第35話 アルゴス

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私はその人の美しく澄んだ瞳を見て、そんなことを考えた。


 多くの場合、人の容姿を最も強く印象づけるパーツは目だろう。


 だから女性は目の周りの化粧を頑張るし、鏡を前にすると、


『もっと大きな目だったら良かったのに』


『もしパッチリ二重だったら人生違ってたかも』


なんてことを思ってしまう。


 さらに言えば、目元のキレイな異性に見つめられると大抵の人はドキドキする。やはり目というものは大きな力を持ったパーツだ。


 そして今、私はこれ以上ないほど素敵な瞳に見つめられている。


 誰しも好みの形はあるだろうが、その人の目は整っていて、涼しげで、澄みきっていて、誰から見ても魅力的に見えるはずだ。


 この美しい瞳はもはやメスを誘っているとしか思えない。


「こちらは弊社『Hゴーレム』の研究員である、アルゴスのパノプテです」


 そのキレイな目をした男性を紹介してくれたのは、ゴーレム大好きノームのパラケルさんだ。


 今日も眼鏡と三角帽子がよく似合っている。


 私は今、Hゴーレム社の研究室にお邪魔している。


 よく分からない魔道具やフラスコなどが並んでいるが、以前に会社の備品を大量破壊してしまった身としては少し緊張してしまう。


(アルゴス……っていうのが種族名だよね?聞いたことないけど)


 私はパノプテさんという研究員を改めて眺めた。


 しかし瞳がきれいなこと以外は外見上の種族的特徴がなく、ごく普通の男性にしか見えない。


 ヒューマンではないのだろうか?


「はじめまして、モンスターの研究をしてるパノプテだよ。クウさんはヒューマンだって聞いてるけど……なんだかヒューマンにして変わってる気がするね。ちょっとしっかり見てもいいかな?」


「え?……ええ、いいですけど」


 よく見る?どういうことだろう?


 さっき出会った時からずっと見つめられてはいるのだが。


 意図のよく理解できない私は許諾の返事を返した。


 別に見られるくらい、どうということはないだろう。


「ありがとう」


 パノプテさんはキレイな目を細めて笑った。


 その目は見惚れてしまうほどに素敵だったのだが、次の瞬間、私の顔は驚愕と恐怖に引きつることになる。


 なぜならパノプテさんの顔中に、たくさんの目が開いたからだ。


 頬やおでこ、顎、鼻の先にいたるまで、あちこちに目が現れた。


「……っひ!!」


 後から考えたら失礼な話なのだが、私は小さな悲鳴を上げてしまった。


 ただ、予備知識無しでいきなり目の前の人の顔中にたくさんの目が現れたらビックリはするだろう。


 私の元いた世界なら完全にホラーだ。


「ん?もしかしてアルゴスを見るのは初めてかな?」


「は、はい……」


「アルゴスは体中に百個の目がある種族で、この目で他の種族には見えないものが見えるんだ」


「そうなんですね……変な声あげちゃってごめんなさい」


 体中に百個の目とは驚いた。


 よく見ると顔だけでなく、手にも目が現れている。


(本当に全身なんだ。っていうことは、胴体にも、足にも、お尻にも……)


 私の視線はパノプテさんの全身を回り、そして股間で止まった。


(ア……アレにも目があるのかな?)


 私はそのことに関して超興味津々になったのだが、さすがに真偽を聞くのは恥ずかしい。


 パノプテさんはそんな私の失礼な反応を笑って流してくれた。


「いや、こういう反応をされることもよくあるから大丈夫だよ。じゃあちょっと拝見……」


「待ってください」


 目を大きく開きかけたパノプテさんを止めたのはパラケルさんだ。


 パノプテさんの肩に手をおいて首を横に振る。


「社内内規でアルゴスが他人を透かし見ることは禁止されています。特にクウさんはお客様ですし、控えてください」


「あ〜……やっぱダメ?じゃあ仕方ないか」


 そう言ってパノプテさんは普通の所についている二個の目以外を閉じた。


(失礼だったとは思うけど、ビックリしたなぁ。でも、内規で禁止って?)


