第34話 ワイバーンロード討伐戦4
(何あれ……誘ってるのかしら?)
私はこの世のものとは思えないほど柔気持ちいい感触に包まれて、そんなことを考えた。
有り体に言えば、私は今おっぱいに挟まれている。
しかも超絶美人のお姉様二人のおっぱいに前後から挟まれているのだ。
「クウ様、寒くはありませんか?」
後ろから私を抱きしめているお姉様が、耳元でそう尋ねてきた。
その甘い吐息が私の神経をくすぐり、ゾクゾクとした快感が全身を走る。
「だだだ、大丈夫です!むしろ何か体が熱くなります!」
私はどもりながら必死に答えた。
お二人のおかげで実際に体は熱くなっていたが、肌に触れる空気は確かに冷たい。
それも仕方がないことだろう。私たちは今、上空ニ千メートル以上の高さの雲の中にいる。
気温は百メートル上がるごとに0.6度下がると言われているから、地表よりも十二度前後は低いのだろう。しかも風も強いので、寒いのは当たり前だ。
「クウ様ったら、強がらなくてもいいんですよ?普通のヒューマンはいきなりこんな高さに連れてこられたら、恐ろしさで寒くなくても震えてしまいます。まともに喋れないのだって当たり前ですよ」
どうも私がどもった理由を勘違いされているようだ。
あなたがそうやって優しくささやくからです。
「でも大丈夫。私たちがしっかり掴んでいますから」
お姉様方は私を抱く腕に、さらに力を込めた。必然的にお二人の豊満なおっぱいがより押し当てられる。
(おっほほ〜天国じゃ〜)
私は心の中で親父っぽい歓声を上げながら、少し離れたところを飛んでいる男性を横目で見た。
ヴァンパイアの始祖、ヴラド公爵だ。
そして私を挟んでいるおっぱい、もとい、超絶美人のお姉様方はヴラド公に忠誠を誓ってヴァンパイアになった眷属たちだ。
つまるところ、ヴラド公は普段からこんな美人たちを独り占めしているということになる。
なんて裏山けしからん事だろう。
「クウよ、それほど緊張しなくてもいいぞ。お前のことは私が守ろう。お前は私の未来の第二夫人なのだからな」
ヴラド公は笑ってその長い犬歯を見せた。
眷属のお姉様方が私に丁寧な言葉遣いをするのは、これが理由だ。ヴラド公は私のことを将来的に
(でも、やっぱり第二夫人なんだな)
私はむしろ、その言葉の方が気になった。
ヴラド公の正妻であるアルジェさんはすでに亡くなっており、死者を操る禁術ネクロマンシーによって動く死体になっている。
しかし、それでもアルジェさんが第一夫人なのは変わらないのだ。その地位は死んでなお空席にはならない。
それほどアルジェさんは大切に思われている。彼女は私とほとんど同じ顔をしているが、ヴラド公の中では悲しいほど明確な違いがあるのだろう。
そのアルジェさんも眷属のお姉様二人に抱えられて飛んでいた。
(アルジェさんも戦えるらしいんだよね)
私にはそれが意外だった。目元のホクロ以外は私と瓜二つなため、強いイメージが湧きづらい。
しかし、そもそもネクロマンシーは死体を操って戦う魔術だというから、戦力になるのは当たり前なのだろう。
「おい、ヴラド公。俺もクウや奥方みたいに抱きしめて浮かすよう言ってくれよ」
その言葉に首だけ振り向くと、ミノタウロスのアステリオスさんが眷属のお姉様四人に手首を掴まれてぶら下がっていた。
どうやら私のようにおっぱいに挟まれたいらしい。
ヴラド公はその要求を鼻で笑った。
「狂戦士アステリオスよ。我が眷属にはその手の接客は行わせておらんのでな。お前のように卑猥な認識を持つものには極力触れさせんことにしている」
(ひ、卑猥な認識……)
私は申し訳ない気持ちになって、ちょっぴりうつむいた。
ごめんなさい。私もそんな認識を持ってしまいました。
(っていうかアステリオスさん、狂戦士って呼ばれてるの?確かにむちゃくちゃ強いけど……)
私は以前、アステリオスさんがシバさんとキジトラさんを蹂躙した時のことを思い出した。
あのヤバい戦いぶりは、確かに狂戦士っぽかったが。
ヴラド公に揶揄されたアステリオスさんの方も、別に本気ではなかったらしい。冗談っぽく鼻を鳴らして応じた。
「だがよ、これ以上さみぃのは勘弁だ。そろそろ降りていいんじゃないか?」
