第9話 ドライアド

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私は皮膚に食い込む縄状のつたを眺めながら、そんなことを考えた。


 目の前の地面に、縛られた青年が横たわっている。


 両腕は腰の後ろで束ねられ、足は鼠径部と足首とがピタリとくっつくように蔦が巻き付いていた。


 膝が曲げられた状態で大股を開き、それが私の方を向いている恰好だ。


 蔦は腕と足以外にも体中を這っており、ギチギチと全身を拘束している。特に股間の締め付けは私の目を惹きつけて離さなかった。


 その青年の何かを訴えるような切ない表情は、もはやメスを誘っているとしか思えない。


「すいません……これ、ほどいてくれませんか?」


「あ、はい。大丈夫ですか?」


 身動き取れなくなった青年にドキドキハァハァしていた私は、彼の言葉で我に返った。


 平静を装って駆け寄る。


 青年は森の中でなぜか蔦に縛られて横たわっていた。しかも街から結構な距離を離れた、やや深い森だ。


 縛られている理由は分からないものの少し情けない声でほどいてほしいと言う彼に、私は不思議とゾクゾクした。


 青年は眼鏡をかけた気弱そうな顔立ちで、そのことが私の嗜虐心をよりいっそう刺激する。


 つい、ほどこうとする振りをして股間へとつながる蔦をグイっと引き上げてしまった。


「あうっ」


 青年の反応に、私は神経が舞い上がるような気持ちがした。


 楽しい。


 まさか自分の中にこんな自分がいるとは夢にも思わなかった。


(私は蔦をほどいて彼を助けてあげてるだけ。その過程で、ちょっとあっちこっちに蔦を食い込ませちゃうのは仕方ないよね)


 そう自分に言い聞かせ、あちこちを引っ張ってみる。


「あっ、はうっ、んんっ」


 敏感な青年の反応が私の嗜虐心を満たしていく。


 次はどこを刺激してやろうかと考えている時、私はそれを見つけた。


 彼を縛っている蔦は、なんと彼自身の頭から生えていたのだ。


(ドライアド……っていうんだっけ?半人半植物って感じかな)


 少しずつこの世界の常識に慣れてきた私は彼の種族名を思い出していた。


 青年は毛髪の代わりに緑色の蔦が頭から生えた種族、ドライアドだった。頭の蔦だけでなく、緑がかった肌の色もそれを示している。


「えっと……自分で自分を縛ってるんですか?」


 もしそうなら結構な変態さんだ。


 自分のしたことは棚に上げてそう思った私に、青年が説明してくれた。


「恥ずかしい話ですが、実は自分で仕掛けたトラップモンスターに自分で襲われてしまいまして……頭の蔦で応戦してなんとか逃げてきたんですが、四方八方に蔦を振り回しながら走ったらこんなことになってしまいました」


