第32話 ワイバーンロード討伐戦2

【ブラウニー ビリーの記録】



(何あれ……誘ってるのかしら?)


 アタシは森の中に雄々しく立つワイバーンの姿を見て、そんなことを考えた。


 ドラゴンというのは恐ろしい存在ではある一方で、そのほとんどが見栄えのする凛々しい姿をしている。


 中でも翼の生えた飛竜であるワイバーンは特にシルエットが良い。


 この姿は、もはやファッションデザイナーであるアタシを誘っているとしか思えなかった。


「……って思ったけど、近くで見るとなんだかイマイチね」


 アタシは少し残念な気持ちでそうつぶやいた。


 その声が聞こえたワイバーンは驚いて周囲を見回す。


 そしてアタシのことを視界に収めはしたものの、何も無かったかのようにまた別のところへ視線を移した。


 アタシのことを認識できなかったのだ。


(ブラウニーのステルス魔法、ちゃんとワイバーンにも効いてるわね)


 私たちブラウニーは相手から隠れる魔法を得意としている。


 ブラウニーは目立ちにくい茶色の衣服を好むことが多いのだが、それは『隠れて生き残る』という進化を選択する過程で身につけた、癖のようなものなのかもしれない。


 今アタシが使っているのは、自分のことを認識しづらくする魔法だ。


 見えなくなるわけではないが、見えてもアタシがいることに気づきにくくなる。


(って言っても、効きにくいモンスターもいるから安心できないけど。でも今の感じだと、ワイバーンは大丈夫そうね)


 アタシは改めてワイバーンの姿を下から上まで見直した。


 どうしてもイマイチな感じが拭えないが、どこがいけないのだろう?


(悪くないのよ。悪くないんだけど、近くで見るとなんだかこう……野暮ったい感じがするのよね)


 遠目で見た時と、少し印象が違う。


 私はその理由が表皮だと気がついた。


(皮がなんだかゴツゴツしてて、エレガンテに欠けるんだわ。もっと滑らかな素材に変えられればいいんだけど……さすがにそれは無理でしょうね。服も着ないでしょうし)


 ペットに服を着せる文化をアタシは否定しないけども、少なくともワイバーンは嫌がるだろう。


「じゃあ、ポーズで何とかならないかしら?」


 アタシはつぶやくと同時に、もう一つの得意魔法を使った。


 指先から糸のついた針が現れ、ワイバーンへと向かって飛んでいく。


「お裁縫の時間よ」


 糸はワイバーンの翼に刺さり、次に胴体に刺さった。


 そしてまた翼に刺さり胴体に刺さりを繰り返して、翼と胴体とが縫い合わされていく。


 この裁縫魔法は相手を傷つけたりすることはできないが、縫われた部分の糸は込められた魔素がなくなるまでは切れない。


 ほんの短時間の間に、ワイバーンの両翼は胸を抱くような形で胴体に縫い付けられた。


 ここまでされればさすがにワイバーンも私に気がつく。


 すぐに大顎を開け、こちらに噛みつこうとしてきた。


「あぁ、ダメよ。口はお上品に閉じててちょうだい。それに足もきちんと揃えて」


 アタシは素早い針さばきで口と足とを縫い付けた。


「針仕事の早技には自信があるのよ。よく納期にも追われてるんだから」


 翼、口、足を縫われたワイバーンはもうまともに動けはしない。


 脅威でもなくなったところで、アタシはまたその全身を眺めた。


「うーん……紳士っぽいポーズを模索してやってみたけど、やっぱりイマイチね」


 やはりポーズではなんともならなさそうだ。


 というか、むしろ悪くなっている。


「やっぱりワイバーンは迫力がないとダメだわ。ドラゴンなんだから野性味あふれるポーズでないと」


 そう思い直したところで、別のワイバーンが現れた。


 ステルス魔法を使っていても、さすがに同族を攻撃している所が目に入ればしっかりと認識できる。


 その個体はワイバーンの最も得意とする空中からの噛みつき攻撃を繰り出そうと、アタシに向かって急降下してきた。


 アタシはそれを見て、ピンとくるものがあった。


「……!!それよそれ!!」


 アタシはまず木と木を縫い合わせ、糸の網を作った。


 ワイバーンはそれに引っかかり、空中で動きを止める。


「やっぱりワイバーンはこうでなくちゃ」


 アタシは網にしていた糸を解除し、今度はワイバーンの体と周囲の木々を糸でつないでいく。


 翼や手足、口、胴体が次々と糸で引っ張られ、アタシの理想のポーズを作り出すことができた。


「いいわよ、いいシルエットしてる」


 アタシは空中で固定されたワイバーンの周りを歩き、その全身を眺め回した。


 ワイバーンは空中で羽を広げ、口を開いて襲いかかろうとする姿勢をとっている。


 ドラゴンの迫力が感じられる、いいデザインだ。


「いい。いい、けど……やっぱり野暮ったさは抜けないね。まぁいいわ。シルエットは抜群にいいから、単純化したシンボルデザインとして採用しましょう。今度作る服かカバンに組み入れさせてもらうわ。それか、企業やお店のロゴにするのもアリかもしれないわね」


 アタシは野暮ったい表皮の映らない、シルエットだけにした意匠のデザインを頭に思い浮かべた。


 そして、その醸し出す雰囲気に満足した。


(誰に似合うかしら?)


