第42話 聖歴152年7月26日、異常個体

 探索は順調だ。

 しかし、部屋を覗き込んだジューンがゆっくりと踵を返した。


「あれ、なんや思う」

「分からないわ。形はゴブリンだけど」

「どれどれ」


 俺も覗き込んだ。

 見えたのは赤いゴブリン。


「異常個体だな。知っての通り、ダンジョンのモンスターが倒されると、ダンジョンコアが野生のモンスターを新たに召喚する。とうぜん色んな個体がいる」

「さっき見た時、共食いしとったけど」


「人間だって見た目が違うと虐めたりするだろ。人間の場合は普通、殺しまで発展しないけど、野生はそうはいかない」

「戦って勝ったという事は強いって事ね」


 とラズが言う。


「それもたぶん4対1でだ」

「少なくても4倍ちゅうことやね」


「見ろ、瞬きしている」

「進化したのかしら」


「逆だと思う。先祖返りだな。たぶんゴブリンには昔、目蓋があったのだろう」

「そんな事より、唐辛子爆弾の効果が薄いかも知れないわ」

「一当てしたら、どないかな」

「そうね試してみない事には」


 二人が部屋に入る。

 俺は部屋に入らなかった。

 トラウマで固まりそうな気がしたからだ。

 二人を見守る。


 ジューンが猫車に取り付けられたボウガン6張を一斉射撃。

 ラズがまきびしを撒く。

 ジューンが唐辛子爆弾を投げる。


 いつもと同じ手順だな。


 ボウガンの矢は一つも刺さらなかった

 唐辛子爆弾の効果も薄いようだ。

 目をつぶっているが、顔を拭ってから平然と目を開けた。


「退くで」

「了解」


 二人は逃げ出した。

 赤いゴブリンは追いかけて、来なかった。


 これだけでも賢いのが分かる。

 先祖返りだけじゃないかもな。


「どない思う」

「ボウガンが刺さらないって事はそうとう皮膚が堅いのよね。他のゴブリンが4匹でかかっても倒せないはずよ」


「まきびしも効果がないんとちゃう」

「そうね。そう思った方がいいかも」


「猫車の突進も、たぶんあかんね」

「弱点を突かないと倒せないかも」


「二人とも状況判断が出来ているな」

「そやね」

「あれだけゴブリンを倒せば戦闘に慣れるわよ」


「じゃあ、次はどうする?」

「弱点を探ろうと思う。たぶん時間が経てば普通の個体が召喚されるから、戦闘の様子を見て観察するのよ」

「せやね」


 異常個体を観察する事になった。


 普通の個体のゴブリンが次々に召喚されて、戦闘になる。

 赤いゴブリンは囲まれて、棍棒で滅多打ちにされたが、ダメージが入っているようには見えない。

 こりゃ鈍器も駄目だな。


 次々に普通の個体はやられていった。

 そして、共食いが始まった。

 燃費が悪いって事かな。

 でもここは無限にゴブリンが湧いてくる。

 餓死は狙えない。


 俺なら、トラウマが無ければ、メイスで叩いて終わりだろう。

 レベル119の力には敵わないはずだ。


 観察を続けるが弱点は見えない。

 そして、召喚されたあるゴブリンが石を二つ両手に持って武器にしてた。

 鈍器の二刀流だな。


 たぶん威嚇のつもりだったんだろう。

 石を打ち鳴らした。

 飛び散る火花。

 硬い石だったんだな。


 火打石はありふれた石でもいける場合がある。


 あまり火花は散らないが、石英でも火打石の代わりにはなる。

 真っ暗な所で石英を打ち付けると火花がでるのが見える。


 ゴブリンが持っていたのはそういった石だったんだろう。


 火花を見たとたん、赤いゴブリンは飛び退いた。

 むっ、そして、持っていたこん棒を火打石ゴブリンに投げつけた。

 そして、手近なゴブリンからこん棒を奪うと、また投げつけた。

 二度の攻撃で火打石ゴブリンは倒された。


 赤いゴブリンは火打石ゴブリンにまたがると、顔が潰れるまで殴り続けた。

 その間に他のゴブリンが攻撃するのもお構いなしだ。


 そして、火打石ゴブリンが死んだのを確かめたのか、他のゴブリンを倒し始めた。


「おい、見たか」

「はい」

「ええ」


「思うんやけど火花が怖かったんとちゃう」

「そうね。何でかしら」


「もしかして、火が苦手ちゃうかな」

「そうね、それしか考えられないわ」

「次にやる事が見えたようだな」


 皮膚が堅いのなら火にも強そうだが、異世界だからな。

 地球の常識は当てはまらない。

 地球だって強い繊維とかあったが、火に弱い物もある。

 そういう事なんだろう。

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