 私はパラケルさんの言葉の端に引っかかって尋ねた。


「透かし見る、ってどういうことですか?」


「ああ……そういえばクウさんは記憶喪失という話でしたね。多くのアルゴスは薄い物であれば遮蔽物があってもそれを透かして向こう側を見ることができます。つまり裸も見られるわけなので、社内内規で特別な場合を除き禁止されているんです」


 なんと!私はあわや裸を見られるところだったのだ。


 驚く私へ、パノプテさんはごく軽い調子で笑いかけた。


「いや、僕が興味があるのは裸なんかじゃなくて、さらにその中身だよ。普通の人にとっては普段隠しているから裸って特別なものなんだろうけど、アルゴスにとってはいつでも見られる何の価値も無いものなんだから」


 自分の裸に価値がないと言われるのは何とも言えない気持ちになるが、確かにそれはそうだろう。


 普段見えないからドキドキするわけで、いつでも見られたらそれは日常になってしまう。


「それでも規定は規定です。それより、今日パノプテさんが見るのはワイバーンロードでしょう?」


 そう、私が今日ここに呼ばれているのはワイバーンロードの研究のためだ。


 私は先日の討伐戦でワイバーンロードを隷属させた。


 しかし、それは今まで学術的には確認されていなかった七度目の脱皮を行った個体であり、非常に珍しいものらしい。


 しかるべき施設できちんとした調査をすべきという話になり、鑑定杖の大手メーカーでもあるHゴーレム社に来ているわけだ。


「すでに機械で取れるデータは全て取っていますから、あとはアルゴスの目で調べてもらうだけです。クウさん、お願いします」


「分かりました。ロー、出ておいで」


 私は格納筒をポンポンと叩き、ワイバーンロードを出した。


 他の子同様、この子にもちゃんと名前を付けている。


 ワイバーンロードだからローだ。今回もいい名前を付けられたと思うし、本人も気に入ってくれていた。


「そ、それが七度脱皮したワイバーンロード!!見せて見せて見せて!!」


 パノプテさんは頬を紅潮させ、ちょっと引くくらいの勢いで食いついてきた。


 飛んでいるワイバーンロードに顔を近づけ、凝視する。


 他の目を閉じておくのを耐えられないのか、顔中の目がうっすら開いてきていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……君……いいね……とっても素敵だよ……」


 パノプテさんはブツブツとつぶやきながら息を荒くした。


 なんだろう。申し訳ないけど、ちょっと気持ち悪い。


 そんなパノプテさんを横目に見ながら、パラケルさんがため息を吐いた。


「すいませんクウさん。この男は優秀な生物学者ではあるんですが、興味のあるものに対しては変態的なまでに熱中するんですよ。まぁ好きなものがあるのはいい事ですけど、周りが見えなくなるほど熱中してしまうのはねぇ……」


(いやいやいや。私は以前、熱中しすぎたあなたとゴーレムに大変な目に合わされてますけど?)


 私はその事を思い出しながら心の中だけでツッコミを入れた。


 大丈夫。今日はちゃんとゲストプレートを付けている。


 そして社内でも問題になったのか、ゲストプレートの針金も強いものに変えられていた。


 パノプテさんがワイバーンロードに震える手を伸ばしながら尋ねてきた。


「じゃ……じゃあ、もうイっていいよね?いいよね?イクよ?もうイっちゃうよ?」


(どこにだ?)


