序章【俺は、どこにいる?】

第1話【ゲームのはじまり】

 ここは、公園なのだろう。今は、それ以外のことは、わからない。


 ゲームの世界という前提で、考える。


 俺の前を行き交う人々は、プレイヤーかNPCのどちらかだろう。


 あのロバも、NPCを名乗っていた。


 しかし、普通に俺と会話をしていたのだ。NPCであるにも関わらずだ。


 おかしい。


 NPCであるならば、選択肢や特定の言葉にしか反応しないはずである。


 それは、まだいい。問題は、この状況だ。


 俺は、人々に白い視線を向けられている。その原因は、考えるまでもない。


 今、俺は……


 汚い絨毯の上に座っている。


 上半身は、ボロ切れをまとっている。


 下半身は、腰蓑こしみのを履いているだけ。周りの人たちに比べても、あきらかに浮いている。


(ただの不審者じゃねぇか!! いくら、初期アバターでも、これはないだろ?)


「やぁ、楽しんでる。君の最初の称号は、不審者だよ。称号は、このハイオレデスリアルタイムワールド……面倒くさいから、HRWの世界では超重要」


 その超重要な称号が、不審者だというのか?


「今の君は、宿屋に泊まれない。施設に入れないからね。アイテムを購入できない。NPCからは、冷たい目で見られる。不審者だもん。プレイヤーからは、言わなくてもわかるよね?」


