第12話 サイクロプス

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私は赤く照らされて躍動する筋肉を眺めながら、そんなことを考えた。


 背中のたくましい僧帽筋が引き締まり、重いハンマーが振り上げられる。それは直後に焼けた金属へと叩きつけられた。


 その手元で赤い火花が散り、弾ける汗とともに花が開いたような美しさを見せた。


 ほとばしる熱と汗、そして筋肉。鍛冶場はまさに男の職場といった雰囲気で、その空気はもはやメスを誘っているとしか思えない。


「依頼を受けてくれた召喚士さんだべ?ちょっと待っててくれ」


「は、はい」


 金属を叩いていたその職人さんは鍛冶場に入って来た私に気づいてくれて、振り返った。


 私はその瞳を見てドキリとしてしまう。


 圧倒的な目力だった。とにかく目が大きいし、瞳も綺麗だった。


 っていうか、目が顔の中心に一つしかなかった。


(サイクロプス……って、慣れるまでちょっと驚いちゃうな)


 サイクロプスは単眼の種族だ。この異世界には目が一つだけの種族もいくつかいるが、それに加えて2メートルを超える巨体で、頭に一本の角を生やしている。


 単眼単角巨体というのが大まかな外見的特徴だ。


 私は多少驚きはしたものの、それよりも鍛え上げられた筋肉と男らしい鍛冶仕事とにムラムラドキドキハァハァしてしまった。


(それに、なんだか優しそうな笑顔……ブロンテスさんってお名前だっけ。アステリオスさんの言ってた通り、いい人そうだな)


 この仕事を紹介してくれたアステリオスさんは『ブロンテスはお人好しの明るい鍛冶職人だ』と言っていた。その瞳はまさにそんな雰囲気を醸し出している。


 私はブロンテスさんが仕事を一段落終えるまで、男らしい姿を堪能しながら待った。


 叩かれた金属は次第に延ばされてていき、気づけば槍の穂先のようになっていた。ただし、返しがついている。


「すごい……魔法みたい」


 私は思わずそうつぶやいた。


 職人の仕事とは往々にして魔法のようなものだ。ただの平たい板のようだった金属が、いつの間にかきちんと目的を持った形に成型されている。


「はっはっは、魔法だべか。オラは本物の魔法は苦手だけどよ、こっちの魔法は得意だな。よーし、銛が一丁出来上がりだべ」


 返しがついていたのは槍ではなく、漁で使う銛だったかららしい。


「火の始末だけしたらすぐ出るからよ。ちょうど鉱石が切れたところなんだ。運ぶのを手伝ってくれる人が見つかったのはありがてぇ」


 私が受けた依頼は、北の鉱山からここ街外れの鍛冶場まで鉱石を運ぶというお仕事だ。


 普通の鍛冶職人は精錬まで終わった金属を業者から買う場合が多いらしいのだが、若手のブロンテスさんはまだ駆け出しで資金が乏しい。


 少しでもお金のかからない方法で仕入れたいのだという話だった。


「すぐ出発ですか?休憩しなくて大丈夫です?」


 つい今しがたまで重労働の鍛冶仕事をしていたのだ。なのにそのまま鉱石運びになど行って、体がもつのだろうか。


「オラたちサイクロプスは体が強いのが自慢だべ。同じ鍛冶でも細かい作業はドワーフたちに負けるけどよ、体力と力仕事なら負けねぇ。そこを活かしてやってくんだ」


 ブロンテスさんはそう言って気持ちのいい笑顔を見せてくれた。


 全ての人間には産まれながらに何かしらの得手不得手がある。それを受け入れた者こそが強く、幸せに生きていけるのだろう。


 この異世界には多くの種族がいる分だけ違いが際立ち、際立ち過ぎているがために自然と受け入れることができるのかもしれない。


(私の元いた世界でも、こうやって皆が産まれながらのアレコレを肯定的に受け入れることができたら……きっと幸せな人が増えるんだろうな)