 トラップモンスター。そういうのもあるのか。


 しかし、それにしても芸術的なまでにいやらしい縛られ方になっている。


 ちょっぴりドジなのか、もしかしたら逆に天才かもしれない。


「とりあえず頑張ってほどきますね」


 私はそう言ったものの、不必要なほどの時間をかけて、不必要なほど縄を食い込ませつつ、じっくりと楽しんだ。


 もとい、確実に蔦をほどいていった。


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817139557391328217


「あうっ、はうっ」


 彼がそんな声を上げるたびに私はゾクゾクしてたまらなかったのだが、残念ながらしばらくすると蔦は全てほどけてしまった。


「あ、ありがとうございました。僕はアカデミーの学生で、ドライアドのダナオスといいます」


 ダナオスと名乗った青年はズレた眼鏡を直しながら立ち上がった。


 頭の蔦がシュルシュルと縮まっていく。


 どうやらドライアドの頭の蔦は伸縮自在らしい。髪型も自由自在でちょっと楽しそうだ。


「私は召喚士のクウです」


「召喚士さんですか。こんな所まで来ているのは何かのお仕事ですか?」


「一応、そうですね」


 私は背負っていたリュックの中身を見せた。


 中には三日月形の葉をした草が根ごと入っている。根はコブのように膨らんでいた。


「私はあんまり分からないんですけど、この草の根っこが薬になるらしくて。たまに見かける草だったから私でも採取できるかな、と思ったんです。でもあんまりないですね」


 アステリオスさんのお店でそういった依頼書を見つけたのだ。


 支給されたリュックいっぱい取ってくれば、品質次第だが最低五万円という報酬だった。


 草を取ってくるだけの採集ならそう難しいこともないかと思ったが、街の周りにはリュックがいっぱいになるほどの量はなかった。


 今もリュックは三分の一も満たされていない。


「少しでも多く生えている方に進んで行ったら、こんな所まで来ちゃいました。この辺りは不思議と結構生えてるんですよ」


「それは僕の研究畑が近いからですね。その草、『月待ち草』が僕の研究テーマなんです」


 月待ち草。


 そういえば依頼書に書かれていたのはそんな名前だった気がする。


 ダナオスさんは先ほど名乗る時、アカデミーの学生だと言っていた。 

 プティアの街には確かに大きな学校があったが、そこの学生として植物の研究をしているということだろう。


 私は月待ち草がこの辺りに多い理由を理解した。


「じゃあ、そこから種が飛んできてるってことですね。研究畑って近くなんですか?」


「近くっていうか、アレです」


 ダナオスさんが指さした先を見ると、20メートルほど先に一定の間隔で同じ木が植えられている所があった。


 そしてその周囲をぐるりと囲むように、看板のかかった蔦が回されている。よく見ると、それはダナオスさんの頭の蔦のようだった。


「あれは普通の木に見えますが、近づいた者を枝で捕らえるトレントというモンスターです。畑を荒らすモンスター対策に植えました。トレントで囲まれた100メートル四方が僕の研究畑ですよ」


「モンスター対策で植えてある……ってことは、ダナオスさんを襲ったトラップモンスターってあのトレントですか?」


「恥ずかしながら、そうです」


 ダナオスさんはポリポリと頭をかいた。


「トレントは人を襲わないように催眠魔法をかけられているのですが、僕が魔素入りの肥料薬を大量にこぼしてしまって……催眠魔法を打ち消すほどに強くなってしまった一体に襲われてしまいました」


 やっぱりこの人ドジっ子だ。ドジっ子ドライアドだ。


 確かに並んだトレントのうち、一体だけが他よりもやたら太くてたくましい木になっている。


「ああなると、もう誰か強い人に頼んで駆除してもらうしかありません。知らない人が近づいたら危ないので、とりあえず一時的に眠らせるスライムローションを投げておきます」


 ダナオスさんはそう言って、カバンから一本の瓶を出した。


 そしてサスケがダンジョンでそうしていたように、トレントに向かって投げつける。


 瓶はトレントに当たり、砕けて中身が地面に流れていった。


 私はそれを見て違和感を覚えた。


(サスケが投げてたスライムローションは『引力』の効果を混ぜてあったから敵にくっついてたけど……今のは普通に落ちてたよね)


 普通に使うものはこんなものなのだろうか?


 私が疑問に思っていると、瓶を投げつけられたトレントが急に震えだした。


 そして、その太さが徐々に増していく。幹の樹皮が歪み、恐ろしい顔のようなものが現れた。


「……あれ?」


 ダナオスさんが間の抜けた声を上げた。


 トレントの根本の地面が盛り上がり、根がズルリと出てくる。


 その根を足のように使って地面の上を進み始めた。私たちの方へ向かって。


「あ……間違えて魔素入りの肥料投げちゃった……」


(何をやってるんだこのドジっ子は!!)


