第16話 ケンタウロスの嫁

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私は颯爽と現れたヒューマンの男性の横顔を見て、そんなことを考えた。


「やめなさい、嫌がってるじゃないか。その子を離すんだ」


 彼はそう言って私とゴロツキたちとの間に入ってくれた。


 その直前、私は路地裏で複数の男たちに絡まれていたのだ。


 別に変わったことをしていたわけではない。路地の先にあるお店のクッキーが美味しいと聞いたから、それを買いに来ていただけだ。


 その帰りに、近道になるだろうと思って通った路地裏でガラの悪い連中に絡まれた。


 初めは下品な言葉を二言三言かけられただけだったが、無視して通り過ぎようとすると一人が私の腕を掴んできた。


 さすがに私は怖くなった。この異世界に来てモンスターとも戦ったとはいえ、私も一人の女子だ。


 暗い路地裏で悪そうな人たちに囲まれて、身の危険を感じないわけがない。


 そんな時、一人の男性が颯爽と現れた。そして先ほどのセリフだ。


(これは……全世界の女の子が憧れる最高のシチュエーションだ!!この人が私の運命の人かもしれない……)


 私はうっとりと彼を見た。


 最高のシチュエーションで、しかもイケメンだ。切れ長の目が私の情感を刺激する。


 この状況は、もはやメスを誘っているとしか思えない。


「何だてめぇは?とっとと失せやがれ!」


 ゴロツキの一人が彼を睨みつけた。


「そうさせてもらうよ、彼女も一緒にね」


 彼はそう言って私の手を取り、歩き出そうとした。


 握られた手からトキメキが溢れ出してくる。


「馬鹿言ってんじゃねぇ。その姉ちゃんは俺たちと遊んでいくんだよ」


 ゴロツキは私を掴んでいた手で、今度は彼の腕を掴んだ。


 しかし次の瞬間、その部分から炎の龍が吹き上がった。


 ゴロツキは手を押さえて後ずさり、炎の龍は私と彼を守るようにその周りをぐるりと巻いた。


「消し炭になりたくなかったら、もう行かせてくれ」


 私はこのセリフに頭をクラクラさせた。


 最高のシチュエーションでイケメンで、しかも強い。さらに言わせてもらえば、その少し高い声も抜群に魅力的だ。


 私はこの人が運命の人だと確信した。


(よし、今夜はこの人の部屋に泊まろう)


 私はそう決心した。


 もう貞操観念とか気にする必要はない。だって運命の人なんだから、どんないやらしい事をしたってオールオッケーだ。


 そう思うと、脳内でありとあらゆる妄想が繰り広げられる。あんな事やそんな事、こんな事やまさかそんな事まで!!


「ふふふ……ふふふふ……」


 私は彼に腕を引かれながら妄想を爆発させ、体を熱くしていった。


 人通りの多い所まで出た彼は私の方を振り返った。


「ふぅ、ここまでくれば大丈夫……君、なんだか顔が赤いけど。熱でもあるんじゃない?」


 そう言って私の額に自分のおでこをくっつける。彼の綺麗な顔が息の触れる距離まで近づいた。


(ジーザス!!こんな夢のドキドキシチュエーションが体験できるなんて!!)


 このまま少しだけ唇を前に出してキスしてしまおうかと私が思った時、残念ながら彼の顔はすっと離れていってしまった。


「やっぱり熱いけど……家は近く?よかったらうちで休んでいく?」


 なんと!!彼の家でご休憩!!


 そのご休憩はどのようなご休憩なのだろうか?


「は、はいっ!ぜひ!!」


 私は勢いよく返事をして、その後すぐに自分の目を疑った。


(……え?)


 ほんの一瞬であり得ないことが起こっていた。


 私のおでこから離れていった彼の顔は、私が認識していたものとは全く違うものになっていたのだ。


「じゃあ、私の主人が近くにいるはずだから乗せてもらいましょう。この辺をぶらぶらしてるって言ってたんだけど……どこに行ったのかしら?」


 私?主人?かしら?