全員の顔が私の方を向いた。
ざっくりした作戦時間に関しては決められていたが、最後の判断は私の情報が頼りになっている。
私は緊張とともに、山をぐるりと飛び回らせている八咫烏のヤタに念話で状況を尋ねてみた。
山のモンスターたちは、いい感じに地上部隊へと引き寄せられているらしい。ケイロンさんの立てた作戦が図に当たっているということだろう。
作戦ではまず、山道のある正面から大部隊で攻め込み、敵の大部分を集中させる。
そしてその隙を突き、手薄になった裏側から別働隊が山頂まで駆け上ってワイバーンロードを倒す。
……と見せかけて、実はその部隊も囮で、ワイバーンロードの手元戦力をさらに分散させたうえで上空に待機した私たちが空から強襲する、というのがその全容だ。
「別働隊が姿を見せてから、ワイバーンロードの周囲からもかなりのモンスターたちが向かわされたみたいです」
つまり一回目の罠には警戒してかからなかったが、それを見抜いた安心によって二回目の罠には引っかかってしまったということだろう。
さすがはケンタウロスの賢者が立てた作戦だ。
モンスターたちは主戦場と別働隊に集中しており、ヤタも場所に気をつければ山を飛び回れるほどになっているようだった。
ヴラド公は時計を出して時間を確認し、それから私に尋ねてきた。
「ワイバーンロードの元から放出された戦力は、もうだいぶ離れたのか?」
「そうみたいです。別働隊が現れてからすぐに出されたようですし」
「ワイバーンロードの位置は相変わらずだな?」
「はい。山頂から動いていません」
これ以上待つ理由はない。
ヴラド公はそう判断したのだろう。一度大きく息を吸い、それから深く吐き出した。
そして私たちに強襲の実行を命じる。
「全員、降下しろ。死ぬことは許さんぞ」
その言葉と同時に、私を支えていたお姉様方からかかる力がふっと抜け、自由落下に移った。
体の芯を触られるような浮遊感が私の神経を襲い、大木のダンジョンで落下死しかけた記憶が蘇る。
あの時はTバックのレースを魔素で伸ばし、蝶の羽根のようにして何とか助かった。
今回は眷属のお姉様方がいるのであんな事はしなくて済むとは思うのだが、それでも念の為にあのTバックをはいてきている。
(でも、こんな大人数の前で絶対にやりたくないな……)
私は強くそう思った。
『Tバックで空を飛ぶ女』の異名は御免こうむりたい。
唯一の目撃者であるサスケがあの事を話題にしそうになった時には、睨み殺すつもりで思いっきりガンつけてやっている。
(それにしても……スカイダイビングって、あんまり好きになれそうにないかも!!)
心の中でそう叫びながら全身に風を受けた。浮遊感もそうだが、この風も私の恐怖心を煽る。
雲を抜け、高度が下がるにつれて山の様子が見えるようになってきた。主力部隊と別働隊が奮戦しているのが何となく分かる。
そして目的の山頂に、ポツンと小さな粒が見えた。
それは初めあまりに遠いためただの粒に見えたのだが、それは紛れもないこの山の支配者、ワイバーンロードだ。
よく見ると、その周囲にも十数体のさらに小さな粒たちがいる。恐らく護衛として残されたワイバーンたちだろう。
(思ったほどの数じゃないな)
私はそう思った。やはりこちらの作戦に釣られて手持ちのモンスターを放出してしまったせいだろう。
初めは小さかった粒がだんだんと大きくなり、やがてはっきりとドラゴンとしての形を持った。
そしてちょうど顔立ちまで分かってきた頃に、それまで地に伏せていたワイバーンロードがおもむろに立ち上がった。
凶悪さを滲ませた瞳が、ゆっくりと私たちのいる空を見上げる。
「……総員、回避ぃ!!」
ヴラド公の絶叫が空にこだました。
次の瞬間、ワイバーンロードの口から細長いビルのようなサイズの火炎が吐き出される。
「……!!」
私は恐怖とGに耐えながら歯を食いしばった。
ヴラド公と眷属のお姉様方は急旋回し、火炎のブレスをかわす。
全員が何とか避けられたものの、熱風にあおられた肌がチリチリする。生存本能を焦がすほどの熱量が感じられるブレスだった。
(気づかれた……でも、もう遅い!!)
