛られず、好きな場所に配置することができるわけだよね。じゃあ……アノ時に……普通では無理な責め方もできるわけで……)


 私はふとそのことに気づき、頭の中では様々な妄想が駆け巡った。


 例えば胴体は後ろから、頭は前から責めるなんてことも可能なわけだ。


(デュラハンとなら……あ、あんな事もできるな……そんな事も……こんな事も……ああっ、そういえばこういう事だって可能だ!)


 私は耳まで赤くになり、一人吐息を荒くしてしまった。


 エレオさんの顔が近くになくてよかった。


(頭を飛ばせるだけで、ものすごくバリエーションが増えるな……あれ?空間魔法で生首を切り離してるってことは、もしかして首以外の体も切り離せる?それならもう、無限のバリエーションが……)


 私はそう思い至り、エレオさんに尋ねてみた。


「あの……空間魔法で首以外も切り離して飛ばせるんですか?」


「いや、残念ながら普通のデュラハンにそれは無理だね。空間魔法はとにかく扱いが難しいんだ。首が切り離せてるだけでも奇跡の種族とか言われてるよ。だからこの……」


 宙に浮いた生首のセリフに合わせて馬上の体が動き、私の腰に下がった格納筒を指先でつついた。


「この格納筒なんかも作るのがすごく難しいらしい。これも次元に干渉する、空間魔法の魔道具だからね」


 そうか。確かに格納筒もどこかの異次元空間に使役モンスターたちを格納している。


 しかもこの格納筒はモンスターの死骸を異次元空間に送るという特殊能力がある。よほどのレアアイテムと思って間違いなさそうだ。


(やっぱり頭以外は無理か……いや、頭だけでもかなり色々なことが……)


 また妄想を開始しかけた私へ、エレオさんの声が降ってきた。


「いたいた、ユニコーン。やっぱりこっちの方向で合ってたみたいだ」


「よ、よかった。もう近くですか?」


「うん、そうだけど……あぁ……これはマズイな」


「?」


 エレオさんの頭が降りてきて、また首の上に置かれた。


 そして私のすぐそばで困ったような唸り声が上がる。


「う〜ん……」


「どうしたんですか?」


「喧嘩が始まりそうなんだ」


「え?喧嘩?」


「うん……まぁ、とりあえず行ってみよう。ここからは徒歩で隠れながら進んだ方が良さそうだ」


 そう言ってエレオさんは白馬から降りた。


 そして私に手を貸して降りるのを助けてくれる。


 ナルシーだが、女性に優しい騎士様なのは確かだ。


 私は身を低くして先を行くエレオさんの後を追った。


 それからしばらく進んでいくと、急に大きな物音がしてきた。


「あちゃあ……始まっちゃったか」


 エレオさんは小声でつぶやきながら茂みの陰に入った。


 私も同じようにして、そっとその先を覗く。


 私たちの視界にまず入ってきたのは、期待していた通りの凛々しい一本角と白く美しい毛並みだった。


 ユニコーンだ。


 しかし、それだけではない。そのユニコーンと角をぶつけ合っている、二本角で漆黒の毛並みをした馬も目に入った。


「バイコーン……」


 そうつぶやいたエレオさんの声は苦々しげだった。


 二本角の黒い馬モンスター、バイコーン。こちらの方も私にとっては初見のモンスターだ。


「バイコーンって、どんなモンスターなんですか?」


「ユニコーンとよく似てるといえば似てるモンスターだね。獰猛なところとか、馬らしく足が速いところとか。でもユニコーンの角には解毒作用がある一方、バイコーンの角は毒になると言われてる。それにユニコーンは処女が好きだけど、逆にバイコーンは淫乱な娘が好きなんだ」