 やはりこのドラゴンの迫力は男性の方が合うかもしれない。


 しかし、モンスターと関係のある仕事をしている子なら女の子もアリだと思った。


「……クウちゃん召喚士だし、ドラゴンのデザインはアリアリかもしれないわね。今度何か作ってあげましょう」


 クウちゃんはとりわけ美人というわけでもないのに、不思議な魅力を感じさせる子だ。


 そういった子の身につけるものを様々想像することは、私のデザイナーとしての感性をこの上もなく歓ばせるのだった。



****************



【ノーム パラケルの記録】



「ふふふ……ふふふふ……ついにこの日がやってきたぞ。マモル君四号の力を世間に知らしめることができる日が……」


 私はつい顔がニヤけるのを抑えられなかった。しかしそれも仕方のないこと。


 今日は我が子とも言える戦闘用ゴーレム、マモル君四号のデビュー戦なのだ。テンションも上がる。


 前型式までのマモル君は自律式の警備用のゴーレムだった。


 しかし、私も開発に尽力したこの四号は操作式の純戦闘用だ。


『ゴーレムを人の家族に』


 という私の夢からは多少外れてしまうが、それでも普及すればモンスターからの自衛用として多くの人々を守ってくれるだろう。


 四号は自分では動いてくれないので、操縦者がマモル君の中に入って直接操作する必要がある。


 その代わりに戦闘力は段違いになっているのだ。


「これはゴーレム利用の素晴らしいモデルケースになるはずだ。成功すれば、きっと世間もゴーレムに注目してくれるぞ」


 私は自分自身にそう言い聞かせた。


 実はこのセリフ、つい先日にも上司に対してほぼ同じものを発している。


 しかし、言われた上司の返事はつれないものだった。


『まだ役所の『認証』が降りてないじゃないか。実戦は時期尚早だというのが上の判断だよ』


 認証とは、官公庁から出されるゴーレムの安全性認証だ。


 動かすのに必須のものではないが、ゴーレムは土木建築や工業利用が多いため、ほとんどの型式がこの認証を取得している。


 ただ、今回のゴーレムは危険の多い自律式ではなく操作式だ。それに市販前のプロトタイプによるテストなのだから、そこまで必要だとは思えない。


『認証って……あんなものは飾りです!偉い人にはそれが分からんのですよ!』


 そう言って私は上司の背中をゴリ押しに押しまくり、『自分がテストパイロットになって全責任を負う』という条件の下、ワイバーロード討伐戦への参加許可を受けたのだ。


 私はマモル君の巨体を見上げた。


 身長は三メートル二十五センチある。威風堂々たる姿だ。


 足のパネルを操作すると背中のコックピットが開き、操縦席に入れるようになった。


 ただし操縦席と言っても中には操縦用の機械はほとんど無い。なぜなら魔法で操作するからだ。


 私はマモル君の頭に自分の三角帽を乗せた。


「よし、似合ってるぞ」


 ノームの三角帽子は特殊な魔道具になっており、かぶせた対象を操ることのできる魔法を行使できる。


 といっても普通の生き物は本人の抵抗があるため、そう簡単には操れない。通常は意識を失わせた状態で使うことが多かった。


 ただし、マモル君は意識のないゴーレムだ。


 この魔法で動かすにはおあつらえ向きで、ゴーレムの内部構造さえ理解して魔素を込められれば操縦できる。


(だから今はノーム専用みたいになってるけど、そのうち汎用性を高めて……)


 できれば市販したいのだから、当然そのつもりで技術開発を急いでいる。


 ただし、それにはどうしても資金がかかるのだ。ここらで実績を作っておきたいというのが本音だった。


 私は操縦席に入り、コックピットを閉じた。


 マモル君に魔素を込めると魔導システムが起動し、目の前のディスプレイに文字列が現れる。


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330647623168146


 Golem

 Unit for

 Neoteric

 Deft

 Arms

 Mamoru


 この魔導システムが周囲の状況や取るべき操作の提案などを表示してサポートしてくれるのだ。


 マモル君には複数のカメラ魔道具が装備されており、サブカメラで背後の状況まで見て取れる。


 私は魔素を込める操縦桿を強く握り、自分自身を鼓舞するために声を上げた。


「パラケル、マモル君四号……行きまーす!!」


 マモル君が動き出す。


 一歩一歩大地を踏みしめ、しっかりと歩いた。


「G制御良好」


 本来ならこのサイズの乗り物が歩けば振動やGが物凄いことになる。


 しかしコックピットの中は揺れすらほとんど感じないほどの快適さだった。


 それを可能にしているのは振動やGを軽減する魔道具で、よく馬の鞍などにも用いられているものだ。


 自身に加わる力を感知して、ほぼリアルタイムで搭乗者の全身に同じ方向の念動力をかけることができる。


 振動もGもそうだが、慣性の法則によって生じるものだ。静止した自分に対して周囲の動く物が力を加えるから起こるのであって、周囲の物と同時に自分の体が動けば何も感じはしない。


「……!!熱源、九!!」


 山中をしばらく進むと、複数体のモンスターが現れた。


「アルミラージ四、キラービー二、オルトロス二、キラーマンティス一……多いな」


 モンスターの多い山の中とはいえ、これはちょっと多過ぎる。


 やはりワイバーンロードに命じられて、私たちのことを撃退しに来ているのだろう。


 プティア側の戦力は山道のある面に集中させているため、敵もこちら側にモンスターを集めているはずだ。


 マモル君を認めたモンスターたちは殺気立ち、すぐにこちらに向かってきた。


「来るぞ!!」


 アルミラージ二体が全力で駆けてくる。そしてその勢いのまま、鋭利な角をマモル君の足に突き立ててきた。


 ガキィン!!


