第10話 ハーピー
(何あれ……誘ってるのかしら?)
私は天からフワリと舞い降りてきた男性の羽ばたきを見て、そんな事を考えた。
人が翼で空を飛ぶ、それはとても幻想的な光景で、私はその背中に思わず
彼は地に足をつけてから、空を切るようにもう一度翼を打った。その風が私の頬を優しく撫でる。
そして一本の抜けた羽根が飛んできて、私の耳元をくすぐった。
天使のような美しい翼、そして柔らかな羽根の感触は、もはやメスを誘っているとしか思えない。
「あんっ」
私は耳元のゾクリとした感触に、思わず甘い声を上げてしまった。
その声に反応するように、羽根を生やしたその男性はこちらを振り返った。
そして顎を引き、私を上目使いに見ながら口を開いた。
「見せもんじゃねえぞコラ。ハーピーがそんな珍しいか」
彼は思いっきりガン飛ばしながら、お世辞にも友好的とはいえない口調でそう言ってきた。
(あ、これ苦手なタイプだ)
私は即座にそう思った。
一言で言えば、ヤンキーだ。
昔から男女問わず、不良っぽい人は苦手なのだ。こういう人からは早めに離れるに限る。
「ご、ごめんなさい……」
小声でそれだけ言い残し、すぐにその場を立ち去ろうとした。
(さっさとお仕事に行こう)
私はアステリオスさんのお店で素材採取の依頼を受けて、街を出たところだった。
そして門から少し行った所でハーピーの男性が空から降りてきたのだ。
ハーピーは手首から肩にかけて羽根の生えた種族だ。
腕がかなり長く、まっすぐ立った状態で膝下まで届く。恐らくそれは羽根の面積を広げ、空を飛びやすいように進化した結果だろう。
細身の人が多いのもそういった理由かもしれない。
「おい姉ちゃん、ちょっと待てや」
背中にそんな声をかけられて、私はギクリと身を固くした。ヤンキーハーピーさんはこのまま見逃してくれないのだろうか。
「な、なんでしょうか?」
「それ、珍しい色してるけど格納筒だよな?」
彼は恐る恐る振り返った私の腰を指さしながらそう確認した。
確かに私の腰には使役モンスターを入れておく格納筒が下げられている。
(……もしかしてカツアゲかな?)
もしそうなら困ってしまう。この格納筒は珍しいものらしく、あまり流通していない。
幸いまだ門からそう離れていないので、門番の兵隊さんが遠くない所にいる。
声を上げて助けてもらおうか考えていると、ヤンキーハーピーさんは私の返答も聞かずに言葉を重ねて来た。
「っつーことは、姉ちゃん召喚士だな?ちょっとツラぁ貸してくれよ」
有無を言わさず私の手首を掴んで引っ張った。いくらなんでも強引すぎるだろう。
「ちょ、ちょっと、困ります!今からお仕事があるので!」
ヤンキーハーピーさんは私の格好を上から下まで眺めた。
「……そのリュック、アステリオスの店のやつだな。何かの素材採取の依頼だろ?んじゃ俺が話をつけるから、店で話そうや」
そう言って私の腕を引いて歩き出す。
「ちょ、ちょっと……」
私は大声を上げて助けを求めようかと思ったが、その時彼の服が少し赤く染まっていることに気がついた。
どうやらお腹辺りから血を流しているらしい。シャツが少し切れていた。
「……あの、大丈夫ですか?それ」
「あ?……あぁ、ちょいと血ぃ出てんな」
ヤンキーハーピーさんは私の視線を追ってから、ようやく自分の怪我に気づいたようだった。
「でもこんなモン、大したことねぇよ。俺の仲間たちはもっとこっぴどく傷つけられてんだ。だから頼む。強引ですまねぇが、力を貸してくれ」
事情はよく分からなかったものの、眉間に苦渋を滲ませて仲間のことを言う彼に私は抵抗する気を失ってしまった。
それにアステリオスさんの店に行くなら、最悪あの気のいい店主が助けてくれるはずだ。ミランダさんの一件以来、とても良くしてくれている。
「俺の名前はハルってんだ。お前は?」
「……クウです」
「いい名前だな、覚えやすくてよ。俺のもそうだろう?」
ハルさんは振り返って笑った。
その笑顔が暖かい春風のようで、確かに覚えやすい名前だと私は思った。
****************
「ガルーダ討伐……ガルーダって強いモンスターなんですか?」
私の発言を聞いて、ハルさんは怪訝な顔をした。
私はこの世界に来てから、もう何度もこんな顔を見ている。
この世界では常識であることを尋ねてしまった時、皆同じような顔をするのだ。
「クウは記憶を無くしてるらしいんだ。だから、たまにこんな事がある」
アステリオスさんがそう説明してくれた。
大体の人は記憶喪失というめったにお目にかからない疾患に驚き、それからお悔やみを口にして納得してくれる。
