第44話 聖歴152年7月27日、救助

 探索は順調に進んでいる。

 今日でこの階層を制覇しちまうかもな。


 打撃音がする。

 他の冒険者が戦闘しているのだろう。

 横入りは禁止だから、慎重に物音を立てずにそっと覗く。

 お前らが来て集中が途切れたなんて言われないようにな。


 むっ、ゴブリンにタコ殴りされているな。


「こら、あかん。はよ、助けんと」

「二人パーティみたい、どちらから先に助けるの?」


 ちらりと、ジューンが俺を見る。

 ここは俺が片方を助けると言うべきだろうか。

 冒険者は自己責任だが、助けるのが人情という事だろう。


「うちら、だけでやるで」

「ええ」


 二人がそう決断したのなら従うさ。

 俺はやられている二人を見た。

 二人とも頭を抱えて、必死に守っている。

 柔道でいうところの亀の体勢だ。

 腕の力が抜けてないって事は、まだ余裕はありそうだな。


 作戦が決まったらしい。

 右の冒険者の方を先に助けるみたいだ。


 ジューンが勢いをつけて猫車を押す。

 右の冒険者を囲んでいるゴブリンの背中に、猫車の刃物が激突する。

 囲みが解かれたので、ラズがその隙間から冒険者を引きずり出す。


 冒険者はフラフラと立ち上がりラズにつかまった。


「触らないで! 私が戦えなくなったら、誰があなた達を守るの!」

「すみません」


 俺は冒険者に肩を貸してやった。

 部屋の外に連れて行く。

 一人は助けられたな。


 ジューンはもう一人の冒険者の囲みに突撃している。

 やはりラズが冒険者を引きずり出す。


 俺はもう一人の冒険者も部屋の外に出した。


 ラズがまきびしを撒いて、本格的に戦闘開始だ。

 10匹ぐらいのゴブリンがいたが、瞬く間に葬られていく。

 危なげがないな。


 助けた二人はうめいている。

 あれだけ殴られたら痛いよな。

 ポーションは恵んでやらない。


 助けたうちの一人に不満気な様子が見えたからだ。

 こういう冒険者もいる。


 ゴブリンを全て片付けてジューンとラズが俺の元へと来た。


「何でもっと早く助けないんだ。骨が折れたんだぞ。これじゃしばらく仕事が出来ない」

「おい」


 相棒が止める。


「感謝の言葉ぐらい、ゆうたらどないや」

「そうよ」


「お前達の判断が間違ってたんだ。俺を先に助けろよ」

「おい」


 相棒が止めるが聞く耳持たないようだ。


「あのな、そんなんの運や。どっちを先に助けるかなんて運や。もっと言うなら、うちらが通りかかったのも運。文句いうなら運に言わんかい」

「そんな」


「運に感謝するんだな。運がなかったら二人とも死んでた。どちらか一方が逃げていたら死んでたかもしれない。攻撃が集中するからな」

「ありがとうございました。ほら」


 止めていた相棒がそう言って、相方にもお礼を言うように促す。


「ありがと」

「ポーションは恵んでやらない。怪我と痛みは授業料だな。感謝の心を忘れるなよ」


 二人が痛みをこらえて、足を引きずりながら去って行く。


「冒険者は色々な奴がいるからな。助けても感謝しない奴もいる」

「そうやね」

「ああは、なりたくないものね」


「出会った頃のラズに聞かせてやりたいな。あの時は余計なお世話とか言っていたな」

「言わないで。傲慢だったのは認めるわ。余裕がなかったのよ」


「そうだ。酷い奴になると、助けてもらっても、その場で裏切って、殺しに掛かって来る。金に余裕がないとそういう奴もいる」

「そうなん。そら酷い」

「私はそこまで恩知らずにはならないわ」


「親切には素直に感謝して終わりたいもんだ」

「そうやね」

「ええ、そうね」


 ジューンとラズに、俺はもっと感謝しないと。

 二人がいるから頑張れるような気がする。

 たぶん一人だとびびってトラウマを克服しようなんて考えなかっただろう。


「二人には感謝してる」

「なんや気色悪い」

「ほんとどうしたのよ」


「パートナーには、常に感謝しないといけないなと思ってな」


 後で二人にはまたアイスクリームを作ってあげよう。

 そろそろ飽きるかもしれないから、今度はかき氷でも作ってやろうかな。

 砂糖と果実があればシロップは作れるからな。

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