私は恐怖しながらも、期待を込めてヴラド公を見た。
そのヴラド公はブレスをかわしながら、すでにワイバーンロードに向けて手をかざしている。
そして発動された。
串刺し公の、血の
血のような色のシミが地面に広がり、そこからおびただしい量の血槍が伸び上がった。
今回は今まで見たのとは違って範囲が狭い代わりに、かなりの太くて長い槍が多い。
この状況でワイバーンロードがこの魔法から逃れるのは至難の業だ。なす術もなく体中を貫かれ、苦しげな悲鳴を上げた。
(でも上位種のドラゴンって、これでも死なないからビックリだよね)
このワイバーンロードは以前にもこの槍衾を喰らっている。
しかしその状態から飛翔して逃げ去ったのだ。
果たして今回も体中を貫かれた状態で翼を広げ、風魔法を発動して飛び上がろうとした。このままではまた逃げられてしまうだろう。
ただし、今回はこちらも準備万端だ。
眷属のお姉様方から手を離されたアステリオスさんが、大斧を頭上にかざして飛び込んで行った。
「おいおい、お帰りにはまだ早ぇだろう!?こいつも喰らってけよ!!」
叫びながら大斧を上位龍の首に振り下ろす。
ワイバーンロードというモンスターのサイズは、もはや怪獣だ。
背丈は普通のワイバーンの十倍以上あるし、当然その分だけ鱗も厚いはずだ。
しかしワイバーンロードにとって不幸なことに、こちらのミノタウロスも十分過ぎるほどの怪獣だった。
莫大な魔素を込められて振り下ろされた大斧は、明らかに自分よりも大きなサイズの首を一刀で両断した。
「っしゃあ!!」
確かな手応えを感じたアステリオスさんは気合の声を上げた。
しかし、ヴラド公が注意を促す。
「まだだ!これからだぞ!」
そう、まだこれからなのだ。
ワイバーンロードの首は大斧で完全に切断されて落ちた。しかし、まだこれからがある。
私は作戦前にケイロンさんから聞いた話を思い出していた。
****************
「『竜王は七度脱皮する』という伝説を聞いたことがありますか?」
「七度脱皮……?いえ、聞いたことないです」
「失礼、クウさんは記憶喪失なのだから当たり前ですね。上位種のドラゴンたちの中には『竜王』と呼ばれる存在がいます」
「竜王って、なんだかすごく強そうですね」
「強いですし、厄介なことに他のモンスターたちを従える能力を持っています。そしてさらに、死んでも脱皮することで新たな命を得て蘇ることができるのです。ワイバーンロードもその竜王の一つです」
「じゃあ七回生き返るんだから……八回殺さないと死なないってことですか?」
「いえ、実は脱皮で蘇るのが確認されているのは六回までです。伝説はおそらく、死後の世界への脱皮を一回にカウントしているのだろうと言われていますね」
「つまり、七回殺さないと死なないモンスター……」
「そうです。これが竜王たるワイバーンロードの恐ろしいところです」
****************
私はこの話を聞いて、ヴラド公が以前にお城でワイバーンロードを仕留めるのを諦めた理由がよく分かった。
一度殺すのすら難しい上位種のドラゴンを七度も殺すなんて、よほど準備していないと無理だろう。
(でも、今はヴラド公とアステリオスさんがいる!)
ヴラド公が血の槍衾で動きを止め、アステリオスさんがとどめを刺す。それを七度繰り返すのだ。
(そして私たちはそれのサポート!二人が邪魔されないように、周りのモンスターを仕留める!)