 私はそんなことを考えながら、ブロンテスさんの大きな瞳を見た。


 その瞳は優しく細められ、気づけば単眼に対する戸惑いなど消えてしまっていた。


「それによ、大味な武器やら車輪やらならオラたちも鍛冶仕事で負けねぇよ」


 私は鍛冶場に並んだ剣や斧、大きな建材などを眺め、その見事さに納得してうなずいた。



****************



「一応、こんだけ掘り出してはいるんだけどよ……まぁ全部は運べなくていいべ。出来るだけでな」


 ブロンテスさんは山盛りになった鉱石を指しながら、そう言ってこちらを気づかってくれた。


 人の背丈よりも高い山が三つほどある。確かに普通ならこれを運べと言われれば気の遠くなるような思いがするだろう。


 しかし、私は軽く応じた。


「いえ、多分大丈夫ですよ。なんならもう少し多くても」


「はぁ?」


 聞き間違いだとでも思ったのか、ブロンテスさんがちょっと間抜けな声を上げた。


 私はそれには構わず召喚魔法を使う。


「レント、出ておいで」


 木のモンスター、トレントのレントを喚び出す。


 トレントは成長すると根を足のようにして地上を動き出すが、基本的には木に擬態して獲物を捕らえるモンスターだ。


 擬態のためにある程度だが体の大きさや植物の種類を変えられる。


 今回は大量の鉱石を運ぶので、私はレントに太くて大きな木になるよう命じた。


「……うん、そのくらいでいいよ。あんまり大き過ぎると道を通れないしね。それと、枝で網の袋を作って」


 レントは指示通り、シュルシュルと枝を伸ばして網状にし、いくつもの袋を作った。レントの武器はこの伸縮自在、自由自在に動かせる枝だ。


「よし、いい感じかな。ブロンテスさん、網の幅はこれくらいでいいですか?あんまり広いと鉱石が落ちちゃいますよね」


「……え?あ、あぁ。いいと思う。ってか、凄まじいもんだべな」


 ブロンテスさんはまさか一度で全部運べるとは思っていなかったらしい。大きな目をさらに大きくしてレントのことを見ていた。


「いやぁ、クウみたいな娘っ子が来た時には何往復かしなきゃなんねぇと覚悟したんだけどよ……これなら本当に一回で行けんなぁ。アステリオスが推すわけだべ」


 アステリオスさんはどうやら私のいない所でも私に良くしてくれているらしい。私の方は私の方で、ブロンテスさんは鍛冶職人界期待の新星だと聞いてはいるが。


 ブロンテスさんは鉱脈が走っているという崖の方を指さした。


「なぁ、悪いんだけどよ。もしまだ運べるなら、もうちょっとだけ掘ってもいいか?あと少しで切りのいいところまで掘れんだ」


「いいですよ、じゃあ掘るのもお手伝いしましょうか?カクさん、出ておいで」


 私は新しい仲間、ドラゴンハンズのカクさんを召喚した。


 鉱石掘りの事はさっぱり分からないが、強い力を出せる手のモンスターならきっと手伝えるはずだ。


 ブロンテスさんはまた目を大きくした。


「はぁ〜……今度はドラゴンの腕かぁ。ドラゴンなら素手でもいけんだろうな。よし、ついて来い。鉱石掘りの基本を教えてやるべ」


 ブロンテスさんはツルハシを持って崖の斜面へと向かって行った。


 私自身はあまり戦力になりそうもないので、実際に掘るのは二人にお任せすることにする。


 そして一時間も掘り続けると、結構な量の鉱石が採れて小さな山になった。


 ブロンテスさんは汗を拭いながら大きく息を吐く。


「このドラゴンハンズってのはいいな。鉱石の中には傷つけないように細心の注意を払わなきゃなんねぇやつもいる。そんなのには素手で掘れるこいつは最適だべ。今度ドワーフの友達に教えてやろう」


「じゃあ、爆発させるような攻撃で一気に掘るのは良くないんですか?」


 私は地道に掘り進む二人を見ながら、


(レッドに思い切りぶつからせたんじゃ駄目なのかな)


とか考えていた。少なくとも効率はその方が良さそうだ。


「そういうやり方もあるし、否定はしねぇけどよ……でもオラは山が必要以上に傷つく方法は取りたくねぇんだ。オラたちは皆、山の恵みをもらって生きてんだしな」


 そう言ってツルハシを振るブロンテスさんの背中は格好良かった。


(しかもあの背中の筋肉……イイ)