 やはり心の中だけでツッコミを入れた私に、またパラケルさんが説明してくれた。


「アルゴスの目は全身にあるので、きちんと調べる時には裸になってそれぞれの目で順次見ていくんです。だから裸になるための、それ用の別室に連れて行っていいか?ということです」


「ああ、なるほど。いいですよ。連れて行ってください」


「やったぁ〜!!」


 子供のような歓声を上げたパノプテさんは、ローを両手のひらで包んで走っていった。


 ローからの念話で強い不安を伝えられたが、『見られるだけだから大丈夫』と返事をしておいてあげた。


 といっても、あの感じだと見られること自体が怖いだろうけども。


 ただ、先ほどまでの魔道具を使ったデータ採取でもそうだったが、ローは傷つけられるような検査は一切受けていない。


 というのも、あまりに珍しくて貴重な個体すぎるので侵襲的な検査は無しという話になったのだ。


 私としても安心して預けられる。


「しばらく時間がかかりますので、クウさんはこちらへ。例の個体が拘束されている所へ行きましょう」


 パラケルさんはそう言って研究室を出ていった。私はその背中を追う。


 例の個体、とはドライアドのダナオスさんが捕らえたという強個体のガーゴイルだ。


 普通のガーゴイルより数段強く、一体で部隊一つを後退させたほどだと聞いた。


(っていうか、それをダナオスさんが捕まえたってことにビックリだけど。っていうか、っていうか、そもそもあの人戦わないって言ってたのに)


 何があったのかは詳しく聞いていないが、正面の方も大変な戦いだったらしいので色々あったのだろう。


 そのガーゴイルが拘束されている部屋に行く途中、私はパラケルさんにずっと聞きたいと思っていたことを口にしてみた。


「あの……パラケルさん、なんだか元気無いですよね?何かあったんですか?」


 何となくだが、ずっとそう思っていたのだ。どこか表情が暗い。


 パラケルさんは気づかってもらったことが嬉しかったのか、笑顔を返してくれた。


「ありがとうございます。実は、ゴーレムの開発予算が削られてしまって……それでちょっと凹んでいたんです」


「あぁ、なるほど」


 私はその理由に納得した。


 『ゴーレムを家族に』というのが夢である、ゴーレム大好きパラケルさんだ。


 その夢への資金が削られたのだから、元気がなくなるのも仕方ないだろう。


「先日のワイバーンロード討伐戦には開発予算を増やすために行ったようなものなのですが……反対になってしまいました。それもこれも、今から会うガーゴイルにかなり壊されたせいです」


「え?そのガーゴイルと戦ったんですか?」


「はい。クウさんのおかげもあって、あと少しで倒せたんですが……魔素が切れてしまって結局は倒しきれませんでした。あそこで勝っておけば上層部の印象も少しは……」


(え?私のおかげ?)


 私がどう貢献したのかはさっぱり分からなかったが、それを質問する前にガーゴイルの所に着いた。


 そしてその姿を見て、質問は頭からきれいに飛び去っていった。


「……なんでこんな縛り方になってるんですか?」


 頑丈な檻に入れられたガーゴイルは、いわゆる亀甲縛りになっていた。


 私はそれほど詳しくはないが、SMなどではポピュラーな縛り方だろう。


 しかも半裸の裸婦像のガーゴイルなので、すごくいやらしい感じになっている。


 問われたパラケルさんも困惑に眉を曇らせた。


「さぁ……?捕まえたドライアドの学生は『無我夢中で蔦を振り回したらこうなった』って言ってましたけど。でもそんな……ねぇ」


「……いや、あの人なら十分あり得ます」


 パラケルさんはその証言に半信半疑なようだったが、私には納得できた。


 あのドジっ子ドライアドには不思議とこういう特殊性がある。


「それで、このガーゴイルは本当に私が隷属させていいんですか?」


 私がここにつれてこられた理由がそれだ。


 せっかく強いモンスターを捕らえたのだから、召喚士に隷属させようという話になったらしい。


 パラケルさんはうなずいて肯定してくれた。


「ええ、お願いします。弊社は鑑定データを取得する都合上、契約している召喚士がいるのですが、このガーゴイルは魔質が高すぎて隷属させられないらしいんです。ですから、もしクウさんが隷属させられるならそうしてやってください」