ハルさんもそうだった。
「そうか……そりゃ大変だな。まぁ召喚士として仕事さえしてくれりゃ、こっちは何も問題はねぇよ」
私たちは今、アステリオスさんのお店で話している。
テーブルを三人で囲み、その中心に一枚の依頼書を置いていた。その依頼書に書いてあるのが、ガルーダの討伐だった。
ハルさんは依頼書を指先でコツコツと叩いた。
「ガルーダってのはドラゴン並みにヤバい鳥のモンスターだ。だからうちの空輸協会がこんな大枚はたいて討伐依頼を出してる」
ハルさんは空を飛べるハーピーなので、空輸の仕事をしているそうだ。
空輸ではあまり重いものは運べないが、書類などの軽いものであれば陸送に比べて圧倒的な早さで送ることができる。
ハルさんの説明をアステリオスさんが引き継いでくれた。
「ドラゴン並みどころか、ガルーダの成鳥はドラゴンを餌にする。だが幸い、討伐依頼が出てるのはまだ幼い子供のようだな。それでも空輸業にとっちゃ死活問題だろうが……」
「死活っつーか、もう実際に仲間が何人もやられてんだ。そもそも空輸は比較的安全な街道が作られてる陸送に比べて危険なんだよ。飛ぶモンスターは多いのに、空には安全な道なんてねぇからな。だから俺らみたいに空飛ぶ仕事をする奴らはほとんど空輸協会に入ってるし、飛ぶ時は原則二人一組で飛ぶように言われてる」
「そんな危ないのに、ガルーダなんて危険なモンスターがこの界隈を縄張りにしようとしている、ってことだな」
私は大体の状況を理解した。
ガルーダという鳥のモンスターが空輸網に打撃を与えていて、その討伐を私に手伝ってほしいということだ。
「どういうふうに召喚士が必要なんですか?」
ハルさんは私が召喚士だと気づいて強引に連れて来た。何かを求められているわけだ。
「トラップモンスターのトレントを使役して、木にとまったガルーダを拘束してほしいんだよ。そこを俺ら協会の人間が攻撃する」
なるほど、と私は納得した。確かに鳥のモンスターには有効そうな作戦だ。
しかし一つの疑問も残った。
「普通にトレントを植えて催眠魔法をかけたんじゃ駄目なんですか?この間、そうしているのを見たんですけど」
先日お邪魔したダナオスさんの研究畑ではそうやって使っていた。
「それはもうやったんだよ。でもあのバケモン、トレントを根っこごと引っこ抜きながら飛んで行っちまった」
私は冷汗をかいた。
ダナオスさんの使っていたトレントでも高さ3メートルくらいはあっただろう。そんな木を根ごと引き抜く鳥って、もはや鳥と言えるだろうか。
「だから召喚士に強化されたトレントが使いてぇんだ。使役するトレントはこっちで用意するから……」
「あ、トレントならもうゲットしてます」
そう、私には新しい仲間のレントがいる。
だからついそう言ってしまったのだが、私はそれを後悔した。
ハルさんは私が仕事を受ける前提で、トントン拍子に話を進めようとしたからだ。
「お、マジか。そりゃ話が早くて助かる。んじゃ協会の方には俺から話を通しておくから、細かい日取りを……」
「あ、いや、まだ受けるって決めたわけじゃ……それに危ないし……」
私は慌ててハルさんを止めた。
ガルーダがかなり危険なモンスターだということは分かった。
正直なところ、すごく怖い。いくら報酬が良くても、その討伐に乗り出そうという気持ちには簡単になれなかった。
ハルさんは真剣な目で私の顔をじっと見た。
その瞳がとても綺麗で、私の心臓は甲高く拍動した。
「お前のことは、俺が守る。絶対だ」
その飾り気のない言葉は、不思議なほど真っすぐに私の心に入ってきた。
それはハルさんの真摯な意志が、真っ直ぐに現れていたからかもしれない。
「だから俺たちの事を助けてくれねぇか?俺はもう、仲間が傷つくのは嫌なんだよ。でも俺一人じゃどうにもならねぇ。それが今日よく分かった。悔しいけどよ、相手にもなりゃしねぇんだ」
ハルさんは血の滲んだシャツを握りしめた。
今の発言からすると、先ほどまで一人でガルーダに挑んでいたのだろう。
だから街の前に降りた時に殺気立っていたのかもしれない。
歯ぎしりをしながら仲間のことを思うハルさんを、私はそれ以上拒絶することができなかった。
「が、頑張ってみます……」
ハルさんは椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、覆いかぶさるようにして私の手を握った。
「ホントか!?すまねぇ!恩に着るよ!」
その様子を見たアステリオスさんが軽くため息をついた。しょうがないな、という感じだ。