 と、硬い音が森に響く。


 かなり派手な音はしたものの、マモル君の装甲にはわずかな凹みがニ個作られただけだった。


「そんな攻撃!!」


 生身ならともかく、マモル君は全身を特殊合金の装甲で覆われているのだ。一角ウサギの角くらい、どうということはない。


 マモル君は両腕を振り上げ、拳を足元のアルミラージへ叩き落とした。


 二体とも卵のように潰されて絶命する。


 そして体を起こしながら、今度は両拳を頭上へと振り上げた。


 空から迫っていた二体のキラービーにぶつけるためだ。


 キラービーたちの体はお尻の針ごとへしゃげた。


「四つ!」


 マモル君はまたたく間に四体のモンスターを倒した。上々の出だしだ。


 しかしまだ敵は五体いる。


 残り二体のアルミラージは仲間の角が効かなかったのを見て、足を止めていた。


 私はそれに目をつけ、大股で三歩踏み出す。


 そしてその三歩目で一体アルミラージを踏みつけ、さらに反対の足でもう一体のアルミラージを蹴飛ばした。


 これでアルミラージは全て倒したが、まだモンスターは残っているので息をつく暇はない。今度は双頭犬のオルトロスが飛びかかってくる。


 二つの口が左腕に噛み付いてきた。


 が、やはり頑丈な装甲はそのくらいでは大した傷にはならない。


 マモル君は右腕でオルトロスの首を掴み、軽々と引き剥がした。そして右前方へ向けて掲げるように持ち上げる。


 そちらにはキラーマンティスがおり、ちょうど鎌を振り上げてこちらに斬りかかってくるところだった。


 キラーマンティスもオルトロスを盾にされたことは分かっただろう。


 しかしタイミング的にもう鎌を止めることはできなかった。


 オルトロスの胴体はザックリと刻まれてしまう。


「七つ!」


 味方を倒してしまい、動揺するキラーマンティスの顔面へ左ストレートをお見舞いする。


 その頭部が鈍い音を立てて潰れた。


「八つ!」


 最後に残った無傷のオルトロスへ、鎌で斬られた同胞を投げつけた。


 オルトロスは横に飛び、嫌そうにそれを避けた。


 しかし、避けた先にはマモル君の左足がすでに踏み込んでいる。


 それを軸にした大振りの右足が決まり、最後のオルトロスはかなりの勢いで飛ばされていった。


「九つ……」


 私は大きな疲労を感じながら、撃墜数のカウントを閉じた。


 正直、かなり消耗している。


 初めての実戦で、いきなり九体のモンスターを同時に相手にしたのだ。


 ただし、消耗と言っても私自身の魔素はそれほど減ってはいない。


 マモル君のエネルギーは、その多くが本体に装備された大容量の魔石から供給されているからだ。


 と言うか、私の魔素ではこんな重い物まともに動かせはしない。


 逆に言えば、非力な私でもこれだけの力を得られるところにゴーレムの素晴らしさがあるのだ。


(マモル君の魔素残量は……七十五パーセントか。やっぱり駆動時間がネックだな)


 多数を相手にしたとはいえ、もう四分の一を消費してしまっている。目下の課題はコストと駆動時間だ。


 マモル君四号が市販されたら道中の護衛用途で使いたいため、理想を言えば街から街への移動距離分のスタミナが欲しい。


 しかし、それにはまだまだ改良や技術革新が必要だ。


 私は歩を進めながら今後の改良点について考えた。


「やっぱりこの装甲はオーバースペックなんじゃないかな……アルミラージの角もオルトロスの牙も全然通らなかったし……もっと薄くするか、軽い素材にすれば……そうだ。この際、装甲は使い捨ての安い素材にして、傷付いた部位だけ交換するようにすればコスト的にも……」


 歩きながら色々考察していると、マモル君のセンサーが反応した。


 また近くに熱源があるようだ。しかも今度は大きい。


「これは……ワイバーン!!」


 早くも二回目のエンカウントで本命が来た。


 下位種とはいえ、ゴーレムがドラゴンを倒したとなれば世間も注目してくれるだろう。


「見せてもらおうか、ドラゴンのワイバーンの性能とやらを!」


 私はワイバーンを前に気合を入れ直した。


 データ上でその力を知ってはいるものの、直接対峙するのは初めてだ。


 ワイバーンはマモル君を見つけると、すぐに荒い足音を立てて走ってきた。先ほどのモンスターたちもそうだったが、ゴーレムは敵として認識するらしい。


 大きな口を開けて噛み付いてくる。


 さすがのマモル君もワイバーンの牙をまともに受けたら無事ではいられないだろう。


 私は自分に冷静になるよう言い聞かせつつ、十分に引きつけてから思い切り後ろにジャンプした。


「当たらなければどうということはない!」


 なんとか避けたマモル君は、地面に足の筋をつけながら止まった。


 第一撃を空振ったワイバーンは体を半回転させ、尻尾をぶつけてきた。


 その横殴りの一撃を、マモル君は正面から受け止めた。


 マモル君シリーズも三号までのパワーと装甲なら耐えられなかっただろうが、四号のフルパワーならワイバーンにも力負けはしない。


「三号とは違うのだよ!三号とは!」


 マモル君は尻尾を掴み、思い切り引っ張った。そして力任せに振り回す。


 ワイバーンの巨体はそれで吹き飛ぶというようなことはなかったが、それでも地面に倒れて引きずられた。


 さしたるダメージはなかったはずだが、ドラゴンたるワイバーンには自分より小さなものに力負けする想定がなかったらしい。


 どうやら警戒心を抱いたようで、翼を広げながら助走を始めた。


 いったん空に逃れようとしているのだ。


 しかし空中に上がられると飛び道具のないマモル君四号としては不利だ。助走するワイバーンの前に素早く回り込む。


 が、ワイバーンはマモル君を前にしてもスピードを落とさなかった。それどころか、むしろその前で加速する。


 そしてマモル君に足をかけてジャンプした。


「私を踏み台にした!?」


 踏み蹴られる形になってバランスを崩しかけたが、何とか体勢を立て直して飛び立とうとするワイバーンへ手を向けた。


 そしてその手の指先がワイバーンに向かって伸びていく。


 三号にも搭載されていた拘束デバイスだ。


 クウさんの協力を得て改善されたシステムは、指先の動きがより洗練されている。


 上手くワイバーンに絡みついた。


(でも……大き過ぎるから拘束は無理か)


 ワイバーンは指が巻き付いた状態で空へと羽ばたいていく。


 マモル君もワイバーンにぶら下がる形で一緒に飛び上がった。


 マモル君はかなりの重量があるのだが、それでも高度は上がっていく。私は四苦八苦しながらマモル君を操作し、何とかワイバーンの背中まで這い上がった。


 そして這い上がってしまえば、目の前には無防備な首元や背中があるだけだ。


 あまりにも急所が攻撃しやすい状況にあるため、むしろワイバーンが少し可愛そうになった。


 しかし、同情することはできない。今回の戦いはもはや戦争だ。


「悲しいけどこれ、戦争なのよね」


 マモル君は渾身の力を込めて、背骨へと拳を振り下ろした。


 鈍い音が響き、おそらく絶命したであろうワイバーンが落下を始める。


「……し、しまった!」


 着地のことを完全に失念していた。


 やはり冷静に戦っているつもりでも、ドラゴンを相手にテンパっていたのかもしれない。


「落下速度がこんなに速いとは……」


 私はつぶやき、ワイバーンや木々がクッションになってくれることを祈りつつ衝撃に備えた。


 地面が近づいてくる中、プティア側のどこかの部隊が一体のガーゴイルを前にして逃げ惑っている様子が目に入った。


 そして幸か不幸か、マモル君とワイバーンはそのガーゴイルへと向かって落ちていく。


 大きな地響きが山にこだまし、私たちは地面にぶつかった。


「いたたた……」


 さすがにこれほどの衝撃になるとG制御装置も十分に緩和できない。


 操縦席の中であちこちをぶつけた私は、体を固定させるベルトの必要性を強く認識した。


(機体は……大きな問題はなさそうだな。上手くワイバーンが緩衝材になってくれたみたいだ)