 多少のドシは可愛いものだが、命の危険があるとさすがにそうも思っていられない。


 トレントは強くなると自立歩行ができるようになるようだ。しかも結構な速さだった。


 私は急いで格納筒からレッドを喚び出した。やはり植物のモンスターなら燃える攻撃が効きそうだ。


「レッド、貫通しないぐらいの攻撃にして!」


 トレントの後ろにはダナオスさんの研究畑がある。そこまで燃やしてしまったら大変だ。


 レッドは了解の念話を返してから、弾丸となってトレントへ飛んでいく。


 幹のど真ん中にぶち当たり、煙を上げたトレントはミシミシと音を立てながら倒れていった。


 レッドが当たった部分は半ば折れかかって火を上げていたが、加減していたので死んではいないらしい。根や枝がまだウネウネと動いていた。


「す、すごい……あんなに強化されたトレントを一撃で……」


 腰を抜かして倒れたダナオスさんは、ズレた眼鏡を直しながら感嘆の声を漏らした。


 私はその横を小走りに過ぎて、トレントのそばへ向かった。


「セルウス・リートゥス」


 急いで呪文を唱え、死んでしまわない内に隷属魔法を使う。


 トレントは木に擬態することができるトラップモンスターという話だ。直感的に、これは使えそうだと思った。


 トレントは青い光に包まれて、それから折れかかっていた幹がミシミシと治っていく。地面の上を進む根には蔦のような紋様が浮かび上がった。


 ギシギシと起き上がったトレントの顔は、恐ろしかった先ほどとは正反対に優しい老人のようになっていた。


「わぁ、すごくいい顔になったね。あなたの名前は……レント!よろしくね、レント」


 私は新しい仲間に喜んだが、よくよく考えてみるとレントは研究畑を守るために植えられたトラップモンスターだ。


 所有権はアカデミーにあると考えるのが妥当だろう。


 私はダナオスさんを振り返った。


「あの……事後承諾になっちゃうんですけど、この子もらってもいいですか?」


「え?ええ、ええ、それはもう、もちろん。というか……そんなに強くなったトレントをこの子扱いですか……」


 ダナオスさんの言う通り、確かに一緒に植えられていた他のトレントたちと比べると、もはや化物だ。


 ただ私としてはその変化具合の方がびっくりする。


「ありがとうございます。でも、すごいのは魔素入りの肥料ですよ。一本でこんなに強化されるなんて」


「ああ、あれは最低でも1000倍に薄めてから使用するやつですからね。値段もすごいから、こんなことになっちゃって研究費が火の車ですよ。いやぁ、まいったまいった」


 自分でやっておきながらそう笑うダナオスさんに、私は頬を引きつらせた。


(アカデミーさーん!こんなドジっ子にそんなヤバイの持たせちゃダメですよー!)


 これほっといちゃダメなやつだ。


 私はリスクマネジメントについて切々と語り、ダナオスさんは100倍を超える魔素入り肥料は持ち歩かないと誓ってくれた。



***************



「すごい!ツリーハウスなんて素敵!!」


 私は研究畑の北側に作られたツリーハウスを見上げて感動した。


 大木と一体になるよう作られたその空中家屋は、本や画面の中でしか見たことのない夢の建築物だ。


 その反応に、ダナオスさんが誇らしげ胸を張る。


「アカデミーの先輩方から代々引き継がれてきたものです。このツリーハウスに見守られた研究畑から、著名な論文がいくつも出たんですよ。バジリスクの石化を治す金の針はここで開発された黄金薔薇の棘ですし、身体強度を上げるプロメテイオンの薬草もここから産まれました。他にも……」


「上がってみていいですか?」


「……どうぞ」


 ダナオスさんはまだまだ語りたそうだったが、私は立て掛けられたハシゴをするすると登っていった。


 ツリーハウスにはバルコニーのようになった広い足場があり、そこから研究畑の全体が一望できる。


 柵も手すりもないので少し怖かったが、その分開放感があってすこぶる気持ちいい。


(なるほど、ただ素敵だから建ててるんじゃないんだ。上から全体を見て観察できるようにしてる)


 実際に畑を見下ろしてそれがよく分かった。


 ダナオスさんの研究畑はいくつかのエリアに分けられている。


 おそらくそれぞれで様々な試行がなされているのだろうが、そのいずれにも同じ植物が植えられていた。


「本当に全部月待ち草なんですね」


「ええ、僕の研究テーマは『月待ち草の安定収穫』ですから」


 ダナオスさんはハシゴからツリーハウスへ身を乗り上げながら答えてくれた。


「月待ち草は薬用部位である根茎の生育が非常に不安定なんです。ですから栽培に乗り出す業者もおらず、十分な量が市場に流通していません。それに野生の採取品は品質がバラバラだから、薬の効果も安定しません」


「なんの薬になるんですか?」


 ダナオスさんはちょっと不思議そうな顔をした。


 私はその月待ち草の採取をしていたのだから、その反応も当然かもしれない。


「えっと、はじめて受けた依頼だからあんまりよく知らなくて……」


「ああ、生理痛やPMSなど婦人科系の薬になります。品質の良いものは、本当にすごく効くんですよ」


 PMSというのは生理前から起こる様々な心身の不調だ。


 程度の差はあれども、これに苦しめられない女性はほぼいないだろう。


「僕の姉が子宮内膜症で結構苦しんでまして、なにか助けになれないかと思って選んだ研究テーマなんです」


 子宮内膜症は子宮内膜という組織が本来存在する場所以外で増殖してしまう病気で、女性の十人に一人はかかると言われる割とメジャーな疾患だ。


 生理痛がひどくなり、場合によっては不妊の原因にもなる。進行すると生理の時以外でもいろいろな場所に痛みを生じる。


(私が元いた世界ではホルモン療法があったけど……)


