エピローグ

 ざわざわとした喧騒の中で、スポットライトを浴びるのは悪くない。

 同志たちの集会場は楽しさに溢れていて、気分が高揚するものだ。久しぶりのコスプレには気合いが入っている。


「ミズキさん、こっちお願い」

「はーい」


 ミシュのコスプレはローブが機動力を落とすのだが、会場での素早さなどたかが知れている。ローブだからこそ、俺の図体を隠せるというものだ。


「ミズキ、今度はこっちね」

「スズ、今日はカメラなの?」

「そう。そっちのほうがいいかな? と思って」


 俺は眉を顰めて首を傾げる。コスプレをしているときは表情にも気を配っているけれど、このときばかりは怪訝を隠し切れなかった。


「デビューでしょ?」

「……ああ」


 俺の後ろで縮こまってるのは、カノンのコスプレをした茜音だ。緊張し過ぎて、表情筋が死んでいる。あまりの切迫感は伝染してしまいそうで、勘弁して欲しい。


「茜音。スズ、来てくれたぞ」


 ぴょこんと背が伸びて、スズを見つけると同時に眉尻を下げた。まさか泣かないだろうなと憂いが過る。


「スズさん。これ、恥ずかしい」


 知っている人には、馴れ馴れしい。

 カノンの衣装は露出が多いので、冷静になると気恥ずかしいだろう。俺だって、スイッチを切るとなんちゅー格好をしているんだ、と苛立たしくなるほどだ。

 いかんいかん。


「相変わらず、出てきたみたいに似合うよねぇ、茜音ちゃん。二人並んでると圧巻だよ」

「まぁ、完璧だからな」

「ナルシスト乙」

「やかましい。人を罵倒するときだけ、元気になるな」

「ミシュたんの格好で乱暴な言葉遣いやめて」

「カノンの姿で優しくないのやめろ」


 ばちばちと火花を飛ばせば、スズが笑いを挟む。

 気まずさはお互い様で、文句は飲み込んだ。周囲の目だってある。こんなくだらない口論で場を乱す行為は、慎むべきだ。


「よし! じゃあ、撮るよ」

「撮るの?」

「何のためにやってんの?」

「だって、スズさんが」

「お前がやるって決めたんだろ。ほら、こっちこい」


 呼び寄せれば、茜音は俺の隣に並ぶ。

 そこは従順なのかよ。


「せっかくなんだから、女子二人のポスターっぽくきゃぴきゃぴしてよ」

「ハードルが高い」

「だって、ミズキは他の子じゃべたべたしてくれないでしょ」

「当り前だろ」

「茜音ちゃんとのタッグじゃないと撮れないもの撮りたいんだもん」

「だからって……」

「ほらほら」


 すっかりカメラマンとしての血が騒いでしまっているようだ。これを止める方法を、俺は知らない。

 深々と嘆息して、茜音の腰を抱き寄せた。


「ちょっと!」

「さっさと満足させたほうが早い」

「だからってくっつき過ぎ」

「兄妹だからいいだろ」


 白い目が向けられる。やめろ、分かってるから。役得なんて思ってない。


「行くよー。茜音ちゃん、表情作ってね」


 俺の行為より、あっちのほうがえげつない。それは茜音にもすぐさま理解できたのだろう。茜音は諦めたように、カメラへ向き直った。

 ぐぎぎと硬い顔でいるのは、何ひとつ良くないけれど。


「茜音」

「わ、分かってるけど……!」


 得意の百面相は、物事がないと発揮できないものらしい。


「茜音ちゃん、しっかりー」


 スズからの高望みに、茜音は硬直一直線だった。

 石像かよ。駄目だ、こいつ。

 俺は腹を据えて、ぐっと身を寄せた。ひゃっと、茜音の肩が揺れる。これで少しは表情が出るだろうけれど、まだまだだろう。カメラ目線のままでも、それくらいは分かる。


「カノン」


 怪訝な目線が刺す。

 分かってるよ、珍妙な発言なのは。でも、今だけ許せ。何をって。何もかもを。


「好きだよ」


 ぱっと朱色が頬に散らばって、カシャカシャと激しいシャッター音が鳴り響いた。シャッターチャンスを逃さないスズには、頭が上がらない。

 そうして離れた俺に、茜音はまだ放心していた。


「茜音?」


 覗き込めば覚醒したのか、胸板を殴られる。言葉が出なくなるとすぐ拳に直結する癖は、直させたほうがいいのかもしれない。甘やかしている場合ではない。被害者は俺なのだから。


「馬鹿じゃん!?」


 語彙力のなさも可愛げのなさも、俺がすべてを被るのだから。こちらも改善させるべきだ。


「照れんな、照れんな」

「ミシュたんで言うからでしょ!」

「……マジで照れてんじゃねぇよ、馬鹿」


 ほら、見ろ。変化球のくせに、直情的な攻撃が致命傷になるのだから。


「照れてないもん」


 膨れて赤くなっても、何の説得力もない。

 大事な義理の妹――カノン姿の茜音に、俺は完全敗北するほかなかった。

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僕らは“彼女”と恋をする めぐむ @megumu

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