 そのワイバーンはというと、やはりすでに死んでいるようだった。その上からマモル君を下ろす。


「……やった!!ゴーレムでドラゴンを倒したぞ!!」


 私はその金星に感動してガッツポーズを取りかけたが、すぐに神経を再緊張させた。


 先ほどどこかの部隊を追い回していたガーゴイルが目に入ったからだ。


(!!……いや、もうやられているのか?)


 ありがたいことに、落ちてきたワイバーンが直撃したらしい。


 少し離れた所で倒れて動かなくなっていた。


 そのガーゴイルは美しい半裸の裸婦像がモンスター化したものだった。


 気品ある姿だったが、部隊を一つ後退させるほどの敵だ。見た目の優雅さとは裏腹に、きっと強い個体のだったのだろう。


 そのそばには長い槍も落ちていた。


 私がその死亡を確認するために一歩近づいた時、その手がゆっくりと動いて槍の柄を握った。


「こいつ……動くぞ!!」


 ガーゴイルは素早く身を起こし、起き上がりざまに槍でマモル君の頬を殴打してきた。


 衝撃がコックピットにまで伝わってくる。


 私が焦っているうちに二発目も来て、今度は反対の頬を殴られた。


「……二度もぶった!親父にもぶたれたことないのに!」


 カッとした私は大振りの拳をガーゴイルの綺麗な顔目掛けて放った。


 が、その個体はガーゴイルでは考えられないほど速い動きでそれをかわした。


「速い!」


 私は驚きつつ、さらに二度、三度拳振るった。


 しかし、やはりこの裸婦像のガーゴイルにはかすりもしない。


「ええい!この山のガーゴイルは化け物か!?」


 私は少なからぬ敗北感を感じていた。


 ゴーレムとガーゴイル。


 共に石などを素材にした無機体で、類似の存在といえば類似の存在だ。


 しかし残念ながら、向こうの方が性能は圧倒的に上のようだった。


(それでもゴーレム業界の未来を背負った私は負けるわけにはいかない!基本性能が負けているなら負けているで、戦い方はあるはずだ!)


 私は眼鏡をクイッと上げながら必死に考えた。


 そして即座に基本方針を決定する。 


「機体の性能の違いが戦力の決定的差ではないということを教えてやる!」


 私は拘束デバイスを作動させ、左手の指を伸ばしてガーゴイルを捕まえようとした。


 しかしガーゴイルは素早く指の間を縫い、槍を突き出してくる。その穂先がマモル君の頭を貫いた。


「まだだ!たかがメインカメラをやられただけだ!」


 ディスプレイの映像は大半が死んだものの、まだサブカメラでかろうじて周囲の状況は分かる。


 私は左手の拘束デバイスの目標を槍へと変え、その柄に絡ませた。これで槍は頭部からそう簡単には抜けないはずだ。


 そして槍が抜けずに動きの止まったガーゴイルへ向かって、右の拘束デバイスも起動させた。


 槍を引き抜こうと動きを止めてしまったガーゴイルは、今度はよけきれない。


 クウさんで練り上げられたマモル君の指は、絶妙な動きでガーゴイルの体中に巻き付いてその動きを封じた。


(勝った!!)


 私はそう思ったが、直後に予想だにしない文字列がディスプレイに浮かび上がった。


「……パワーダウンだと!?」


 マモル君のエネルギーが底をついたのだ。拘束デバイスが急速に力を失って地に落ちた。


 マモル君は搭乗者の魔素だけでも動かせないことはないが、まともに動かすにはかなりの力を要する。


 私は完全な敗北を悟った。


(やられる……!!)


 死を前にして、色々なことが脳裏をよぎった。


 特に『ゴーレムを家族に』という夢が叶えられなかった悔しさは大きい。しかし、もうどうしようもないのだ。


 私は目を閉じて、マモル君ごと貫かれる覚悟をした。


「………………」


 が、いつまで経っても死の衝撃は感じられない。


 ゆっくりと目を開けると、かろうじて生きているディスプレイにはすでにガーゴイルは映ってはいなかった。


「……とどめを刺さずに行ったのか?」


 後で記録を見て分かったのだが、裸婦像のガーゴイルはなぜか動かなくなったマモル君を一度抱きしめて、それ以上の攻撃を加えずに去って行ったのだった。


 意味が分からなかったが、なんにせよ、どうやら私はまだ生きていられるらしい。


 そうでなくては困る。私にはまだやることがあるのだから。


 会社に帰って今回のデータを元に、ゴーレムの開発を進めなければならない。


 自然と開発チームのメンバーの顔が目の前に浮かんだ。


「まだ私には帰れる所があるんだ……こんな嬉しいことはない……」


 私は少なからぬ愛社精神とともに、そうつぶやいた。


 しかしこの数日後、社内会議において下された決定は、あまりにも無慈悲なものだった。


『ワイバーンを撃破したことには一定の評価を認める。ただし駆動時間の短さ、汎用性の低さ、コストの高さ、そしてなりより初戦でかなり壊れてしまったことなどを考慮すると、ゴーレム開発の予算は縮小せざるを得ない』