「クウならそう言うと思ったんだよ……でもな、ガルーダは子供でも本当に危険なモンスターだ。危ないと思ったら、無理せずに自分の安全を第一に考えろ」
「はい、安全第一で頑張ります」
私の返事に、アステリオスさんが満足そうにうなずいた。
「そう、それが討伐依頼の仕事を受ける時の最も重要な心構えだ。それとハル、この娘は俺のお気に入りだ。傷つけたりしたら、ぶっとばすからな」
「おうよ、任せとけ。俺もアンタの大斧食らったら生きてられねぇからな」
私は二人のやり取りを見て、なんだか頑固おやじのところから嫁にもらわれていく娘のような気持ちになっていた。
****************
「レント、地面にできるだけ深く根を張って。絶対に引き抜けないように」
私は使役モンスターであるトレントのレントにそう命じた。
レントは指示通り、根を地面に潜らせていく。
といってもそれはただ根で地面をかき分けているだけではない。地面がひとりでに動いてできた穴に根を滑り込ませているのだ。
(土魔法って便利)
レントは魔法で土を操ってそうしているのだった。魔法など基礎の基礎すら知らないご主人様よりよほど優秀だ。
ハルさんをはじめとする空輸協会の人たちは、やや開けた草原を罠の設置場所にすることにした。そこに二十人ばかりが集まっている。
二十人は全員が協会に所属する人たちではなく、雇われた人もいるらしい。
この人数でなければ倒せないのだと思うと、やはり相当な強さのモンスターだということだ。
作戦の概要は単純だ。
草原の中心にポツンとトラップモンスターを設置する。そこにガルーダの好む匂いを放つ
龍涎香はドラゴンの内臓にできる結石のようなもので、ドラゴンを餌にすることもあるガルーダにとってはたまらなく美味しそうな匂いらしい。確かに強い匂いがする。
(みんな生臭いって言ってたけど、私はそんな嫌いな匂いじゃないかな。むしろ、ちょっと臭いのがなんかドキドキする)
私はなぜか匂いだけでドラゴンに会ってみたくなった。かなりの危険生物らしいが。
「よーし、これで準備はいいな。クウは予定通り、あそこの丘で待機していてくれ」
ハルさんがそう言って、少し離れた所にある小高い丘を指さした。そこからはこの草原全体が見渡せる。
私の仕事はガルーダがレントに止まったのを確認したら枝を巻き付かせて拘束すればいいだけだ。だからわざわざ近くにいて危険を冒すことはないという判断だった。
と言っても、空輸協会のえらい人は私に攻撃戦力としても期待していたらしく、初めは難色を示していた。
しかしハルさんから強い反対があり、離れた場所に待機させていただくことになったのだ。
(優しい人だな)
パッと見はヤンキーのようなハルさんを横目で見ながら、私は改めてそう思った。
ちょっと怖いが付き合ってみると良い人だ。今までこの手の人を避けて生きてきたが、やはり偏見だったのかもしれない。
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
私は頭を下げてから丘へと向かった。
レントの近くに人がいると罠がバレるので、空輸協会の人たちも散り散りに離れていく。飛べる人が多いので風魔法を使って空中を移動していた。
ちなみにハーピーのように翼のある種族でも、基本的には風魔法を使って飛ぶ。
いくら翼が大きいといってもそれだけで人を飛ばせるほどの力を出すのは難しい。翼は風魔法の効率を上げるためにあるようなものだ。
それから私たちはかなりの時間待った。
レントを設置したのが午前中だが、半日待って気づけば夕方近くになっている。
相手が罠にかかるのを待つ作戦なので長丁場は覚悟していたものの、ずっと丘の上に座っているのも辛い。
「……寒い」
私は体を震わせてからつぶやいた。
風がよく通るところなので、日が傾いてくるとちょっと冷える。
(おしっこ行きたいな)
実はずっとそう思っていた。しかし用を足している間にガルーダが来るかもしれないと思い、我慢していたのだ。
実際には来ればレントが念話で教えてくれるから問題はないのだが、初日ということもあってちゃんと見ていないとという気持ちになっていた。
(ちょっとくらい大丈夫だよね)
そう思って茂みへと向かいかけた時、私は首筋にチリチリしたものを感じて振り返った。
それと同時に、レントからも脅威の到来を告げる報告が入った。
空を見上げると、夕陽に重なって一匹の鳥が飛んで来るのが目に入った。
まぶしさも相まって初めはよく視認できなかったが、レントのそばまで来る頃には大まかなシルエットが分かった。
(大きい!あれで子供なの!?)