 モンスターを使役するには、屈服させた上で隷属魔法をかける必要がある。


 ただし隷属魔法が成立するには、自分の魔質が相手よりも高くなければならない。


 私は魔質がやたら高いのでここで引っかかったことはないが、普通の召喚士はこれが原因で限界が生じるという話だった。


 これも召喚士が少ない理由の一つらしい。


「じゃあ、まずは屈服させますね。レント、出ておいで」


 私はトレントのレントを召喚した。


 そして檻の鉄格子越しに枝を伸ばさせる。


(多分、このまま枝で拘束したんじゃ屈服させたことにならないよね)


 私はそう思い、まずはガーゴイルの縄を解くことにした。


 拘束から開放されたガーゴイルは素早く起き上がり、檻越しに私たちへと攻撃してきた。


「キャアッ」


 私は軽い悲鳴を上げたが、檻の隙間から手を伸ばしても私たちには届かない。


 逆にレントの枝がガーゴイルを襲った。


「……は、速いですね!」


 私は驚いた。


 ガーゴイルは驚くべき速度と身のこなしで何本もの枝を見事にかわしたのだ。


 実際に戦ったパラケルさんは、私の横でウンウンとうなずいていた。


「そうなんですよ。弊社のマモル君四号も、普通には攻撃を当てられませんでした」


「じゃあ卑怯なようですけど、多対一にします!」


 私はスライム三匹衆、レッド、イエロー、ブルーを召喚した。


 スライムたちは体を変形させ、ニュルリと鉄格子の隙間を通って中に入る。そして中を跳ね回りながらガーゴイルの動きを牽制した。


 さすがのガーゴイルもこの三匹を相手にして逃げ続けられはしない。


 特にイエローは速いし、ブルーは相手の動きを冷静に読める。


 すぐに隅へと追い詰められたガーゴイルはレントの枝で無事拘束された。


 枝に引っ張られてこちらまで来たガーゴイルへ、私は指を伸ばした。


「できれば痛くしたくないから、もう降参してね。セルウス・リートゥス」


 青く光った指がガーゴイルに沈み、その全身が光ってから、体に蔦のような紋様が現れた。


 隷属魔法の成立だ。


「よしっ。君の名前は……ガー子ちゃんだ。よろしくね、ガー子ちゃん」


 女の子のガーゴイルだから女子っぽい名前にしてみた。


 うん。今までにない、いい感じだ。


「すごい!クウさんの魔質は本当に高いんですね!」


 パラケルさんがそう褒めてくれた。


(この世界に飛ばされる時に召喚士としての才能を強化されたからね。ついでに発情体質なんて厄介なものまで付けられちゃったけど……)


 私はそこで、ふと閃くことがあった。


「……あの、さっきパノプテさんが私のこと見て『ヒューマンにしては変わってる』って言ってましたよね?それって、生物学者さんの目から見て違和感があったっていうことですか?」


「うーん……そうですね……彼はとにかく生き物を見て、調べて、研究するのが好きな男で、そういうことに関しては恐ろしほど高い能力を持っています。その目で見て違和感があったというのは確かなのだろうとは思いますが……あんまり気にしなくていいですよ。普通の二つの目で見えることはそう多くないでしょうし」


 パラケルさんは私に気づかってそう言ってくれたようだったが、むしろ私としては異常がはっきり見える方がありがたいかもしれない。


(もしかしたら、あのお爺さんに付与された発情体質の原因が分かるかも?原因が分かれば対処法も見つかるかもしれないし。そして、正真正銘の清純派女子に!!)