 もともと会社が割けるお金には限界がある。特に最近は業績も頭打ちで、簡単に予算は回せない。


 今この業界は、そういう時代なのだ。


 それが分かっているから私の愛社精神が完全に消えるということはなかったが、それでも多少の熱を奪う程度にはショックな決定だった。


 私はその会議が終わってから、隣りにいた後輩にため息混じりに愚痴をこぼした。


「寒い時代だと……思わんか?」



****************



【ドライアド ダナオスの記録】



「ちょっとしみますけど我慢してくださいね」


 僕は担架に乗せられた兵隊さんのふくらはぎを水で洗った。


 ただ汚れているからではない。モンスターに噛まれて結構な創傷になっていたからだ。


 と言っても大きな血管は傷ついていないようで、止血に四苦八苦するほどではなかった。だから医師でもない僕が手当を任されたのだ。


「消毒してから、薬草の入った軟膏を塗りますね。血止めと化膿止め、痛み止めにもなりますから、効き始めるまではもう少し我慢です」


 かなり痛むはずだったが、兵隊さんは水や消毒液をかけても小さなうめき声しか漏らさなかった。絶対に大きな声は上げない。


(やっぱりこういう仕事をしてる人はすごいな……僕だったら泣きながらパニックになってそうだけど)


 ちょっぴり尊敬の念を抱きながら軟膏を塗った。


 この軟膏はうちの研究室の先輩が開発した新薬で、複数の薬草が絶妙な比率で配合されている。


 すでに何人にも塗ったが、効果は抜群だった。後輩として誇らしい。


 処置を終えた僕は身を起こし、周囲を見回した。


 ここは主戦場から少し離れたところに設営された野戦病院のテントで、すでにかなりの兵がベッドを埋めている。


 どうやら予想していたよりも多くの怪我人が出ているらしい。


 衛生兵たちは目の回るような忙しさで、テントの中は煮えたぎる釜のようだった。


「おいアンタ、すまないが前線の第三部隊にこの薬を届けてくれないか?」


「えっ?僕ですか?」


 いきなり衛生兵の一人からそう声をかけられ、僕は耳を疑った。


 僕はあくまで後方支援のお手伝いとして雇われている民間人だ。前線まで出るような危険な仕事をさせられるという話は聞いていない。


「いや……それはちょっと……」


 渋る僕に対して、その人は拝むように手を合わせた。


「頼む!!見ての通り、人手が足りないんだ。部隊までの道はすでにモンスターが排除されてて、安全が確保されてる。行って帰るだけだからさ……」


 そこまで言った所で、その人は他の衛生兵に呼ばれた。どうやら重症者が運び込まれてくるようだ。


「頼むよ……」


 薬とその言葉だけを言い残してそちらへ駆けて行く。


 残された僕は悩んだ。


 このまま無視しても叱られることはないだろう。事前の取り決めには無いことだし、むしろそれを命じたあの人の方が叱られるはずだ。


 そんなことを考えている僕の視界に、運ばれてきた重症者の担架が目に入った。


 その担架から力を失った片腕がだらりと下がっている。まるで人形のようなその腕が、僕の心をキュッと締め付けた。


(僕が行かないと、ああなる人が増えるのかな……)


 そう思った瞬間、気づけば薬の入った袋を持ってテントを出ていた。


「行って帰るだけ、行って帰るだけ……」


 僕は先ほど衛生兵が口にした言葉を繰り返しながら走った。


 あらかじめ部隊の配置図は見せてもらっているので、第三部隊というのがどちらの方向にいるかは分かる。


(でも移動しているかもしれないよな……すぐには見つからないかも)


 そう心配していたのだが、ありがたいことに山中をしばらく走るとすんなり出会えた。


「薬をお持ちしま……だ、大丈夫ですか!?」


 僕は部隊の様子を見て、思わず大きな声を上げてしまった。


 ほとんどの兵がかなりの傷を負っているようで、ぐったりと倒れるか座り込むかしていた。


 ただ一人無傷なのは部隊に必ず配置されている衛生兵の人だけで、倒れた兵のお腹を布で押さえていた。


 布には血が滲んでいる。


「来てくれたか!すぐに血止めと昇圧剤をくれ!」


 衛生兵は必死の形相で叫び、僕も急いで袋から薬を取り出した。


 どうやら失血性のショックを起こしかけているらしい。


「血止めです!!昇圧剤打ちます!!」


 軟膏を渡してから、すぐに昇圧剤になる植物の棘を腕に刺した。


 危険な状態かもしれない。僕はハラハラしながら兵隊の脈を取った。


 衛生兵はそんな僕を見て、安心させるように笑ってくれた。


「多分、大丈夫だ。薬がなかったらヤバかったろうが、あればなんとかなると思う。俺が持ってた薬はモンスターに駄目にされちまってな。来てくれて助かったよ」


 この言葉に、僕は胸の奥がジンと熱くなるのを感じた。


 僕の行動で一人の命が救えたのだ。


 普段から薬の研究はしているものの、こうやって直に誰かを助けられる実感というのは素晴らしいものだと思った。


「他の人たちの手当もしていきますね」


「あぁ、頼む。俺はまだこいつに付いていないといけなさそうだ。ただ、モンスターたちはまだ近くにいそうだから気をつけてくれ」


「えっ?そうなんですか?」


「やたら強くて素早いガーゴイルがいてな。俺たちはそいつから逃れるために後退してきたんだ。なぜかワイバーンが落ちてきて逃げ切れたんだが……もうこの辺りまで追撃して来ているかもしれん」