ガルーダを目にした私の第一印象はそれだった。
鷲か鷹に近いような外見をしているが、そのサイズは段違いだ。
今のレントは擬態で七、八メートルくらいの高さになっているが、それでもガルーダが止まるにはサイズが小さいように見える。
ガルーダは足から頭までの高さだけで三メートル近くはあるのではないだろうか。翼を広げた状態では、もはやレントの方がサイズ負けしている。
ガルーダはそれでもレントの上に着地した。その枝に置かれた龍涎香がよほど魅力的なのだろう。
(今だ!レントお願い!)
龍涎香がついばまれる前に、レントはトラップモンスターへと変貌した。
何もなかった樹皮には魔物としての顔が浮かび上がり、枝という枝が一斉にガルーダへと絡みつく。
位置的、タイミング的にどうやっても避けられるものではなく、全身がんじがらめにすることに成功した。
ガルーダは高い鳴き声を上げて翼を羽ばたかせ、さらに風魔法を使って飛び上がろうとした。
しかしレントはかなり強く地面に固定されている。その枝や幹、根はミシミシと音を立てたが、千切られも引き抜かれもしなかった。
もし多少千切られたとしても、魔素を与えればすぐに新しい枝を伸ばせる。
「今だ、かかれ!!」
協会の人たちが一斉に攻撃を始めた。
炎や氷、雷など様々な魔法がきらめき、矢や槍、岩なども飛ばされた。
しかし、どれも簡単にはガルーダに当たらない。風魔法を障壁のように使ってほとんどの攻撃を防いでいた。
しかもどんな羽毛をしているのか、当たった魔法も矢もその多くは弾かれているように見えた。
(すごいな……でも、ずっと続けていたらいつかは倒せるはず!)
私は期待を込めてそう思った。
魔素はいつかは尽きるものだし、何より今のところガルーダからは攻撃を繰り出せていない。防戦一方だ。
それはこのモンスターを追い詰めているという証拠だろう。
(これならいける!)
怒涛の攻撃が続き、誰もがそう思い始めた時、それは起こった。
ガルーダの体が突然白く光り出したのだ。
その場のほとんどの人間は次に何が起こるのかをすぐには理解できなかったが、私だけはいち早くそのことを知った。レントが念話で状況を知らせてきたからだ。
(高熱……?それもかなりの!?レントの枝が焼かれて……逃げられる!)
レントは植物が元になったモンスターだ。火には弱く、こうなっては拘束を続けられない。
新しい枝を伸ばしてもすぐに焼き切られてしまうだろう。
ガルーダは体中に巻き付いた枝を消し炭にして、大きな羽ばたきとともに空へと舞い上がった。
(まずい、ハルさんたちがやられちゃう!!)
私はそれを心配したが、発光を止めたガルーダはなぜか自分を囲んでいた人たちを襲おうとはしなかった。
代わりに高度をとり、周囲を見渡すようにして旋回を始めた。
それが五周目になった時、私はガルーダと目が合った気がした。
そしてそれが気のせいではない証拠に、ガルーダは私の方へ向かって一直線に飛んで来た。
(見つけられた!?いやでも、なんでわざわざ離れた私を……)
考えられるとしたら、ガルーダは今回の襲撃でレントによる拘束が一番の驚異だと感じた。だからまずはそれを使役する者を探し出した、という事だろうか。
(頭良すぎ!!誰よ、トリ頭なんて言葉を作った人は!!)