 色々と好き勝手に言ってくれるが、ロバの姿はどこにも見えない。


 声のみが聞こえてくるのだ。ゲームの世界とやらには、実体化できないのだろうか。


「いや、そんな称号を初心者に押し付けるなよ。みんなプレイを辞めるだろ?」


 ロバの声は、いつの間にか、オッサンの笑い声に変わっていた。


 やはり、NPCではなかったようだ。


「でも、不審者の称号は、唯一無二。今のご時世、不審者なんて皆無。リアルにもハイリアルにも存在しないよ〜。すっごいレアだよ」


 ロバは、嬉しそうだ。表情は、見えないが想像できる。さぞかし馬鹿にした顔をしているのだろう。


「だいたいさ〜。国民保証番号と連動もさせずに……無料でプレーしようなんて都合よくないか? そんなプレイヤー、はじめてだぞ?」


 ロバの声は、キャラすら忘れたようだ。完全に素である。なんという適当な仕事であろうか。


 これで分かった。少なくとも、この世界のNPCとやらは、コンピューターが操作していない。


 ただのオッサンが、動かしているのだ。


「そんな、身元も分からない怪しい人間がいるなんて想定外だからね。でも、ハイリアルの世界は、来る者拒まずだから。せめてもの救済処置として……」


 薄汚れた絨毯。


 皮の襤褸布ぼろぎれ


 皮の腰蓑。


 称号【不審者】


「君にだけ特別。これらを送らせてもらったよ」


 ロバは、深夜の通販番組のようにわざとらしい特別感を出してきた。


「国民保証番号を連動させれば、国から借金をしても、色々と揃えられるんだよね……」


 国民保証番号とは、何なんだろう。ここは、俺の夢なのではないか……


 ここまでリアルな夢は、今まで見たことがない。


 国から借金をしてまで、この世界の人間は、ゲームをしたいんだろうか。


 夢の中の話とはいえ、恐ろしいことだ。


 しかし、このままではいけない。俺は、なんとか普通の服装と称号を得なければならない。


 そうでなければ、何もできないということだ。


「どうすれば、普通の服装や称号が手に入るんだよ? なんかあるだろ?」


 俺は、強い口調で質問をした。


 ロバの声は、投げやり気味の口調で、このようにアドバイスをしてくれた……


 服装は、自分で買うしかない。しかし、俺の所持金は0なのだそうだ。


 もっとも『不審者』の称号を持っている限り店には、入れない。


 後は、イベントやダンジョン攻略の報酬。これは、それなりの強さが必要だ。


 モンスターを倒して素材を手に入れる。今の俺に倒せるモンスターは、いないという。


 現実的なのは、他のプレイヤーから恵んでもらう。もしくは、彼らが捨てた物を拾うくらいだろう。


 ギルド連合のクエスト報酬もある。


 ただ『不審者』の称号を持つものに、クエストを紹介してくれないのだそうだ。


 不審者は、唯一無二の称号。だとしたら、誰も持っていないということだ。


 その割には、随分と作り込んでいるなと思う。


 草むしりやお使いなどの雑用なら、ギルド連合を通さなくても受注できる。


 そもそもの話、不審者を自宅の庭に入らせたり、お使いを頼む人などいないだろう。


 どう足掻いても不審者の称号は、邪魔にしかならない。


 ゲーム風に言えば、状態異常。いや戦闘不能状態ではないか。


「この称号はどうすれば……外せるんだ?」


「HRW……この世界『リテリュス』に存在する国。そのいずれかの国民になって住所登録すればいいよ。そのためには、仕事をして、君の保証人になってくれる人を探す。そうすれば、君は不審者ではなくなる」


 ロバの姿なき言葉に、俺は何度も頷いた。


 まずは、何処かの国の国民になろう。そのためには、仕事を見つける必要があるだろう。


 いつ醒めるかも分からない夢だけど、こうして醒めるのを待つよりはマシだ。


「でもね、前提として、不審者を雇うところはないよ。不審者を国民に迎え入れてくれる国も、保証人になってくれる人もいないよ」


 絶望である。


 俺は、とんでもない称号を得てしまった。


 ロバが言った、国民保証番号との連携は、今からでもできるのだろうか。


 俺は、どういう経緯でこのゲームにログインすることになったんだろう。


 もう一度、状況を整理する。


 俺は『ハイオレデス』というふざけた名前のアプリをタップした。


 それが原因で、今ここにいる。


 これは、明晰夢の中なのだろうか。全てが、リアルすぎる。


 例えば、太陽を見ると眩しい。息を吸うと、この公園に植えられた草花の匂いがする。


 夢ではないのなら、どうやってここに来たのだろうか……

  




 俺は、思い切ってここまでの経緯を話して、ロバにどうすべきか聞いてみた。


 こいつらは、普通のNPCではない。定型文ではなく、何かしらの答えが帰ってくるはずだ。



「不審者は、すべてを自分の力でつかめ!!」


 それが、散々笑われたあとにくれたロバの答えだった。


 この汚い絨毯の上にいる限りは、どんなことが起きても絶対に安全らしい。


 すべてを掴むために、ゆっくりと今後のことを考えろということなのだろう。


「絨毯の下を調べてみろよ。嘘つき不審者がっ!!」


 ロバは、キャラも忘れて悪態をついてくる。


 汚い絨毯の下には、紙切れがあった。


『GMクエスト依頼書(初)』


 紙切れには、そう書かれていた。


「それ、救済クエスト。ギルド連合に持っていけ。それ見せろ。でもなあ、その絨毯から出た瞬間に、お前、捕まるぞ」


 ロバの声は、捕まる理由について、面倒くさそうに説明した。


 ここは、イストワール王国。単一民族の国家という設定らしい。


 それ故に、不審者の取締が厳しいそうだ。


 ただの不審者ならまだいい。裏通りに住む平民だと思われるだろう。


 俺のような原始人みたいな格好をした奴は、裏通りにすらいないようだ。


 だから、捕まるらしい。


「お前の行動は、しばらくモニターさせてもらうわ。面白いからな。強く生きろよ? 古臭いロールプレイヤー君」


 それっきり、ロバの声は聞こえなくなった。


 風が強く吹き付けた。


 俺は、紙切れをしっかりと握りしめた。こんな紙切れでも、今は大事な命綱なのである。


 行き交う人々の視線が冷たい。


 太陽までもが、俺だけを避けて降り注いでいるように感じる……。


 第1話【ゲームのはじまり】完。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る