 ガーゴイルは動く石像だから、固くて重い代わりに基本的には遅い。それが素早いとなると、確かに厄介そうだ。


「じゃ、じゃあまずはバリケードを作っておきますね」


 僕は頭の蔦を伸ばし、周囲の木へとくくりつけた。


 そしてその蔦を木から木へと渡していく。


 僕たちドライアドは髪の毛の代わりに頭から蔦が生えている半人半植物の種族だ。その蔦を操って様々なことができる。


 僕は普段から研究畑を守るためによくこうして蔦のバリケードを作っていた。


 だからおっちょこちょいの僕でも手際よく蔦のバリケードを張り終えることができた。


「よし、こんなもんかな」


 蔦を切り離し、ざっと見直す。


 何重にもしておいたのでモンスターが入れない程度の隙間しか空いていない。


 唯一天井だけは密度が低めだったが、少なくとも体の大きなワイバーンは通れないだろう。


 バリケードを見た衛生兵が感心してくれた。


「おお、大したもんだが……強度は大丈夫か?」


「それはこれからです」


 ご指摘はもっともで、僕の魔素では大した強度を得られない。このままでは簡単に破られてしまうだろう。


 僕はカバンから一本の瓶を取り出した。そして中の液体をバリケードの蔦にかける。


「魔素入りの肥料です。これをこうしてかければ……」


 濃縮百倍の液体肥料だ。


 本当は千倍を持ってこようかと思っていたが、以前にクウさんに怒られたので百倍を超える濃度のものは持ち歩かないようにしている。


 ただ、百倍でも効果は十分だ。蔦はメキメキと太くなり、強度がかなり上がった。


「これで大丈夫だと思います。じゃあ手当を始めますね」


 僕は傷の深そうな人から順次応急手当をしていった。


 手足の出血がひどければ関節を蔦で縛り、それほどでもなければ薬を塗って本人に圧迫止血をしてもらう。


 骨折していそうな人には添え木を当てて蔦で縛った。


 途中でオルトロスが数体現れたが、バリケードの蔦は噛みつかれても破れなかった。この様子なら応援が来るまでは持ちこたえられそうな気がする。


 僕がそう安心しているところへ、衛生兵が声をかけてきた。


「なぁ、余裕ができたら天井のバリケードの密度をもっと上げておいてくれないか?」


「え?あぁ、そうですね。この幅ならキラービーくらいは入れるかもしれませんしね」


 キラービー程度なら何とかなりそうだと思ったが、衛生兵は首を横に振った。


「いや、例のガーゴイルが入ってくるかもしれん」


「ガーゴイル?でもガーゴイルは重いからこんな高さは……」


 バリケードは四メートル以上の高さにしてあったので、重いガーゴイルが天井から入ってこられるとは思えなかった。


「いや、それがその個体は……」


 衛生兵がそこまで言ったところで、バリケードの向こうの地面でドンッ、と低い音がした。


 それと同時に、蔦越しに何かの影が飛び上がるのが見える。その影はバリケードの壁を越えて、天井の蔦の隙間からするりと侵入してきた。


「ぇええっ!?嘘!!」


 僕は我が目を疑った。


 衛生兵の言った通り、ガーゴイルがジャンプ一発で飛び越えてきたのだ。


 ガーゴイルは動く石像だが、様々なモチーフの石像があるようにその姿は様々だ。


 動物のこともあれば人間のこともあるし、中には怪物だったり、武器を持っていたりするものも珍しくはない。


 そのガーゴイルは半裸の裸婦像だった。見目麗しい裸婦像が、石の槍を構えている。


 細身といえば細身ではあるが、それだけでこの身のこなしは説明できない。やはりかなり強い個体だと見て間違いはないだろう。


「こいつだ!!こいつのせいで俺たちの部隊は後退を余儀なくされたんだ!!」


 裸婦像のガーゴイルを前にした衛生兵が、恐怖の滲んだ叫び声を上げた。他の隊員たちも同じような悲鳴を上げている。


(い、一体で部隊一つを後退させるモンスターって……)


 僕は腰を抜かして尻もちをついた。


 このガーゴイルは一般人の僕には想像もつかないような強さなのだろう。


 素早いと言っていたし、少なくとも僕程度は一瞬で絶命させられてしまうはずだ。


 そのモンスターが無機質な瞳で僕を見下ろしている。どうやら一人目の犠牲者として僕が選定されてしまったようだった。


 美しい裸婦像が、槍をしごきながらこちらに一歩踏み出してくる。僕はその足音に完全なパニックを起こし、頭の蔦をメチャクチャにぶん回した。


 おっちょこちょいの僕は、思えばよくこうやって蔦をグシャグシャに絡ませてしまうことが多かった。


 しかしそれも今日でお終いだ。もう自分の蔦で自分をがんじがらめにすることもないだろう。


(それはそれで、なんだか寂しいな……)


 僕はなぜかクウさんに蔦をほどいてもらった時のことを思い出し、妙なことを考えた。自分でも意味が分からない。


 だが、もう死んでしまうのだ。何が何だっていいだろう。


 僕は半ば諦めの境地で固く目を閉じていた。が、なぜかいつまで経っても槍で突かれる苦痛は訪れない。


(…………?)


 僕が不思議に思い目を開けると、ガーゴイルは地面に倒れていた。


「え?なんで?」


 僕はそうつぶやいたが、実はその理由はひと目見ればすぐに分かる。


 ガーゴイルは僕の蔦に縛られて、完全に拘束されていた。


 両手を後ろ手に縛られているだけでなく、足や胴体にも蔦が巻き付いて動けなくなっている。


 適当に振り回した蔦が偶然ガーゴイルを縛りつけたようだった。


 一度でも縛られた人なら分かるだろうが、多少力が強いくらいでは拘束からは抜け出せない。


 人体が思い切り筋力を使える体勢というのは限られており、きちんと縛られた状態で全力を発揮するのはまず不可能だ。


 このガーゴイルはかなり強い個体ということだったが、今のように縛られてしまえば僕の蔦でも拘束から逃れることはできないようだった。


「た、助かった……」


 ホッと息をつく僕へ、衛生兵が称賛の声をかけてくれた。


「アンタすげぇな。でも……なんで亀甲縛り?」


「へ?」


 その縛り方の名前は知らなかったが、確かに蔦の縄目は亀の甲羅によく似ていると思った。



****************



【オーク ハンプの記録】



 俺の主な仕事は兵たちの訓練だ。


 教官として、豚どもが出来るだけ死なないように、徹底的にしごきあげることを生業としている。


 が、それをするには当然ながら俺自身が兵として高い実力を持ち合わせていなくてはならない。


 だから俺自身も兵として戦えるし、今回のように大規模な戦い・難しい戦いには参加することが多かった。


「俺の可愛い豚ども……無事でいてくれよ」


 祈りを込めてそうつぶやく。そしてハムストリングに魔素を込めて地を蹴った。


 今回の戦いで、俺は遊撃隊として動いている。


 隊と言っても一人だけなのだが、要は自分の判断で自由に戦場を駆け回っていいことになっているわけだ。


 そして俺が主にやっているのが、新兵たちの救援だ。


 奴らはまだ経験が浅く、危険を認識する能力が低い。自然、気づかぬうちに死の淵へ落ちかかっていることが多いため、それを救うために動くことが多かった。


「確かにこちらから聞こえたが……」


 不思議なことに、俺は教え子の声ならよく聞こえた。


 特に助けを求める声は、常人では聞き取れないような遠くの声でも分かるのだ。


 ただし、今回はもしかしたら厳しいかもしれない。その声とはあまりにも距離がありすぎた。


(しかも一度悲鳴が聞こえてから静かになった後、しばらくしてからまた新たな悲鳴が上がった。モンスターが集まっている可能性がある)