 私はそう考え、腹を決めた。


「もし可能なら、念のためパノプテさんに私の体を調べてもらいたいんですけど」


「え?まぁ、本人の希望ということなら構いませんが……」


「お願いします。何か悪いところがあるなら知りたいですし」


 私はそう理由をつけ、パノプテさんにしっかり見てもらうことにした。


 恥ずかしい気持ちがあるのは確かだが、それで発情体質がなんとかなるなら是非とも見てほしい。


 私とパラケルさんが研究室に戻った時、ちょうどパノプテさんとローも戻ってきたところだった。


 パノプテさんは鼻息荒く、興奮冷めやらぬ様子だった。


「いやぁ〜いいものを見せてもらったよ」


「何か分かりましたか?」


 その様子から何か大発見でもあったのかと思ったが、パノプテさんは大きく首を横に振った。


「いや、なんにも」


「え?」


 自信満々にそう言われたので、私は思わず聞き返してしまった。


「なんにも?」


「まぁなんにもっていうか、その個体はワイバーンロードが小さく弱くなったものだってことくらいしか分からなかったよ。僕の目に見える限り、身体構造も脱皮後に残されたワイバーンロードの死体とあまり変わらなかったしね。それがすごく小さくなったってだけで」


「そうですか……でも、それにしてはやけに嬉しそうですね」


「そりゃそうだよ。ワイバーンロードって言ったらすごく大きなモンスターなのに、それがこんなちっちゃなミニチュアになっちゃって。可愛いよね〜」


 ああ、そういう感覚なのか。


 確かにそれなら私にもちょっと分かる。


 ローは蚊よりもちょっと大きいくらいのサイズなのに、よく見たらちゃんとドラゴンの形をしているのだ。


 ちょっと可愛らしくデフォルメされたシルエットにはなっているが、基本的にはちゃんとドラゴンしてる。


 すごく小さいものがちゃんとした構造しているミニチュアは、確かに見ていて楽しい。


 パノプテさんは軽く首を傾げて尋ねてきた。


「でも、それ使役しても戦力にはならないでしょ?」


「そうなんですよ。元ワイバーンロードとはいえ、さすがにこのサイズじゃ魔素込めても戦えませんね」


「そっか。元に戻る方法とか、本人にも分からないのかな?」


「分からないし、そもそも元に戻れるのかも不明です。っていうか、私に潰された衝撃で色々忘れてしまったみたいで……それ以前の記憶が曖昧らしいんですよ」


 ローに念話で色々聞いてみた回答がそれだった。


 ワイバーンロードはかなり頭がいいモンスターだという話なので期待していたのだが、残念ながらその知識は使えそうにない。


(っていうか、自分の手で本物の記憶喪失を作ってしまうとは……)


 元危険なモンスター相手とはいえ、なんだか申し訳ない気持ちになった。


 私はこの世界に来てから記憶喪失という設定を使っているが、本物の記憶喪失は大変だろう。


 もうローもうちの子になったことだし、良くしてあげよう。


「ところでさ、クウが片付けたモンスターの死体ってもう出せないの?」


 パノプテさんは私の格納筒に視線を落としながら尋ねてきた。


「ワイバーンロード討伐戦で倒したモンスターたち、たくさん吸ったんでしょ?」


 そう、私はワイバーンロード討伐戦が終わった後も、死体処理の目的でかなり酷使されたのだ。


 私の格納筒には魔素を込めるとモンスターの死体を吸い取るという特殊な能力がある。


(強いモンスターの死体を他のモンスターが食べると、食べたモンスターが強くなっちゃうらしいんだよね)


 だからドラゴンであるワイバーンの死体など絶対に放置できない。


 普通は素材となる部位を剥いだ後に焼却処分などするらしいのだが、今回は私がいたのでだいぶ楽ができたとフレイさんが喜んでいた。


 ちなみに死体がバラバラになっている場合、格納筒は一番大きな部位のみを吸い込む。


 ケイロンさんとの検証でそれはすでに分かっていて、素材になる部位は事前に剥いでおけば吸い込まれずに済んだ。


「ごめんなさい。吸い込んだ死体はもう出せないんです」


 おそらく研究者としてはその死体からも色々調べたいのだろう。


 申し訳ないが、それはできない。


「そっか。まぁ仕方ないよね」


「代わりと言ってはなんですけど、私の体を見ませんか?」


(私……今ちょっと恥ずかしいこと言ったな)