 突然のことに私の頭は混乱したが、一つだけ確実に理解できたことがある。


 私の運命の人だと思っていた彼は、彼ではなく彼女になっていた。


 そう、気づけば女性になっていたのだ。


「え?え?……女の人?」


 目を白黒させる私に、その女性は綺麗な笑顔を見せた。


「あっ、ごめんなさいね。ビックリさせちゃった?私ね、幻術士なの。だから相手に幻を見せる魔法が得意なのよ。さっきみたいにガラの悪い所を通る時には、男の人に見えるような魔法をかけてるの」


 彼女は手の平から小さな炎の龍を出してみせた。


「もちろん、この火も幻術よ」


 私は運命の人が女性だったことに絶望した。


 さっきまでのテンションをどうしたらいいのだろう。


(でもこの人……すごい美人だな。三十代半ばくらいかな?……もうこの人が運命の人でもいいかも……いや、さっき主人とか言ってたし、既婚者はちょっとマズいかな……)


 私がかなり血迷ったことを考えていると、美人の幻術士さんは笑顔で自己紹介してきた。


「私の名前はカリクロー。この街の郊外で、夫と一緒に小さな学校を経営してるのよ」


「カ、カリクローさんですね。助けていただいてありがとうございました。私の名前は……」


 名前を言おうとした私の背後で、妙に聞き覚えのある声が上がった。


「カリクロー、探したかな?ちょっとそこの本屋を物色してて……ん?」


 私がその声に振り返ると、そこにはやはり見覚えのある顔があった。


 そして、顔に見覚えがあるのは向こうも同じだ。


「……クウさん?」


「あ、ケイロンさん」


 そこにいたのはケンタウロスの賢者、ケイロンさんだった。



****************



「お持たせですが」


 カリクローさんが私の買ってきたクッキーを紅茶と一緒に出してくれた。


「ありがとうございます。いい香り……」


 私はほのかにリンゴの香りがする紅茶を一口飲んでから、クッキーに手を付けた。


 うん。美味しい。


 宿の主人であるウェアウルフのネウロイさんから勧められたお菓子屋さんだったが、大当たりだ。


 一緒にテーブルを囲むカリクローさんとケイロンさんもそう思ってくれたらしい。


「美味しいクッキーね」


「クウさんはまだこの街に来て間もないのに、いい店を知っていますね」


 ネウロイさんの功績だが、二人に喜んでもらえれば私も嬉しい。


 私たちは街でばったり会った後、ケイロンさんのご自宅でお茶をいただくことになった。


 カリクローさんとはそもそも家で休ませてもらうという話になってはいたが、当然熱などないし体調も万全だ。


 ゴロツキに絡まれて気分が悪くなっていただけだということにして、ただのお茶会をさせていただくことになった。


「それにしても、クウさんと会うのはだいぶ久しぶりですね。役所にダンジョン攻略を報告しに行って以来ですか」


「そうですね。その後はアステリオスさんのお店で色々な仕事を受けてましたから」


「そういうお話だったので、私としては仕事でもっと召喚されるものだと思っていたのですが……街から遠出するならケンタウロスの足は有用ですし、私の鞍は二人までなら乗せられますから同行者がいても大丈夫ですし……」