「い、淫乱……」


「そうだよ。そんなだから性格的には真反対なのかもしれないね。やっぱり気が合わないのかな?今もああやって、群れの縄張り争いで喧嘩してるんだと思う」


 言われてよく見ると、数十体のユニコーンとバイコーンが二体の戦いを遠目に眺めていた。


 おそらく群れのトップ同士が縄張りをかけて戦っているのを、固唾を飲んで見守っているという状況なのだろう。


 二体は震えながら角を押し合っていたが、バイコーンの方がユニコーンの角を下から弾き上げた。


 そして上を向いた首めがけて、二本の角で突きかかる。


 これで勝負は決まった。少なくとも、傍目にはそう思えるほどの鋭い突きだった。


 が、ユニコーンは信じがたいほどの脚力で地を蹴り、それを避けた。斜め前に跳び、さらに素早く向きを変えて今度はユニコーンが突きかかる。


 バイコーンは攻撃の勢いを殺さずそのまま駆け、角をかわした。そして背後から迫るユニコーン目掛けて後ろ足の蹴りを繰り出す。


 ユニコーンは首を反らしてそれをかわし、いったん足を止めた。


 バイコーンも仕切り直しと思ったようで、軽いいななきを上げてユニコーンに向き直った。


 凄まじいまでのハイレベルな戦いだ。群れのトップともなると、相当な強さということだろう。


 ただ、戦い自体はすごいものでも今の私たちにとっては迷惑でしかない。


 当然エレオさんも同じことを感じているようだ。


「タイミングが悪いな。はぐれる個体が出るのを待って仕留めたかったのに……」


 私たちの狙いは群れから離れてしまった個体だった。肉食獣もよくそうやって狩りをする。


 しかしこんな風に観戦に集中していたら、群れから距離のある個体など出ないだろう。


「仕方ない。二体の戦いが決着するまで待とうか。そしたらまた移動を始めるだろうから、そこで離れた個体を……」


 エレオさんがそこまで言ったところで、また激しい音が森中に響き渡った。


 ユニコーンとバイコーンが角をぶつけたのだ。


 角は突き刺されるのが一番怖いだろうが、横殴りにされるのもかなり効きそうだった。それに振る方が攻撃範囲も広いから厄介だ。


 二体は見ていて怖くなるほどの打ち合いをしながら、お互いにとって有利な立ち位置を求めて移動する。


 そして同時に大きくジャンプし、茂みのそばへと降り立った。


 私たちが隠れている茂みのそばへと。


「マズイ!下がるんだ!」


 エレオさんが私を押しながら素早く立ち上がった。


 直後にユニコーンとバイコーンの角が襲いかかってくる。


 さすがにこの距離まで近づけば私たちに気づかないはずがない。モンスターたちは人間二人にターゲットを切り替えていた。


 エレオさんは私を守るように立ちはだかり、腰の剣を抜いて迎撃した。


 剣を華麗に舞わせて角の連撃を捌いていく。


 それは役者さんが身につけているとは思えないような、熟練した動きだった。


 流れるような剣技に、私は思わず感嘆の声を上げた。


「エレオさん……強い!」


「ありがとう!強いほうがカッコいいから頑張って鍛えたんだ!」


 状況が状況なのだが、私の頬は苦笑で引きってしまった。


 カッコいいからここまで鍛えるって。本当に子供をすごくしたみたいな人だな。


(でも考えてみたら、子供っぽい願望って人の原動力としてはすごく強いものかも。それに間違いなく心が望んでることだし、叶えば嬉しいし)


 エレオさんは美しく剣を振りながら言葉を足してきた。


「それにさ、女の子を守れたほうがカッコいいでしょ!?」


 世の中は男女平等がどうとか色々言っているが、イケメン騎士様にそう言われて嫌な女子はまずいないだろう。


 私も思わずときめいた。


(エレオさん、やっぱりすごい人ではあるんだろうな。子供っぽいのもなんだか可愛い気もするし)


 それに願望は子供っぽければ子供っぽいほど、不思議とキラキラして感じられるものだ。


 大人としての生活を守りながらなら、そういったものを追う人生は悪くなさそうに思える。


 私はそんなことを感じながらレッド、ブルー、イエローのスライム三匹衆を召喚した。


 しかし、三匹にアタックさせるにはエレオさんとユニコーン、バイコーンの距離が近いように感じられる。


「タイミングを見てうちの子たちに攻撃させます!合図してから下がってください!」


「了解だよ!じゃあその前にちょっと撹乱!」


 エレオさんは自分の首を飛ばし、ユニコーンとバイコーンの間に向かわせた。


 突然切り離された頭部に二体は驚き、その体を一瞬硬直させた。


(上手い!)