 私は女なのでそういった知識はある程度あった。ごく少量のホルモンを服用し、生理を止めた状態にする治療法だ。


 薬なので副作用が無いわけではないが、服薬を中止すれば通常通り生理も始まって普通に妊娠できる。


 生理を止めることが出来るためPMSの治療としてもよく用いられており、この治療を選択する人がすごく増えているという話だった。


 ただ、この世界にはまだそういった治療法はないのだろう。だからダナオスさんは頑張っているのだ。


「お姉さん思いで、えらいですね」


「正直に言うと、自分のためでもあるんですけどね。姉はPMSもひどいので、イライラが募ると僕がいじめられるんです。なんかそうしたくなるタイプだとか言われて……」


「ああ、分かります」


「え?」


「あ、いや、えーっと……」


 失言ではあったが、先ほど縛られたダナオスさんをいじめてしまった身としては共感するところがある。


 私は自分の言葉をごまかそうと話題を変えた。


「で、でも本当に月待ち草を分けてもらっていいんですか?」


 先ほど助けたお礼にそうしてもらえるという話をされていた。


 私としては使役モンスターも増えた上に仕事まで完了して、ありがたいばかりだ。


「ええ、もう実験を終えたものがそのリュックの量くらいはあります。全部失敗ですが……」


「難しい研究テーマなんですね」


「月待ち草は根茎が生育するまでに次の満月を待たなければならないという俗説からその名が付きました。ですが、実際には月のサイクルとは関係ないことがすでに実証されています。温度や湿度、水分、肥料、日光もあまり影響がありませんでした。唯一、嵐が去った後に根茎が成長しているフシがあったのですが、再現性に乏しくて……」


 どうやら研究は行き詰まっているらしい。


(私にこれ以上できることもないし、邪魔にならないようさっさとお暇しよう)


 そう思った時、畑の中で動くものが見えた。


 赤いまだら模様の浮かんだ背中は、つい先日も見た記憶がある。


「あれは……火鼠!ダナオスさん、火鼠が畑に入ってますよ!」


「ええ!?……そうか、トレントが一本いなくなった隙間から入ってきたんだ!火鼠は雑食だから、月待ち草の根も食い荒らされてしまう!」


「あ、しかも増えてますよ!どんどん入ってくる!」


 火鼠は群れることもあるのか、初めの一匹の後を追って数匹、いや数十匹が畑へ侵入してきた。


 それらは土を掘り返し、ダナオスさんの心配通り月待ち草の根に食らいついた。


「どどどどど、どうしよう……!?」


 ダナオスさんは混乱してどもりまくったが、それも仕方のないことだろう。


 精魂込めて育てた研究対象が荒らされるだけでなく、命の危険もあると思うのが普通だ。


 ただ、火鼠たちの侵入路は私たちのいる北側とは反対の南端なのでまだかなりの距離がある。


(落ち着いて対処すれば、うちの子なら撃退できそう)


