第39話 聖歴152年7月24日、トラウマ克服

「本当に良いのか」

「はい」

「構わないわやって」


 ダンジョンの通路で、甲冑を着込んでいるジューンとラズが、俺の問いに答えた。

 俺は通路を進むとゴブリンを見つけて挑発した。

 そして逃げる。

 振り向いて追ってきているか、確かめる。


 追ってきているな。

 そして、ジューンとラズがいる所まで戻った。


 ゴブリンは立っている俺達を見つけると、棍棒を振りかぶって走る速度を上げた。

 ゴブリンはジューンの所に行くと振りかぶった棍棒を振り下ろした。

 ガツンという音がしてジューンが少し揺れる。


 甲冑を着込んでいればそうなるよな。

 ジューンは武器を持たないでどうするつもりだろう。

 それにトラウマは無事克服できたのか。


 ゴブリンに滅多打ちにされるジューン。

 だが、少し揺れるだけで悲鳴も苦鳴も聞こえない。


「頑張れ、ジューン。ゴブリンなんかに負けるな」

「動け、動けうごけぇ!」


 ジューンが声を張り上げる。

 ゴブリンの攻撃は止まらない。


「こんなの痛ない。全然平気や。もう分かっとる」


 言い聞かせるような口調のジューン。


「頑張れ!」


 ジューンの手が動いた。


「動いた。これならやれる」


 ジューンが棍棒を受け止める。

 そして、引っ張ってゴブリンを引き寄せた。


 首に腕を回し締め上げる。

 もがいていたゴブリンは動かなくなった。


「うち、やったで」

「お疲れ」

「今度は私の番。悪いけど私を前に移動してくれる」

「おう」


 ラズを前に運ぶ。

 甲冑は重いので自力では動けない。

 ここまでも俺が運んできた。


 さっきと同じようにラズの前にゴブリンを誘導する。

 やはり滅多打ちにされるラズ。


「痛くないんだったら、平気でしょ。動くのよ。動け!」


 ラズもゴブリンを絞め落とす事に成功した。


「仕上げや。うちらをゴブリンのいる部屋に運んでや」

「私もお願い」


 二人を部屋まで運ぶ。

 ゴブリンは二人に襲い掛かった。

 締め落として次々にゴブリンを殺す二人。


「もう平気や。甲冑を脱ぐのを手伝ってぇな」

「私もお願い」


 二人はいつもの装備に戻った。

 通路を行き部屋に入る。

 入った瞬間、二人は固まったが。

 雄叫びを上げるといつも通りにゴブリンを退治し始めた。

 見事トラウマを克服したな。


 俺は自分が恥ずかしくなった。

 女の子に出来る事が大の男になぜできない。

 そうだよな。

 棍棒で少しぐらい殴られたって、レベル119の俺だったら痛くも痒くもないはずだ。

 ホブゴブリンにいいように殴らせてやりぁいい。

 何をブルってたんだ馬鹿らしい。


「うちはやったで。完全復活や」

「そうね、元通り。甲冑で汗をかいたわ。シャワーを浴びて、乾杯しましょう。」

「ええね」


 三人で宿の酒場に行く。


「復活を祝って乾杯」

「乾杯」

「乾杯」


「うち、思ったんやけど。殴られているうちに、恐怖がだんだん薄れて。なんでこないな事が怖いんやろって」

「私も思った。全然平気って」


 正直二人が羨ましい。

 その精神的な強さが欲しい。

 でも今日は二人を祝福しよう。


「良かったな。おめでとう」

「おおきに」

「あの時の事は忘れて。絶対よ」


 あの時ってキスした事か。


「ああ内緒だ」

「うちにも内緒なん」

「そうだな」


「ツイスターゲームやりましょ。一番負けた人は罰ゲーム。初恋の思い出を喋ってもらうわ」

「ええね」

「そのぐらいの余興ならな」


 宿の部屋でツイスターゲームをする。

 負けたのはジューンだった。

 初恋の思い出を聞いて俺は顔が赤くなった。

 俺の話だったからだ。


 俺がジューンの初恋の人か。

 この世界では俺の初恋はローズだ。

 その事を思うと少し胸が痛んだ。

 いつかそのケリもつけないといけない。

 まだまだ死ねない。

 死ねないが、命がけでボスと対峙する勇気は持てた。

 ジューンとラズには勇気を沢山貰った。

 根拠はないがトラウマに勝てるような気がする。

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