 ケイロンさんの言葉に、妻のカリクローさんもうなずいた。


「そうそう。この人、召喚されるのを楽しみにしてたのよ。それにクウさんはまだモンスターに慣れてないから心配だって」


「すいません。ただ、ちょっと……」


 心配していただいていたことはありがたい。本当にいい人だ。


 私としても、正直なところケイロンさんを喚びたいと思ったことは何度もあった。


 仕事場がちょっと遠いことも多かったし、モンスターも怖い。


 しかし、いざ召喚しようと思うと色々考えてしまう。


「……召喚って相手が何してるか分からないのに喚び出しをかけるじゃないですか。だからちょっと気兼ねしてしまって」


 そう、召喚魔法を使おうとする時に相手の状況は分からないのだ。


 家でただ暇してる時なら構わないが、大切な仕事をしてる時かもしれない。すごく疲れて何もしたくない時かもしれない。


 なんならトイレで頑張ってる時かもしれない。


 召喚は拒否できるので本当に困る時なら喚び出されないだろうが、強制的に脳内に喚び出しメッセージが現れるのもウザいだろう。


(ケイロンさんはこんな美人の奥さんがいるんだから、それこそイチャラブしてる時かもしれないし。そんなところに召喚のメッセージなんか来たら……ん?)


 私はそこでふと気づいたが、カリクローさんは私と同じヒューマンだ。元の世界で言うところの、ただの人間だった。


 しかし、夫のケイロンさんはケンタウロスだ。腰から下は馬であり、もちろん男性のアレも馬だろう。


(……え?この二人の愛の営みって、どうなるの?)


 そもそも、異種族間の結婚が成り立つということを私は今知った。一般的なのだろうか?


 よくよく考えたら、これまでも街で異種族カップルをたくさん見た記憶がある。


(愛が種族の壁を超えるっていうのは素敵なことだけど……夫婦のアレコレってどうなるの?っていうか、どうやってやるの?)


 私の脳内は一瞬にしてパンクしそうなほどの妄想に溢れかえった。


 もし破裂して中の妄想が漏れでもしたら、私は即座に変態娘の烙印を押されるだろう。


 しかし幸い、破裂する前にケイロンさんの声で我に返された。


「そうではないかと思っていました。でも遠慮する必要はありませんよ。気にしないで喚んでください」


 私は慌てて元の話題に頭を切り替えようとした。


 えーっと、なんの話だっけ?そうだ、召喚を気兼ねするって話だ。


「よ……喚ばれる側からしたらそうかもしれませんけど、いいって言われてもやっぱり気にしますよ」


 私の言うことにカリクローさんも同意してくれた。


「そうよね、私もクウちゃんの気持ちは分かるわ。相手の予定をあらかじめ尋ねられたらいいんだけど……でも手紙なんかでやりとりしてたら時間かかっちゃうし、毎回ここまで来るのも大変だし……」