地に降ろされた私は盾を構えるのと同時に、手持ちのモンスターをすべて召喚した。出し惜しみできる状況ではない。
周囲には十数体のワイバーンをはじめ、いくつもの種類のモンスターたちが配備されている。
ケイロンさんの作戦でかなり減らされたとはいえ、それでもこれらが同時に二人を襲ってきては、ワイバーンロードを仕留めるどころの騒ぎではないだろう。
私は手元に自分を守るためのドラゴンハンズ、カクさんだけを残して、他をヴラド公とアステリオスさんの近くにいるモンスターに向かわせた。
特にガルはドラゴンすら捕食するガルーダの子供だ。本能的に恐怖を感じるのか、ガルが通っただけでワイバーンたちは一歩退いた。
そのガルが大きく旋回した時、アステリオスさんに首を斬られたワイバーンロードの体から、バリッ、という大きな音が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、背中が裂けて中から何かが出てこようとしている。
鱗を割って現れたそれは、一回り小さくはなってはいたものの、間違いなくワイバーンロードだった。
その位置をしっかり確認したヴラド公は、すぐに地面に向けて手をかざした。
「第二幕の始まりだ……ただし、すぐに終幕にしてしまうがな!!」
生まれ変わったワイバーンロードが羽ばたいて飛び立とうとするのと、ヴラド公の血の槍衾が伸び上がるのがほぼ同時だったろう。
全身に槍を受けたワイバーンロードは穴だらけにされて動きを封じられた。
そこへアステリオスさんが大斧を振りかぶり、ジャンプして斬りかかる。
「はぁっ!!」
気合の声とともに、再び凄まじい斬撃を繰り出した。もはや人間技とは思えない
憐れな二度目の命は、生まれてからほんの数秒で首とともにポトリと落ちた。
(いける!)
私は鮮やかな手際にそう確信した。
二人をきちんとワイバーロードに集中させてあげさえすれば、おそらく予定通りに倒せるだろう。
私は魔素の補充薬を飲んでからガルに命じた。
「ガル、ゴッドバード!!」
ガルの体は光を発しながら超高温を帯び、一体のワイバーンに向かって飛翔していく。
ワイバーンは翼をバタつかせてよけようとしたが、ガルのほうが断然速い。高熱の翼に体をえぐられ、地に落ちて動かなくなった。
「よし!」
周囲のモンスターたちと戦っているのは私ばかりではない。眷属のお姉様方も戦っている。
ヴァンパイアはヴラド公のような始祖でなくとも十分に強い。空も飛べるし、膂力も凄まじいのだ。
素手でモンスターたちを蹂躙する絶世の美女たちはかなり見応えがあった。
ただし彼女たちは倒したモンスターの血をすすりながら戦うので、多少のスプラッターを覚悟する必要はある。
とはいえ、私の中での今日一番の見応えは眷属のお姉様方ではなかった。ヴラド公の死体妻、アルジェさんだ。
アルジェさんは私と同じヒューマンだが、なんの武器も持たずにワイバーンへと駆けて行く。
そしてその牙を見事な体捌きでかいくぐり、胴体に思い切り正拳突きを食らわした。
それは見たところ、速いこと以外にはなんの変哲もない正拳突きだった。
が、ワイバーンの巨体はその一撃で吹き飛んだ。
それも二十メートルほど。
「……ぇえ!?あ、あれ……ええ!?」
さすがのドラゴンもそんな拳を喰らってはもう動けないようだ。
口から泡を吹き、横倒しになってピクピクと痙攣していた。
(じ、自分とほとんど同じ見た目をした人が、サ○ヤ人みたいなことしてる……)
私はあまりの衝撃に、開いた口が塞がらなくなった。
それを見かけた一人の眷属のお姉様が笑いながら教えてくれた。
「生前の奥方様は聖なる拳、『拳聖』の二つ名で知られた凄腕の女武闘家でいらしたそうです」
「け、拳聖……?」
(それって伝説の勇者の仲間とかがもらうような称号じゃん。『串刺し公』と『拳聖』の夫婦って……そりゃ数百年も城が維持できてるわけだわ)
この夫婦は軍隊でもそうそう襲おうとは思えないだろう。
そうこうしている間に、ヴラド公とアステリオスさんの二人は三度目、四度目のワイバーンロードを倒していた。
やはりヴラド公の血の槍衾からのアステリオスさんの大斧は最強コンボのようだ。
そのヴラド公が私の所に飛んできた。
「補給だ」
戦闘中なので短い言葉だったが、意味は分かる。
だいぶ消耗してきたので、血を吸わせて回復させろという意味だ。
「どうぞ」
私も短く答えてシャツをずらし、うなじを差し出した。
ヴァンパイアの吸血には強い快楽が伴う。だからこんな戦いの最中なのに、私は自分の頬が熱くなるのを感じた。