 そのことにドキドキしたものの、一度腹を決めたのだからしっかり見てもらおうと思った。


 パノプテさんはその提案に食いついた。


「えっ?いいの?」


 顔中の目をちょっと開きながらパラケルさんの方を見る。


 パラケルさんはうなずいて応じた。


「ご本人の希望ということなので、いいでしょう。あくまで異常がないかを調べるためですからね。くれぐれも失礼の無いようにしてください」


「やった!じゃあこっち!」


 パノプテさんは私の手を引いて歩き出した。


 先ほどローと一緒に向かった部屋の方だ。


(こ、ここですぐ見るんじゃないの?っていうことは……)


 私はてっきり出会った時にそうされかけたように、その場で見られるだけかと思っていた。


 しかし、許可を得たパノプテさんはがっつり私を調べようと思ったのだろう。


 別室はパノプテさんが裸になって全身の目で対象を見るための部屋だ。


 ということは、私は全裸のパノプテさんと対面することになる。


「ここだよ。この部屋。はい、これ」


 小さな部屋に入ったパノプテさんは、私に黒い布を手渡してきた。


「え?これって……」


「目隠しだよ。さすがの僕も自分の裸を女性に見せつけるのが悪いことだってのは分かるから。でも僕の方が裸になるのは許してね。それは検査の都合上、仕方ないことだからさ」


「わ、分かりました……私の方は服を着ててもいいんですよね?」


「本当は検査対象も裸のほうがいいんだけど、まぁ大体のことは分かるからそのままで大丈夫だよ。そのまま部屋の真ん中に立っててくれていたらいいから」


「はい」


 つまり私は目隠しをした状態で、全裸の男性に体の隅々まで、裸どころか内部まで見られることになるわけだ。


(な、なんだかものすごくいやらしい事になってる気がするけど……)


 しかし、それもこれも発情体質を治すためだ。そのためには腹をくくらなければならない。


「お、お願いします」


 私が目隠しをすると、すぐにパノプテさんの方から衣擦れの音が聞こえてきた。


(は、裸になってる……それに、私の裸も見られてる……)


 私自身はちゃんと服を着ているわけだが、それでもアルゴスの目には服なんて意味がないのだ。


 全裸で向き合っているようなものだった。


(パ、パイのパンパカパンなこともバレてるよね……)


 そう思うとさすがに恥ずかしい。


 恥ずかしいが、恥ずかしさになぜかムラムラしてしまう。


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330647887949760


(それに、いま目隠しを外したらアレが確認できるな……アレにも目が付いてるのかどうか……)


 実際に目隠しを外す勇気はなかったが、代わりに私の頭の中ではあらゆる妄想が爆発した。


 付いてるとしたらどんなだろう?あんなかな、こんなかな……


 あれこれ妄想すると私の体は熱くなり、呼吸が荒くなってきた。


 それを隠すためにパノプテさんに話しかける。


「ア、アルゴスの目ってすごいですね。他の種族には見えないものが見えるって、どういう感じなんですか?」


「ちょっと説明しづらいなぁ。光としては、可視光よりも広い範囲の波長が見えるわけなんだけどね」


「可視光よりも広い……」


「そう。他の種族って高い波長の光は紫まで、低い波長の光は赤までしか見えないけど、僕らアルゴスにはさらにその向こうの色が見えるんだ。紫外線とか赤外線とか。何色かって言われても、他の種族には見えない色だから伝えようがないけど」


「私たちには見えない色が見えるって、なんだか素敵ですね」


「そうかもしれないね。それプラス魔素を見ることで色々と分かるんだよ。僕らの目は魔素をよく映すから」


 なるほど。私たちには見えない光と魔素を映して私の体を視姦、もとい検査してくれているわけだ。


(でもなんか……見られていると思うと、どうしてもドキドキしちゃう……私の体、変じゃないかな?)