 立て続けに襲われているということは、周囲にモンスターが多い可能性が高いだろう。


 一度目の悲鳴の危機はなんとか脱したのかもしれないが、早く行ってやらねば最悪の自体になりうる。


(第三部隊は特に新兵が多かったからな……)


 編成の都合上、仕方ないことではあったが、それでも悔やまれる。


「頼む、俺の筋肉たち……!!」


 俺は相棒たちに対して、哀願するようにつぶやいた。そして速く走るための筋肉を改めてイメージする。


 大臀筋、腸腰筋、大腿四頭筋、ハムストリング、内転筋群、下腿三頭筋……


 これまでの人生を共にした、最高の相棒たちだ。


 俺は彼らのために最高の環境と最高のトレーニングを施してきた。望めば、きっと応えてくれるはずだ。


 果たして俺の体は加速し、風のように森の中を駆け抜けた。


 そして、見えてきた。


「あれか!!」


 第三部隊はどうやらドライアドの蔦を使ってバリケードを築いているらしい。


 そのようなことができる兵はいなかったと思うが、民間人の応援が頑張ってくれたのかもしれない。


(もし負傷兵が多くて動けないなら、悪くないやり方だ。しかし、このままではすぐに破られるな)


 そのことは一目瞭然だった。


 三体のワイバーンがバリケードに乗って、その天井を食い破ろうとしている。


 ワイバーンは下位種とはいえドラゴンだ。その力はそこいらのモンスターよりもずっと強い。


「マッスルビーム!!」


 俺はワイバーンたちに向かって思い切り拳を突き出した。


 パンチの衝撃波が発生し、ワイバーンたちに襲いかかる。


 それが到達するのとバリケードが破られるのがほぼ同時だった。あと一瞬遅ければ、バリケード内に降りた個体によって数人はやられていたかもしれない。


 ワイバーンたちは俺のマッスルビームを食らって横に飛ばされた。


(体勢が整う前に一体は仕留める!!)


 俺は全身の筋肉を固め、駆けてきた勢いそのままに跳んだ。


 そして体を丸くして、一番近いワイバーンに突っ込む。


「マッスルキャノンボール!!」


 己の筋肉を砲弾と化してぶつかる大技だ。


 それを胴体に食らったワイバーンは詰まったような声を上げて倒れ、ピクピクと痙攣した。


 確実に無力化したことを確認した俺はジャンプでバリケードを乗り越え、兵たちの元へと降りた。


「おい、豚ども!!生きてるか!?」


 教え子たちは俺を見て、歓喜の声を上げた。


「ハンプ教官!」


「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!助かりました!」


「俺……もう死ぬかと……」


 よほどの恐怖にさらされていたのだろう。涙ぐんでいる者が多かった。


 一人、兵ではないと思われるドライアドの青年がいたが、おそらく彼がバリケードを作ってくれたのだろう。


 しかもそのそばには蔦で縛られたガーゴイルがいる。なかなか優秀な青年のようだが、彼も俺を見てホッとした顔をしていた。


 しかし、安心するのはまだ早い。ワイバーンはもう二体いた。


 俺が空を見上げると、二体のワイバーンが俺たちの真上を旋回しながらこちらを眺めていた。


「空高くに逃れれば安心だとでも思ったか。先ほどお前たちが食らったように、人は筋肉を鍛えればビームすら放てる。そして……」


 俺は身を沈ませ、しゃがみ込んで足に力を溜めた。


 そして大臀筋、腸腰筋、大腿四頭筋、下腿三頭筋に魔素を込めて、バネのように跳ね上がる。


「マッスルフラーイ!!」


 俺の体は天に向かって真っ直ぐに昇り、ワイバーンへと到達した。


「見たか!鍛えられた筋肉は空を飛ぶことすら可能にするのだ!」


「いや、確かにすごいですけど……めっちゃ高くジャンプしただけでは?」


 ドライアドの青年がそうつぶやくのが小さく聞こえたが、全くもって認識間違いだ。


 ワイバーンが安全圏だと思っているほどの高さまで行けるのだから、それは飛んでいるのと同じことだ。


(あの青年は見込みがありそうだし、今度しっかり鍛えてやって筋肉の素晴らしさを教えてやろう)