 私はそう思ったものの、それは二体の次の行動ですぐに否定されることになる。


 どうやらユニコーンもバイコーンもかなり頭の良いモンスターのようで、すぐに首が飛んだことを受け入れた。


 しかも、先ほどまで敵同士だった二体が急に連携を取り出したのだ。


 バイコーンが二本の角でエレオさんの行く先を遮る。そして動きの鈍ったところをユニコーンの角が下から殴り上げてきた。


 エレオさんはそれをかわそうとしたが、わずかにかすってしまった。


 その小さな衝撃で脳震盪を起こしてしまったらしく、綺麗な顔が白目を向いて落ちていった。そして地面の上をゴロゴロと転がる。


 頭が意識を失ってしまったので、体の方も当然力が抜けて倒れた。


「エレオさん!」


 私は叫びつつ、スライムたちにアタックの準備を命じた。三体に意識を集中して魔素を込める。


 が、私は違和感を感じてすぐには攻撃をしなかった。


 エレオさんを無力化したユニコーンとバイコーンから、急に殺気が感じられなくなったのだ。


(な、何……?何だろう、これ……?何ていうか、むしろ好意のようなものを感じるんだけど)


 実際、二体はすぐにでも私に突きかかれる距離にいるにも関わらず、じっとこちらを見ているだけだった。


 そしてゆっくりと歩み寄ってくる。


(……そうか、私がユニコーンの好きな清らかな乙女だからだ。でも……バイコーンは何で?)


 私にはその理由が全く分からなかった。


 エレオさんが『バイコーンは淫乱な娘が好きなんだ』と言っていたのは覚えているが、バイコーンが私に好意を寄せる理由がさっぱり分からない。


(なぜだろう?私は完全な清純派女子なのに……)


 必死に現実から目を背けようとする私へ、ユニコーンとバイコーンは少しずつ近づいてくる。


 しかしもうすぐ手が届くというところまで来て、急に二体はビクリと体を震わせた。


 そして一歩後退あとずさる。


「え?どうしたの?」


 いぶかしむ私に対し、二体はものすごく挙動不審な態度を見せた。


 私に一歩近づいたと思ったら、また一歩下がる。そして頭を強く振り、足や尻尾をばたつかせる。


 か弱気な嘶き声は、恐怖の入り混じった混乱を感じさせた。


(もしかして……私の存在がユニコーンとバイコーンにとって未知のもので、だから混乱してるのかな?)


 私は間違いなく清らかな乙女だが、同時にこの世界に来てから得てしまった発情体質を併せ持っている。


 相反する二つの性質が二体を混乱させているのかもしれない。


 しかし、私にとってそれは受け入れ難いことだった。


 私は清純派女子なのであるからして、淫乱などという暗黒面には絶対に勝たなければならないのだ。


 私はできうる限りの清らかな表情を作り、ユニコーンへ微笑みかけた。


 そしてゆっくりと歩み寄る。


「怖がらなくていいよ。ほら?私はあなたの大好きな清らかな乙女なんだから……」


 そう語りかけながら、優しく手を伸ばす。


 ユニコーンはその手を見て、明らかにギョッとした。そしてブルブルと震えながら、私を恐怖の瞳で見つめてくる。


 私はその様子に少なからぬショックを受けたが、こうなってはこちらももはや意地だ。


 清純派女子として、何が何でも好きになってもらおうと思った。


「ほ〜ら、ヨシヨシしてあげるよ?私のヨシヨシはうちの子たちに大好評なんだから……」


 そう言って、ユニコーンの角を撫でてやった。


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330648012716509


 それでユニコーンの心は和み、私の膝枕でお休み……という未来を思い描いていたのだが、現実はまるで違ったものになった。


 私に角を撫でられたユニコーンは恐怖と混乱とが極地に達したらしく、失神して倒れてしまった。


 ブクブクと泡を吹き、完全に意識を失っている。


「ちょっと……それは失礼すぎない?」


 不満を口にした私の横で、バイコーンの角が揺れた。


 どうやらバイコーンも同じように怖がっているらしく、可愛そうなほど震えている。


「いや、あなたは離れていいんだよ?私はあなたの好きなやつじゃないから」


 そう言ってバイコーンの角を押す。


 すると先ほどユニコーンがそうなったように、バイコーンも精神が耐えきれなくなったようでその場に倒れ込んでしまった。


 同じように泡を吹いて失神している。


 私は非常に複雑な思いで二体を見下ろした。


 それから私たちの様子を遠目に見ていたユニコーンの群れへ目を向ける。


 すると、私の視線を受けたユニコーンたちは一斉に後退あとずさった。


 次にバイコーンの群れの方を見ると、やはり同じように後退られた。


 私はアレか。魔王か何かか。


 心に大きな傷を受けつつ、物悲しい感情をにじませた声で呪文を唱えた。


「……セルウス・リートゥス」


 青く光った私の指は、なんの抵抗もなく二体の体に沈んでいった。そして蔦状の紋様が浮かび上がる。


 ムクリと起き上がった二体に対して、私は名前をつける前に一つ確認をした。


「あなたたち、もし私のそばにいることが苦しいならうちの子になる必要はないよ。断るならこのまま逃がしてあげる」


 隷属魔法は成立したものの、先ほどの反応をされながらそばにいられるのも辛い。


 エレオさんには申し訳ないが、二体の意思を尊重しようと思った。


 しかし、念話で帰ってきた二体の回答は意外にも『もう怖くない』というものだった。


(え?なになに?……隷属魔法を通して私の魔素を受けたから、世の中には『こういうもの』もあるってよく分かった。だからもう怖くない、ってことか……)