 私はブルーを喚び出そうと格納筒へ手を伸ばした。冷気攻撃の効果は実証済みだ。


 が、その手が格納筒に触れる前に、私は強く背中を押されて前へつんのめった。


 どうやらパニックになったダナオスさんが回れ右してツリーハウスの中へ逃げようとした時、勢い余った腕が私にぶつかったらしい。


 私たちはツリーハウスの端に立っていた。そして目の前には柵もない。


 当然、そこから前へと押し出された私は落下していった。


「キャアァアァ!!」


 私は地面への激突を覚悟したが、すんでの所で落下は止まった。その代わりに手首と膝周りとに引っ張られる感覚を受けている。


 ダナオスさんの頭の蔦が、私に巻き付いて止めてくれていたのだ。


「だ、大丈夫ですか!?」


 おかげさまで体の方は大丈夫だ。


 しかし両手首と両膝とで吊られている形になっているので、私の格好は両手を上げてM字開脚しているという状況になっていた。


 しかもスカートが完全にめくれ上がって下着がモロ出しになっている。


 私は自分がいやらしい格好になっていることにドキドキした。


「ぁん……これ、ちょっとヤバイ……」


「え!?まだ落ちそうですか!?」


 勘違いしたダナオスさんはさらに追加の蔦を数本伸ばしてきて、私の胴体にも巻き付かせた。


 その蔦たちは私の胸、腰、股間を縛り上げ、ジリジリと肌に食い込んでくる。


 体中を縛りあげられた私は、なぜかゾクリとするような快感を覚えていた。


 蔦が私の皮膚を刺激しているからだけではない。何かされても抵抗できない状況に、不思議な諦めと興奮とを感じてしまうのだ。


 私の頭の中は真っ白になった。


「あぁ……もっと……」


「ま、まだですか!?どうやって巻き付いたらいいんだろう……」


 つい漏れてしまった私の本音をまた勘違いしたダナオスさんは、蔦シュルシュルと動かして私の体を保持できるポジションを探した。


 しかし、それは私にとってはただ単純に体中をまさぐられているのと同じことだ。しかも拘束されて動けない状態で。


 抵抗できないようにされ、いいようにもてあそばれている。しかも先ほど自分がいじめていた男の子から、今度は自分がいじめられている。


 その事に、私の背筋は感じたことのないゾクゾク感に襲われた。


 頬が紅潮し、吐息が熱くなる。


「と、とにかく引き上げますね!」


 考えてもみれば地面はもう遠くないのだからそのまま下ろしてくれればいいのだが、パニックになっているダナオスさんは少しずつ私を引き上げ始めた。


 少し高さが上がる度に体のあちこちがほど良く締め付けられて、言いようのない快感が全身を襲った。


 縛り上げられて抵抗できない私はその快感に身を任せるしかない。


 そしてツリーハウスまで引き上げられる直前、私はこのごく短時間で昇天を迎えてしまった。


 熱い息を切らしながら、ツリーハウスに横たえられる。


「ご、ごめんなさい!怪我はありませんか!?」


「怪我はないけど……今なら多少の怪我もよろこべそうです」


「はい?」


 ダナオスさんは意味が分からず聞き返したが、むしろ分かってもらっては困る。


 私はぐったりした体に鞭打って、すぐに立ち上がった。咳払いを一つしてから格納筒を叩く。


 すぐにブルーが出てきた。


「ブルー。あいつら皆、凍らしちゃいなさ……」


「ま、待ってください!月待ち草は冷害に弱い植物です。冷やすのは避けてもらえませんか?」


 ダナオスさんはブルースライムの特性を知っているようで、慌てて制止してきた。


 なるほど、冷気は火鼠にはよく効く攻撃だが、月待ち草まで傷つけては本末転倒だ。


 同じように、レッドの熱も植物には良くないだろう。そして、新しい仲間のレントはまだいまいちその特性が分からない。


「イエロー、出ておいで」


 私の声に応えてイエローが飛び出した。


 電気ならアース線のように地面に逃げるはずだ。火鼠の弱点属性ではないが、しっかり魔素を込めれば倒せない相手と数ではない。


「畑はできるだけ壊さないようにお願いね!」


 イエローは了解の旨を念話で私に送ると、100メートル弱の距離をひとっ飛びに飛んでいった。


 そしてそ勢いそのままに一匹の火鼠にぶつかる。


 その瞬間、小さな火花のような放電が見えて、火鼠は痙攣してから動かなくなった。


 イエローはアスレチックでもしているかのように火鼠たちを背中をジャンプして渡って行く。


 イエローが背中に着地すると、その火鼠は体をビクリと痙攣させて横たわった。


 火鼠の群れは三、四十匹はいそうだったのだが、イエローに仕留められたのが二十匹を超えた辺りで一斉に逃げ始めた。


 私はイエローに追撃はせず戻るよう伝えた。ぴょんぴょんと跳ねて帰って来るのが可愛い。


「よくやったね、えらいえらい」


 私はイエローの頭をよしよしと撫でてやった。


 それから私とダナオスさんはツリーハウスを降り、食い荒らされた畑の状態を確認しに行った。


「結構やられちゃってますね……ダナオスさん、せっかく頑張って育てたのに」


「いえ、これくらいの被害で済んだのはむしろ幸運です。クウさんのおかげですよ。それに、ここの畑は失敗でほとんど根茎が育たなかったので……」


 ダナオスさんはそこまで言ってから言葉を止めた。