 元の世界であればITで簡単に解決する問題だが、この世界ではそういうわけにもいかない。


 魔素っていう便利なものがある代わりに、不便なこともある世界だ。


 カリクローさんがケイロンさんの二の腕をつついた。


 仲睦まじい夫婦のやりとりだ。私はそれだけで先ほどの妄想ロケットに再点火しそうになった。


「ねぇあなた、何か良い考えはないかしら?ケンタウロスの賢者なんて呼ばれてるんだから、こんな時こそ知恵を出してよ」


「やめてくれ。私は『賢者』なんて恥ずかしい呼ばれ方は好きになれない」


 私はその呼称を耳にして、ここぞとばかりに尋ねてみた。


「ケイロンさんって、なんでケンタウロスの賢者って呼ばれてるんですか?」


 ずっと気になっていたのだ。前に聞いた時はなんだか嫌そうな顔をしてはぐらかされたが、今なら答えてもらえそうな気がする。


 そして私の期待通り、カリクローさんが教えてくれた。


「私たちはここで学校をやってるけど、この人は教師として結構評判が良いの。それが一つ目の理由」


 そのことに関しては私も納得できた。


 ケイロンさんは物識りだし、説明もとても分かりやすい。それに私が差別的な言葉を使ってしまった時も上手に教え諭してくれた。


「そしてもう一つの理由は……」


「カリクロー」


 ケイロンさんが眉をしかめてカリクローさんを止めた。どうやら話されたくないらしい。


「いいじゃない別に」


「じゃあ、君は生徒が私と同じようなことをしたら止めないのか?」


「それとこれとはちょっと話が違う気がするけど……まぁいいわ。クウちゃん、とりあえずこの人が昔やったヤンチャが一番の理由だっていうことだけ教えてあげる」


 残念ながら、カリクローさんは具体的なことは教えてくれなかった。しかし、ケイロンさんとヤンチャという言葉がどうもリンクしない。


「気になります……」


 隠し事をあえて追求するのも良くないが、つい不満が口をついて出てしまった。っていうか、それだけ教えられてもむしろ気になる。


 カリクローさんも申し訳ないと思ったのか、一つ情報を足してくれた。


「なんならアステリオスに聞いてみたらいいわよ。あの人と一緒にやったヤンチャだから。そういえば評議長のフレイさんも一枚噛んでたわね」


「カリクロー、もうその話はいいだろう」


 ケイロンさんがちょっぴり苛立ちを見せたので、その話はそれで終わりになった。


 正直すごく気になる。しかも予想外にアステリオスさんやフレイさんの名前まで出てきたからなおさらだ。


(っていうか、アステリオスさんとケイロンさんってそんなに仲良かったのか……その割にはケイロンさんからアステリオスさんに私の紹介とか無かったみたいだけど)


 私はまだそんなことを考えていたが、ケイロンさんは紅茶を一口飲んでから話題を戻した。


「例えばですが、何か小さな鳥のようなものに手紙を運んでもらえれば比較的短時間でやり取りできるのですが……」


「伝書鳩みたいなものです?」


「伝書鳩?それは聞いたことがありませんが、鳩に手紙を送らせるということですか?」


「そうです。私もやったことはありませんけど、そういう事ができると聞いたことがあったので」


 ケイロンさんは口元に手をやって少し思案した。


「きちんと訓練すれば無理ではないかもしれませんが……訓練や鳩の飼育の手間を考えると現実的ではありません。それに、途中でモンスターに襲われてしまう可能性も高いと思います。確実性に欠けるでしょう」


 そうか、この世界ではモンスターがいるから元の世界みたいな伝書鳩は無理なんだ。


 だからハーピーのハルさんが所属していた空輸協会みたいなものが重要な社会インフラになっているわけだ。


(伝書鳩は無理か。鳩より強くて賢くて、手間のかからない鳥でもいたらな……)


 私はふと窓の外を見た。鳩以上に使える鳥でもいないかと思って、何となくそうしてみただけだ。


 この建物はケイロンさんの自宅兼学校なので、窓の外にはちょっとした校庭が広がっている。鉄棒やブランコなどの遊具もあった。


 その鉄棒に、ちょうど一匹の黒い鳥が止まっていた。カラスだ。


「鳩がだめならカラス……ってわけにはいきませんよね。カラスの方が人に懐かないし」


 私はそう言って笑い、ケイロンさんとカリクローさんも窓の外へと目をやった。


 そして次の瞬間、二人は同時に叫ぶような声を上げた。


「「八咫烏やたがらす!!」」


 夫婦というものはやはり相性がいいのか、二人の声は完全にハモっていた。


「ヤタガラス?……って、そんなに変わった種類のカラスなんですか?」


「クウちゃん、足見て足!」


 私はカリクローさんに促されてそのカラスの足を見た。


 そして驚いた。


「あ、足が三本ある!?」


 そのカラスは体こそ普通のカラスと変わらなかったが、二本の足の少し前にもう一本の足が生えていた。


 そういえばこんなカラスの絵をどこかで見たことある気がする。


(どこで見たんだっけ?なんかスポーツ関係だったような気が……)


 私がそれを思い出す前に二人が立ち上がった。


 ケイロンさんは部屋の隅に置いてあった弓矢を取り上げる。


「クウさん、すぐに私を召喚してください。八咫烏を隷属させましょう」


「え?あ、はい。分かりました。いいモンスターなんですか?」


「八咫烏は一度見た人や場所を確実に覚えて、どこからでもそこへたどり着くことができるモンスターです。人の場合は移動してもどこにいるか分かります」


「すごい!じゃあ、手紙を届けてもらうのに最適ですね」


「もちろんそういった目的にも使えますし、何より重宝されるのはダンジョン探索です。八咫烏がいれば迷っても絶対に入り口まで戻って来られますからね。別名『導きの鳥』と呼ばれています」


