第40話 聖歴152年7月24日、婚約

 1万円以下の安いウイスキーを魔力通販で出して、ちびちびと飲む。

 はふぅ、久しぶりの美味い酒だ。

 つまみはポテチとチーズだが、結構いける。


 一本ウイスキーを空けて、いい気分になった。

 宿の外に出ると空には満点の星。

 街灯のたぐいがない為か、星がやけに綺麗に見える。


 そう言えば、狼型のモンスターと死闘を繰り広げてトラウマを負ったのも、こんな晩だった。

 俺はブルっと震えた。

 冷えてきた、部屋に戻ろう。


 部屋のベッドに腰かけ、メイスを綺麗に磨いた。

 金づちで叩いて音を聞く。

 ひびは入ってないようだ。


「開いてるぞ」


 ドアの外に人が来たのが足音で分かった。

 ゆっくりと扉が開く。


 ジューンが現れた。


「何か用か?」


 ジューンは何も言わず、俺の隣に腰かけた。


「怖かったんや。めっちゃ怖かった」

「それで?」


 俺はメイスの手入れをしながら問い掛けた。


「もう駄目かと思ったんや。無我夢中で反撃した。それの余韻がまだ残っとる」

「高ぶって眠れないのか。寝酒でも貰ったらどうだ」

「ええと……」


 ジューンが何を言いたいのか分かった。

 抱いてほしいんだろう。


 ここでそんな事態になったら。

 ジューンは別にいいだろう。


 赤ん坊が出来たって、俺の魔力通販の品物を売って暮らしていける。

 俺は……。

 まだトラウマも解消してない。

 復讐もまだだ。

 夢も叶えてない。


 決意が鈍るような事はしたくない。

 俺はジューンにキスをした、そして。

 俺はジューンの肩に手を置いて、距離を離した。


「ジューンの気持ちは分かる。分かるが、これで勘弁してくれ」

「もう、いけず」


 ジューンが怒って部屋を出て行く。

 追いかけようか一瞬迷ったが、俺は追いかけなかった。


 もやもやする。

 いらいらがつのる。


 100均の梱包材のプチプチを出して、潰し始めた。

 全て潰し終わり、俺は何をしているのだろうかと落ち込んだ。


 エロ本を出して眺めてみたが、とてもそんな気分にはなれない。

 俺は紙とボールペンを出して誓約書を書き始めた。

 トラウマの解消を除いて、やらなきゃいけない事を書き出し、以上の項目を達成した暁にはジューン様に求婚させて頂きますと書いた。


 そして、ジューンの部屋の前に行き、ドアの下の隙間から紙を室内にいれた。

 ドアが勢いよく開き、ジューンが抱きついてきた。


「待ってる」


 そう言ってから、ジューンは部屋に引っ込んだ。


「ドアの開け閉めがうるさい。あんた達、もっと静かに出来ないの」


 隣の部屋のドアが開き、ラズが文句を言った。


「すまん、夜なのにうるさくして。もしかしてラズも眠れないのか」

「ええ」


 そうだ。

 俺はさっき出したプチプチを出して、ラズに押し付けた。


「潰してみろよ。気が紛れる」

「こんなので落ち着くわけないでしょ。でもやってみる」


 ラズがプチプチとやり始めた。

 意外にはまっているようだ。

 一言も喋らない。


 全部潰し終わり、口を開く。


「これ凄いね。発明した人天才。何を思って作ったのかしら」

「これの本当の用途は壊れやすい物を包むんだ」

「そうなの。イライラして、思いついたって、わけじゃないのね。ちょっとニタニタしてて気持ち悪いんだけど。何かあった?」

「ジューンと実質的に婚約した」


「何だそんな事。結婚まで行かなかったのは不思議だけど、納まる所に納まったのね。おめでとう」

「ありがとう」


 何だかラズが寂しそうに見える。


「何で結婚しなかったの?」

「やる事とか夢が色々とあってな。決意が鈍ると不味いと思って」

「そう、じゃあ。私はあなたより先に夢を叶えるわ。そしてあなたに告白する」

「何だって!」

「声が大きい。ジューンに聞かれたら不味いでしょ。私の入り込む隙間がない事ぐらい分かってる。でもケリをつけたいのよ。絶対に私が先に夢を叶えるから」

「分かった。俺も真剣に考えてみるよ」


 ラズは俺が好きなのか。

 たしかにキスされたけど。

 夢を叶えるのはまだ先だ。


 ラズはエリクサーを求めているんだったな。

 ラズの夢もまだ先だろう。


 それまでには真剣に答えを出そう。

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