 私は少し不安になりながら聞いた。


「ア、アルゴスにとって裸は価値がないって言ってましたけど、じゃあアルゴスには好みの体つきとかってないんですか?」


「アルゴスは大抵、体なんかよりも目を見るよ。やっぱり目の種族だから、目が魅力的な人を好きになるね」


「目?じゃあ、パノプテさんはモテモテでしょ?すごくキレイな目をしてますし」


 私は本音でそれを言ったつもりだったのだが、パノプテさんは冗談でも言われたように笑い声を上げた。


「あっはっは。僕なんて全然モテないよ」


「そうなんですか?でも、そんなに整った形の目をしてるのに……」


「あ〜、他の種族は整ってる目が好きだよね。あと大きな目とか、パッチリ二重とか」


「え?アルゴスは違うんですか?」


「全然違うね。むしろすごく小さな目とか、ちょっと潰れたような目とか、それこそ左右非対称の目ってのもすごく魅力的に感じるよ。っていうか、整ってるからって魅力的っておかしいよ。どんな美術品でも必ずどこか歪みがあって、それが魅力的なんじゃないか。キレイに引かれただけの線を見ても、何の面白みも無いじゃない」


「まぁ、それはそうですけど……」


 全国の目コンプレックスさんに聞かせたいセリフだ。


 それに言われてみれば、整っていれば魅力的っていうのは確かにおかしい気がする。


 そういえばメディアに出ているような女優さんや俳優さんでも、明らかに整っていない顔をしている人が多い。


(どんな顔でもそれぞれの魅力があって、その魅力をどう表現するか、どう感じるか次第ってことなのかな)


 そう思うと、顔の形であれこれ悩むのはただの損な気がしてきた。


「それにね、どんな目にもその人の心が宿るんだ。それは形が整っていることよりも強く魅力を発信していると思うよ。クウの目にも不思議な魅力があるね……よし、終わり」


 それは話が終わりというわけではなく、私の視姦、もとい検査が終わったということだ。


 私はパノプテさんが服を着終わってから目隠しを外した。


 パノプテさんの目もすでに二つ以外は閉じている。


「どうでした?何か異常はありませんでしたか?」


 パノプテさんは腕を組み、首を傾げてから唸った。


「う〜ん……異常はなかったんだけど……ごめん、違和感の理由は分かんなかった。どこか普通のヒューマンと違う感じがするんだけど、何がそう思わせているんだろう?」


 結局何も分からずじまいか。


(うぅ、結構恥ずかしい思いをしたんだけど……)


 まぁ結果は結果として仕方ない。


「とりあえず、目に見えて悪い所はなかったんですよね?」


「そうだね。体は健康体だと思うよ」


 それが分かっただけでも良しとしよう。


「あ、ただ……」


 パラケルさんはふと思い出したように付け足した。


「卵巣を中心に、不思議な強い魔素が見えたね。別に病気とかじゃないし、むしろその機能がすごくしっかりしてるってことなんじゃないかと思うけど」


「卵巣……っていうと、赤ちゃんの素が出来るところですよね。あと、女性ホルモンが出たりするんですっけ?」


「そうそう。女性ホルモン、エストロゲンが出るところだね。僕みたいな生物学者はエストロゲンのことを『発情ホルモン』なんて言ったりもするけど」


「は、発情ホルモンっ!?」


 何の収穫もなしかと思いきや、いきなり核心をついた単語が出てきた。


 エストロゲンというのはよく耳にするが、発情ホルモンだという話は初耳だ。


 私はちょっと前のめりになりながら尋ねた。


「エ、エストロゲンってそんな作用があるんですか?」


「そうだよ。発情期じゃない動物や卵巣を摘出した動物にエストロゲンを投与すると、発情状態を再現できるんだ。そもそもエストロゲンっていう単語の語源は『発情』って意味の『estrus』と、『生じる』って意味の『gen』だからね」