 二体からの念話で、そういった趣旨の返事が伝わってきた。


 言われてみれば、確かによく分からないものには恐怖を感じるものだが、その存在を認知して受け入れてしまえば急に怖くなくなる。


 つまりは、そういうことだろう。


「よかった。じゃあ二人とも今日からうちの子だね。名前は……ユニコとバイコだ!よろしくね、ユニコ、バイコ」


 私は二体の角を撫でてやった。


 今度は先ほどとは違って嫌がられず、むしろ喜んでくれているのが伝わってきた。


「でも……あなたたちが認知できた『こういうもの』って、どんなもの?」


 私はふとそれが気になって聞いてみた。


 それは私の魔素から感じ取れる、私の本質のようなものなのだと思う。


 その質問に、ユニコとバイコは明確に答えてくれた。


 使役モンスターとの念話はあくまで抽象的なものであり、きちんとした言葉が伝わってくるものではない。


 しかし二体の返してきた回答は、無慈悲なまでにハッキリと私の中で一つの単語を結んでしまった。


 それに私がショックを受けているところへ、エレオが起き上がってきた。


 ようやく意識が戻ったようだ。


「んんん……あれ?もしかして、もう隷属完了しちゃったのかな?すごいね、クウさんは凄腕の召喚士だ……」


「違う!!」


 私は大声で否定の言葉を口にした。


 驚いたエレオさんは目を丸くして戸惑いの言葉をあげる。


「えっ……な、何が?」


 聞かれた私は答えなかった。


 もちろん先ほどの叫びはエレオの言葉を否定したものではない。


 だがそれを説明する余裕がないほど、私の心はユニコとバイコから伝えられた単語で埋め尽くされていた。


 しかし、その単語は口に出すのが少々はばかられるものだ。


 だから私は心の中だけで、また否定の叫び声を上げた。


(違う……私は『処女ビッチ』じゃない!!)



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆



 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈デュラハン〉


 デュラハンはアイルランドやスコットランドの民間伝承に登場する首無し、または首を抱えた妖精です。


 アンデッド騎士のようなイメージが強いデュラハンですが、一応妖精にカテゴライズされるみたいですね。


 その容姿の通り縁起の悪い存在で、デュラハンが訪れた家にはもれなく死もセットで訪れるそうです。


 首が切れているのはあくまで外見上の問題で、その本質的な役割は『死の予告者』というわけです。


 しかもその演出がすごくて、『家人にタライいっぱいの血を浴びせかける』という最悪な嫌がらせで予告するのだとか。


 めっちゃ迷惑。


 ちなみに『エレオ』の名前はアーサー王伝説に登場する『エレオーレス』という人物からいただきました。


 エレオーレスは決闘で首を斬られた後にその首を抱えて悠然と去った騎士なのですが、こっちは別にデュラハンというではなくただの魔法使いです。



〈ユニコーンとバイコーン〉


 ユニコーンは一本角、バイコーンは二本角の馬で、古くから様々な地域で語り継がれている幻想生物です。


 もしかしたらバイコーンの方は初めて聞いたという方もいるかもしれません。


 実際、ユニコーンが存在するからバイコーンが出来たのだろうと思われるほど色々真反対です。


 ユニコーンは白くて純潔の象徴、バイコーンは黒くて不純の象徴であるとされます。


 角の効能も作中で触れたとおり、解毒と毒化で対照的です。


 ただ双方とも非常に獰猛な生物であるという点は共通しており、なんとなく清らかなイメージを持たれるユニコーンですらモンスターに近い位置づけなんですね。


 この性格のせいでノアの方舟からも漏れてしまい、現代にはユニコーンが生き残っていない、という話まであります。


 そういうこともあってか、ユニコーンはキリスト教において『七つの大罪』とされる不徳の一つ、『憤怒』の象徴とされることもあるそうです。


 ちょっと悪魔的な扱いなんですね。


 まぁそもそも処女好きなんて時点でロクでもない生物な気はします(笑)



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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