第2話【ゲームのおわり】
俺は、汚い絨毯の上に座り込んだ。
さて、ここで悲嘆に暮れていてもはじまらない。唯一の希望とも言えるこの紙切れ。
これをギルド連合まで、持っていかなければならないのである。
今すぐに、不審者の称号をどうにかすることはできないのだ。
せめて、このボロギレに腰みのという服装を変えたい。
そうすれば、衆人視線地獄から逃れられるのではないかと思う。
俺は、しっかりと握りしめた紙切れを見つめた。
具体的には、紙切れで何が得られるのだろうか?
まずは、大きな文字で『お金をあげちゃうー』と書かれている。
次にクエストの内容だ。
【東の森に生えてるアワレダケというキノコを採取してきな。アワレダケ……お前は、ほんとに哀れだな】
クエスト報酬。
アワレダケの採取時点で、10円。
「少なッ!! 何がお金あげちゃうーだッ!!」
俺は、紙切れをぐしゃぐしゃにしようとしたが、思いとどまった。
こんな人を馬鹿にしたような紙切れでも、今の自分には唯一の資金源なのだ。
(なんで、こんな。これは、俺の夢なんだろ。俺に都合良くできてないのはなんでなんだ。やっぱり、夢ではない?)
俺は、頭の中でチート能力に目覚めて無双する自分を想像してみる。
やがて、大きく息を吐いた。
✢
俺は、まるで石像のように行き交う人々を眺めていた。様々な嫌悪を受けながら……
突如、重大なことに気付いた。ゾワゾワと血の気が引いていく。
ギルド連合の場所がわからない。そもそも、現在地は、どこなのかという話である。
行き交う人々に聞くことはできない。俺は、不審者なのだから。
とにかく適当に歩き回って、案内看板などを見つけるしかないだろう。
「ウキュー、ウキュキュ!?」
俺の目の前に、一匹のシルクハットを被った子猿が現れた。とても愛らしい顔をしている。
ここの人間から蔑まれた目線でしか見られない俺にとっては、この世界はじめての友好的な視線だ。
子猿は、俺と目が合うと、なんともキュートな踊りを見せてきた。
子猿の鳴き声は、BGMとなり、その踊りの魅力に拍車をかけている。
俺は、惜しみない拍手をおくった。人々の舌打ちや鬱陶しそうな目線も気にせずに……
子猿は、シルクハットを片手で取ると丁寧にお辞儀をする。
「ありがとう。おかげで勇気が湧いたよ」
問題は、解決していないが、このように自分を見てくれる生物もいるんだと嬉しくなった。
元の世界でも、この世界でも、このように自分を見てくれる生物は、そんなにいなかったのだ。
子猿は、シルクハットを被ると小さな手をクイクイと動かして手招きをする。
俺は、汚い絨毯から一歩を踏み出した。
「ファイア・ボール《火球》」
怒りのこもった女性の声と背中に感じた熱さに、俺は、悲鳴をあげて後ろを振り向いた。
汚い絨毯は、炎上。やがて、燃え尽きて路面は黒く焼け焦げていた。
「あぁ、あああッ!!」
俺は、唯一の安全地帯を失った。情けない声が出てしまう。顔もずいぶんと情けないのだろう。
「薄汚い賞金首ッ……消えろッ!!」
俺の目の前には、フードを目深に被った魔法使い風の女性が立っていた。
「い、いいいきなり……な、何をするんですか?」
俺は、震える声を必死に振り絞る。
「白々しいわねッ!? NPCもプレイヤーも関係なく、毒牙にかけた異常者がッ!!」
フードの女性は、怒りや憎しみをこめた瞳を向けてくる。
その心の内が伝わってくるようで、背中に悪寒が走った。
顔が見えない分、その瞳に宿る鋭く鈍い光は、状況の危なさを物語っている。
「い、いいや。いや。僕は、さっきゲームをはじめたばかりなんですよッ!!」
「嘘を付くなッ!! 往生際の悪い悪党ね……」
フードの女性は、マントの中に手を入れる。
紙を取り出して、クシャクシャに丸めるとこちらに投げつけてきた。
「あ、あひゃッ!!」
俺は、爆弾だと察して逃げようとするも、足が絡んでしりもちをついてしまった。
何も起こらない。
クシャクシャになった紙をブルブルと動く手で、弾いてみた。
何も起こらない。
俺は、その紙を手に取る。シワを伸ばして確認してみた。何故か確認せずにはいられない。
【連続殺人犯・シュウ……】と書かれていた。
「ああぁ、違う……そ、そそ……」
俺は、手配書に乗っていた写真を見て、それ以上は、言葉が喉の奥から出てこなくなった。
その写真は、まさに俺自身だった。
「卑怯者ッ!! 姉さんはね。やっと病気が治ったの。それでハイリアルの世界に来たばかりだったのに……覚悟しろ悪魔ッ!!」
俺は、否定できない。この写真は俺だ。それはこの世で一番、俺が証明できてしまう。
「ウギュー!!」
子猿の声が、背後で響いた。憎悪の叫びだ。振り向くまもなく、鋭い痛みが背中に刻まれる。
俺は、喉が潰れるのではないかと思うほどの叫びをあげて、転げまわった。
その一撃で、皮のボロギレは黒い霧に消えた。上半身がむき出しとなる。
俺は、黒く焼け焦げた路面の上で、熱さから逃れるために体を跳ね上がらせた。
子猿は、跳び掛かってきた。
その鋭い爪をなんとか回避した。ただ、子猿は、素早い。二撃目は避けられない。
俺は、涙声で必死に助けを求めたが、不審者を助けるものなど存在しないのだろう。
小猿から、なんとか逃れた。呼吸ができない。
「ネリ、退いてッ!! 悪魔の動きを止めるわッ!!」
子猿は、フードの女性を見て、頷くと俺から距離を取った。
「ヒート・ショック《急熱衝撃》」
フードの女性の声と同時に、俺の体の下に魔法陣のようなものが展開された。
俺の視界が、真っ赤になる。急激な体温の上昇に、内臓が絞られるように傷んだ。
嘔吐、意識が、視界が、真っ白になる。
「ぐぅッ、あああああああ!!!!!!」
子猿の鋭い爪は、腹部に突き刺さった。そのまま股下まで切り裂かれた。
皮の腰みのも破壊された。
俺は、全身傷だらけで、すべての装備を失った。
生きているのが不思議だった。先程の魔法の影響か意識がはっきりしない。
俺の耳に警報音が鳴り響く。
薄れる意識の中、安堵した。
これは、立派な殺人未遂だ。きっと誰かが通報して、運営が対処してくれたんだ。
『運営より警告、運営より警告。プレイヤー名【シュウ……】は、公衆の面前で、衣服を脱ぐ重大な倫理違反。危険人物のため、接近に注意。特に女性のNPC及びプレイヤーは、安全な場所への退避。まもなく、GMナイツ及びイストワール王国軍が出動いたします』
繰り返します……
俺は、意識を回復させた。いや、無理矢理にでも回復せざるを得なかった。
「もう終わりね……姉さんの、殺害された女性の悔しさ悲しさ……思い知って……」
フードの女性は、トドメでも刺すかのような口調だ。子猿も歯を剥き出しにしている。
もはや、考えもない。
俺は、痛みを叫びで誤魔化して、多くの悲鳴や怒号から死物狂いで逃げ出した……
第2話【ゲームのおわり】完。
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