 それは知らなかった。


 エストロゲンは女性ホルモンで肌とかに良いっていうイメージしかなかったが、まさか発情ホルモンでもあるとは。


 そして、そのエストロゲンを作る私の卵巣は強い魔素を発している。


「あの……それで体に悪い影響とかは……?」


 ちょっと不安そうに聞く私に、パノプテさんは安心させるような笑顔を向けてくれた。


「心配無いよ。っていうか、むしろさっきも言ったようにその機能がすごくしっかりしているってことだと思えばいいから」


「そうですか……で、でも、例えばなんですけど、それで人よりすごく発情しやすい体質になったりとかは……」


「ん〜……関係ないとは言わないけど、基本的に人間の場合はエストロゲンを投与したからといって発情状態にはならないんだ。大脳が発達してるから、理性の方が勝っちゃうんだろうね」


「そ、そうなんですね。理性が勝つ……」


 ということは、体を見られただけでドキドキムラムラハァハァしちゃった私は、理性が足りなくてすぐにサカってしまう動物並の娘って事になるんだろうか?


(……いや、そんなことは断じて無い。私はまごうことなき清純派女子のはずだ)


 自分にそう言い聞かせつつも、解決策を求めてパノプテさんにまた尋ねた。


「その部分の強い魔素って、なんとか普通に戻せないものなんですかね?」


「それはちょっと難しいと思うし、別に戻す必要もないと思うけど。今なにか自覚症状で困ってたりするの?」


「え?いや、別に……自覚症状は……無いですけど……」


 さすがに『誰彼構わず、見境なく発情してしまうんです』とは言いづらかった。


「で、でも何かの魔法でこうなってるかもしれませんし」


「いやいや、ありえないよ。魔法ってのは込められた魔素が切れたら消えちゃうものなんだから。ずっとその状態が続いているならそれは魔法じゃない。もしこれが人為的に作られた状態なんだとしたら、それは『魔法』っていうよりも『神々の呪い』だね」


「か、神々!?呪い!?」


「うん。伝説に出てくるような神々ならそういったことが出来るって話だけど、多くの場合それはもう『魔法』じゃなくて『呪い』って呼ばれるね」


 なんてこったい。私の発情体質は神々の呪いなのか。


(……薄々思ってはいたけど、あのお爺さんはやっぱり神様だったのかな?)


 この世界に私を飛ばしたお爺さんの顔を思い浮かべて、私は頬を引つらせた。


 普通の魔法ならなんとかして解こうと思えるが、果たして神々の呪いがが解けるだろうか?


「まぁ神々とか呪いとかなんて、あくまで神話の世界の話だけどね。僕たち生物学者にとっては空想小説と同じようなモンかな」


 しかし私はその神様っぽい人に実際に会ってしまっている。


 明るく笑うパノプテさんの横で、私は絶望のため息を漏らしていた。



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈アルゴス〉


 アルゴスはギリシア神話に出てくる巨人で、百個の目を持っています。


 『パノプテース(普見者)』という異名を持つことから、パノプテを名前として採用しました。


 百の目は交代で睡眠を取るため、『どこかの目は必ず起きている』という特殊な生態を持っています。


 脳を半分ずつ眠らせるイルカみたいですね。 


 アルゴスは怪物退治などで活躍したカッコいい巨人なのですが、その最期がちょっとカッコ悪い。


 なんと浮気の見張り役をさせられている最中に殺されたのです。


(一説には見張りに失敗したことを責められて殺された、とも)


 最高神ゼウスの奥さんが旦那の浮気を防ぐため、アルゴスに夫が執心中の娘を監視させました。


『こいつは完全に寝ないから監視役にはうってつけだな』


 とか思われたわけですね。


 しかし、その娘を取り返しに来たゼウスの手下に殺されてしまいました。


 笛で眠らされて首を刎ねられたとか、遠くから石をぶつけられたとか言われています。


 なんとも締まらない状況での最期に思えて気の毒です。


 さすがに神様たちも悪いと思ったのか、アルゴスを悼んでその目を孔雀の羽根に飾ったそうです。


 それで孔雀の羽には目の模様がたくさんあるのだ、という話になっているわけですね。


 ただ、実際の孔雀の羽根にある目の模様はだいたい百数十個らしく、アルゴスの百個の目では足りないんですよ。


 残りの目は一体どこから来たのでしょうか?(笑)



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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