私がどこかの誰かに対して腹を立てた時、ガルーダはすでに目の前まで迫っていた。
すぐにスライム三匹を召喚したが、間に合わない。
その攻撃が繰り出される前にガルーダは私を爪で掴み、空高く舞い上がった。
地面が急速に遠ざかり、あらゆるものが小さくなっていく。
↓挿絵です↓
https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817139557391343064
ただ幸いなことに、ガルーダは私をすぐに殺す気はないようだった。
爪が立たないように掴まれているし、握る力も強くはない。
サスケからもらったネックレスに魔素を込めて体を強化しているおかげでもあるだろうが、痛みもさして感じはしなかった。
(でも……高すぎ……)
私は眼下に広がる光景に全身を震わせた。落ちたら死ぬのは考えるまでもない、自明の理だ。
生物としての本能が私の感情を恐怖一色に染め上げる。
そしてその恐怖が神経を冒し、意思に反してある反射を起こさせてしまった。
「あ……やっちゃった……」
私の理性は絶望的な気持ちでそうつぶやいた。しかし体の方は理性とは反対に、心地の良い開放感に包まれている。
そもそもずっと我慢していたのだ。それなのに胴体を掴まれて圧迫され、さらに高所での恐怖を与えられた。
私の体は、もはや耐えれなかったのだ。
おしっこを。
夕焼け空に解き放たれた私がキラキラと流れていく。その光景と下腹部の開放感とが、私に色々なことへの諦観を与えてくれた。
ぐったりと脱力してガルーダの爪にぶら下がっていると、突然私の耳に聞き覚えのある声が響いてきた。
「クウ!!生きてるか!?」
空飛ぶヤンキー、ハルさんだ。ガルーダの後方からすごいスピードで追いかけて来ていた。
「ハルさん!!」
私は地獄に仏を見た気がしたが、ハルさんはたった一人だ。ガルーダに勝てるとは思えない。
「来ちゃだめです!!逃げて!!」
私はそう叫んだが、ハルさんは無視してガルーダの周りを旋回し始めた。
そして次々に風魔法を繰り出す。
先ほどの一斉攻撃を見ていて分かったが、風魔法での攻撃手法は主に三種類だ。
強風を発生させて物や相手自身を吹き飛ばす、カマイタチを発生させて斬る、竜巻を発生させてもみくちゃにする。
ハルさんはそのどれもを実行したが、全てガルーダの風魔法で防がれた。
もし当たっていたとしても、先ほどの様子から考えると大したダメージにはならなかっただろう。
そして逆にガルーダが起こした乱気流でハルさんは態勢を崩されて、その爪に捕まってしまった。
私とは反対側の爪に掴まれたハルさんは、私と顔を合わせる形になった。
「くっそ!!カッコわりぃな!!」
ハルさんはそう悪態をついたが、私にはそう思えなかった。
むしろ敵わないと分かっているのに挑んでくれたハルさんは、すごくカッコいい。
「ハルさん、なんでこんな無茶を……」
「お前のことは俺が守るって言っただろうが。俺は約束を破るような卑怯な男じゃねぇ。それに、アステリオスの旦那にぶっとばされちまうしな」
こんな状況でも春風のような爽やかさで笑うハルさんに、私の胸はドキリとした。
「だが……こんな状況じゃどうしようもねぇな。このままじゃ巣に持ち帰られてゆっくり食われるだけだ。モンスターにとっちゃ人間の魔素はご馳走らしいからな」
あ、やっぱり食べられるんだ。
っていうか、モンスターは魔素目的で人間を襲うのか。
だったら私の魔質Sってのは狙われやすいってことになるのでは?あのお爺さんめ……
「クウ、なんかこの状態でも攻撃できる使役モンスターはいねぇか?」
そう、それが問題なのだ。私の攻撃の基本はスライムたちを弾丸のように飛ばすアタックだが、空中では弾む所がないので威力が出せない。
軽く触れる程度にして熱や冷気を当てる方法もあるが、すぐに落とされるだろう。それにこの特殊な羽毛を相手にしてどこまで効くか分からない。電気は私たちまで感電してしまうし。
「うちの子たちは空中じゃ上手く攻撃できないんです。それにこの羽毛……」