公爵様の腕が私を優しく抱擁し、それから首筋に甘い感触が訪れた。それは快楽の波になって私の体を走り回っていく。
あまりに強い波なので、波というよりもむしろ雷のようなものかもしれない。それほどの強烈な快楽が全身を駆け巡った。
しばらくしてヴラド公が口を離した時には、受けた快楽によって私の魔素も全回復していた。
(回復も回復、むしろ魔素があふれそうだよ……)
私はこの世界に来て得た発情体質のおかげで、快感を受けると魔素が回復するようになっている。
ヴラド公の吸血はあまりに気持ちいいので、魔素がキャパオーバーになるくらい回復するのだ。
ちょうど私も魔素が切れかけていたので、いいタイミングだった。やはり使役モンスターを同時に全部出して戦うのはキツすぎる。
「相変わらずクウの血は極上だな。飲み放題になる日が楽しみだ」
ヴラド公は耳元で優しくそう囁いてから離れていった。
その時、私がふと視線を感じて振り返ると、妻のアルジェさんが無感動な瞳でこちらを眺めていた。
その瞳は死体なので当然なんの感情も映してはいなかった。
……はずなのだが。
その後ろから迫ってきたワイバーンの顔面にノールックで食らわせた裏拳の一撃には、不思議と強い怨念が感じられた気がした。
ワイバーンは裏拳一撃で吹き飛んでいく。
「いや……あの……私には全然その気はないので……」
死体だから何も感じてはいないはずだと思いながらも、私は首と手をブンブンと横に振りながらそう誤解を解こうとした。
(……いや、何やってんだ。今は戦いに集中しないと)
そう気を取り直し、吸血で腰砕けになりそうな足腰に鞭打ってしっかりと立った。そしてガルに再び命じる。
「もう一回ゴッドバード!みんな折り返しは過ぎたよ!あとちょっと、頑張ろう!」
使役モンスターたちと自分にそう言い聞かせ、次々と周囲のモンスターを討っていく。
そしてアステリオスさんが六度目の首斬りを終えた時、護衛のモンスターたちは全て倒されていた。
(あと一回……)
私たちは固唾をのんでワイバーンロードの死体をじっと見つめた。
ワイバーンロードは脱皮する度に小さくなっていく。
普通なら脱皮は大きくなるためにするものだが、胴体部分から頭や尻尾を含めた全身が再生して出てくるので、必然的にだんだんと小さくなるのだ。
先ほど倒した六体目は、すでに普通のワイバーンとあまり変わらないサイズをしていた。
そして全員が見守る中出てきた最後のワイバーンロードは、想像していたよりもさらに小さかった。
(本当に小さいな……ほとんど人間サイズだ)
その場の全員がそう思った。
形としてはワイバーンロードの形なのだが、その身長はアステリオスさんとそう変わらない。
ただし不思議なことに、凝縮されたような威圧感を感じた。
何かものすごい質量が小さな入れ物に詰められている感じがする。
しかし、その威圧感を感じるのもあと少しの時間だけだ。最強の二人が必勝パターンで倒してくれるだろう。
ヴラド公がまた地面に手をかざし、血のようなシミが広がった。そして今まで六度やってきたのと同じように、鋭い血槍が突き上がる。
「なにっ!?」
ヴラド公が驚きの声を上げた。
小さくなったワイバーンロードは、身をよじらせてその槍をかわしたのだ。
かわしたと言っても槍衾はかなりの密度だったので、全く当たっていないわけではない。
その表皮をかなり傷つけてはいたのだが、槍が刺さって動けなくなるような当たり方をしていなかった。
「アステリオス!!」
「おおっ!!」
ヴラド公に声をかけられたアステリオスさんは、すぐにワイバーンロードに斬りかかった。
固定できなくても首を斬れればそれで問題ないのだ。
が、やはりワイバーンロードは一筋縄では行かないモンスターだった。
大斧が届く前に素早く飛び上がってそれを避け、空へと逃げようとする。
「ガル!上空から牽制!」
私はガルに命じ、ゴッドバードの状態で上からワイバーンロードの逃げ道を塞がせた。
しかしすでに十分な高度まで上がっており、アステリオスさんの間合いからは脱してしまっている。
「くそっ」
「ここで逃したらまた襲ってくるぞ!絶対に逃がすな!全員で囲んで仕留めろ!」
ヴラド公の命令通り、その場の全員が次々にワイバーンロードに襲いかかって行った。
私も手元に置いていたカクさんを含め、全ての使役モンスターを向かわせる。
しかし、ワイバーンロードは小さくなってもやはり上位種のドラゴンだった。
恐ろしいほどの速度と小回りで私たちを翻弄し、絶対に囲ませなどしない。
そしてついには手薄なところを見つけ、全力でそこへと突っ込んで来た。
その手薄な所とは、私のいる所だ。
(私だけ弱いって気づいたんだ!)