 なるほど。とっても便利なモンスターだ。


 私は右手の人差し指と親指で輪を作り、ケイロンさんの名前を念じた。


 ケイロンさんは一瞬赤い光に包まれてその場から消え、すぐに少し離れた私の目の前に現れた。


 そして私たちは部屋を出て校庭へと向かった。カリクローさんもついてくる。


「クウちゃんってすごく運がいいわ。八咫烏は超激レアモンスターよ。私も野生の個体を見るのは初めて」


「そうなんですか?じゃあ逃さないようにしないと」


「そうね、私も手伝うわよ」


 私としては異世界なんて所に飛ばされている時点で運がいいとは思えなかったが、超激レアに出会えたことはありがたい。


 ケイロンさんは玄関の扉に半身を隠して八咫烏を覗き見た。


「八咫烏は戦闘能力の高いモンスターではありません。ですが、とても頭が良くて器用なモンスターだと聞きます。逃さないように、しかし死んでしまわないように、練習用の矢でここから狙いましょう」


 ケイロンさんがつがえた矢の先にはやじりではなく、小さな布の玉が付けられていた。おそらく当たっても大きな怪我にならないように、砂か何かが入っているのだろう。


 ケイロンさんは狙いを定め、矢を放った。


 しかしその矢が弓を離れる直前、八咫烏は飛び立った。


 もし殺気を感じて避けようとしたなら、かなり感覚の鋭敏なモンスターだ。


 矢が空を切り、八咫烏が逃げるかに思われた瞬間、その目の前に大きな壁が現れた。


 八咫烏は空中で急ブレーキをかけて止まる。


「そっちは行き止まりよ?いい子だからこっちにおいで」


 見ると、カリクローさんが八咫烏に向かって片手を掲げている。


 カリクローさんは幻を見せる幻術士だと言っていた。あの壁はきっと魔法で作られた幻なのだろう。


 動きを止めた八咫烏をケイロンの矢が襲う。しかし、八咫烏は器用に旋回してそれを避けた。


 ただし避けた先にはカリクローさんの作り出した幻の壁が現れる。八咫烏はだんだんと追い詰められていった。


 そのうち避けきれなくなった一矢が八咫烏の体をかすめた。仕留めるほどではなかったが、黒い羽根が数本散る。


「やった!あとちょっと!」


 私は思わず声のトーンを上げた。


 が、それはすぐにまた下がることになる。


 八咫烏が急に幻の壁へ向かって突っ込んだからだ。


 もちろんただの幻術なので、なんの抵抗もなく突き通った。


「えっ?……なんで急にバレたんだろう?」


 私には何がなんだか分からなかったが、ケンタウロスの賢者はすぐにその理由に気がついた。


「おそらく散った羽根が壁を透過したのを見たのでしょう。それで幻だと悟ったのです」


 何それ、めっちゃ頭良い!!


 うちのガルもそうだったけど、鳥頭なんてホント嘘だな。


 八咫烏は森の方へと逃げていく。


「あぁ、行っちゃう……」


 絶望的な声を上げる私の横で、カリクローさんが両手を森へと向けた。


 すると、八咫烏を遮るように幾本もの木々が現れる。


 しかしすでに幻術は見破られているのだ。八咫烏は木々を無視して直進した。


 当然ながら、なんの抵抗もなくすり抜けられる。


「あなた、このまま森の方へ逃げるように射って!」


 カリクローさんはそう言ったが、私には意味が分からなかった。森の中へ逃げられたら、もう見つけることはできないだろう。


 しかしケイロンさんには何かが理解できたようで、すぐに言われた通りを実行した。


「よし、分かった!」


 矢継ぎ早に矢を放ち続け、森へと向かうよう誘導する。


 そのうち森の端にたどり着き、私はもう捕まえるのは無理だと思った。


 が、そこで予想だにしない事態が起こった。


 八咫烏が幻の木の内の一本にぶつかったのだ。


(……いや違う!あれは本物の木だったんだ!)