そこまで言ったところで、ガルーダが口を開けて小さく鳴き声を上げた。
私はそれを見てハッとした。
「……そうだ!ハルさん、私がスライムを出しますから、こうこうこんな感じにしてもらって、こうなった時にこうして下さい!」
私は喋りながら、必死に両腕を振って説明した。
主に『こう』しか言ってはいないが、腕の動きでハルさんは私の意図を理解してくれたようだった。
「……なるほどな、やってみるか!!」
その返事を聞き、私はすぐにブルーを喚び出した。
最近は格納筒の内部から直接召喚して使役しているので、空中に降って湧いたようにブルーが現れた。
ブルーには飛行能力がないので何もしなければ当然落ちていくのだが、それをハルさんが風魔法を使って飛ばしてくれた。
気流を調節し、ガルーダの顔の前まで移動させる。そしてそこで適当に動かして、ガルーダの視界をウロチョロとさせた。
ガルーダにとってスライムなど大した脅威には映らなかっただろう。
しかし、さすがに顔の前をハエのように飛ばれてはうざったいようだ。ガルーダはクチバシを開けてブルーをついばもうとした。
「……っしゃあ!!」
ハルさんは気合を入れ、ブルーの背中を思い切り押し込む風を作った。
ガルーダの口に向けて。
「ガァッ……ング」
ガルーダの驚くような声に続いて低い音が鳴り、ブルーは丸飲みにされた。
私はすぐにブルーにローションを大量に出して体を包むように命じた。そうすれば、すぐに胃酸でやられることはないだろう。
そして胃にたどり着いた頃、そのローションに最大出力で温度低下の効果を付与させた。急激な冷気がガルーダの胃を内側から凍りつかせる。
ガルーダは高い声を上げて苦しみ始めた。体を激しくよじらせて、私たちにも強いGがかかった。
しかし、私はそれでも力を弱めない。できる限りの魔素を送り続けた。
「こりゃ効いてんな……いいぞクウ!!やっちまえ!!」
ハルさんは熱のこもった応援の声を上げつつ、私たちへの負担ができるだけ小さくなるよう風魔法でガルーダの動きを抑えていた。
一瞬だけガルーダの体が光って熱を持ったが、すぐに光は消えた。
恐らく胃以外の器官も凍りついたため、あの技を出すことが出来なくなったのだろう。
ガルーダの声は次第に小さくなっていく。翼の動きもだんだんと弱々しくなった。
そしてついに羽ばたきを止め、羽根を広げただけの滑空になった。
その段になってようやく私たちを掴んでいた爪が開かれた。
締め付けられていた体の開放感とともに、気味の悪い浮遊感が私の神経を襲う。
「キャアァァ!!」
落下への恐怖に悲鳴を上げる私の前に、ハルさんが飛んできた。
「俺を掴め!!」
ハーピーは腕に翼がついているので、飛んだ状態では私を掴むことはできない。だから目の前まで来て掴めと言っているのだ。
膝を曲げ、そこに腕を引っかかりやすくしてくれている。私はハルさんの太ももに前から抱きつく形で体を固定した。
「よし、問題ないな!?降りるぞ!!」
ハルさんはそう言って滑空を始めた。落下速度が落ちて浮遊感が消失する。
そうして落下の恐怖は小さくなったものの、私はまた別の問題にぶち当たっていた。
(問題ないっていうか……コレ大問題なんですけど!!)
なぜなら私の顔の前にはハルさんの股間があるからだ。落ちないように強く抱きつくと、必然的に股間に顔をうずめる格好になる。
産まれてこの方、こんな所にここまで接近したことなどない。
私はこの体勢にドキドキして、吐息を熱くしてしまった。
(し、しっかり抱きつかないと落ちちゃうから……それに物理的にもくっついてた方が摩擦が発生して落ちにくいよね……)
私は自分にそう言い聞かせ、ハルさんの股間に顔を押し付けた。その感触に、頭の中が真っ白になる。
(そ、そうだ……上手く体を固定できるポジションを探すためにちょっとモゾモゾしちゃうのも仕方ないよね……)
また自分そう言い聞かせ、スリスリと頬ずりしてみたりする。
「おい、クウ」
(しまった!やりすぎたか!)