ワイバーンロードの視線を浴びて、反射的にそう感じた。
私も身体能力強化の訓練は受けているものの、魔質が良すぎることもあってまだ実戦で使えるレベルには達していない。
そして今、手元には一体の使役モンスターもいない。
賢いワイバーンロードはドラゴンの目でそれに気づき、ここを突破しようと思ったのだろう。
(きっと私を一撃で殺しながら飛び去るつもりだ。そうすればガルの追撃もなくなる)
ワイバーンロードなら、私が召喚士であることにもすでに気づいているはずだ。
(どうする?)
私は一瞬の間に思考を急速回転させた。
ワイバーンロードは速すぎる。他の人の攻撃も、使役モンスターの攻撃も当たらないし間に合わない。
召喚をいったん解除して再召喚する時間もない。盾はあるものの、素人が盾を構えただけで上位龍の攻撃を防げるとも思えない。
本心では恐怖に震えながらしゃがみ込みたかったが、そうすれば死ぬのが分かりきっている以上それもできない。
(じゃあ、やるしかない!!)
私は覚悟を決め、拳を固めた。そしてワイバーンロードの顔に狙いを定める。
凄まじい速度で迫ってくる鼻面目掛けて、握った拳を思い切り突き出した。
↓挿絵です↓
https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330647807326105
もしかしたらワイバーンロードは心の中でせせら笑っていたかもしれない。
こんな大して鍛えてもいない小娘の拳が自分を止められるはずなどないと、そう思っていたかもしれない。
が、ワイバーンロードは止まった。
拳にぶつかったからではない。
拳ではなく、私が増殖させたTバックのレースに鼻面からぶつかったからだ。
私は数瞬前、スカートの中でレースを伸ばせるだけ伸ばしていた。そして拳を繰り出しつつ、それより少し前方にレースの塊を突き出したのだ。
それと同時に、反対側のレースは地面に突き刺している。
このレースは魔素を込めれば込めただけ固くなるものの、私の体重でワイバーンロードの衝突を受ければ吹っ飛んでしまうだろう。
だから地面に固定した。
つまり、ワイバーンロードは地面から突き出した硬い棒に自ら全速力でぶつかったようなものだった。
ワイバーンロードが速ければ速いほど、その衝撃は大きくなる。
可哀想なほど顔面にレースがめり込み、その体がぐらりと大きく傾いた。
そこにアステリオスさんの投げた大斧が回転しながら飛んできた。それは正確にワイバーンロードの首へと吸い込まれていく。
ドッ!!
