第38話 聖歴152年7月23日、復帰戦

 一週間経って、二人の復帰戦だ。

 俺が何も言わなくても二人は、反省会を自発的に何度もやったらしい。

 良くなるまでの間、二人の部屋からは、大声で議論する声が何度も聞こえた。


 ダンジョンの通路を歩く二人。

 ゴブリンが1匹やってくる。


 二人の様子がおかしい、蒼白で立ちつくしている。

 あー、この症状には覚えがある。

 俺と同じだな。


 俺はゴブリンを殺した。

 動き出す二人。


「分かっているよ。ゴブリンが怖いんだろう」

「そうや、震えて何にもできん」

「悔しい、動け私」


 ジューンは肩を落とし、ラズは顔を両手で叩いて気合を入れている。

 だが、だめだ。

 俺は無理だと判断した。


「二人とも聞いてくれ。こういうのは時間が掛かる。ゆっくり焦らずにやろう」


 二人とも無言で頷いた。

 さてどうするか。


 俺自身も今現在掛かっている症状だ。

 解決策があるのなら聞きたい。


 失意のままダンジョンを出た。

 俺の表情も暗いと思う。

 解決策がないからだ。


「今日は3人でパーッと遊ぶか?」

「逃げているようで、いやや。そんな気分やない」

「そうね」


 二人は宿の庭で懸命に訓練に励んだ。

 ラズと俺は何回も模擬戦をした。

 ジューンはシールドバッシュの動作を繰り返している。


「金が要る。人工宝石を出したってや」


 ジューンがそんな事を言い出した。

 何をするつもりだろう。

 遊んだりするわけじゃないと思うので、俺は快く出してやった。


 ギルドの買取所で人工宝石を換金する。

 そしてジューンとラズは防具屋を訪ねた。


「無茶苦茶、殴られても平気なほど装備したってや」

「お客さんの体格ではそんな事したら、一歩も動けなくなりますよ」


「ええねん。とにかく防御力が上がれば」

「返品はなしですからね」


「分かった」

「私もよ」

「二人ともですか」


 呆れたような防具屋。

 フルアーマー姿になる二人。

 満足そうな様子で二人は頷き合った。


 そして、次は道具屋に行った。


「防御系の魔道具がほしい」

「いらっしゃい。それなら良いのがありますよ」


 こんなに防御を固めてどうするつもりだろう。


 宿の庭でフルアーマーになるジューン。

 ラズがメイスを持ちジューンを殴る。


「ばっちりや」


 そして今度は立場を入れ替えて同じ事をする。

 これにどんな意味が。


「よっしゃあ、景気づけや。今日は飲むで」

「そうね、飲みましょ」


 俺達は宿の酒場で飲み始めた。

 二人とも飲むペースが速い。

 瞬く間に酔いつぶれた。

 各自の部屋に二人を寝せてやろうとした。

 まずはジューンからだな。


「スグリはん、うちをぎゅっと抱きしめて」


 ジューンをベッドに寝せる時に真剣な顔でそう言われた。

 酔っていたんじゃなかったのか。

 俺は言われた通り抱きしめてやった。

 ジューンは俺に口づけをする。

 むぐっ、なんだよ急に。


「これで思い残す事はあらへん」


 口づけを終えたジューンがそう言った。


「おやすみ」

「おやすみ」


 ラズを部屋に運び込む。


「ジューンには悪いけど、抱きしめて」


 はいはい。

 そして、やはりキスをされた。


「何するんだ!」

「これで死ぬ覚悟が出来たわ」


 ああ、二人は覚悟を決めたんだな。

 この選択がどうなるかは分からないが。


 俺はもやもやした何かを抱えて自分の部屋のベッドに横たわった。

 もし、二人が立ち直れて、俺が立ち直れなかったら。

 駄目だ。

 そんな事を考えては。

 3人で立ち直るんだ。

 トラウマなんか吹っ飛ばしてやる。

 よし、俺は二人が立ち直れたら、命を賭けて挑戦する。

 そうする事にした。


 俺は禁を一つ破る事にした。

 それは魔力通販で出した食い物を飲み食いする事だ。

 なぜこれを禁止していたかと言うと、魔力で出したのなら魔力に返るかもしれないからだ。

 栄養になって体の一部分になった物が魔力になればどうなる。

 たぶん死ぬだろう。

 だが、構うものか。


 俺はカツカレーを出して、前世以来の味を楽しんだ。

 俺も思い残すことが一つ減った気がする。

 勇気が持てたような気がした。

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