声をかけられた私はそう思ったが、ハルさんの用事は全く別のことだった。
「わりぃが重量オーバーだ。俺らはそもそもあんま重い物は運べねぇし、魔素もあと少ししかねぇ。上手く着地できるか分かんねぇから適当な川に落とすぞ。合図したら手ぇ離せ」
「わ、分かりました」
くそぅ、名残惜しいが仕方ない。
私は川面が近づくまでの時間を堪能した。
「よし、離せっ」
言われた通りに腕を離すと、足から水面に落下した。結構低い所まで降りくれていたのでそれほど強い衝撃はない。
水中でのごく短い静寂の後、私は水面から顔を上げて大きく息を吐いた。
「た、助かったぁ……」
その言葉には二つ意味がある。
一つはガルーダから開放されて助かったということ。
そしてもう一つは、おしっこを漏らしていたのが川へのダイブでごまかせたことだ。
泳いで岸辺まで来た私のところへハルさんが歩いて来た。そして私の手を取って岸へ引き上げてくれる。
「お疲れさん。いやぁ、マジでヒヤヒヤしたぜ」
そう笑いながら、私の横を通って川へと入って行く。そしてなぜか頭まで水に浸かって、勢いよく出てきた。
「ぷはぁ……クウ、作戦が狂って悪かったな。あのガルーダが光って熱くなる攻撃……ゴッドバードって呼ばれてんだが、あれを使えるのはある程度成長した個体だけらしいんだよ。アイツくらいだとまだ使えないって話だったし、実際に今まで使ってこなかったんだが……この戦いの最中に成長しやがったんだな。あのバケモンめ」
ハルさんは作戦ミスの原因を説明しながら、なぜか川の中で体や頭を擦っていた。
疑問に思った私はそれを尋ねてみた。
「どうしたんですか?水浴びなんかして」
「お前を追っかけてる時、空中でガルーダのションベンを頭から浴びちまったんだよ。それを洗い流してたところだ」
(……ごめんなさい、多分それガルーダのじゃありません)
私は心の中だけで謝りながら冷汗をかいていた。
しかしそれと同時に、ヤンキーのようなハルさんに頭からおしっこをかけたという事実に、なぜか背筋がゾクゾクするような快感を覚えていた。
(あ、ダメだ。これも開けちゃいけない扉だ)
私が必死に自分の心に蓋をしようとしていると、ハルさんが私の体を見てから急にそっぽを向いた。
頬を紅潮させながら、恥ずかしそうに目を伏せている。
「そ、そんな格好にさせちまって悪かったな。とりあえずコレ羽織っといてくれ。すぐに仲間を呼んで、服も持って来るから」
私が自分の体を見下ろすと、シャツが濡れて下着が透けていた。
しかし先日同じような状況になっても、サスケもネウロイさんも何の反応も示してはくれなかった。
(このヤンキーハーピーさん、女性に対しては変に純情なんだな)
可愛い表情を残して飛び立つハルさんを見送りながら、私は少し愉快な気持ちになっていた。
それから川岸に腰を下ろし、ハルさんが仲間たちを呼んで来てくれるのを待っていた。
すると突然、首筋の後ろにチリチリしたものを感じた。ガルーダが現れた時に感じたのと同じ感覚だ。
その感覚に押されて川上の方へ首を向けると、水に浮いたガルーダがゆっくりと流されて来た。
どうやらガルーダも川へと墜落したらしい。もし落下の衝撃をやわらげるためにわざとそうしたのなら、やはり相当頭の良い鳥だ。
ガルーダはピクリとも動きはしなかったが、私は念のためにブルーを召喚した。ガルーダから逃れた後、すぐに召喚を解除して胃の中からは戻している。
私は川へ入り、ガルーダが流されてくるのを恐る恐る待った。
そして手が触れられる距離まで来ると、呪文を唱えた。
「セルウス・リートゥス」
私の指が青く光り、ガルーダの体の中へ入っていった。そしてガルーダの体全体が青く光り出す。
(やっぱり死んでなかった!)