 畑にしゃがみ込み、一本の月待ち草を引き抜いて目を丸くした。


「これは……」


 ダナオスさんはその近くに生えたものをさらに数本抜いた。そしてその根をじっと見ながら全ての動きを停止させてしまった。


 私はしばらく待っていたが、全然動かないので声をかけた。


「あの……」


「電気だ!!」


 ダナオスさんは突然立ち上がってそう叫んだ。


 私は驚いて聞き返す。


「え?電気?」


「そうです、電気です!ほとんど育っていなかった根茎が、わずかですが成長しています!イエロースライムの電気が影響しているとしか考えられません!」


 ダナオスさんは興奮で普段の五割増ぐらいの声量になっていた。


「でも……植物って、そんなに早く成長するんですか?」


「僕たちドライアドは植物の状態を感じ取る力に優れているんです。小さいですが、明らかな変化が見られます」


 そうなんだ。


 サボテンすら枯らしたことのある私としては羨ましい。


「そうか……だから嵐の後に成長していたのか……近くで落雷があれば成長する……しかし嵐が来ても落雷があるとは限らない……再現性に乏しいわけだ……」


 ダナオスさんは口元に手を当てて、ブツブツと独り言を始めた。


 この様子だと、今何を言っても聞こえないだろう。


 私がまたモンスターが入って来ないようにレントを喚び出そうとした時、ダナオスさんが大声を上げた。


「クウさん!!」


「は、はいっ!!」


 私はびっくりして思わず気をつけの姿勢をとった。


「今から、僕の実験に付き合ってもらえませんか?」


「……え?今から、ですか?」


 私は太陽を見上げた。もう赤い夕陽になりかけている。


 実験に付き合うどころか、急いで帰らないと日暮れに間に合わなくなってしまうだろう。


「お願いします!!どうしてもすぐに試したいんです!!我慢できない!!」


 私は苦笑いした。ホンモノの研究者ってこんな感じなのだろう。


「でも、そろそろ帰らないと暗くなってしまいますし……」


「それなら大丈夫です!!あのツリーハウスは何人かで寝泊まりできるようになっていますから!!」


(え?そんな……泊まりだなんて……)


 私は突然の異性との外泊に浮足立ってしまい、妙なことを考えてしまった。


(ど、どっちが縛られるんだろう?)


 しかし私の期待に反し、結局は徹夜で実験に付き合わされただけだった。



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈ドライアドとダナオス〉


 ドライアドはギリシア神話に出てくる木の精霊です。


 この精霊、相手がイケメンだと誘惑して木の中に引きずり込むこともあるというからなかなかのり手さんですね。


 ダナオスはそのドライアドをお嫁さんにもらった王子様の名前です。


 このダナオスさんには娘がなんと五十人もいたそうなんですよ。


 そしてその五十人全員の結婚に際し、新婚初夜に夫を殺すように命じました。


 『寝てる間にサクッと殺れ』って。


 夫の父親に恨みがあったからなんですが、それにしてやることがちょっと……


 しかもその父親は自分の双子の兄弟なので、殺したのは甥っ子たちということになります。


 ギリシア神話ヤベェ。


 ただその一方で、五十人のうち一人だけ夫を殺せない娘がいました。


 一度はそのことで怒られて投獄までされた娘でしたが、結局は許されて結婚を認めてもらえることに。


 その時に命拾いをした夫がダナオスさんの次の王様になります。


 素敵なラブロマンス。


 でもそれくらいじゃ前段階の凶行は上塗りできませんよね……



〈名称の揺れ〉


 前話でも書きましたが、名称というものは言語や地域でかなり違ってきます。


 『ドライアド』は英語で、フランス語だと『ドリアード』になります。


 そして元々の古代ギリシア語では『ドリュアス』と言ってたらしいです。


 ほら、こんなに違うんだからちょっとくらい変えてもいいですよね。(言い訳)



〈火鼠〉


 二話連続で登場したモンスターですが、元ネタは中国や日本の伝承生物です。


 火鼠は燃える山に棲んでいて、水をかけられると死ぬと言われています。属性がはっきりしていて好感が持てますね。


 『竹取物語』のかぐや姫が求婚者に求めた火鼠の皮衣や、漫画『犬夜叉』の主人公が着ている服の素材として知っている方も多いかもしれません。


 その毛で作った布である『火浣布かかんふ』は火にくべても燃えないと言われていました。


 かぐや姫は偽物を渡されて火にくべ、『燃えたから偽物だわ』って言ったんですよね。


 ただ、その耐火性から『火浣布は石綿(アスベスト)のことを指していたのでは?』という説があるらしいんです。


 石綿は天然の鉱物繊維なので確かに燃えませんが(融解はします)、肺疾患や癌の原因になる物質なので社会問題になってますよね。


 それを考えると、かぐや姫の求婚者が持って来たのがただの偽物で本当に良かったと思います。


 でもかぐや姫、目の前でプレゼントを燃やすって結構なドS……



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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