低い音を立てて首が刎ねられ、ゴトリと頭が地面に落ちた。
一瞬の静寂後、眷属のお姉様方の歓声が上がった。
私たちはワイバーンロードを倒したのだ。
私は緊張の糸が切れ、その場にへたりこんだ。
そこで初めてTバック操作でスカートがめくれ上がっていることに気づき、急いで衣服を整えた。
「……終わった」
『Tバックでドラゴンを倒す女』の異名を得てしまったかもしれないが、とりあえず戦いは終わったのだ。
(生きてて良かった……)
私が安堵の息を吐いている時、耳元でプーンと嫌な音がした。
神経に触る不快音だ。
「蚊!」
私が反射的に耳元で手を叩くと、不快音はやんだ。
「もう、人がようやくホッと一息ついてる時に……」
つぶやきながら、仕留めたであろう蚊を確認しようと手の平を広げる。
すると、そこには予想だにしないものがあった。まさかと思うようなものだ。
「えっ!?こ、これって……セルウス・リートゥス」
私は隷属魔法の呪文を唱え、青く光る指を手の平の上の小さな生き物に触れさせた。
すると、潰れかけてピクピクしていた生き物が一瞬青く光り、それからムクリと起き上がった。隷属魔法が成立したモンスターは、傷が回復するのだ。
それを見て、私は物も言えなくなり呆然とした。こんな事があるのだろうか。
私の様子を不思議に思ったヴラド公やアステリオスさんたちが集まってきた。そして声をかけてくる。
「クウよ、一体どうした……む?……こ、これはまさか!!」
「何だ何だ……ん?こ、こりゃあ……」
ヴラド公もアステリオスさんも、私の手の上に乗った生き物を見て絶句した。
それは、蚊よりもちょっと大きい程度のサイズになったワイバーンロードだった。
「……そ、それは今しがた倒したワイバーンロードなのか?」
しばらくの沈黙の後、ヴラド公が絞り出すような声でそう尋ねてきた。
「は、はい。念話で聞いてみたら、そうだって……」
私もすぐには信じられなかったが、隷属魔法をかけられている以上、主人に嘘はつけないはずだ。
この虫みたいなのが元ワイバーンロードで間違いないのだろう。
アステリオスさんが大きく鼻息を吹いてから、推定される仮説を口にした。
「……もしかしてだが『竜王は七度脱皮する』っていう伝説は、まんま言葉通りだったってことなんじゃねぇか?七回のうち一回はあの世への脱皮なんだとか言われてるけどよ、本当はこうやってすげぇ小さく脱皮するから誰も見つけられてなかったってだけで」
なるほど、それなら辻褄が合う。
っていうか、実際に七回目の脱皮を見つけてしまっているし。
ヴラド公もアステリオスさんの仮説に納得してうなずいた。
「現状、そういう事になるのだろうな……まぁ詳しいことは帰ってから学者にでも調べさせればいい。隷属させていれば危険もなかろうし、とりあえず私たちは凱旋だ」
そうだ、ヴラド公の言う通りだ。
とにかく疲れた。早く帰って休みたい。
「では、私と眷属たちは討伐完了を囮部隊たちに伝えに行くぞ。ワイバーンロードの支配から逃れた以上、モンスターたちも引き始めてはいると思うがな」
ヴラド公とお姉様方は、そう言って各々味方のいる所へ戦勝の伝令を伝えに飛んでいった。
残された私とアステリオスさんは、とりあえず一休みさせてもらう。
どこか適当に座って休める場所がないかを探している私に、アステリオスさんがニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
「いやしかし、今回はクウのお手柄だったな。本当にいいパンツ……じゃねぇ、いいパンチだったぜ」
「……アステリオスさん。今度その親父ギャグ言ったら、本気の本気で怒りますからね」
私はムカつくおっさんを下から思いっきり睨み上げてやった。
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈竜王伝説〉
北欧民話で竜王が出てくる話がありまして、今回はそれを元ネタにしました。
あらすじを超ざっくり書くと、以下のような感じです。
とある国に子供のいない王様夫婦がいたのですが、色々あって竜の子供が産まれてしまいました。
その竜は人間のお嫁さんを要求します。
が、連れてこられた三人の娘は竜に食べられてしまいました。
しかし四人目の娘は城まで行く道中、老女に会って助言を受けることができました。
『木の枝と塩水、ミルク、リネンの布を持っていき、肌着を七枚重ね着していきなさい』
娘が竜のところに行くと、竜は娘に服を脱ぐように言います。
娘は言われた通り一枚脱ぎますが、その際に、
『あなたも皮を一枚脱いで』
と要求します。
竜はその通りにして、これを七回繰り返しました。
そして娘は七回目の脱皮を終えた竜を木の枝で打ち(脱皮し過ぎで弱ってたのかな?)、塩水に浸してからミルクに浸し、リネンの布に包んで寝かせると、翌朝にはなんとイケメンの王子様になっていました。
そうして二人は結婚して、王位を継いでからは『竜王』と呼ばれました。
その後は子供絡みで色々ありながらも、上手いこと解決して幸せに暮らしましたとさ……
めっちゃ省略しましたが、大体こんな感じです。
七回脱皮、というところを使わせていただきました。
日本で『竜王』といえば将棋のタイトル、もしくは『世界の半分で勇者を釣ろうとしてくるセコいやつ』的なイメージですが、世界には色々な竜王がいるものです。
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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