 魅惑的なその隆起をうっとりと眺めていると、カクさんからの念話が届いた。


 掘った先の土中に何か大きな生き物いるらしい。それも複数。


「ブロンテスさん、離れてください!土の中に何かいるみたいです!」


「なにっ、それはモンスターだべか!?」


 私にも詳細は分からないが、土の中にいる大きな生物となるとやはりモンスターなのだろう。


「よく分かりませんけど、多分……」


「やった!今日はついてるべ!」


 なぜかブロンテスさんは喜びの声を上げた。


 そしてツルハシを放り投げ、持ってきていた大金槌に持ち換える。


 私もカクさんに下がるように命じた。


 そしてそれを追いかけてくるように、土の中から一メートルぐらいの岩の塊が飛び出してきた。


 もちろんただの岩ではない。その表面には恐ろしげな顔が浮かんでいる。そういえば、隷属させる前のレントも同じような顔だった。


 岩のモンスターは次々と転がって現れ、合わせて五体になった。


「ははは!やっぱりボールダーだべ!クウ、こいつらの体当たりはやべぇから離れてろよ!」


 ブロンテスさんは、やはりなぜか嬉しそうに警告してくれた。


「わ、分かりました!カクさんにはどう攻撃させたらいいですか!?」


「そうだべな……じゃあ俺に向かってあいつらを投げられるか!?」


 そうこう話している内に、一体のボールダーがカクさんに向かって転がってきた。


 カクさんはそれを受け止めたが、重い一撃だ。カクさんの体がかなり押されて後ろに下がった。


 当たり前だろう。一メートルの岩など、普通の人なら動かすこともできない。


 ただ、カクさんは手だけとはいえドラゴンだ。ボールダーの岩肌に爪を立てて掴み、持ち上げた。そしてブロンテスさんの方を向く。


「ほ、ほんとに投げさせていいんですか?」


「大丈夫だべ!やってくれ!」


 私は言われた通りにブロンテスさんへ放るよう指示を出した。カクさんはそれを忠実に実行する。


「はぁっ!!」


 ブロンテスさんは気合の声とともに大金槌を振った。


 大重量の金属が空中のボールダーに直撃し、その体を見事なほど粉々に砕いた。


「ようし、もういっちょ来い!」


 私は人間業ではないような一撃に驚きつつも、言われた通りにまた一体を投げさせた。


 そして次のボールダーも気持ちがいいくらい粉々になった。


(そうか、魔素で体と武器を強化してるんだよね。それにしてもすごい……)


 魔素の扱いは種族ごとに得手不得手があり、サイクロプスは肉体強化や武器強化が得意なのだろう。


 理屈としてそれは分かったのの、実際に目で見ると迫力がハンパない。


 カクさんは五体のボールダーを次々と投げ、ブロンテスさんは嬉々としてそれを砕いていった。


 そしてほんの短時間でブロンテスさんの周りはボールダーの破片だらけになった。


「大収穫〜大収穫だべ〜♪」


 破片を集めるブロンテスさんはホクホク顔になっていた。大きな瞳が嬉しそうに細められている。


 そこで私はようやくブロンテスさんがごきげんな理由を推察できた。


「ボールダーの破片って、いい素材になるんですか?」


 恐らくそういうことだろう。


 その推察通り、ブロンテスさんは大きくうなずいて肯定してくれた。


「そりゃもう、一級品の素材だべ。武器に良し、防具に良し、建材に使えば強くて長持ち。それに魔力も帯びやすいから、魔道具の材料にもなるんだべ」


「へぇ〜すごいんですね」


「普段は土ン中にいるから簡単に見つかるモンスターでもねぇしな、普通に買ったら高ぇんだ。オラみたいな若手はなかなか手が出ねぇ値段だなぁ」


 私とカクさんは破片を集めるのを手伝った。ブロンテスさんはそんな私たちに優しい瞳を向けてくる。


「今日のことは全部クウのおかげだべ。クウはオラの幸運の女神だなぁ」


「えっ?そ、そんな。私のおかげじゃ……」


「いいや、クウが優秀なおかげでもうちょっと掘ろうって思えたんだべ。それに初めにボールダー見つけてくれたのはクウだしな。そうだ、このボールダーの破片でクウにも何か作ってやるべ。作らせてくれ。いいか?」


 その申し出はもちろんありがたくて嬉しいものだった。


 しかしそれ以上に、ブロンテスさんが嬉しそうにしていると私も妙に嬉しかった。



****************



(意外に消耗するな……)