チリチリしたプレッシャーのようなものを感じたのでそうでないかとは思っていたが、この怪物は案の定まだ生きていた。
体の中から内臓を凍らされたのに、なんて生命力だ。
隷属魔法をかけられたモンスターはその傷を回復させる。ガルーダはすぐにムクリと起き上がった。
と、同時に、私はその場に倒れ込みたくなるような脱力感を感じた。
「……え?なにこれ?」
それは大量の魔素消費によって生じたものだった。
しかし、今まで隷属魔法を使ってこのようになった事など一度ない。
(強いモンスターだから、魔素消費も大きいってことかな……?)
私は意識をしっかりと保ち、起き上がったガルーダの首筋を撫でてやった。
意外なほど柔らかい羽毛が、手のひらに心地良い弾力を返してくる。
「君の名前は……ガル!よろしくね、ガル」
私の命名に応えるように、ガルは小さな声でクルクルと喉を鳴らしてくれた。
それから私はガルを一度格納筒へ入れ、岸辺に戻ってから召喚してみた。
ガルは問題なく喚び出されたが、やはり強い魔素の消費を感じる。
(これはヤバイな……簡単に使えるモンスターじゃない。技なんか出させたら、もっと大変かも)
私はガルを川に入れ、試しに例の全身が光る発熱攻撃、ゴッドバードを発動させてみた。
(軽くだよ、軽く)
そう命じたのだが、それでも川の水が水蒸気爆発を起こして飛び散った。
そして、私の魔素が一気に枯渇しかける。
「も、戻って……!」
私はガルの召喚を解除し、その場に座り込んだ。
眠い。魔素切れのせいで強い眠気を感じるのと同時に、めっちゃムラムラする。
私は上から見えないよう、茂みの中へと入っていった。
本当ならハルさんたちに見つけてもらわないといけないので開けた場所にいるべきなのだが、逆に隠れた。
それから今日あったことを思い出す。
ヤンキーのようなハルさんに頭からおしっこをかけてしまったこと、その股間に顔をうずめてスリスリしたこと、そして私の透けた下着を見て恥ずかしそうに赤面するハルさんの表情。
それらの記憶が神経を昂ぶらせ、私のセルフケアはこの上もなく捗るのだった。
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈ハーピー〉
ギリシア神話に出てくる半人半鳥の生き物です。
羽根が生えたキャラということで、可愛く魅力的に描かれることが多いですよね。
筆者が小学生の頃に初めて見たハーピーは魔導物語(ぷよぷよの元になったRPG)のやつですが、やっぱり天使みたいで可愛いです。
ですが元ネタのギリシア神話だと、醜い上に汚物を撒き散らすという最悪なキャラでして……
醜いのはともかく、汚物は……
羽根=素敵キャラというのは、そういう作品を見慣れた現代人の先入観なのかもしれませんね。
〈
現実世界にも龍涎香はあるのですが、その正体はマッコウクジラの腸内に生成される結石です。
ドラゴン関係ありませんね。
この龍涎香は古くから香料として使われてきました。
海岸に打ち上がってるのを偶然拾うものだったため結石とは分からず、『龍の
っていうか腸内にできる結石って……ウ○コやん!!香料になんの!?
って思ったあなた、正解です。
実は出てきたての龍涎香はやっぱりウ○コの臭いがするらしいです。
でもそれが長期間プカプカと海面を漂う内に良い匂いになるんだとか。
まぁそんな知ったかぶりを書いてますが、筆者はこの龍涎香の匂いを嗅いだことがありません。
一度嗅いでみたい気もするんですけど、準ウ○コだと思うと嗅ぎたくもないような……
でも『臭いもの嗅いでみたさ』ってありますよね。不思議。
〈ガルーダ〉
ガルーダはインド神話に登場する神鳥です。
最強クラスの神様であるヴィシュヌの乗り物になる契約をしていますが(その代わりガルーダは不死になれた)、ただの鳥とは違いガルーダ自身にもしっかり理性があります。
『すごい鳥』というよりは『神様がたまたま鳥の形をしている』というイメージが正しいでしょう。
本編のモンスターのように光り輝いて高熱を発するという特殊能力を持っています。
その威力はマジでヤバかったらしく、産まれてからピカピカメラメラやってたら周りの神様たちがビビってゴマすりしてきたほど。
その強さでナーガという蛇神(一部では龍とも)を捕食するのですが、仏教ではそのナーガを煩悩と見立てて、『煩悩を喰らう仏教の守護神、
……ふぅ、今回は汚物とかウ○コとか言いまくってたけど最後はキレイに締められて良かった。
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お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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