 俺はそう思いつつ、驚愕に目を見開いたワイバーンの首に手を回した。


 そしてチョークスリーパーでその首をへし折る。


「マッスルレンチ!!」


 ゴッと鈍い音がして、一体のワイバーンは動かなくなった。


 俺は空中でその死体を蹴り、もう一体のワイバーンの背中へと飛び移った。


 突然背中に乗られたワイバーンは驚き、俺を振り落とそうと暴れまわった。


 しかし鍛え上げられた俺の屈筋はワイバーンの表皮を掴んで離さない。


 そして反対の手で、首の根本に思い切り拳を叩きつけてやった。


「マッスルハンマー!!」


 拳はワイバーンの体に深くめり込み、一撃で仕留めることができた。


「よし、これで終わり……しまった!!」


 俺は地表に目を向けて自分の油断を知った。


 ワイバーンはもう一体いたのだ。


 木々やバリケードで死角になっている位置にいて、気が付かなかったようだ。


 そのワイバーンは俺がジャンプした後にバリケードへと侵入してきたらしい。


 鋭い牙が、今まさにドライアドの青年に襲いかかるところだった。


「間に合え!!」


 俺はワイバーンの体を思い切り蹴り、地表に向かって弾丸のように飛んだ。


 そして間一髪のところで青年の前に着地し、ワイバーンの牙を掴むことができた。


 ワイバーンは顎を横にねじらせ、俺のことを噛み千切ろうと力を込めてくる。


 俺は上下の牙をそれぞれ両手で押さえ、腕を広げてそれに耐えた。


「……いいだろう。貴様の咬筋と俺の僧帽筋、どちらが強いか勝負だ!!」


 俺は楽しくなってきた。ドラゴンと筋肉比べをできることなど、なかなかないだろう。


 ワイバーンの顎の力はさすがに強い。岩ですら噛み砕くと聞いたことがあるが、確かにそれくらいはできそうだ。


「なかなかやるな……しかし貴様程度、俺の相棒の敵ではない。くらえ、マッスルオーガ!!」


 俺は肩から背中にかけての相棒を覚醒させた。


 そして腕を思い切り開く。


 ワイバーンの顎は二つに裂け、それと同時に俺の背後でドライアドの青年のつぶやきがこぼれた。


「せ、背中に鬼がいる……」



****************



【マイコニド ピノの記録】



「第三部隊、救援が間に合ったようです。死者もいません」


 私は地面から伸びた腰ほどの高さのキノコに手を当て、評議長のフレイ様にそう報告した。


 フレイ様はホッと息を吐いてからうなずいた。


「それはよかった。ですが、応援に向かわせた部隊がもう着いたのですか?随分早いようですが……」


「いえ、この魔素はおそらく遊撃隊のハンプ教官でしょう。危機を察知して向かわれたのだと思います」


「あぁ、なるほど。彼は教え子のピンチに敏感ですからね」


「それと第三部隊が後退する原因になった強個体のガーゴイルですが、どうやら無力化することに成功したようです。こちらは私の知人であるドライアドの学生の功績のようですが」


 私は目の前の大きなキノコに意識を集中しながら、考えられる事態を報告した。


 もちろんこのキノコはただのキノコではなく、菌糸魔法だ。


 キノコから伸びる菌糸が主戦場のほとんどに広がっており、菌糸が感じた魔素をキノコから読み取ることができる。


 私はそれを用いて戦場全体の状況を把握できるのだ。


 私とフレイ様は全軍に指揮を出す本営にいるが、本営にはいくつかの予備隊が置かれている。


 それを状況に応じて必要な箇所に投入していくのがここで一番大きな仕事になる。


 それには戦場全体の状況把握が何よりも大切で、そのために私の特殊な菌糸魔法が用いられているのだった。


(ここまで広範囲に広がれる生物は他にいません。やはりキノコは偉大ですね)


 私は心の中でそのことに満足し、小さくうなずいた。


 しかしフレイ様の方は私の報告に首を傾げた。


「ドライアドの民間人の学生……というと、野戦病院の手伝いで雇われているだけのはずですが。前線に出すような雇用契約にはなっていませんし、何よりそれほど戦えるとは思ってもみませんでした」


 それは私にとっても意外なことだった。


 キノコから感じる魔素は確かにダナオス様のもののようだったが、彼はさほどの戦闘力を持ち合わせてはいないはずだ。


(そういう星回りの人なのかもしれませんね)


 何となく、そう思った。


 二百年以上も生きていると、そういう不思議なものを感じることがある。


 ハンプ教官の方もそうだ。


 いくら教え子のピンチに敏感と言っても、私が感知したハンプ教官の移動距離は間違っても悲鳴などが聞こえるような距離ではない。


 そういった説明のつかないことが世の中にはいくつもあるものだ。


「何にせよ、お二人のおかげで第三部隊は救われました。死者が出なくてよかった」


 私は胸を撫で下ろした。


 これまで上手く予備隊を投入できていたため、死者は一人も出ていないのだ。


 それが強個体のガーゴイル一体を契機にして、崩れそうになっていた。


 今行かせている予備隊が着けばこの方面も立て直せるだろう。


「死者が出ていないのはピノさんの功績が一番大きいと思いますよ。戦場全体の状況が感知できる魔法、これがあるのとないのでは戦い方がまるで違います」


「ありがとうございます。ですがその情報をきちんと使えているのはフレイさんを始め、首脳部が優秀だからですよ」


「先ほどあわや部隊一つを潰してしまうところでしたがね」


 フレイ様は冗談めかして笑ってみせたが、そんなに軽く思ってはいないことを私は知っている。


 第三部隊の危機を認識した時、フレイ様は自らを罰するようにして自身の腕に爪を立てていた。


 服の下ではきっと内出血になっているだろう。


 私はポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認した。


「フレイ様、そろそろお時間のようです」


「分かりました。全部隊に進行速度を下げるよう伝令を出しましょう。無理はせず、危険があるようなら第三部隊のように躊躇なく後退させます」


 伝令係の兵が呼ばれ、フレイ様はその旨を伝えた。


「作戦開始前にも伝えましたが、くれぐれも無理はしないように再度伝達してください。こちらの戦場は、あくまで囮ですからね」



***************


☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈ロボットアニメとG〉


 ロボットアニメ、いいですよね。


 血がたぎります。


 でも科学的には色々問題がありまして、特に有人機の場合は『中に入ってる人間がGや揺れに耐えられない』という点が指摘されています。


 ロボット本体は科学技術や新素材によってある程度可能になっていきそうな気もしますが、人間の強度だけはどうしょうもない。


 作中ではファンタジーらしく魔法の道具でなんとかしていますが、純科学の作品では頭を悩ませそうです。



〈亀甲縛り〉


 SMに興味がない方でも『亀甲縛り』という縛り方の名前は聞いたことがあると思います。


『体の色んな部位が強調されるいやらしい縛り方』


 というイメージがありますが、元々はそんな目的などまったくない、実用的なものだったそうです。


 例えば米俵のように大きくて重いものは、普通に縛ると縄がずれたり、中身が片寄ったりしてしまいます。


 それで多角形の網目を作ることで安定させようとしたのがその起源だと言われています。


 また亀の甲羅は縁起が良いものだという認識もあったため、広まったということもあるらしいです。


 そういうことを考えると、『亀甲縛り=恥ずかしいもの』という認識は、その認識自体が恥ずかしいものなのかもしれません。



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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