 私は帰路、レントに鉱石を運ばせながらそれを感じていた。


 仕方のないことではある。持ち帰る鉱石はかなりの量になったので、それを運ぶレントにかなりの魔素を送り続けなければならない。


 私の魔素は徐々に減っていき、眠気と疲労感とを強く感じた。それと同時に、まためっちゃムラムラし始める。


「よいしょっと」


 そんな声とともに、私は突然両脇を抱えられて持ち上げられた。


 そしてあれよあれよという間に、ブロンテスさんの背中に乗せられていた。


「え?え?」


「疲れてるみたいだからおぶってやる。オラの背で休んでくれ」


 戸惑いの声を上げる私に、ブロンテスさんは優しくそう言ってくれた。


「でも……ブロンテスさんも疲れてるでしょ?」


「言ったべ?オラたちサイクロプスは体が強いのが自慢だ。それに、オラの女神様にしんどい思いをさせるわけにはいかないからなぁ」


「あ、ありがとうございます」


 女神なんて言われるとこそばゆい感じがしたが、正直疲れてはいたので助かった。


 ブロンテスさんからは汗の匂いがしたが、嫌ではなかった。私もだいぶ汗をかいていたし、気持ちの良い労働の匂いだ。


(っていうか、むしろ汗の匂いにムラムラする……)


 魔素が少なくなっていたこともあり、私は男の人の匂いに頭をクラクラさせた。


(っていうか、っていうか、この背中の筋肉……このけしからん僧帽筋よ)


 私は思わずブロンテスさんの背中を撫でた。そしてその弾力を味わうべく、グッと押してみた。


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817139557543311653


「お?マッサージしてくれるだか?女神様にマッサージしてもらうなんて申し訳ないけどなぁ」


(……そうか!マッサージだ!)


 私はその時、種々の問題を回避しつつ男性の体に触れるための方策を見い出した。


 マッサージならば法的にも倫理的にも問題なく、しかも相手のためになる形で触れることができる。


 私はこの後マッサージと称し、ブロンテスさんの筋肉を心ゆくまで堪能したのだった。



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈サイクロプスとブロンテス〉


 サイクロプスはギリシア神話に出てくる一つ目の巨人です。


 怪物のようなイメージを持たれていますが、その出自は天空神ウラノスと大地母神ガイアの息子なので、実はかなりいいとこのお坊ちゃんですね。


 ブロンテスはその三兄弟の末っ子です。


 ただし、恐ろしい容姿と強い力のせいで父親から嫌われ、兄弟揃って奈落の底に閉じ込められてしまいました。


 しかしその後の神々の戦争でゼウスによって救い出され、そのお礼に三兄弟で武器を鍛え上げてゼウスに贈りました。


 それが最高神であるゼウスの絶対兵器、『雷霆らいてい』です。


 ゲームなどで出てくるゼウスは雷を使って戦うことが多いですが、この雷はサイクロプスの兄弟たちが作ったものなんですね。


 ちなみにポセイドンの持つ『トライデント』や、ハーデスの身を隠す『隠れ兜』も彼らの作品ですから、かなりメディア露出の多い作家さんだと言えます。



〈鉱石の採掘〉


 作中では火薬による採掘が悪い事のように書きましたが、現代の坑道掘りではごく一般的に行われていることです。


 そもそも採掘自体、官庁の許可を受けなければ出来ないものなので環境への影響も検討されます。


 そういうものがない世界でのフィクションとしてご理解ください。


 さて、この採掘ですが暗い坑道内での危険な重労働、というイメージはないでしょうか。


 ですが現代ではコンピューター化、遠隔操作化されて随分と様相が変わっているそうです。もはやハイテク産業ですね。


 坑内作業員もしっかりと教育訓練を受けて健康にも気を使われているのだとか。


 筆者は元社会保険労務士でもあるのですが、そういえば労働基準法でも坑内作業は別規定が設けられて労働者に配慮されていました。


 昔は厳しい環境だったところほど、現代ではホワイトだったりするのかもしれませんね。



〈マッサージのススメ〉


 筆者の家庭では寝る前に夫婦でマッサージしあうのを習慣にしているのですが、これマジでオススメです。


 一日の終わりに話をする時間を作れますし、喧嘩していても最後にお互いのための行動を必ずすることになります。


 うちは夫婦とも内臓にちょいとした持病があるので元はそのツボ押しだったのですが、それ以上に良いことがたくさんありました。


 相方のいる人はぜひお試しください。



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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