 鈍い私もようやくカリクローさんの作戦に気づいた。


 幻の木と本物の木を混ぜて八咫烏を錯覚させたのだ。


 幻だと思って突っ込んだ木は実は本物で、八咫烏は自ら全速力で固い木にぶつかることになった。


 人間でも気づかずに物に体をぶつけるとすごく痛い。体が衝撃に備えていないということが大きいのだろう。


 八咫烏も相当なダメージを負ったようで、すぐに気を失って地に落ちた。


 私は急いでそこまで走った。目が覚める前に隷属を済ましてしまわなければならない。


 息を切らしながら呪文を唱え、青く光る指を八咫烏へと挿し入れる。


「セ、セルウス・リートゥス」


 八咫烏の体が青く光り、蔦のような紋様が現れて隷属魔法が成立した。


 今回は八咫烏の自爆といえば自爆だが、私の召喚したケイロンさんが追い詰めた結果なわけだから、私が屈服させたという解釈でよいらしい。


「やった!八咫烏ゲット〜♪」


 八咫烏はすぐに起きてこちらを振り向いた。


 賢そうな瞳をしている。黒い毛並みも美しい。


 新しい主人がどんな人か気になるようで、小さく首を傾げてみせた。


「私はクウ。出来るだけ優しいご主人様でいるから、色々助けてね。君の名前は……ヤタだ!よろしくね、ヤタ」


 カァー、と八咫烏のヤタはクチバシを大きく開けて応えてくれた。


 ケイロンさんもレアモンスターの隷属を喜んでくれた。


「やりましたね。これからは急ぎでなければ、まず八咫烏に手紙を持たせてください。それなら気兼ねすることもないでしょう。ただ、急を要す場合は遠慮なく喚んでくれて構わないんですからね?」


「分かりました。ありがとうございます」


 これでケイロンさんに色々お願いしやすくなった。


 今のところ私の召喚契約者は二人だけだが、もう一人のヴラド公は複数回召喚すると色々失うことになるのでちょっと簡単には喚べない。


 基本、頼るのはケイロンさんになるだろう。


 それに、私もだんだんと知り合いが増えてきたので連絡をつけやすくなるのは助かった。


 ヤタに一度見させておけばいつでも手紙を発送できるし、返信は召喚を解除すれば一瞬で受け取れる。


(便利さでいえば、うちの子たちの中でも一番なんじゃないかな)


 私がそう思っているところへ、子供の幼い声が届いた。


「お父さーん、珍しいモンスターいたのー?」


 そちらの方を振り向くと、カリクローさんが小さなケンタウロスの女の子と一緒にこちらへ歩いて来ていた。


 腰から下はケイロンさんと同じく馬だが、目鼻立ちはカリクローさんによく似ている。


 お父さんと呼ばれたケイロンさんがその子のことを紹介してくれた。


「娘のテアといいます。遊びに出ていたのですが、ちょうど帰ってきたのでしょう」


 テアちゃんはまだ中学生くらいだろうか。


 私の前に来ると、可愛らしく膝を曲げてお辞儀をしてくれた。


「はじめまして、テアです」


「こんにちは、お父さんのお友達のクウです。よろしくね」


 私はヤタをテアちゃんの前へ進ませた。


 テアちゃんとカリクローさんはヤタの前にしゃがんで、その足をまじまじと見た。


「わ、すごい!足が三本ある!こんなカラス見たことないよ!」


「そうね、超激レアモンスターよ」


 母娘で二人並ぶと、本当によく似ているのが分かる。テアちゃんはきっと美人のケンタウロスになるだろう。


 そこで私はふと思った。


(やっぱりカリクローさんはケイロンさんと子作りしてテアちゃんを産んだんだ……ってことは、二人はやることやってるわけで……)


 再び私の頭は疑問と妄想でいっぱいになった。


 その行為の様子を頭に思い浮かべると、体が自然と熱を帯びる。


(どんなふうにするんだろう?あんなふうかな、こんなふうかな……っていうか、ちゃんとできるの?馬並みなんて言葉をよく使うし、きっとケイロンさんのアレは戦闘形態ではかなりジャンボなはずだよね?ヒューマンの体で受け入れることができるのかな……?)


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817139557877663055


 私は痴的好奇心が止められなくなり、それとなくカリクローさんに尋ねてみた。


「……ヒュ、ヒューマンの体でケンタウロスの赤ちゃんを産むのって、やっぱり大変なんですか?」


 もしかしたら気分を害するような質問だったかなと少し心配したが、カリクローさんはごく普通に笑顔で答えてくれた。


「それよく聞かれるのよ。やっぱり大変だったわ。産まれる時はケンタウロスも割と小さいから今見た感じほどじゃないけどね。それでもやっぱりヒューマンよりは少し大きいし」


「その……産む前もきっと大変なんでしょうね」


「そうねぇ、やっぱりお腹は大きくなるし妊娠線とかもできやすいわね。でもヒューマンの双子よりも小さいし、そう思えばまぁ普通にあるレベルなんじゃないかしら」


 違う!もっとその前です!仕込みの段階を教えてください!馬並みは入るの!?入らないの!?


「えっと……カリクローさんって、ケイロンさんのどこが好きですか?だ、男性として」


 私はどう言ったら失礼なく聞けるか苦心して、そう尋ねてみた。


 男性として夜のアレコレのどこが良いのか、答えてくれないだろうか。そしたらそこから何をどんなふうにして、どうできるのかを類推できるかも知れない。


 しかしカリクローさんもケイロンさんも私の質問に赤面してしまった。


「ちょっとクウちゃん、娘の前で恥ずかしいこと聞かないでよ」


 そ、そうですよね。夜のアレコレなんて年頃の娘さんを前に話すことじゃないですよね。


「ご、ごめんなさい」


「でもね、あえて言うなら……」


(え、なに!?答えてくれるの!?)


 私は期待に胸を膨らませて次の言葉を待った。


 カリクローさんはその艶っぽい唇から、ため息の出るような声で答えてくれた。


「大きいところかな」


 な、なんと!!馬並みを受け入れられるどころか、それが好きだとおっしゃいますか!!


(凄まじい……この人は物凄まじい人だ……)


 私が放つ尊敬の眼差しを、カリクローさんは不思議そうに見返してくる。


「クウちゃんも男の人を選ぶ時は器で選ばなきゃダメよ?っていうか、これノロケになっちゃうわねぇ。アハハハ」


 あ、大きいって人としての器の話でしたか。


「ですよねぇ。ハハハ……」


 私はこの日の夜、疑問と妄想によって一睡もできなかった。



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈八咫烏〉


 八咫烏は日本神話に出てくる三本足のカラスです。


 神武天皇の東征で大和の国まで道案内したことから、導きの神と呼ばれています。


 サッカー日本代表のエンブレムになっているので、日本人なら一度はその三本足のシルエットを目にしたことがあるのではないかと思います。



〈カリクローとテア〉


 カリクローはギリシア神話に出てくるケイロンの妻です。


 種族としてはニュンペーとかニンフとか呼ばれる下級女神・精霊にあたります。


 テアーもケイロンの娘なのですが、複数名前があるのでその中で一番可愛いものを取りました。


 ちなみにニンフの姿は若く美しい女性の姿らしく、描かれているものを見ると人間の体つきと変わりません。


 ……どんなふうにケンタウロスと子供を作ったんでしょうね?(笑)



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る